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2 #キャンセルカルチャー

インターネットによりエンパワーメントされた“人々”によってキャンセルされかけたテイラーが向かった場所

ライター柴 那典
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世界屈指のポップ・スターであるテイラー・スウィフトは、2016年に一度「キャンセル」されかけた経験を持っている。ご存知の方も多いと思うが、そのきっかけはカニエ・ウェストが同年にリリースした“Famous”を巡る騒動だ。「俺はまだテイラーとセックスするかもしれないって気がしてる。なぜかって? 俺があのビッチを有名にしたから」という“Famous”のリリックにテイラーは強く抗議。しかし、カニエの妻であるキム・カーダシアンは「テイラーには事前に許可を取っていた」として電話の録音音声を公開した。これによって「被害者」だったテイラーに対する風当たりは一変。世間では「嘘つき」のテイラーに対する猛烈なバッシングが始まり、#TaylorSwiftIsCanceled というハッシュタグがソーシャル・メディア上に蔓延するに至った。

そして、「カントリー・アーティスト」としてはテイラーの先輩に当たるディクシー・チックスもまた、今の言葉で言えば「キャンセル」されかけたことがある。以下の本論に詳しいが、ゼロ年代前半にイラク戦争を始めたブッシュ大統領を批判した彼女たちは、世間から激しいバッシングに合い、その楽曲は全米の主要ラジオ局で放送禁止にまでなっている。

それでは、この2組のアーティストを襲った「キャンセル騒動」にはどのような違いがあるのか? その違いには、どのような時代の変化や情報技術の進化が関係しているのか? そして、テイラーはその時代の変化を如何にして最新作『Lover』に反映させてみせたのか? 様々な社会環境/情報技術の変化から現代のポップ・ミュージックを読み解くことを得意とする、音楽ジャーナリストの柴那典が分析する。

リード:小林祥晴

『Lover』は過去への回帰ではない?テイラー・スウィフトが始めた「みなさん」の話

私は、自分の愛するものによって定義されたい

テイラー・スウィフトは、アルバム『Lover』のブックレットに掲載された序文で、こう語っている。

自分の嫌いなもの、恐れているもの、真夜中に心を悩ませるもので、私を定義されたくはありません。それは私にとって苦闘の対象かもしれないけれど、私のアイデンティティではない。あなたにとってもそうであればいいなと思う

アルバムは、ロマンティックなラブソングを集めた一枚だ。悪評を背負う「蛇としての自分」を歌った「Look What You Made Me Do」を筆頭にキャリア史上最もダークな内容となった前作アルバム『Reputation』とは、対照的なテイストになっている。

Taylor Swift - Look What You Made Me Do

アルバムのモチーフになっているのは、彼女が幼い頃、そして10代の頃に欠かさずつけていた日記だ。デラックス盤のCDには直筆の日記のコピーが封入されている。高校時代の可愛らしい恋愛のシーンを歌った「Miss Americana & The Heartbreak Prince」のような曲もある。

Taylor Swift - Miss Americana & The Heartbreak Prince (Official Audio)

そうした歌詞の内容や、親しみやすいカントリー・ポップの曲調が中心になっていることについて、彼女のスタンスが『Red』の頃に回帰したと捉える向きもある。

しかし、それは違うと思う。

インタビュアーに「なぜ高校時代のことを繰り返し歌詞にするのか」と問われ「じゃあ、何についての歌詞を書けばいいの? マーケティングの会議?」と返していたのが、2014年『レッド』の頃のテイラー・スウィフトだ。小沢健二が「岡崎京子展 戦場のガールズ・ライフ」によせて寄稿した「『みなさん』の話は禁句」という文章の中で、そのことに触れ、こう綴っている。

スターは大衆に細かく分析される、と言うけれど、もしかしたらスターのほうが、大衆なるものをより精密に分析する。社会を分析する。

でも、スターたちはその話はしない。「みなさん」の話は禁句だから。

そこから5年。様々な騒動や炎上の当事者となり、『Reputation』(=評判)という、まさにスターと大衆との関係をテーマにしたアルバムを経てきた経験も、アルバム『Lover』には刻み込まれている。収録曲「Archer」の「私はずっと射手だった。私はずっと獲物だった」という歌詞は、その象徴だろう。

Taylor Swift - The Archer (Lyric Video)

2018年のアメリカの中間選挙を前に、テイラー・スウィフトは民主党支持を表明している。デビューから一貫して政治とは慎重に距離を保ってきた彼女は、それ以降、大きくそのスタンスを変えた。2019年6月にはLGBTQへの差別を禁止する法案に賛成票を投じるよう上院議員に送った書簡をSNSに公開している。同月に公開したアルバム収録曲「You Need To Calm Down」やそのMVも、LGBTQコミュニティをサポートするメッセージ性が込められたものだった。

