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2 #カルチャーはお金システムの奴隷か?

バンクシーの正体、高騰するアートとお金のけもの道【追記あり】

コントリビューター保科好宏(YOSHIHIRO HOSHINA)
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バンクシーを15年以上前から追っていた筆者としては、ようやくここまでポピュラーになったかという思いで隔世の感がある。

1億5千万円で落札されたアート作品をシュレッダーで裁断した、アーティストのバンクシー。2019年に入っても、東京で日の出の防潮扉に描かれたアートの真贋騒動(都庁舎が展示する為、バンクシーサイドに問い合わせメッセージを送ったものの返事はないと報道されているが〔※文末に追記あり〕、これは本物)、千葉県印西市の公衆トイレの壁、九十九里・片貝漁港の防波堤の壁画など、日本のニュース番組も取り上げるほど。先日もまた、2009年に『Banksy VS. Bristol Museum』で初公開されたバンクシー最大の作品「退化した議会」が、EU離脱で混迷する2019年のイギリス議会を10年前に予言したとして、ブリストル・ミュージアムで再展示されたという話題がニュースになっているから驚く。

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2009年『Banksy VS. Bristol Museum』で初公開された時の「退化した議会」。
Photo by yoshihiro hoshina

4月1日、香港のサザビーズ・オークションで、バンクシーの25.5x20.2cmサイズの小さなキャンバス「Keep It Real」が約4,500万円で落札された。同作品は、2001年にバンクシーの個展で最初に売られた。当時の値段が僅か2万円ほどだったことから、20年で2,000倍以上に値上がりしたことになる。

この作品をオークションに出品したのはZOZOの前澤友作氏だ。彼がいつ、いくらで購入したかは知らないが、同作品が2009年6月にロンドンのサザビーズで落札された時点での値段は約430万円だった。

バンクシーの作品高騰は珍しくない

何故、バンクシーの作品は高騰し続けているのか?

当然ながら、バンクシーへの注目や関心が世界中で高まるのに比例して、彼の作品の値段は高騰し続ける。現代アートの値段は需要と供給の関係で成立しているからだ。

ただ、バンクシーの作品の値段が高騰するのは何も特別ではなく、現代アートの世界ではさほど珍しいことではない。この20年で、作品の価格が100倍から1,000倍に跳ね上がった日本人アーティストだけでもざっと10人はいるはずだ。草間彌生、奈良美智、村上隆が代表的だろう。

誤解されやすいのは、バンクシーのセルフ・ブランディングが常に注目されることだが、バンクシーは自身のアーティスト・バリューを上げるため、売名行為だけで犯罪スレスレの奇抜な行動を起こして来た訳では無い。彼の行動における最大の目的は、自身のメッセージを伝える為なのは明白だ。その結果として、本人が望むと望まざるとに拘わらず、バンクシーの行動が知名度を上げる要因になっているに過ぎない(勿論、街中に無許可でミューラル〈壁画〉を描くのは犯罪行為だ)。

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グリーンピースのキャンペーン・ポスター。
Photo by yoshihiro hoshina

バンクシーは2004年に国際環境NGOである「Greenpeace」のキャンペーン・ポスターを手掛けたのを最後に、NIKEやマイクロソフトを始めとする大手企業からの仕事のオファーでさえも一切断って今日に至る。

近年は中東問題や難民問題についてのメッセージを発信する機会が多い。彼の主張を鮮明に形にしたものとしては、2015年8月に開催されたテーマパーク『Dismaland』や、2017年3月にヨルダン川西岸のイスラエルとパレスチナを分断する壁から僅か数メートルしか離れていない場所にオープンした「世界一眺めの悪いホテル」と題した『The Walled Off Hotel』に見ることができる。特に後者のホテルではパレスチナ人を雇ったり、ホテル内の売店で現地人アーティストの作品を販売して、その売上を地元に還元するなど、社会貢献に尽力していることも忘れてはいけない

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2015年8月に開催された悪夢のテーマパーク『Dismaland』。
Photo by AmandaLewis/Getty Images

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『Dismaland』の招待状。

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2017年3月、「世界一眺めの悪いホテル」とのキャッチコピーでオープンされた『The Walled Off Hotel』。
Photo by Ilia Yefimovich/Getty Images

