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1 #カルチャーはお金システムの奴隷か?

〈KiliKiliVilla〉に学ぶ、新時代のインディ・レーベル運営論 ~安孫子真哉&与田太郎インタビュー

ARTS & SCIENCE
コントリビューター田中宗一郎
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ゼロ年代後半以降、音楽というアートフォームとビジネス――つまり、アーティストとレコード会社/マネージメント/ライヴ・エージェンシー/ディストリビューター/音楽出版社との関係は、ドラスティックな変化を続けている。

2008年にマドンナが初めて締結したことでも話題となった、レコード会社が音源の売上だけではなく、ライヴやマーチャンダイジングなどの収益も一元的に管理する360度契約の浸透。近年のSpotifyやApple Musicなどといったストリーミング・サービスの台頭。それに伴うレコード会社の更なる収益構造の変化とデジタル・ディストリビューターの躍進――こうした変化は、ビジネス的な観点から見ると、企業利益を守る方向への整備としては理に適っている。

だが、アーティストに利益を還元する構造が十分に構築されているとはまだ言い難い。360度契約にしろストリーミングにしろ、基本的には大物アーティストに有利で、規模の小さなアーティストは生活もままならない、というシステム的な歪みも抱えている。「勝者」と「敗者」の格差が拡大し、根底には経済的不況の問題が横たわっているという点では、音楽ビジネスが抱える困難は今の社会の写し鏡とも言えるだろう。

このような産業構造の変化が現在進行形で進んでいるなかで、これからの音楽とビジネスはどのような関係を結んでいくべきか?ーーその問題を考えるにあたって我々が話を訊いたのが、2015年に発足した新進気鋭のインディ・レーベル〈KiliKiliVilla〉の安孫子真哉と与田太郎だ。

安孫子は、メロコア・ブームの後押しを受け、ゼロ年代にインディから大ヒットを飛ばしたGOING STEADY〜銀杏BOYZの元メンバー。そして与田は、GOING STEADYを発掘したのを始め、レーベル運営からDJまで幅広いキャリアを持つ人物である。

彼らのヴィジョンは明快だ。〈KiliKiliVilla〉の目的のひとつは、日本各地から登場している新世代アンダーグラウンド・パンクの熱気を伝えること。もうひとつは、規模が小さくとも確かな才能を持つインディ・アーティストたちの利益を守り、息の長い活動ができるようにサポートすること。そして、特に後者を実現するために彼らが選んだのが、レーベル運営におけるすべての利益をレーベルとアーティストと折半するという、従来の常識では考えられない大胆な方法論だ。

詳しくは以下の対話に譲るが、彼らが徹底的にアーティストの立場に立った、ある種の理想主義的な運営方針を打ち出すことになったのは、これまでの自分たちのキャリアにおける成功と失敗の反省を踏まえてのことに他ならない。その意味では、〈KiliKiliVilla〉の活動とは、日本の音楽産業の歪みをアンダーグラウンドのレベルから改善していこうという試みでもある。

今の時代に、メジャー予備軍ではなく、本来の意味で「インディ」であるとはどういうことか? そして、それは2010年代においてどのような形で成立し得るのか? このインタビューは、それらを考えるうえでのひとつのヒントを与えてくれるはずだ。

リード文:小林祥晴 取材:田中宗一郎

アンダーグラウンドの新潮流に触発されて始まった「DIYの挑戦」

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――今回の特集は、「お金」についてしっかり考えようというのがテーマなんですよ。世の中の一般的な見方としては、カルチャーやアートを神聖化して、お金をむしろ汚いものとするところがあると思うんです。でも実際、ビジネスの世界はきれいごとだけでは済まない。だから、カルチャーやアートに従事している人は誰もがビジネスとの狭間でせめぎ合いを経験しているし、何かしらのアイデアでそれを乗り越えようと模索している。

安孫子真哉(以下、安孫子):そうですね。

――そこで、新しいアイデアを具現化しようとしているロール・モデルの一組として、〈KiliKiliVilla〉を運営しているふたりにお話を伺いたいと思います。まずは〈KiliKiliVilla〉の成り立ちから教えてもらえますか? 特に初期の動きを見ていると、東京発ではなく、他のエリアから新しい世代が続々と登場していることに触発された部分が大きかったように思えるのですが。

安孫子:まさにそうですね。SEVENTEEN AGAiNっていうバンドのツアーについていったときのことなんですけど、彼らの仲間が〈バーガー・レコーズ〉のカセットテープをごっそり買って、ディストロに持ってきていたんですよ。

与田太郎(以下、与田):地方のライヴハウスとか、バンド同士のネットワークでイベントを打つと、個人ディストロって言って、イベントに自分で仕入れた国内外のインディ・グッズを売る人が店を出したりするんですよ。その感じって、いまは結構ありますけど例えば下北沢のライヴハウスではなかなか見られなかった光景だと思うんですけど。

安孫子:ディストロはアンダーグラウンド・パンクの世界では絶えずありますし、僕もテープは買う方なんです。とは言え、「この量が小さなライヴ・ツアーで売れるの? テープでしょ?」って思っていた。でも売れてるんですよね。それで、「なんだ、この流れは?」と思って。

――そこに新しい何かの息吹が感じられた?

