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4 #カルチャーはお金システムの奴隷か?

Seihoに学ぶ、マーケティング発想から自由になって「新しい価値」を創出する方法

ARTS & SCIENCE
コントリビューター田中宗一郎
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音楽産業の激動期の最中で、音楽とビジネスはどのような関係を結べばいいのか?ーーこの問いにインディ・レーベルという立場から答えてくれたのが〈KiliKiliVilla〉だとすれば、アーティストの立場から自身のヴィジョンを語ってくれたのがSeihoだ。

>>〈KiliKiliVilla〉に学ぶ、新時代のインディ・レーベル運営論 ~安孫子真哉&与田太郎インタビュー

改めて説明するまでもなく、Seihoはtofubeatsや〈maltine〉主宰のtomadなどと同じく2010年代初頭に頭角を現した、いわゆるポスト・インターネット世代のクリエイター。ネット・レーベル最盛期に敢えてCDでリリースする〈Day Tripper Records〉の設立に始まり、マシューデイヴィッド主宰の〈Leaving Rercords〉からの世界リリース、度重なる海外ツアー、三浦大知のプロデュース、〈ソニーミュージック〉とのパブリッシング契約締結、渋谷におでん屋「そのとうり」をオープン、そして2019年3月にはライゾマディックスやMIKIKOとのコラボによる内容非公開イベント「靉靆(あいたい)」を開催するなど、この10年で彼はさまざまなフェーズを通過し、その度にアーティストとしてビジネス的な側面も含む幾つもの決断を下してきた。それぞれの局面で彼が何を考えてきたかを学ぶことは、これからの音楽とビジネスの関係を考えるうえで、ひとつの補助線として機能するだろう。

詳しくは以下の対話に目を通してほしいが、Seihoの根底にある発想は、パーソナライズとオプティマイズへと世界が進んでいくなかで、そこから否応なくはみ出してしまう「異物」としての個性を如何に社会に受け入れさせるか? そして、その先にこそ新しい価値の創出があるのではないか?ということだ。

このインタビューからは、彼の独創的なビジネス論はもちろん、アーティストとしての役割意識、理想的な社会に対するヴィジョンまでも読み取ることができるだろう。

リード文:小林祥晴 取材:田中宗一郎

状況を俯瞰しながら主観的に行動することの重要性

――今回の特集は、アートやカルチャーと、お金やビジネスとの関係なんですが、アートとビジネスの関係と言われて、まず頭に思い浮かぶのはどんなことですか?

Seiho:音楽家という存在自体はビジネスがなくても成立しますよね、歴史的に考えても。でも、現代社会のなかではそれを資本主義のルールに落とし込む必要がある。ただその前提に立つと「如何に既存のルールをうまく利用するか?」っていう発想になりがちじゃないですか。フォーマットありきで音楽を作ってしまったり。でも、そもそもPCで音楽を聴くこと、CDで音楽を聴くこと――そういったフォーマットを前提にして音楽を作ること自体、もしかすると本末転倒なのことなのかもしれない。

――確かに。

Seiho:だって、音楽なり、アートにとって何よりも大事なのは、新しいルールを設けることじゃないですか。既存の価値観を再定義すること、ですよね?

――その通りだと思います。つまり、多くの音楽家が自らの作品を産業の一部として最適化しようとする過程で、アート本来の役割を忘れかけてしまっているんじゃないか?と。

Seiho:そうです。特に2010年代というのは、既存のフォーマットを前提にして対処療法的なリアクションを取るという部分が行きすぎてしまったところがあるんじゃないか。勿論、それが面白かった時代もあったと思うんですよ。例えば、僕が〈Day Tripper〉を立ち上げた2011年というのは、まだ世間ではCDというメディアが一般的ではあったんだけど、僕らの世代は配信やネット・レーベルに移行してた。だからこそ、逆にフィジカルをリリースするレーベルを始めたんです。「今はむしろそれが面白いんじゃないか?」って。

――なるほど。

Seiho:つまり、当時の僕は状況に対するリアクションとして動いていたところがあった。というのも、状況を俯瞰しながら主観的な行動をとることも大事だと思ってるから。ただ、俯瞰するときに重要なのは、自分の手札ーーつまり、自分自身のアイデンティティをきちんと理解することだと思うんですね。だから当時の僕は、そんな風に考えたうえで、「今の時代にどんなカードを切れるのか?」って風に考えていた時期だと思います。

――一般的には「客観性と主観性は相反するもの」だと思われがちだけど、主観を客観的な視点で社会化することが何よりも重要だ、ということ?

