ガス・ヴァン・サント監督が『ドント・ウォーリー』で辿り着いた「優しき目線」
アカデミー賞で二冠に輝いた『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』や、カンヌ国際映画祭でパルムドールと監督賞を受賞した『エレファント』など、数々の名作でファンを魅了してきたガス・ヴァン・サント監督。2014年に死去した俳優ロビン・ウィリアムズの発案だったという新作『ドント・ウォーリー』は、実在した風刺漫画家ジョン・キャラハンの物語だ。自動車事故により車いす生活を余儀なくされ、酒に溺れて自暴自棄な日々を送っていたものの、漫画と出会い、少しずつ変わっていった彼の波乱万丈な人生が、独特のユーモアと温かい目線で描かれている。
FUZEでは映画の日本公開を前に、10年ぶりに来日した監督にインタビューを行った。ホアキン・フェニックス、ルーニー・マーラ、ジャック・ブラック、ジョナ・ヒル、キム・ゴードン、ベス・ディットーら出演の『ドント・ウォーリー』は、5月3日より全国公開される。
漫画家の名前が出た時点で映画化を快諾した
——日本では風刺漫画になじみが薄いので、本作の主人公ジョン・キャラハンさんを知っている人も多くはないかもしれません。彼はアメリカの風刺漫画界に、どのように貢献したのでしょうか?
ガス・ヴァン・サント監督:彼はアメリカでは十分に知られていて、その作品は“キャラハン漫画”と称されていた。「アダムス・ファミリー」でおなじみのチャールズ・アダムスのように、もっと有名な人もいるけれどね。もしくは、「ザ・シンプソンズ」のマット・グレイニングとか。確かマット・グレイニングが同郷のジョン・キャラハンの作品を知っていて、自分のエージェントに紹介したんだと思う。ほかにもシアトルのリンダ・バリーとか、「ドゥーンズベリー」を手がけたギャリー・トゥルードーなんかは有名だよ。「ドゥーンズベリー」は知ってる? とても有名な漫画だよ。
そんな感じで、もっと有名な漫画家はほかにもたくさんいる。でも、キャラハンも無名というわけではない。国外では知られていないけど、アメリカで漫画に詳しい人だったら知っているはずだ。主に障害者の下ネタで知られていたんだ。ある意味、それが最も搾取的な方法だからね。ユーモア作家やダジャレ漫画家としても知られていた。
——生前のジョン・キャラハンと、原作の映画化権を持っていた俳優のロビン・ウィリアムズから、映画に必ず取り入れてほしいと言われたことはありましたか?もしくは、彼らから聞いた話で取り入れたことはありますか?
監督:僕はロビンとは直接話していなくて、彼の製作会社のメンバーで当時の妻だったマーシャからのオファーだったんだ。「(映画化したい)本が二冊あって、一冊はダン・サヴェージの『The Kid』で、もう一冊はジョン・キャラハンの『Don't Worry He Won't Get Far on Foot』なのだけど」という話だった。先に『The Kid』を読んだんだけど、彼らがキャラハンの名前を出した時点で、「最高だね、ぜひ手がけたい」と言ったよ。当時のロビンは『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』(註:1997年公開のガス・ヴァン・サント監督作品)でアカデミー賞の助演男優賞を受賞したばかりだったから、僕にオファーが来たのだと思う。そういうわけで、ロビンとは本作について話した記憶がないんだ。そこに本があったから、僕が「脚本を書きます」と言って、実際に書いて彼に送ったんだ。
発案時はロビン・ウィリアムズ主演だったが……
——ロビンは当時の脚本について、何かおっしゃっていましたか?
監督:何も(笑)。時間は過ぎていき、何も起こらなかった。そして2年が経ったところで、再びマーシャから連絡があった。新しい脚本家を迎えて、新たな脚本を作りたいという話だった。だから僕は別の脚本家を雇って新たな脚本を手がけたのだが、ここでも何の返事もなかった。
——脚本を書くために、ジョンにインタビューしたのですよね?