安孫子:僕は90年代後半からが青春時代で、雑誌で言ったら〈DOLL〉みたいなDIYパンクがストライクだったので、そういうDIYな動きは新鮮というより元来持っているものではあったんです。だから、「あ、そういうものがまた来たか」と。「っていうか、来るんだ!?」っていう驚きがあって。
しかも、彼らに関わっている人と話してみると、バンドだけじゃなくて、その近くにいろんな文化を作る人たちがいるのがわかったんです。服を作るのが得意な人がいたり、スケボー屋をやっている人がいたり、レコード屋をやっている人がいたり。「そういうコミュニティが相変わらず日本に点在しているんだ!」っていう再発見があって。しかも、昔からの上下関係に縛られていなくて、みんな横並びでやっている。その感じが新鮮だったんです。で、僕もその仲間に入れてもらいたいなって思ったのが、レーベル始動の大きな理由ですね。

与田:そういうところに安孫子が入っていったから、「これ、聴いてください」っていろんな音源を渡されたことも大きかったんだと思います。

安孫子:そうですね、それが一番ですね。僕は銀杏BOYZっていうバンドに参加していたので、元来パンクは好きだったとはいえ今となっては敬遠されるかなとは正直思っていたのですが、若いパンクのバンドマンが「聴いてください!」って持ってきてくれて。山積みでいただいたんですよ。で、聴いてみたら、どれも本当に面白くて。そういうのに自分がちゃんと反応できたのもうれしかったですし。瑞々しさが自分のなかにまだあるんだな、って思えましたね。
で、そのテンションのまま与田さんに相談して、「レーベルをやってみよう!」っていう流れになったんです。今時、インディーズのレコード・メイカーなんて普通は成り立たないっていうのはわかっていたんですけど。

与田:だから、「趣味でもいい、その代わり本当に好きなものだけを出すレーベルにしよう」みたいな話でスタートして。でも、そしたら、意外とリリースが続くことになったんです。

――じゃあ、法人化も結構早い段階でしたんですか?

与田:始まってから半年くらいでしたね。2014年12月が最初のリリースだったんです。LIFE BALLっていうバンドのコンピレーション『If I Were Your Friend』が第一弾で。

安孫子:わりとすぐだったんですよね。

――これは安孫子さんに対する個人的な質問になるんですが――僕は銀杏BOYZにはあまり詳しくなくて、むしろ否定的な意見を持っている人間なんですけど。

安孫子:はい、知ってます(笑)。

――若いパンクのバンドマンから音源を渡してもらえたことがうれしかったと言っていましたが、安孫子さん自身は、銀杏BOYZが真っ当なパンク・スピリットを持った人からすると別物だと思われてしまう、っていう風には以前から感じていたのでしょうか?

安孫子 :あのバンドのメンバーは全員、実はリスナーとしてはアンダーグラウンド・パンクに精通していて。本当にパンクが大好きなんですよ。でも、当時のメロコア~スカコアの波のなかでは、「硬派なレーベルから出さなきゃダメだ」っていう呪縛もあったのは、当時を振り返れば僕個人としては正直なところありました。
なので最初はインディーズといえども割と大きな組織の〈UK.PROJECT〉から出すのは反対でした。でも、「BEYONDS(90年代前半に活躍したメロコア・バンド。2005年に再結成)も出しているし、いいじゃないか」と思ったところもありますし、基本的には好奇心の方が勝ったという感じでした。そもそも僕は革ジャンとかも着ませんでしたし、コテコテの原理主義ではなかったので。

――ただ、デビュー前は、もっとアンダーグラウンドからの信頼があるレーベルとやっていきたいと思っていた。ということは、今はそこから一回転して戻ってきたという感覚もあるのでしょうか?

安孫子:そうですね。

バンドをスポイルしないために生まれた〈KiliKiliVilla〉の運営方針

――実際、レーベルを運営していくにあたっては、新しい世代のアンダーグラウンド・パンクの動きを伝えたいという以外に、具体的にどのようなヴィジョンを持っていましたか?