実はバンクシーにいち早く目を付け、デザイナーとして起用したのは〈And A〉と〈Montage〉という日本のアパレル・メーカーだったというのは知る人ぞ知る話だろう。2002年秋、2つのブランドはバンクシーに依頼してTシャツを作っている。バンクシーも当時来日しており、〈And A〉の大阪と東京のショップでバンクシー展を開催していた。

その時にバンクシーが作品を描いた段ボールは、今でも原宿・明治通り沿いのショップ(追記 4月25日 22:16 :〈And A〉ではない)に展示してあり、店内に入れば誰でも自由に見ることができる(今現在、作品はアクリルボックスに収められている)。

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原宿・明治通り沿いのショップで観られるバンクシー(2002年制作)。
Photo by yoshihiro hoshina

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こちらも同じく2002年制作のもの。
Photo by yoshihiro hoshina

来日時にバンクシーが作品をステンシル・スプレーで描いた段ボールやキャンバス、透明のアクリル板などは、大きなサイズの物を除けば2万円〜4万円程度で買えたそうで、当時は裏原宿のストリート系ファッション・ショップで、今では数百万円する版画が1万円前後で売られていたという話もある。

前述の、日の出の防潮扉のラットも、この2002年の来日時に描かれたものと推測できる。筆者は実は、2012年2月に偶然見つけて写真を撮っていた。どうして見つけたかと言うと、その扉のある建物がその年に開設したばかりのSBIアート・オークションの会場だったからだ。まさかバンクシーも、バンクシーの作品が数多く出品される、日本における現代アート・オークションのパイオニア的存在の会社がそこでスタートするとは夢にも思っていなかっただろう。

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2012年に筆者が撮影した東京・日の出の防潮扉のバンクシー。
Photo by yoshihiro hoshina

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2012年撮影の日の出の防潮扉のバンクシーの全体像。
Photo by yoshihiro hoshina

バンクシーのマネージャーH.C.女史の才腕

バンクシーの転機は2006年、現在のマネージャーであるホリー・カッシング女史との出会いからだ。ロンドン出身のH.C.女史は、ハリウッドでアンジェリーナ・ジョリーとブラッド・ピットのマネージャーだった当時、二人をバンクシーの個展『Barely Legal』に連れて行った時に出会い、その後彼のマネージャーとなりロンドンに戻ることとなる。バンクシーはそれまでマネージャーだったスティーヴ・ラザリドスの尽力で知名度を伸ばしていたが、H.C.女史がマネジメントに関わってからは、それまでの人間関係を清算するかのように殆どの知り合いと連絡を絶ち孤高の道を歩み始めた。またカッシング女史の最大の功績は、世界12の映画祭で最優秀ドキュメンタリー映画賞を受賞(アカデミー賞はノミネート)したバンクシーの初監督作品『イグジット・スルー・ザ・ギフト・ショップ』(2010年)のプロデューサーとして、映画界に精通した彼女の人脈とノウハウを活かして尽力し、バンクシーの知名度と名声を世界的に高めたことだろう。

H.C.女史がマネージャーになってから初めて手がけたイベントが、2009年にバンクシーの故郷であるブリストルの美術館で開催した『Banksy VS. Bristol Museum』だ。

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2009年に開催された「Banksy VS. Bristol Museum」。
Photo by yoshihiro hoshina

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Bristol Museumの景観。
Photo by yoshihiro hoshina

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「Banksy VS. Bristol Museum」で展示された同郷出身のイギリスを代表するアーティスト、ダミアン・ハーストとのコラボ作品。
Photo by yoshihiro hoshina

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前述の映画のタイトルにもなった作品で、実際にギフトショップの前に飾られていた。
Photo by yoshihiro hoshina

筆者はその数ヶ月前、ロンドンの日本食レストランでH.C.女史と出会った縁で、オープニングレセプションに日本から招待された。そしてそこで、バンクシーのスタジオを再現したインスタレーションの展示部屋で作業服を着て最後の飾り付けをしている人物に遭遇した。その人物を観察していると、H.C.女史とこっそり立ち話をしたり、同郷のグラフィティー・アーテイストであるニック・ウォーカーと挨拶している姿を目撃した。その人物こそまず間違いなくバンクシーその人で、なかなかのハンサムガイだった(バンクシーの正体として噂されることの多いマッシヴ・アタックの3Dではない)