監督:脚本を書いている間、ずっとジョンとは話していたよ。
——作品に取り入れてほしいことなど、ジョンから何かリクエストはありましたか?
監督:彼自身が良いと思ったのであろう話を、いろいろ聞かせてくれたよ。ジョンは僕らを特定の方向に導くつもりはなかったようだ。でも、ドニー(註:ジョンがアルコールを断つために参加した断酒会の主催者で、彼の人生の師。劇中ではジョナ・ヒルが演じている)については、たくさん聞かせてくれた。ドニーのことは大切に思っていたんじゃないかな。ふたつ目の脚本を書いている段階で、彼はドニーを作品のなかでより大きな存在にするよう僕らを導いた。そして、僕自身が脚本を書く段階になって、ドニーと断酒会のグループをさらに大きな存在にしたんだ。
——ジョンは自分の人生が映画化されることを喜んでいたのですか?
監督:ジョンは誰よりも楽しみにしていたと思う。ロビンや僕には他の作品もあったけど、ジョンにとっては本作が唯一の映画だったから。漫画は描いていたけれど、ロビン・ウィリアムズ主演で人生が映画化されるなんて、ものすごく大きなことだからね。彼は興奮していた。でもなかなか映画化されなくて、ジョンにとっては拷問のような状態だった。「映画化されるまでに全員死んじゃうよ」って文句を言っていたよ(註:その後、ジョンは2010年、ロビンは2014年に亡くなった)。彼にはどうやって前に進められるかわからなかったんだ。僕にもわからなかった。それはロビン次第みたいなところがあったから。
撮影現場で起きたキム・ゴードンの一刀両断
——撮影現場の雰囲気はいかがでしたか? 監督はミュージシャンとして活動されたことがあって、主演のホアキン・フェニックスもミュージシャンの役をやったことがありますし、ソニック・ユースのキム・ゴードンやゴシップのベス・ディットーはもちろん、ジャック・ブラックもバンドをやっています。さらに、ジョナ・ヒルは今度ヒップホップカルチャーについての映画を手がけるという話ですし……。
監督:そうなの?
——そういう噂を聞いています。そのようなメンバーなので、もしかしたら現場でも音楽の話で盛りあがったのではないですか?
監督:ジャックはテネイシャスD(バンド)をやっているから、日曜にライブだとかいう話はしていたけど、特に音楽の話をすることはなかった。音楽について話したことは数回だけだったよ(笑)。プレミアのときに、ジャックが若い頃に大好きだったバンドの話をしたら、キムがそれはロングビーチのベーシストがやっていたスピンオフバンドだって教えたことはあった。ジャックは世代的に元のバンドを知らなかったんだ。だから、彼はB級っぽいバンドをずっと聴いていたということがわかった。そんなような話しかしていないな。
——なるほど。
監督:ジョナとはなぜかファッションについて話した。彼はストリートファッションにハマっているんだよね。
本作のプロモーションでニューヨークに行ったとき、ストリートファッションがどれほど重要で、ヴァージル・アブローがどれほど重要で、彼はルイ・ヴィトンのデザインを担当しているだの、カニエ・ウェストとの関係だの、僕にいろいろと話してきた。そしたらキム・ゴードンが割り込んできて、「ストリートファッションなんて昔からあったじゃない。私は昔、シュプリームのショップの上に住んでいたわ。そんなの昔からずっとあるから」と言ったんだ。キムがその場から去ったら、ジョナが「言っておくけど、彼女は間違っているから。今のストリートファッションがすべてを乗っ取るんだ」って。結局どちらが正しいのかは知らないけどさ。だから、現場では音楽ではなく、ストリートファッションについてもめたんだ(笑)。

心配ない。退屈すれば、アイデアは浮かんでくる
——原稿が書けなくて元気がなかった日にこの映画を観たら、クスッと笑えて、感動して、心が温まりました。監督には、気分が落ちているときに元気づけられるものはありますか?