Seiho:そうです。僕は社会性と個性が相反するものとして語られるのがあまり好きじゃないんですよ。だって、個性的な人間が必ずしも社会性がないとは限らないじゃないですか。「私って個性的だから、周りと話が合わないのよね」という考え方って、本当に勿体ないと思う。せっかく自分が個性的なんだったら、むしろその価値観を広く社会化してやるべきだし、そうすることが社会やコミュニティ全体をより良いものにすることに繋がると思うんですよ。

――なるほど。つまり、「個性的なアイデンティティを社会化する」という発想というのは、創作のみならず、活動の方法論、そして、Seihoくんが理想とする社会のあり方にも共通するコンセプトなわけですね。

Seiho:そう。だって、社会の構成員である個人の考え方が変われば、社会全体が変わるわけじゃないですか。そもそも個人というのは全員まったく違っているわけですよね。だからこそ、まったく違ったアイデンティティを持った者同士がお互いのことを認め合えるようになれば、みんな幸せになるに違いない。だから、僕の創作や活動の根本にあるのはそういう考え方なんです。

「椅子取りゲーム」には参加せず、新しい価値を創出する

――では、自分のアートを社会化するために、これまで具体的にどういったアプローチを取ってきたのか。〈Day Tripper〉っていうレーベルを立ち上げたこと、海外レーベルと契約を結んだこと、海外のライヴ・エージェンシーからの誘いでツアーを組んだこと、そして現在のように〈ソニー〉とパブリッシング契約を結んでいること――それぞれのアプローチについて教えてもらっていいですか?

Seiho:それぞれ基本的な発想は同じですね。ポイントは「どうすれば多くの人に関心を持たせることができるか?」。ただ、それって、別にレーベルと組むとか、パブリッシャーと組むとかってことよりは、あくまで自分の価値観を理解してくれる仲間を少しずつ増やすことで、自分の作品を社会化してくれる人肌のシステムを少しずつ構築してきただけっていうか。だから、マーケティング云々っていうことじゃなかったのかもしれない。

――じゃあ、そもそも世間一般のターゲットを設定して創作やプロモーションに向かうようなマーケティング発想についてはどう思いますか?

Seiho:ターゲットがあるところでお客さんをつかまえようとしても、そこの椅子取りゲームの椅子は埋まってるわけじゃないですか。誰も作ったことのない新しい椅子を作ろうとするならまだしも、みんな、既にある椅子を奪い合おうとする。それが本当に勿体ないって思いますね。そういう発想って、創作の可能性を自分からドブに捨てるようなもので。だから、僕の場合はむしろ「椅子に座らないでも、地面に座ったっていいでしょ?」という発想というか。だって、誰かが「地面に座るのってクソヤバい!」って言い出せば、みんな「クソヤバいんだ!」ってなるじゃないですか。そんな風に、常識やルールを根こそぎ変えてしまうのがアートの役割だと思うんですよ。

――なるほど。敢えてアートの問題を産業の言葉に置き換えるとすれば、既存のマーケットを意識しても仕方がない、新しい価値を生み出すことで新たなマーケットを作ろうとしている?

Seiho そう。ただ、そもそも僕が作っている作品って、日常から非日常に変わる瞬間を切り取ったものだと思ってるんですよ。例えば、今みたいな何十人もいるオフィスがいきなり停電して真っ暗になった時に、それぞれの人間のなかで湧き上がる感覚みたいな。不安になったりする人もいれば、思わずテンション上がっちゃう人もいると思うんだけど(笑)。でも、そういう感覚って国籍とか、社会的な属性を超えるんですよね。そういうものを作ろうとしてる。

マーケティング発想ではなく、どれだけ自分の「神様」に正直に作れるか

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――Seihoくんがあらゆる社会的な属性を越えた感覚に向けて創作に向かってるんだとすれば、「自分の作品が誰に向けて作られているか?」という質問は愚問かもしれませんね。

Seiho:僕にとっては、何であってもすべて神様からいただいている、という感覚なんです。だから、強いて今の質問に答えるとすれば、神さまに向けて作っているってことになるかもしれない(笑)。

――ん? Seihoくんには宗教的なバックグラウンドがあるの?