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この工具を使って設営していたのが、バンクシーだったと思われる。前述の〈And A〉のバンクシー展で来日した本人が写った写真も持っているが、権利関係からここではお見せできないのでご了承願いたい。
Photo by yoshihiro hoshina

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展示作品のほとんどは買取可能でプライスリストもあった。実はこの時、本気で買うつもりでこのドローイングを100万円ほどで予約したのだが、バンクシーかマネージメント側の気が変わったのか、その後何も連絡がないまま。結局は買わず仕舞いになってしまった。小品ながら、バンクシーの確かなデッサン力が分かる。
Photo by yoshihiro hoshina

同時期からバンクシーは、H.C.女史のハリウッド人脈やセレブリティの繋がりを活かして、コミッションワーク(委託制作)で作品を直接販売する流通システムへと移行している。また2006年からイギリスではオークションで作品が転売された際にアーティスト側にも数パーセントのコミッションが還元されるという「アーティスト・リセール・ライツ(ARR)」という制度がスタートした。この制度は元値が安く、値上がり幅がとんでもないバンクシーのために作られたような制度と言えるだろう。他にも恩恵に預かったアーティストは多いが、制度の導入時期とバンクシーの作品がメジャーなオークションに出始めた時期が重なることから、彼の存在が何らか影響した可能性は充分にあると思う。

あくまで推測だが、バンクシーがマネジメントを変えた理由は、アート活動の運営方針を巡る考え方の違いではないだろうか。そうした事情の一つにラザリドス時代には、道路標識や塀などに描かれたストリート・ピースから、バンクシーが友人にプレゼントした作品に至るまで、バンクシーの作品が本物であることを保証する為に証明書「C.O.A.」(Certificate of Authenticity)を発行していたが、H.C.女史に代わってからはC.O.A.は、認証団体「PEST COTROL」からの発行に統一され、ストリート作品や友人にプレゼントした作品には、原則としてC.O.A.が発行されなくなったからだ。この証明書があると無いとでは、有名オークション会社が取り扱ってくれるかどうかの対応も違えば、販売金額も桁が違ってくる

30秒で作る作品が1億円を超える

さて冒頭のロンドン・ササビーズ・オークションでの「Girl With Balloon」シュレッダー事件について、謎解きをしておこう。

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Photo by Alexander Scheuber/Getty Images

実はアート関係者の間では、当初から(全員ではないが)サザビーズの主要スタッフは承知の上での企画パフォーマンスだったのではないかという疑惑がある。というのも1億円を超える作品となれば、コンディションを調べる為、額を開けて作品の表裏を確認するのが常だからだ。

同作品は2006年の『Barely Legal』展での展示後、バンクシーが友人にプレゼントしたものだが、その時点でバンクシーは同作品がいずれオークションに出品されるだろうと予想してシュレッダーを仕掛けたとも言われている。

サザビーズの説明も紹介しておきたい。さまざまな憶測に対し、シュレッダーは額の奥深い所に仕掛けられていて予見できなかったとのこと。しかしバンクシーが額にシュレッダーを仕掛けてから12年の歳月を経て、電池交換もせずに果たしてシュレッダーが稼働するのかという疑問も含め、謎は謎としてまたバンクシーの新たな伝説になるのは間違いない。

ただ完全裁断できなかったのは失敗だったとバンクシーも声明を発表した。作品タイトルも「愛はゴミ箱の中に」(Love Is in the Bin)と改題された。

この「Girl With Balloon」は、切り抜いたステンシルさえあれば、何点でも一枚30秒足らずで作ることができる。これはストリート・アーティストが警察に捕まらず、素早くクオリティの高いミューラルを仕上げるための最高の武器なのは間違いない。そうやって作られた作品が、シュレッダーで裁断されたことで、1億5千万円を遥かに上回る、2倍以上の作品価値が付いたと言われているから皮肉なものだ。落札した人はキャンセルする権利があるにも関わらず購入し、作品は2月から3月にかけて南ドイツのフリーダー・ブルダ美術館で特別展示された。展示期間中、この美術館開館以来の観客動員記録を樹立したとのこと。