監督:ああ、書けないときって謎だよね。ものづくりがうまくいかなかったり、書けなかったり、アイデアが浮かばなかったりするときって、ちょっと休めっていうことなんだろうな(笑)。僕は普段からあまり落ち込むことがなくて、それは良いことだと思う。でも、退屈することはあるんだ。そしてすごく退屈すると、なぜかアイデアが浮かんでくるんだよ。だから、僕にとって退屈するのは良いことなんだよね。スケジュールを決めず、何もやることがない状態にして、退屈するようにしている。これが僕のスタイルさ。何もやることがないときにアイデアが浮かぶんだ。
——長年にわたって素晴らしい作品を発表してこられましたが、ものづくりの原動力は何ですか?
監督:ものづくりは、かなり若い頃に始めたことなんだ。確か13歳の頃に、ものづくりをしなくちゃと自分のなかで決めたんだよね。当時は漫画とか絵とかだったと思うんだけど。仲の良い友だちグループとは別に、仕事仲間みたいなグループがいたんだ。どうして自分がものづくりをしていたのかわからないけど、やっていて楽しかった。でも、それは自分が起こしたことではなく、最初から自分のなかにあったんだと思う。ある意味、自分の意志ではなかったんだよ。

ガス・ヴァン・サント × 野村訓市 イベント『ドント・ウォーリー』ティーチイン
来日中には監督のティーチイン付の最速試写会が開催され、ファンが直接質問できる機会が設けられた。監督はジョン・キャラハンとの出会いについて、「80年代に出会ったんだ。彼は漫画家としてポートランドで知られていて、僕はポートランドで『ドラッグストア・カウボーイ』を撮りはじめたところだった。僕は彼の漫画を面白いと思っていたよ。でも障害者にまつわるユーモアを描くことが多かったから、連載していた新聞には苦情が届いていて、彼はそれすら喜んでいた」と振り返った。
劇中では、日本ではあまり親しみのないAAミーティング(註:アルコホーリクス・アノニマス・ミーティング=匿名のアルコール依存症者集会)と呼ばれる断酒会が登場する。「グループセラピーについて、僕はかなり詳しかったんだ。とてもエキサイティングなものだよ。8人くらいで輪になって座り、お互いの腹を探り合うんだ。みんな自分の問題について、何かしら嘘をついているからね」と監督。
「断酒会の要素があったからこそ、エキサイティングな映画になりそうだと思った。面白いものができるかもしれないと思ったんだ。僕自身は(劇中のジョン・キャラハンが断酒会で学んだ)12のステップをやったことはない。だから今でも問題を抱えているよ(笑)」とのこと。ちなみに劇中の断酒会でのキム・ゴードンやベス・ディットーの話は、彼女たちのアドリブなのだとか。
また、気になる今後の活動について質問が飛ぶと、「今はパリ・ファッション・ウィークに関する物語を書いている。少年と父親の物語だ。パリ・ファッション・ウィークを舞台にした『パラノイドパーク』みたいな感じかな」と明かした。
映画『ドント・ウォーリー』
監督・脚本・編集:ガス・ヴァン・サント
出演:ホアキン・フェニックス、ジョナ・ヒル、ルーニー・マーラ、ジャック・ブラック
音楽:ダニー・エルフマン 原作:ジョン・キャラハン
原題:Don’t Worry, He Won’t Get Far on Foot
2018年/アメリカ/英語/115分/カラー/PG12
配給:東京テアトル 提供:東宝東和、東京テアトル
公式サイト : www.dontworry-movie.com
5月3日(金・祝)ヒューマントラストシネマ有楽町・ヒューマントラストシネマ渋谷、新宿武蔵野館他全国順次公開
Photos(Gus Van Sant):Victor Nomoto - METACRAFT
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