与田:アーティストとレーベルが歪な関係にならないように、フェアにやろう、っていうのが最初のアイデアでしたね。具体的には、利益が出たらすべてバンドとレーベルで折半するっていう決まりがあります。

安孫子:自分がバンドをやっていたときも、もちろん印税契約書はあったんですよ。「甲が何%、乙が何%」とか。本当はよくないんですけど、僕は難しいことはあんまりわからなくて、ちゃんと見なかったんです(笑)。でも、与田さんが言っていたのは、「うちがレーベルなんだからリスクを自分たちで負って、利益が出たら折半すればいいんじゃない?」っていうことで。それを聞いて僕は、「あっ、わかりやすい!」と思ったんですよね。その基本ルールは僕のなかにもスッと入ってきたし、めっちゃフェアだな、と思ったので。

――我々からすると、利益をレーベルとアーティストが折半するっていうアイデアは、ものすごく革新的で実験的だとわかります。でも、音楽業界にいない人からすると、そこがピンと来ないと思うんですよね。

安孫子:ああ、そうですよね。

――与田さんは経験も豊富で詳しいので訊かせていただきたいのですが、例えばメジャーと契約したら、一般的にアーティストはどのくらいのパーセンテージがもらえるのでしょうか?

与田:いろんな契約のパターンがあるのですが、ごく一般的な形としては、新人バンドがメジャーと契約すると、契約期間は事務所援助費みたいな名目で、例えば毎月50万や100万のお金が出ます。その代わり、契約期間に出したレコードからアーティストがもらえる印税は1%だったりしますね。もちろん制作費はレコード会社が全部出すので、バンドは契約期間中に音楽に専念するためのお金はもらえる、といった感じです。

――レーベルから一定期間、一定額の助成金がマネージメントに支給されるシステムは、わりと慣例としてあるということですか?

与田:今もあるとは思いますけど、最近はバンドと契約するレーベルもそんなに多くないと思いますから、「慣例としてあった」と言った方が近いですかね。90年代から2000年代くらいまでは、それが普通だったと思います。

――そうなると、アーティストと契約したマネージメントは、レーベルを見つけた場合、固定額が自分たちに支給されるという前提で契約するということですよね?

与田:そうですね。ただ最近は、レコード会社が全部丸抱えにする場合もありますから。

――2000年代後半に、かつて〈デフ・ジャム〉にも在籍したリオ・コーエンが始めたと言われる360度契約ですよね。レコード会社が音源の売上だけではなく、ライヴのチケットやマーチャンダイズの収入など、アーティストに関わる権利を一元的に管理するという。

与田:そうですね。僕は、援助費を受け取る代わりに、印税を少なくするやり方が悪いとは言いません。そこはそれぞれの選択ですから。契約した当人たちが納得していればいい。ただ、自分たちが音楽活動をするうえで金銭的な支援を受けていると、最終的にはそのお金を出してくれる人の言うことを聞かなくちゃいけなくなるんですよ。で、そこから軋轢が始まって、バンドに亀裂が入って解散する。

――与田さんは実際にそういう現場をたくさん見てきた。

与田:そうです。でも、それはもう自分ではやりたくないなと。端的に言えば、GOING STEADYは累計で100万枚くらい売れていて、売上だけで何十億円ってあったんですよ。もしそれが折半だったら、バンドもレーベルもハッピーだったでしょ、って思うんです。

――そういった経験も踏まえたうえで、「利益が出たらバンドとレーベルが折版」という〈KiliKiliVilla〉の方針が生まれたわけですね。

与田:そうです。〈KiliKiliVilla〉は先にバンドに出資しているわけではなく、基本的にバンドがやりたいことをサポートするという立場なので、「あれをやれ、これをやれ」と指図もしませんし。

単なるレーベルを超えた、コミュニティとしての〈KiliKiliVilla〉

――レーベルが純粋にレーベル機能だけを担うのか、360度契約のように包括的に管理するのか、という問題がありますが、〈KiliKiliVilla〉の場合はどうなのでしょうか? マネージメントやライヴ・エージェンシーの役割を担うこともあるのでしょうか?

与田:まだ規模が小さくて、アーティストがライヴをやるのも新代田FEVERや下北沢SHELTERくらいなので、業務としてはきっちりと線を引いているわけではなくて、その全体をやりますね。バンドのブッキングの手伝いもするし、イベントの裏方もするし、当然リリースもするし。でもそれは、〈KiliKiliVilla〉は単にレコード・レーベルではなく、ひとつのコミュニティを作りたい、バンドに必要なサポートは何でもやりますよ、っていうスタンスだからなんです。
レコード・セールスの収入が減ったから、利益を確保するために360度契約にするというメジャーの発想とはまた別物だと考えています。まあ、そもそも規模が小さいので、全部やっているからって大して儲かりませんけど(笑)。そのぶん、「株主が~」とか「出資している会社からこう言われた」とか、そういう話に追われないので、自分たちの心の健康を保てるんですよね。

