かつての共産主義国、欧州ITの中心へと。ブカレストでスタートアップが生まれる理由
NEW INDUSTRYテック系スタートアップと聞いて連想する都市といえば、どこだろう? 多分、シリコンバレー、ロンドン、ベルリン、北京、ニューデリーだろう。しかし数年後には、意外にもこんな街の名前が挙がるかもしれない。それが、ルーマニアのブカレストだ。
ルーマニアは現在、EU圏内で2番目に経済成長している国だ。かつての共産主義国は今では立派なIT大国となり、European Digital City Indexによると、ここ5年で170のスタートアップが立ち上がったという。

ルーマニアがIT大国に進化した理由の1つは、インターネット回線の速さだ。1990年代、近隣諸国が国中に銅線を張り巡らせる中、いち早く光ケーブルに目をつけていた先人たちの恩恵を受け、同国の回線速度は今やヨーロッパ最速、世界でも6番目である。
そしてもう1つの大きな要因が、ルーマニアが推進しているSTEM教育だ。STEMとは、科学(Science)、技術(Technology)、工学(Engineering)、数学(Mathematics)の頭文字を取ったもので、学生たちは高度な理系の知識を身につけたテック系スペシャリストになることができるのだ。
多国籍な若者たち、ランニングマシンで走りながらコードを書くエンジニア。首都ブカレストのコワーキングスペース、TechHubブカレストには、およそ100人のフリーランサーや起業家が集まり、その光景はまさにシリコンバレーと見間違うほどだ。すぐ近くに、あのチャウシェスクが最後のスピーチを行ったRevolution Squareがあることを思うと、隔世の感がある。

ルーマニアと聞いてまず思い浮かべるのは、その男の名前だろう。ニコラエ・チャウシェスク。24年間に渡って同国の絶対的君主として君臨し、強固な共産主義体制を敷いた人物である。秘密警察という名の不条理な組織、国の負債を支払うための極度の食糧難などに苦しんだ市民はついに蜂起し、その独裁者をTVカメラの前で銃殺した。それは、ソビエト連邦を頂点とした東欧最後の共産主義国が倒れた瞬間でもあった。

あれから27年。ブカレストのスタートアップ、Acceleroleの共同創業者でCEOあるAdrian Fakoはこう語る。「共産主義支配下では、熱心な数学と科学の教育が行われていました。ルーマニアにコンピュータサイエンスを専攻する人が多いのも、その影響でしょう」(Fakoは、ルーマニア版フォーブズが選ぶ30歳未満のイノベーター30人に選ばれた)。
ルーマニアは、女性が活躍する国でもある。テック業界で働く女性の割合は29%とEUで3番目に高く、イギリスはわずか19%である。「ルーマニアでは古くから、女性も仕事をしていました。共産主義下では女性も働くことが義務であったからですが、それが今も文化として色濃く残っているのでしょう」と語るのは、ルーマニアを代表する女性エンジニアで、アメリカでも起業家として活動するAlexandra Anghelだ。
同国を担う2人の若者の発言に、当時を知る世代は眉をひそめるだろうか。それとも、そっと微笑むだろうか。

European Digital City Indexのデータによると、ルーマニアのスタートアップ企業はこの10年でおよそ1300万ユーロ(15億円)の投資を受けている。ロンドンのスタートアップの830万ユーロ(約9.5億円)と比較すると、この金額の重みがわかるだろう。
そのイギリスはやがてEUを脱退。短期的な経済成長の停滞は既定路線とも見られている。また、EU圏内で重要な都市であるベルリン、バルセロナ、アムステルダムなどの物価高騰を鑑みると、ブカレストがヨーロッパのシリコンバレーとなることも夢物語ではないかもしれない。Anghelは言う。「ルーマニアにはチャンスがある。まず最初にすべきは、それに気づくことです」
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