Taylor Swift - You Need To Calm Down

大きな変化を遂げた社会の潮流の中で、むしろ、積極的に「『みなさん』の話」に踏み出したのが、今のテイラー・スウィフトだ。

ディクシー・チックスを襲ったゼロ年代前半の「キャンセル騒動」

そのことを踏まえて考えると、アルバム『Lover』のハイライトはディクシー・チックスがフィーチャリングで参加した「Soon You'll Get Better」と言えるだろう。アルバム『WIDE OPEN SPACES』(1998年)と『FLY』(2000年)を2枚連続で1000万枚以上売り上げ、名実ともにシーンのトップとなったカントリー・ポップ・グループ。テイラー・スウィフトにとっては10代の頃の憧れの対象だ。

Taylor Swift - Soon You’ll Get Better (Official Audio) ft. Dixie Chicks

そして、ディクシー・チックスは、16年前、2003年に起こったひとつの騒動の当事者でもある。

当時のジョージ・H・W・ブッシュ大統領がイラク戦争を始めたことを受けて、ディクシー・チックスは、3月に行われたロンドン公演のMCで「私たちはアメリカの大統領が(同郷の)テキサス出身ということが恥ずかしいと思う」と反対を表明した。

この発言が保守層に火をつけた。全米のラジオ局はグループの曲を放送禁止にした。ルイジアナ州ボージャーシティーでは怒ったリスナーが約15トンのトラクターでCDやアイテムを粉砕した。

2003年のアメリカにはイラク戦争への参加を拒否したフランスへの反発で「フレンチフライ」を「フリーダムフライ」と言い換える動きもあった。明らかにアメリカの保守層は冷静さを失っていた。

「スマート」の意味が更新された2010年代、キャンセルの主体はどのように変わったか?

ただ、そのことをおいておいても、2003年の「ブッシュ批判騒動」と2019年の「キャンセル・カルチャーのうねり」を比較することで、見えてくるものがある。

それは、人々が格段に“スマート”になった、ということだ。

この“スマート”は、「賢い」とか「お洒落な」といった、もともとの言葉が持つ意味での“スマート”ではない。「スマートフォン」や「スマートスピーカー」や「スマートホーム」の“スマート”だ。

2010年代は、“スマート”という言葉にあらたな意味が上書きされた時代だった。

今の時代の“スマート”とは、「常時接続し、ネットワークを通じて情報交換することで相互に作用する」ということを意味する。反対語は“スタンドアローン”だ。たとえば「スマートスピーカー」と「スピーカー」を対比させれば、そのことがはっきりする。

2003年、ディクシー・チックスは「キャンセル」されたカントリー・グループだった。しかしポップアイコンをキャンセルする主体は「人々」ではなかった。グループの曲を放送禁止にしたのは、全米で最多のラジオ局を所有するクリア・チャンネル・コミュニケーションズの意思決定権者だった。激しい糾弾とバッシングのうねりは巻き起こったが、リスナーにできるのは、抗議電話をかけるか、15トンのトラクターでCDを粉砕することくらいだった。

しかし、今は違う。

情報技術は、人を「常時接続し、ネットワークを通じて情報交換することで相互に作用する生き物」に変えた。人々は格段に“スマート”になった。だからこそ、ポップアイコンやファッションブランドをキャンセルする主体は「人々」になった。

そのことの是非には、本稿ではあえて踏み込まない。ただひとつ、間違いなく言えるのは、テイラー・スウィフトが、誰よりも精密にその変化を分析してきたスターのひとりであるということだ。

キャンセル・カルチャーの時代に、自らのアイデンティティを如何に規定すべきか?

だからこそ、彼女はかつての憧れであり、長らくカントリーの第一線を離れているディクシー・チックスを新作に迎え入れた。癌の宣告を受け治療中である母親のことを綴った「Soon You'll Get Better」という、アルバムの中でも最もパーソナルな内容の曲を共に歌った。

何でも自分の話に持っていきたくはない

だけど私は誰に話せばいいの?

「Soon You'll Get Better」では、こう歌われる。

『Lover』の最も重要なテーマは、アイデンティティだ。人々が格段に“スマート”になった時代に、何によって自らのアイデンティティを規定するか。何よりも“スタンドアローン”なメディアである日記をモチーフにしたことも、その象徴と言えるだろう。

眠れない夜に自分を苦しめるもの――生まれもった属性や他者の評価のようなものではなく、好きなものや愛するもの、自分の選びとったもので、自分のアイデンティティを定義する。

テイラー・スウィフトはそういうことを歌っている。

#キャンセルカルチャー