安孫子:与田さんが言った通り、これはコミュニティだと思うんです。僕は難しいことはわからないので適当に言ってしまいますが(笑)、それぞれのバンドが独自のルールや考え方を持った国だとすれば、〈KiliKiliVilla〉はEU的なものになれればいいのかなと。僕たちはそれぞれのバンドに対して、こういう流通のツールがあるよ、こういう話ができる窓口を作ったよ、ってやれればいい。
SNSで発信するにしても、一番最初はバンドも無名だったので、レーベルのSNSアカウントの方が拡散されやすかったんですよ。でも数年経つうちに、個々のバンドでの発信の方が広がっていて。バンドがレーベルに依存するんじゃなくて、ちゃんと独立しているっていうことだから、これはとてもいいなと思っていて。

――そうですね。

安孫子:ひとりひとりの感覚が違うしリスペクトしているので、「絶対こうした方がいい」と押し付けるのではなくて、「あいつ、元気にやってるかな?」くらいの感覚なんです。今のシステムでいいのだったら、みんな健やかに活動できるように僕は動いて、あとは一ファンとしていればいいのかなと。

与田:だから、リリースをしていないバンドでも何か頼まれたら、「じゃあ、こうしたらどう?」みたいな形で手助けすることもありますし。場合によっては、「ライヴ・エージェンシーの部分だけやってくれない?」っていうケースも出てくると思うんですよ。「マネージメントだけどう?」とか。それは全部OKだと思っています。もちろん形はレーベルですが、業務は何でもあり。自社で音楽出版もやっているので、必要なことは全部そろっていますし。物を作って流通したいのであれば、〈KiliKiliVilla〉は流通だけの請負も始めているんです。

――そうなんですね。具体的にはどのような取り組みがあるのでしょうか?

与田:たとえば、下北沢THREEのスガナミユウさんとチャーベくん(松田“CHABE”岳二)が一緒に〈feelin'fellows〉っていうレーベルをやっていますけど、その流通は〈KiliKiliVilla〉がやっていて。彼らとは考え方も近いので、「一緒にやれることをやろうよ」と。そういうインディペンデントな価値観をそれぞれに育てていって、協働していこう、っていう感覚なんですよ。
やっぱり僕らはレーベルっていうものにロマンを見てきたので。僕なんかは、〈ラフ・トレード〉〈クリエイション〉〈4AD〉〈ファクトリー〉っていうインディ・レーベルに強烈な憧れを持った20代を過ごしてきましたから。

――つまり〈KiliKiliVilla〉は、〈ラフ・トレード〉に端を発するインディ・レーベルの在り方を現代的に再定義しようという試みだとも言えるわけですよね?

与田:そうですね。

――僕自身、若い頃は何よりもパンクに触発されたんですけど、それはアーティストがやってきたこと以上に、レーベルがやってきたことに感化されたところもあって。〈ラフ・トレード〉のジェフ・トラヴィスは、自分たちが「これだ!」と思うものを出すために、まずレーベルを作った。で、それを売るためにラフ・トレード・ショップという小売店を作って、それ以外のお店でも扱ってもらえるように、ピナクルみたいな流通会社をサポートして作った。なおかつ、エンド・ユーザーとダイレクトに繋がるために、毎月7インチを一枚届ける「シングルズ・クラブ」っていうサブスクリプションのシステムまで作ったんですよね。

安孫子:ああ、それはいいなあ。

――そういう風に、全体を変えようとしたんです。音楽をロックからパンクへと再定義すると同時に、システムも再定義しようと。90年代はその考え方がUSインディにうまく派生して、〈K〉や〈アップ〉や〈キル・ロックスターズ〉みたいな、ローカルなDIYネットワークが育まれた。でも、それがゼロ年代になると、〈ベガーズ・バンケット〉みたいな巨大インディ・コングロマリットができてしまう。気がついたら、DIYだった〈ラフ・トレード〉は、メジャーと較べても規模感が変わらない〈ベガーズ・バンケット〉に買収されて、そのグループ・レーベルのひとつになってしまった。つまり、70年代の夢は資本主義に食い尽くされたんですよね。

与田:完全にそうですね。

――だからこそ、「じゃあ、どういうやり方があるんだ?」っていうことを海外では模索していて。2017年に〈ジャグジャグウォー〉っていうアメリカのインディ・レーベルのトップにインタヴューしたんですけど、彼らもすごく意識的で、複数のインディ・レーベルや流通で集まって、また新しいネットワークを作りはじめているんですよ。なので海外では、70年代の夢が潰えた後に、もう一度新しい動きを始めようとしている。そういう意味では、〈KiliKiliVilla〉がやろうとしていることと、緩やかに共振しているところがあると思います。

与田:確かに。

生き方として真の意味での「インディペンデント」を選択すること

――ただ、今の日本では、〈KiliKiliVilla〉と歩調を合わせているようなレーベルやマネージメントは存在しているのでしょうか?