Seiho:ないです。ただ、僕が姑息な手を使ったり、嘘をついたり、客のために作ったり、手を抜いたり、そういうことはすべて神様に見透かされている、そういう感覚があります。「正直になる」っていうことがすごく重要で。女の子を口説くんだったら、その女の子を騙せればいいわけじゃないですか(笑)。でも、神様が見ていると思ったら姑息な手は使えない。やっぱり作り手は何でもいいから作ればいいわけじゃないんですよ。世の中の人の価値観を変えたり、幸福にしたりしないといけない。だから、「自分にとっての神はどこにいるのか?」っていうのは永遠のテーマですね。例えば、僕にとっての神様は、両親だったり、お婆ちゃんだったり、師匠の阿木譲さんだったりする。「この曲を出したら、お婆ちゃんは本当に喜んでくれるかな」とか。「この曲だったら、阿木さんも納得してくれるかな」とか。そういうことが僕のなかでの大きな指針なんです。「20代の、このターゲット層を狙いたいな」っていうのは一回も考えたことないですね。

――今の話を僕なりの言葉で翻訳させてください。Seihoくんが言う「神様」というのは、例えばこの世界に100人しか人間がいないとしたら、その100人全員が納得できる「共通の価値観」のような存在ですよね。で、100人のうちの10人に的を絞った音楽を作るのではなく、その実際には存在するかどうかわからない「共通の価値観」に向けて作品を作っている。そういうことでもある?

Seiho:うん。20代のターゲット層を狙った音楽を作ったとしても、それがその人の神様に正直であれば構わないと思うんですよ。大事なのは、自分に正直な音楽を作っているか、ということなので。

――なるほど。ただこれは僕の問題なんですけど、自分は根っからの唯物論者なので、神様のメタファーって苦手なんですよね(笑)。

Seiho:だとしたら、信念っていう言葉に置き換えてもいいかもしれないです。

――もしくは、理想とか?

Seiho:そうそう。

――僕がよく言うのは、アートや批評は、常に未来の観客に向けられるべきだ、ってことなんです。つまり、今は存在しないかもしれないけど、これから先の新しい価値観に向けて作られるべきだってことなんですけど。そういった考え方にも近いですか?

Seiho:うん、近いですね。

――じゃあ、Seihoくんのなかにある神様――つまり、信念や理想とはどういうものか、もう少し具体的に言語化してもらうことはできますか?

Seiho:僕にとっての理想は、「常に今日が理想の世界だ」ってことですね。生まれてきてから今まで、ずっと理想の世界にいるから、困ったこともないし、悩んだこともない。でも常に、もしかすると明日は理想じゃないかも、っていう不安だけがある。まあ、運よくずっと理想の世界にいるんですけど。でもその不安は消えないし、考えることをやめたら理想じゃなくなるかもしれない。だから、考え続けるしかないな、って思っていますね。もっと言うと、僕の幸せが世界の幸せじゃないですか。これが重要なんですよ。

――そうなんですよね。逆も然りで。だからこそ、自分が不幸になるような無理は絶対にやっちゃいけないという。

Seiho:社会なんか、結局はそれでしかないから。「自分は幸せだ」って言ってしまえば、それで幸せになる。だから、何かを嘆く必要なんてないんですよね。

渋谷で始めたおでん屋「そのとうり」に込めた設計思想とは?

――ところで、音楽以外の活動で言うと、Seihoくんは2018年に渋谷でおでん屋「そのとうり」を始めたじゃないですか。店主はSugar's Campaignのヴォーカルのあきおくんで。これはどういったアイデアで始めたのか。これについても教えてもらえますか?

Seiho:音楽を10年続けてきて、いろんなレーベルやマネージメントを見てきたから、そこでの既存のルールというのがわかってきたんですよ。「音楽業界は無駄が多いな」とか(笑)。それを嘆いているわけじゃないんですけど。でも、新しく自分でビジネスを立ち上げたら、自分で新たなルールを構築できるわけじゃないですか。そこがめっちゃ楽しくて。

――ゲームの規則そのものを新しく作り上げるための実験の場でもあったわけですね?

Seiho:そう。でも、おでん屋をやってみて、僕は経営者に向いてないなと思いました(笑)。

――どういうこと?

Seiho:誰が働いても成功する店を僕は設計できないから(笑)。プロデュース仕事もそうで、誰が歌ってもいい感じになる曲を作れるプロデューサーっているんですよ。それもすごい才能だと思うんですけど、僕の場合は違う。やっぱり「ひとりひとりまったく違う個性をどんな風に輝かせてあげることができるか?」という発想をしてしまうんです。

――具体的に「そのとうり」をどのように設計したのか教えてもらえますか?