バンクシーが開拓したアート経済のポジション

バンクシーの成功の本質は、どこのギャラリーにも所属しなかったこと(ギャラリーには特定の契約アーティストの個展を中心に開催し作品を販売するプライマリー・ギャラリーと、特定のアーティストとの契約はせず、オーナーが買い集めた作品を販売するセカンダリーと呼ばれるギャラリーがある)と、正体不明のミステリアスなアーティストというポジションを守り続けていることにある。それは、2000年初頭にまったくのDIYで「POW」(ピクチャーズ・オン・ウォールズ)というアート販売会社を仲間と共同設立し、自身の作品だけでなくINVADERやDOLK、3D等、数多くのグラフィティー・アーティストの版画作品をネット販売し始めたことに始まっている。

現代アートの世界では、ササビーズやクリスティーズ、フィリップスといったメジャーなオークションに頻繁に出品されるようになってこそ初めて一流のコンポラリー・アーティストと呼ばれる。その地位を掴んだ21世紀以降のグラフィティー・アーティストは、予備軍は何人かいるものの、現時点ではバンクシー、KAWS、STIK、INVADERくらいしか見当たらない。POW設立以降、そしてハリウッドやセレブリティに注目され始める2000年代後期から現在に至るバンクシーの成功の道筋は後世までアートの歴史に名を残すことは間違いない。

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ホームレスだった過去もあるSTIK。UKのグラフィティ・アーティスト出身の新星である彼もまたバンクシーの開拓した道筋がなければ現在のポジションはなかった。
Photo by Ben Pruchnie/Getty Images

※追記 4月25日(木)20:43 :

NHKのお昼のニュースでも伝えられたが、今日(4月25日)から連休中の2週間(5月8日まで)、都庁で防潮扉の”ラット”が一般公開され、長蛇の列が出来ていると言う。

そのニュース記事で驚いたのは、都側が真贋を問い合わせた先が、バンシー本人のインスタグラムだったとか。もしこれが本当だとしたら大きな間違いで、作品の真贋は“PEST CONTROL”という、オリジナル、版画を含めて判断するバンクシー作品の認証機関に写真を添付したメールで問い合わせなければならない。

ただし、たとえこれが本物だとしても、ストリート作品に対しては、それを承認しないというのがルールなので、そういう返事がメールで届くことになっている。

筆者は以前、パリス・ヒルトンのCD(パリス・ヒルトンのCDに細工して店頭に忍ばせた「作品」騒動の現物を所持していた)の件で問い合わせたところ、数日後に「ストリート・ピースには証明書を発行出来ません」との返事が届いた。

それはともかく、都庁の“ラット”が本物である物的証拠をもう一つ、特別に公開しよう。これは2002年に〈And A〉の店内で行なわれたオープニング・レセプション時の写真。

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この“ラット”はバンクシーが日本で制作したもので、同じステンシルであの防潮扉の”ラット”が描かれた。これは事実である。


※追記 4月26日(木)17:56 :

昨夜、テレビ朝日の「グッド!モーニング」から都庁で公開された防潮扉のバンクシー・ラットの取材を受け、今朝の放送で筆者のコメントが放送された。緊急ニュースが入り時間的な制約があったせいか、放送部分のコメントだけでは誤解を招きかねないので、補足しておきたい。

まず、あの防潮扉の“ラット”は、ストリートに描かれたものであるため、仮にバンクシー側に問い合わせても本物と認めることはない。

そこで現時点でのあの“ラット”の価値について個人的な見解を述べておこう。メジャーのオークション会社はCOA(証明書)がない作品は取り扱わないケースが多いので評価は難しいが、状況証拠が揃い本物に間違いないこと、これだけ話題になっていることから、1,000万円程度なら買いたいと言う人は何人もいるだろう。もしかしたら5,000万円出してもいいと言う人がいても不思議はない。

ただ、状態も17年間も風雨にさらされたせいか、僕が発見した7年前よりもスプレーの色も薄くなっており、今後も作品として扱われる可能性は低いので、それだけの価値があるかと言うと微妙だ。そしてまた、そういうことを一番望まないのがバンクシー本人なのは間違いない。しかもこのラットは、メッセージを訴えるためのミューラルというよりは、来日した記念にちょっとしたいたずら心で残した程度のものだけに、今回の都庁でのラット公開にまつわる大騒動を彼はどんな思いで見ているのだろうか?

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筆者が実際にPestControlOfficeに問い合わせた際の返信メールに添えられていたイラスト。




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