与田新しいインディの形を模索しているという意味では、GEZANがやっている〈十三月〉っていうレーベルは、結果的にそういうものになっていると思います。いろんなバンドが自分たちで回しはじめたこともそうかもしれないし、さっき名前を挙げた〈feelin'fellows〉もそうですね。しかも、今やっている若い人たちは、純粋に「こうしたいから」っていう動機でやりはじめて、それが結果を出しはじめている感じがします。僕はこれまでの経験や知識があるので、自分たちの新しいヴィジョンを具現化するために必要なものは何か? と掘り起こしていくタイプですけど。

――〈KiliKiliVilla〉のヴィジョンは、ある意味ではすごく理想主義的ですけど、むしろ今の日本のアンダーグラウンドでは若い世代からごく自然と似たような美意識を持つレーベルやバンドが表れている。

与田:そうですね。

安孫子:ちょっと話がズレるかもしれないんですけど。やっぱり今って、小さい商いでも成り立たせるシステムを、愛と美学と温かみで作っていくしかないんじゃないか、って思うんですよね。実際、僕がそうやって〈KiliKiliVilla〉でやっていることが、どんどん自分の音楽以外の生活にも跳ね返ってきている気がしていて。

――というのは?

安孫子:僕は地元が山形で、東京でしばらく生活していたんですけど、今は子供がふたりいるから嫁さんの実家の近くがいいだろうということで、群馬県に住んでいるんです。これまで十分に楽しませてもらったので、家族のためにサラリーマン・デビューして頑張ります、と思っていたんですよ。

――今は〈KiliKiliVilla〉以外にも、サラリーマンの仕事もしているわけですよね。

安孫子:はい。でも、僕、実はこれから農家になりたいと思っていて。今年の4月から農業の学校に行くんですよ。最初からはなかなか難しいとは思いますが、自分自身が納得して生活を送るにはどのような農家を目指していくべきかイメージをしていて。基本的に「こいつから買ったら安心できる、こいつから買いたい」と思ってもらえるような直売の農家を目指したいと思っていて。

――扱っているものは違うとは言え、人と人のダイレクトな繋がりと信頼で成り立つDIYのビジネスという意味では、〈KiliKiliVilla〉と通じるところがありますね。

安孫子:〈KiliKiliVilla〉みたいな感じで私生活も成り立たせるようにしたいな、という気持ちがどんどん強くなっていて。サラリーマンになったばかりのときは、「〈KiliKiliVilla〉で音楽にも関われているし、幸せなもんだな、自分は」と思っていたんです。それが、世のなかからはじき出されないとスッキリしないな、って感じるようになるとは、3年前に初就職したときは思いも寄らなかったですね。

――こうしてお話を訊いていると、僭越で申し訳ないんですが、安孫子さんと僕は良くも悪くもマインドが近い気がします(笑)。基本的にアウトローで、チンピラなところがある。で、それを与田さんがちゃんと社会化してくれるという。

与田:まあ、僕も価値観は完全にチンピラですよ(笑)。でも、ちゃんとした仕組みにしないと絶対に崩壊するっていうのは、これまでの経験で散々見てきたので。失敗の数が多いだけ失敗のポイントがわかるんですよ。だから、分配はフェアにしよう、人間として個人的につき会えそうな人と一緒に仕事をしよう、っていう根本の決まりごとは絶対に守ろうと。
そうすれば、もし将来的に何か悪いことがあったとしても、非難の応酬にはならずにお互いが反省できるし、いいことがあったら分かち合える。そういう風にしたいんですよね。でも、自分たちがやっていることはカウンターだという意識は明確にあります。小規模ではあるけど、魂は売らないぞ、と。敢えて言えば、ロックやパンクが持っているマインドが染みついていますし。自分はパーティ・カルチャーのド真ん中にいましたが、そこが持っているものも基本的に同じだと思っているので。

主体性を持ったバンドたちとの柔軟で多様な付き合い方

――具体的に、〈KiliKiliVilla〉は現時点で幾つのバンドと何かしらの関係なり、契約を交わしているんですか?

与田:〈KiliKiliVilla〉の品番が今、80くらいまで来ているんですよ。レーベル・ロゴなども品番に数えているので、70数枚を出していることになります。なかには再発もあるので、動いているバンドだと15バンドくらいいると思います。年に5〜6バンドずつ増えていく感じですね。

――〈KiliKiliVilla〉の規模で考えると、決して少ない方ではないですよね?