Seiho:あきおは、ひとつのことを丹精を込めて、愛情を込めて作る人なんですよ。だから、多分、いろんなご飯を食べ歩いて、そのなかから面白いものを見つけてやってみるのは彼には向いていない。そうじゃなくて、本当に決められたルールのなかで丁寧さが求められる「出汁」を扱うのがいんじゃないか。和食は、決められたことを決められたようにちゃんとできるかが勝負なんです。しかも、それを毎日繰り返すことができるか。本当にミニマルなんですね(笑)。でも、そういう筋トレみたいなことが彼は得意なんですよ。だから、お店は出汁を使った食べ物にしようと。一事が万事、こういうところから発想してしまうんで、まったく違う人がおでん屋を始めてもきっとうまくいかないんですよね。ただ、これはひとつの正解だと思っていて。彼でしか成立しない店はパクられないですから(笑)。

――おでん屋にしろ、これまでの音楽活動にしろ、いい意味で汎用性が効かないシステムやメカニズムを作ってきた?

Seiho:汎用性がないっていうのは、つまり個人っていう話なので。だから、如何に個人と真剣に向き合うか、っていうのが大事なんですよ。だから、僕が常に重視しているのは、「誰との掛け合わせなら一番面白くなるか?」 ってことなんです。

アートの役割とは、自分とは一番遠い人にまで手を伸ばすこと

――自分の発想も近いところがあるので、思わず相槌を打っちゃいそうなんですけど(笑)。ただ、今の世のなかは、クチュールやオーダーメイドではなくて、汎用性が効くフォーミュラをひとつ作り上げて、それを拡大再生産するためのシステムを作る方向に向かいがちで。Spotifyが成功したらApple Musicが乗っかってくる、そういう話ばかりだったりする。Seihoくんの考え方は決して一般的なビジネスの常識に沿ったものではないから、そこに価値を見いだせない人もいるんじゃないか。

Seiho:正直言うと、そういう人たちを説得するのはホント時間の無駄なんですよね。自分たちでフォーマットを作って、場所を作って、実際にやってしまった方が早い。その結果と併せて、ようやく理解してもらうっていうか。でも同時に、そういう自分とは遠いところにいる人たちにも「どうやって手を伸ばせばいいのか?」とも考えるんです。「そういう奴らはそういう奴ら」っていう考え方は、僕はあんまり好きじゃなくて。

――むしろ、まったく違う価値観や立場を持った人々に訴えかけることこそがアートの役割だと思っている?

Seiho:そうですね。だって、全人類を救うために音楽をやりたいじゃないですか。勿論、現実的にそれは無理だと理解していますよ。自分の周りの人たちから少しずつ同心円状に幸せを広げていくしかない。それも理解しています。でも、自分とは一番遠い人のことを気にかけておくことも大事だと思うんですよね。それって実はすごく難しいことなんですけど。

――でも、それこそがやはりポップ・アートの役割ですよね。僕のなかでのポップの定義というのは、普段は決して交わることがないクラスタ同士が「ある一瞬」だけひとつになる触媒なんです。そんな瞬間をキャプチャーすることが可能なはずだと考えるのがポップ。

Seiho:僕はやっぱりすべての人が感動できるひとつの音楽がどこかにあると思っているんですよ。それがいつか出るって信じている。全員がカードを切り続ければ、「これだ!」っていうのがいつか出るんじゃないかって。それは社会のシステムも一緒で。

――じゃあ、時間も無くなってしまったので、最後にSeihoくんが考える理想的な社会のシステムがどんなものなのか訊かせてください。

Seiho:僕の大きな考え方として、ひとりが億万長者になるより、一万人がご飯が食べられる社会の方がいいんです。ミュージシャンは特にそうで、世の中に一曲しかない世界よりも、世の中に一万曲ある世界の方が絶対に素晴らしい。そう考えると、何か特殊な体験をした人間だけが語っている世界よりも、全員が平等にぺちゃくちゃ喋っていて、意見交換をしている社会の方が、僕は幸せだと思うんです。そういう社会を築き上げることこそが、僕たちがしなくてはいけないことで。これを音楽を通して、どうやって構築していくか。で、そういった理想的な社会の在り方を実現する方法も、みんなでずっとカードを切り続ければ、いつか出るんじゃないかって思っていて。それを信じながら、出し続ける行為が大事なんじゃないですかね。それが信じられなければ、僕はもう音楽を作ってないですから。


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