自動車産業の未来を、どこまで予測できるのか──ベルリンに集まるスタートアップの危機意識と社会性の再構築
世界を激変させてきたスタートアップ。かつての日本にも、その姿はあった。1946年に生まれた東京通信工業株式会社は、その設立趣意書の「会社設立の目的」の第一項に、こんな言葉を掲げている。
「真面目なる技術者の技能を、最高度に発揮せしむべき自由闊達にして愉快なる理想工場の建設」
愉快なる、という部分が素晴らしい。自らの持つ技術を競争環境に置くだけでなく、そこにいる人々が創意工夫を尽くし、楽しく創り上げる理想。きっと彼らは、その環境だからこそ、真に社会を変えうる技術が生まれると信じたに違いない。この会社は後のソニーである。
翻って今の日本は、その環境にあるだろうか。力なく首を振るしかない。では、どこかの地に流れがあるだろうか。おそらく、いま見るべき場所はドイツ、ベルリンだ。
株式会社インフォバーン・グループが主催するイノベーション・ハブ「Unchained」が、ベルリンのイノベーティブテックカンファレンス「Tech Open Air(以下TOA)」のオフィシャル視察ツアーを実施した。TOAのオフィシャル日本パートナーである彼らは、日本企業のイントラプレナーを支援する活動として、TOAの開催時期に日本企業向けに現地視察やローカルの企業とのネットワーキングを積極的に展開している。
TOAは、2012年にクラウドファンディングで始まり、800人を集めたカンファレンス。その後も規模を拡大し、2019年度は3800人のCxOが世界中から集い、来場者は2万人を数えた。世界各地から150人のスピーカーが、15分ほどのショートプレゼンを行っていく。同時にベルリン市内にもサテライトイベントを併催。現在では「欧州のSXSW」との呼び声も高く、ドイツ最大規模のテックカンファレンスに成長した。
去る8月6日に、Unchainedは今年度のTOA視察ツアーの報告会を実施。ベルリンに息づくスタートアップカルチャーとテクノロジービジネスの最前線を体感した日本人参加者たちが、各々の目で見た景色を伝えてくれた。今回は、報告会の注目からふたつのプレゼンテーションに絞って紹介する。
ブロックチェーンは当たり前。今年度の注目は「モビリティ」
株式会社インフォバーン代表取締役CVOであり、Unchained事業統括プロデューサーを務める小林弘人は、今年度のTOAでは、昨年まで熱く注目されていたブロックチェーンがあらゆる領域の基盤として導入され始め、その技術と連携して「いかにビジネスを行うか」というフェーズに企業のマインドセットはシフトしたと総括した。ブロックチェーンはもはや当たり前になったのだ。
今年目立ったトレンドとして、小林はモビリティを挙げる。なかでもフライングカー、あるいは「E-VTOL(イーブイトール)」と呼ばれる垂直離発着型の機体は注目だ。垂直に離陸するため滑走路がいらず、都市空間でも用いやすい。近い将来、僕らの交通手段を激変させる可能性が高い。
ドイツのE-VTOLには2大巨頭と言われる企業がある。まず、Volocopterが開発するのは、言わば「空飛ぶタクシー」であり、大型ドローンをイメージしてもらうとよい。航続時間は30分で、都市圏を狙う短距離型の機体を開発している。2019年にはシンガポールでの実証実験もスタート。機体の開発だけでなく、離発着場所を簡便に設置できることも、彼らはミッションとして掲げている。
ミュンヘンをベースとするLiliumは、都市間移動用に使う中長距離を航行する機体を開発。垂直に離陸した後、主翼に搭載したファンを用いて水平に飛行する。アメリカのジョン・F・ケネディ国際空港からマンハッタンまで6分間で移動できるという。あくまでGoogle マップ調べだが、電車や自動車なら1時間ほどかかる距離だ。そして、「将来的にはタクシーと競合するくらいの料金になる」とも彼らは言っている。飛行実験にも成功し、Volocopter同様に離発着場所やアプリの開発も進められている。
電動キックボードのシェアリングサービス「Tier」を始めとしたマイクロモビリティの分野は激戦区となりつつある。フライングカーで着陸した後の「ラストワンマイル」を埋めるサービスとして期待が掛かる。
大手企業もこの流れに追随する。自動車メーカーのダイムラーとメルセデス・ベンツは共同で1200億円以上を出資しモビリティ事業を手掛けるスタートアップを5社も設立。公共交通機関を含めた乗り換えルートの提案をするReach Now、公共パーキングを利用する乗り捨て型のカーシェアリングサービスであるShare Nowなどが動いている。
「ダイバーシティ」を支えるスタートアップの台頭
小林は、AI領域のディープテックにも目を配る。