安孫子:そうですね。〈カクバリズム〉の角張(渉)くんが去年出した本『衣・食・住・音 音楽仕事を続けて生きるには』を読んでいて、「ああ、なるほど」と感じたことがあって。〈カクバリズム〉はひとつひとつのアーティストを丁寧にマネージメントしているじゃないですか。かたや僕らは、たくさんのバンドと緩やかな繋がりでやっていて。ある意味では正反対なんですよね。

――そうですね。

安孫子:自分の趣向的にも一点突破型のスタイルではないですし、好きな人がやっていることが好きみたいなところがあるので、みんながいろんなことを考えていて、多様性があるのがいいと思うんですけど。僕は感覚的に好きなことを追っているだけで、今の自分のやり方がしっくりきていて。どこか一点に振り切れたくないから、いろんな人たちの力を借りてやっている、っていう感覚はすごくありますね。

――〈KiliKiliVilla〉は15バンドくらいと関りがあって、それぞれのバンドとの付き合いが結果的に違うんですよね。どういった付き合い方をしているのか、幾つか例を挙げて具体的に教えてもらえますか?

与田:〈KiliKiliVilla〉で一番大きいバンドはLEARNERSなんです。LEARNERSが特別なのは、全員が専業のミュージシャンということですね。それ以外のバンドは、ほぼみんな社会人をやりながらバンドをやっているんですよ。僕らも「会社を辞めてプロになろうぜ」ってことは言いません。日常の生活を持ちながら音楽を続けてほしいっていうテーマがあるので。なので、LEARNERSとそれ以外のバンドとはやり方がまったく違うというのがあります。バンドのやりたいことを汲み取る、という根本のところでは同じなんですけど。

――LEARNERSには、チャーベくんっていう長年インディペンデントで活動してきた人がいて、他のメンバーもそれぞれ別の活動がありますよね。

与田:メンバー全員が自分のバンドを持っていますね。

――で、ヴォーカルの紗羅マリーはタレントとして別のマネージメントとも契約している。ただ、彼らに関しても、利益が出たら折半というルールは変わらないんですか?

与田:変わらないです。LEARNERSが初めて5人でステージに立ったのは、僕らが企画したブラック・リップスの来日公演の前座だったんですよ。で、そのときのリハを観て、すごくよかったんで、「うちから何か出しませんか?」って本番前に声を掛けたことから関係が始まったんです。チャーベくんはライヴハウスで起きていることをちゃんと見ているんで、〈KiliKiliVilla〉がやっていることに何か新しさを感じてくれたと思うんですよ。たぶん、今まで彼が付き合ってきたレーベルともやり方が全然違うだろうし。だから、スムーズに始まりましたし、すごく大きな結果がついてきたので、そのままどんどん進んでいるっていう感じですね。

――彼らに関してもブッキングのサポートはするんですか?

与田:するときもあります。「ワンマンやりたいんだけど」って言われたら、僕の方でハコを押さえたり。でも、ツアーは自分たちで切りますし、僕らのイベントに誘ったら出てくれますし。そこらへんの関係もフレキシブルですね。

――他のバンドの例も教えてください。

与田:SEVENTEEN AGAiNとかCAR10は、自分たちのネットワークでツアーを切っていくんですよ。「じゃあ、そのために僕らがやれるサポートはなんだろう?」って考えたり。去年、SEVENTEEN AGAiNが横浜ベイホールで自分たちのイベントを投げ銭で打ったんですね。そのときは、バンドのブッキングはSEVENTEEN AGAiNが全部やって、僕らは会場の音響と照明をどうするか? っていう外側のサポートと、宣伝でできることをやりました。

――やりたいことを持っているバンドに対して、足りないものをレーベルで補うというスタンスですね。

与田:そうです。インディーズっていう言葉はインディペンデントから来ていますけど、〈KiliKiliVilla〉はバンド自体が本当にインディペンデントな考え方をしているんですよ。もちろん僕らも提案はしますけど、基本的にバンドがこういうことをやりたいっていうのに応えるし、決定権はアーティストが持っています。ライヴハウスに50人しか集まらないバンドでも、「俺たちはこういうやり方でやりたい」っていうのがあるので。レーベル主導で「次はこうして」っていうのは、どのバンドにもひとつもないですね。そこは作り手がちゃんと意識をもってやってもらいたいし、実際に〈KiliKiliVilla〉にはそういうバンドしかいないです。

安孫子:年始にレーベルの新年会的なショーケース・イベントをFEVERでやらせてもらうんですけど、すごくいいなと思うのは、どのバンドも「〈KiliKiliVilla〉、最高です!」みたいなことは言わないことなんですよ。そういうナショナリズムがないんですよね。各々がちゃんと独立していて、ナショナリズム的な図式にならずにやれていることが、僕は本当に幸せで。

与田:新年会的なイベントは、「出演してくださいね」って言ったら、みんな出てくれるんですよね。スケジュールが難しいバンドでも。それはそれで、こちらの要望も飲んでくれるっていうことで。一方通行ではない関係性というか、ちゃんとコミュニティになっているなと思います。新年会の楽屋は10バンドくらいが入り乱れた飲み会なんですけど、その光景を見ていると「本当にやっててよかったな」と思えますね。

NOT WONKで実現した、メジャーとの革新的な試み

NOTWONK

――では、NOT WONKの事例についても教えてもらえますか?

