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人体により近い人工臓器の「バイオプリント」に、ハーバード大教授が成功する

ライター福田ミホ
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3Dプリント技術の進化によってさまざまなものがプリント可能になり、すでに自動車食べ物など多様なものが3Dプリントされている。この潮流に合わせるように増加しているのが、人間の臓器や組織を自在に作り出せる「バイオ3Dプリンタ」の開発だ。今、バイオ3Dプリント技術を使った、肝臓腎臓心臓やすい臓など、さまざまな臓器の作成が世界各地で実験されている。

しかしながら、バイオ3Dプリンタで作られた人工臓器が人間に移植された例はまだ報告されていない。各研究機関が移植可能な臓器のプリントに向けてしのぎを削っている中、ハーバード大学のヴィース研究所が腎臓の主要な機能をバイオ3Dプリンタで再現することに成功した。Harvard Magazineがその詳細を伝えている。

ヴィース研究所のジェニファー・ルイス博士率いるチームは、血液中の老廃物などを濾過して尿として排出する肝臓の機能で、尿を生成する重要な働きを担っているネフロンの主要組織である近位尿細管の構造を、試験管内で2カ月以上生きられる状態で3Dプリントしたのだった。これにより、生身の人間の腎臓におけるのと同様の近位尿細管の3Dモデルが作成された。この研究については、Scientific Reportsに掲載されている。

ルイスのチームは2014年、細胞をサポートする「細胞外マトリックス」の中に人間の細胞と血管を3Dプリントした。この実験では、血の通った厚い組織を作ることに成功している。近位尿細管のバイオプリントでも同様のテクニックを駆使している。特にポイントは、下の動画にあるように、まずその周囲の細胞外マトリックスをベースに置き、その上に独自の「消えるインク」で近位尿細管の曲がりくねった構造をプリントしたことだ。



このインクはルイスが開発したものだ。常温では歯磨き粉ほどの硬さがあるが、10分間ほど冷却すると液状になる。その上に再度細胞外マトリックスをかぶせ、「消えるインク」を除去すると、近位尿細管と同じような管状の空洞ができる。そこに人間の生きた細胞を流すと、それが管の表面に付着し、近位尿細管と同じ働きが再現できたのだ。

これまで、細胞の働きをテストする際には、培地の中で細胞がひとつの層を成す形で育てられる「2次元培養」が一般的だった。だがルイスらが開発した3次元のモデルでは、細胞の微絨毛や一次繊毛といった突起が2次元モデルに比べてはるかに大きく成長していた。つまり従来の手法よりずっと忠実に実際の体内の機能を再現できたのだ。これにより、たとえば新薬をテストする際、実際の人体により近い反応を得ることができると考えられる。

だがルイスらが最終的に目指しているのは個々の機能の再現にとどまらず、臓器全体をプリントすることである。特に腎臓は移植臓器としてのニーズがもっとも高く、National Kidney Foundationによれば、アメリカでは約12万人いる臓器提供待機者のうち10万人以上を占めている。そこでルイスらは、腎臓全体を作り出す前段階の目標として、ネフロンの再現を目指している。ルイスはHarvard Magazineでこう語る。

もし、「私たちはネフロンを作れます、それは完全に機能しています」と言えれば...念のため言うと実際そこまで行っていませんが、それは「トランジスタができました」と言うようなものなのです。(略)(トランジスタが)作られるまでには25年かかりました。そこから短期間で急速に上昇して、今やコンピュータチップは何十億というトランジスタでできています。私たちの実験も、今はまだ初期段階にあるのです

アメリカでは2014年の時点で、臓器移植を待つ間に亡くなったり、移植を受けられないほど症状が進行してしまったりする人が合計8000人以上にも上る。つまり1年ごとに、臓器移植を待つ人の15人にひとりが手遅れになっている。たとえば日本でも腎臓移植を待つ人は1万2000人以上いて、他の国も含めてまったく同じ問題を抱えている。バイオ3Dプリント技術や再生医療の進歩によって、この問題が少しでも早く解決することを期待したい。