量子コンピューターのCambridge Quantum Computingは、数年内に現在では強固といわれる「RS256」暗号を5分で解き、5Gを超える新しい通信技術の研究も進行中。ブロックチェーン技術を活用したエネルギーの売買を手掛けるGrid Singularityも、確実に近くにある未来像を見せるのに十分な存在だ。
また、ジャンルをひとくくりにできない「オルタナティブ」なものたちとして、小林は複数の会社や起業家の名前を上げた。あえて言えば、「ダイバーシティ」や「インクルージョン」がキーワードになっている事業が多いという。
起業家の倫理を守るメンタリングを行うErika Cheungは、血液検査ベンチャーとして時の人となったTheranosで内部告発をした一人だ。元NFL選手であり、スポーツ界におけるLGBT支援活動を行うWade Davis、元googleエンジニアでゲイのためのデーティングアプリ「SCRUFF」を作るEric Silverbergも印象深いという。
マイアミで地域開発を行うファンドを立ち上げ、犯罪多発地区をイノベーションシティへと変貌させたMetro1のTony Choや、医療大麻から幻覚性などを除去して製造するCBDオイルを手掛けるTreesを率いる26歳のNikolas Simonの名も上った。
広範なバックグラウンドを持ち、多様なピッチに触れられるのは「とてもTOAらしい」と小林は語る。カンファレンスの内容からも多様性がにじみでている。
フードテックが切り開く、生活のエコシステム
報告会からもうひとつのプレゼンテーションを取りあげよう。株式会社顧客時間で共同CEOを務める岩井琢磨、奥谷孝司による見聞談だ。彼らはチャネル開発の観点から事業変革を導くコンサルティングを手掛けている。
ふたりはSXSWやCESといったアメリカのカンファレンスにも参加をしており、それらとTOAとの違いについて、「SWSWはテクノロジーモデル、CESはビジネスモデル、TOAはソーシャルモデルを見る場所だった」と語った。彼らの言葉を借りれば、TOAを通じたベルリンには「ソーシャルイシューに基づく、腰を据えた実装までを含んだ社会的な運動律」を見ることができるという。
オイシックス・ラ・大地の要職にも就く奥谷は、ベルリンのフードテックに注目した。垂直農業の革命を率いる、ベルリン発ユニコーン企業のinfarmについて、「生産ユニットがスーパー、学校、レストランにも置いてあり、生産現場と消費現場が直接的につながっている。非効率なサプライチェーンを無くすだけでなく、この環境を受け入れられるベルリンの人々のニーズの顕在化が興味深い」と話す。ちなみに、野菜はとても美味しかったそうだ。
また、ベルリンではアーリーステージ投資のVCが母体となったフードテック専門インキュベーターのAtlantic Food Labsの活躍も目覚ましい。投資先では、きのこ菌株を発酵した植物肉や人工チーズを手掛ける企業がある。「日本ではアンナチュラルな環境で育つものに対しての嫌悪感を乗り越えなければいけないが、トレーサビリティと安全性の観点でいえばフードテックで生まれるものは優れてもいる。環境づくりにはマーケティングが必要」と奥谷は述べた。
ふたりはinfarmを含め、ベルリン市内でフードテックの試みが可視化されている環境にも触れ、「ソーシャルイシューの解消が、消費の現場にも展開されている。街全体でエコシステムが構築されていることには一見する価値がある」と語った。彼らがベルリンで感じたのは、“テクノロジー、ビジネス、プレイス”が連動するダイナミズムだった。それは、ウィナーテイクオールでテッキーなビジネスモデルの終わりを意識させたともいう。
「ベルリンという場で育まれ、それがどこであっても持続できるためにテクノロジーが使われている。いちばん最後にテクノロジーがあるのが大事。ソーシャル(社会性)を考えながら、いかにテクノロジーやビジネスを組み込むかは、年代を関係なく考えられるはずだ」
ベルリンで感じられた社会とスタートアップの強い連動性。それは、強固なプロダクトを作ることで世界を切り拓いてきた経済的物質主義者にとっては、耳の痛い話かもしれない。
発表会の最後に、こんな話があった。
「ベルリンだと、スタートアップは“クール”だといわれる。でも、日本のスタートアップは頑張って苦労もしていて、投資家から短期の成果を詰められることも多い。スタートアップが生まれる環境、あるいはそれを取り巻く環境が違う」
シンプルな言葉ではあるが、僕には強く鳴り響いた。それまでの数ある最新事例が、どこか頭の中から遠のいていくようにも思えてしまった。スタートアップが「クール」と言われる環境が、空気が、はたしてこの日本で実現する日は来るのだろうか。
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