与田:NOT WONKも全部自分たちで判断しているバンドですね。ただ、リリースがあって、ツアーを切るとなると、北海道からのオペレーションは大変なので、こっちでやれることはやっています。

安孫子:本州の方からバンドに直でライヴのオファーが来てしまうと、メンバーのみんなが「交通費どうしよう?」ってなっちゃうじゃないですか。だから、わりと早い段階で、本州でのライヴは〈KiliKiliVilla〉の方に流してもらっていました。

与田:毎週持ち出しだと大変ですからね。

――NOT WONKの次のアルバムは〈エイベックス〉から出るんですよね? なかにはそれに戸惑う人もいると思うんです。「旧来のメジャーのやり方を否定して、インディペンデントをやっているんじゃないの?」と。なので、バンドや〈KiliKiliVilla〉が今回の判断に至った経緯を説明してもらえますか?

与田:僕たちとしては基本的に、持っている才能がはみ出しはじめていたので、もっと大きいステージに行った方がいいな、と思ったからです。で、実際に「NOT WONKの三枚目をやりたい」っていう話が〈エイベックス〉からあったときに、「じゃあ、こっちで全部作るんで、すべてこちらが権利を持ったうえでライセンスする形でもいいですか?」って訊いたんですよ。そしたら、「それでもいいです」っていう話だったので、「だったら、やってみよう」ということになりました。

――レコーディングの予算は〈KiliKiliVilla〉が出すから、原盤権は〈KiliKiliVilla〉が持つという、これまでと同じ形にした。

与田:そうです。そうすれば、自分たちでコントロールできますから。そのうえで、もっと大きなステージに行ってもらいたいと思ったんです。

安孫子:僕なんかは偏っているので(笑)、自分自身はメジャーに興味はないんですけど、いろいろフラットに経験するのもいいと思いますし。何より、メジャー・レーベル志向ではない彼らが、ここで「やりたい」と思ったっていう、その決断を尊重したかったんですよね。強く信頼していますし、めちゃくちゃファンなので、どのような音を鳴らしてくれて、それがどう拡がっていけるのか、それに世の中のロック・バンドに対する閉塞感を打破してほしいとの期待もあります。

与田:〈KiliKiliVilla〉だと限られた予算のなかでやるしかないので、レコーディングの予算もすごく小さいんですよ。でも、今回は流通が大きいし、宣伝費をかけてもらえるので、レコーディングの予算を3倍くらいにして。今まで使ったことがないようなグレードの高いスタジオ、エンジニアをそろえて。それに耐えうるセンスとアイデアと演奏力があると思うので、やらせてあげたかったんですよね。

――でも、3倍になったレコーディング費用も〈エイベックス〉ではなく〈KiliKiliVilla〉が負担するわけですよね?

与田:全部こっち持ちです。なので、博打と言えば博打です。

――正直、かなりリスクは高いですよね。

与田でもリスクを負わないと、自分たちが思うようにできないじゃないですか。大事なのはそこですから。

――与田さんはこれまでの経験から原盤権を自分たちで持つのが絶対に大事だと考えているわけですけど、そこの感覚って読者にはなかなか伝わらないと思うんですよ。そもそも原盤権を自分たちで持つことにどのようなメリットがあるのか、教えてもらえますか?

与田:レコード会社に制作費を出してもらう代わりに原盤権を渡してしまうと、バンドに入ってくるのはアーティスト印税の1%なんですよ。でも原盤権を自分たちで持っていたら、リクープした場合、アーティスト印税とは別に、マックスで10何%の印税がずっと入ってくるんです。今回は〈KiliKiliVilla〉が原盤権を持ちますけど、ここも利益が出たらアーティストと折半するので、バンドにも7~8%が入ってくることになります。単純に考えると、普通の7~8倍が入ってくる。アーティストを守るためにも原盤権を持つことは大事だと思います。

――そういった部分も含めて、NOT WONKの〈エイベックス〉からのリリースは、新しいケーススタディになりそうですか?

与田:既になっていると思いますね。このスタイルで原盤ライセンスができるっていうのは、今時あまりないと思うんですよ。360度契約が主体の時代ですから。丸抱えで大きな予算を投下して回収するっていうビジネス・モデルとは全然違いますよね。もちろんこれは、アーティスト、メーカー、それぞれの理解があって成り立っているものだと思います。これで結果が出たら最高ですね。

DIYレーベルが抱えるストリーミングの「難しさ」

――ストリーミングに関しては、〈KiliKiliVilla〉はどのように考えていますか?

与田:うちはTuneCore Japan経由で、ほぼ全部のアイテムをストリーミングに出しています。ちょうど1年くらい前に、売上的にiTunesのダウンロード販売をApple Musicが上回ったんですよね。そうなるとレーベルも無視できない売上になっていますし。

――正直なところ、最初は躊躇もなかったですか?

