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21世紀のスポーツ「ドローンレース」をテレビ局に売った男

NEW INDUSTRY
エディターJay Kogami
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ドローン革命はテレビ中継される。

ディズニー傘下のESPNは歴史あるスポーツ専門テレビ局で、これまでNFLやMLB、NBAといった伝統的なメジャースポーツを放送してきたアメリカンスポーツメディアの象徴的存在だ。しかしながら、一般的には「スポーツ」と見なされず、注目されずにいた競技にも積極的に食指を動かしてきた。その代表例と言えば、数々のアスリートを生み出してきた、エクストリームスポーツの世界大会「エックスゲームズ」(X Games)を思い浮かべる人も多いはずだろう。

ESPNはこれまで、ポーカーやクロスフィットといった「スポーツ」の放送権も獲得してきた。最近、熱を入れているのは「eスポーツ」と呼ばれる対戦型ビデオゲームの世界大会の放送だ。

そしてESPNは今秋、これまでとは全く違う「スポーツ」をテーマにした番組を放送する。それは、無人のスタジアムや工場内を時速120kmで飛行する、ドローンレースだ。

契約を結んだのは、ドローン競技を主催するスポーツ企業「ドローン・レーシング・リーグ」(以下DRL)。ESPNとは、ドローンレースを全10回のシリーズで放送する契約を結んだ。「2016年シーズン」は、10月23日からESPN2で木曜と土曜に放送され、11月20日には決勝戦がESPNで2時間番組として放送されるというから、2社の力の入れ具合が垣間見れる。

ドローンレース

DRLは、「FPV」(一人称視点)のドローンレースが専門のパイロットたちを世界中から集め競争させる、ドローンレースのプロリーグであり、2016年からアメリカ各地でレースを開催している。カラフルなLEDライトで装飾されたカスタムドローンが、最高時速128km(時速80マイル)で、マイアミのハードロック・スタジアムや、デトロイトの自動車工場、LAの破棄されたショッピングモールの中に設置された、ネオンのフープやアーチ道、障害をくぐり抜け、時にはぶつかりパーツが飛び散る姿は、圧巻としか言い様がない

参加する25人のパイロットたちは、2017年のドローンレースに参加できる契約をめぐって競い合う。そして優勝者には「世界最高のドローンパイロット」の称号が与えられる

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DRLを立ち上げ、ドローンレースを次のスポーツ・エンターテインメントに進化させようと目論むのが、DRL創業者のニコラス・ホルバチェフスキ(Nicholas Horbaczewski)だ

彼の経歴を見る限り、ドローンや通信といったテクノロジー産業とは無縁だ。しかしながら、彼はドローンレース同様、一風変わったスポーツリーグの洗礼を受けたことでキャリアが変わったと言えるだろう。

ハーバード大を卒業したホルバチェフスキは、映画制作会社Leeden Mediaの共同創業者となる。作った2本の映画はメディアから評判だったが売れなかった。その後ハーバード大に戻り、MBAを取得し、Blauer Tactical Systemsという自衛のためのトレーニング専門の企業でチーフ・オペレーティング・オフィサー(COO)を努めた。

そして、ドローンレースを立ち上げる直前、軍隊並みの障害物コースで競争するイベントを主催する「Tough Mudder」の世界へと進む。世界7カ国で開催するTough Mudderは、約20kmのコースに仕掛けられたさまざまな障害物や環境を乗り越えて競争する、フィジカルとメンタルが要求される過酷なレースだ。ここでホルバチェフスキは上級副社長として、デジタルマーケティングからチケットセールスやスポンサーシップを指揮してきた。そして、ニッチなスポーツにおいてグローバル規模のコミュニティが育つ姿を目の当たりにする。同社を去る時には、世界中で60以上のレースが開催され、参加者は50万人に達する規模に成長していた。

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ホルバチェフスキとDRLは、ドローンレースのスポーツ化にとどまらず、レース運営の構造全体に変化をもたらそうとしている。

今年3月、ドバイで世界初のドローンレース世界選手権「World Drone Prix」が開催され、15歳のルーク・バニスター少年が優勝したことが話題になった。だが一方で、技術的な問題で中継やレースに遅れが生じる事態が発生した。レースがなかなか始まらないことにやきもきした人もいるのではないか?

DRLでは、操縦するドローンとパーツを独自開発し、標準化した。パイロットには、カーボンファイバーのフレームに電子機器を組み込み、暗闇でも目視し易いLEDライトを装着したカスタムドローンが渡される。そのためDELは、メンテナンスの時間を削減しただけでなく、レース技術を競う公平な環境を作っている。

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また美しいドローンレースの映像も、重要なマーケティングの機会と捉えている。そのため、各ドローンには小型のHDカメラを搭載。視聴者が飛び交うドローンの視点となってレースを楽しめる、テレビ向けの演出を行う。また、レースの様子に加えて、パイロットへのインタビューや、レース会場の紹介まで、エンターテインメントとして楽しめるYouTubeチャンネルにも力を入れている。

ホルバチェフスキにとって、ドローンレースはテクノロジーの進化がもたらした新たなスポーツだ。

刺激的なリアルタイムの体験にビデオゲームの興奮を混ぜたようだ。これは短距離走だ。100m走か競馬を見るようにワクワクする

ホルバチェフスキが起こすドローンレースの革命は、ドローン企業が実現できなかった一般社会への認知を、スポーツという側面から進めようとその第一歩を踏み出したばかりだ。DRLはESPNとの放送で、レースの内容だけでなく、参加する25人のパイロットたちへのインタビューや、開催地に迫ったドキュメンタリーテイストの番組を目論んでいる。「アメリカン・アイドル」や「X Factor」のようなリアリティ番組仕立てで、参加するアスリートたちのリアルなストーリーを知ってもらい、視聴者に共感してもらうことが狙いだ。

とはいえ、どのような反応が寄せられるのかは、全く予測できない。しかし、ドローンレース団体が仕掛ける新たなスポーツの登場は、ロボット操縦のレーシングカーを競わせる「Formula E」や、グーグルが開発した人工知能「AlphaGo」との対局と同様に、21世紀のスポーツ・エンターテインメント時代の幕開けであることに間違いない。