安孫子:躊躇がなかったと言えば嘘になりますね。実態がわからなかったですし。でも、田中さんとかGotch(後藤正文)さんとか、きっちりと物事を判断する方が「面白いよ」と言っているのを見ていましたし。それに、めちゃくちゃアナログな言い方をすると、みんなで共有するっていうか、ミックステープを交換するようなノリじゃないですか。

――いや、それでいいと思うんですよ。たとえばチャンス・ザ・ラッパーとかは、最初はサウンドクラウドに音源をアップロードしていたり、MP3を無料でダウンロードできる状態にしていた。それでも、SpotifyやApple Musicで聴いてくれる人はいるから。それで、みんな彼のマーチを買ってくれるし。

与田僕が最初に躊躇したのは、各ストリーミング・サービスと個別契約ができても印税計算が本当に煩雑で、物理的に無理だったからなんですよ。そんなところにTuneCore Japanさんから「レーベル丸ごと任せてみませんか?」っていう話がきて。全部一本化ができるのなら、やりましょうと。で、やってみたら、これが売上的に大きくて。フィジカルだと、旧譜はお客さんから取り寄せの注文があって出ていくくらいしか期待できないじゃないですか。でも、ストリーミングだと聴かれるものはずっと聴かれるので。もちろん、そこはアーティストのパワーとかタイミングもあるとは思うんですけど。

――海外だとコバルト、国内だとTuneCore Japanみたいな、レーベルや作家と、SpotifyやApple Musicのような配信プラットフォームを繋ぐ役割を果たすデジタル・ディストリビューターは、海外では業態として一番右肩上がりなんですよ。

安孫子:ああ、そうでしょうね。

――彼らがプロモーションも請け負ったりとか、今までにはない業態を新たに生み出したことで全世界的に注目され、作品をユーザーに届けるためには不可欠な存在になりつつある。だから、〈KiliKiliVilla〉が今までのレーベルではない形の新しいレーベルをやっているのと同じで、前までは存在しなかった業態が大きくなっているっていう。

音楽活動に夢が抱けない時代に〈KiliKiliVilla〉が目指すもの

――〈KiliKiliVilla〉は設立当初の明確なヴィジョンをしっかりと保ったまま活動を続けていて、NOT WONKでメジャーとの新しいケーススタディもできた。では、これからの目標があるとすれば、どんなものになりますか?

安孫子今って、ミュージシャンが夢を持続させ続けるのも困難な時代じゃないですか。そのなかでこだわりを持ったものを作るために、みんなが腹を括ってやっていて。最初はなかなかそれで食えないかもしれない。でも、きちんと丁寧に続けていけば、スタジオ代や移動費で赤字だったのがプラスに転じる例はあると思うんですよ。僕もサラリーマンをしながらですし、今度は農家をやるって言っていますけど、普通にバンドとは違う生業を持ちながらでもいい。収益先が幾つかに分かれているっていう生き方を僕は肯定したいと思っていて。みんな、そうやって健全に生きていこうよ、っていう感じですかね。そのためのシステムに〈KiliKiliVilla〉が成長していければいいなと思います。

与田:みんな、音楽を続けてほしいよね。

安孫子:続けていけば、過去の音源も溜まって、いつかプラスに転じるかもよ、っていう。諦めずにっていうか、みんな健全に続けてほしい。本当に僕はそれだけですね。

与田:〈KiliKiliVilla〉で出している人は、本当にみんな音楽が好きなんですよ。リスナーとしてもレベルが高い。だからこそ、作り続けてほしい。仕事をしながら、週末にツアーやレコーディングをして、本当に大変だと思うんですけど。でも、音楽を辞められない人たちばかりなんで。彼らに無理をさせないで、クリエイティヴな部分を刺激してあげつつ、小さな商売と広がりのあるコミュニティを持続させられたらいいなと思いますね。

安孫子:本当にそうですね。

与田:もちろん、とんでもない才能が出てきて、いきなりすべてをぶち抜いていく、っていうことが起きてもおかしくないと思いますけど。

――つまり、「このサイズでずっと留まるんだ」っていうドグマはないっていうことですよね?

与田:全然ないですね。

安孫子:そうですね。

与田:未来に何が起こるかは、本当に予測がつかないので。だからこそ、どんなことがあっても対応できるようにはしたいですね。それは一番経験を持っている自分の役割だと思うんですよ。本当に苦しくなったときの凌ぎ方と、予想外の成功を手にしたときの捌き方は、結構大事だと思っているので。本当に形が歪になるくらい巨大な成功をしたときも、ちゃんとした切り抜け方があるんですよ。ただ、日常の戦いは、低空飛行を如何に墜落しないで続けるかっていうところですね。そこのバランスだと思います。

安孫子:そうですね、僕もやり直したいこといっぱいあるなあ(笑)。

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