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#インタビュー 『テトリス』デザイナー、アレクセイ・パジトノフ:「隙間なく揃えて快感」という発想転換

NEW INDUSTRY
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エディター高橋ミレイ
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『テトリス』は1984年にリリースされて以来、さまざまなプラットフォームに移植され、今なお世界中のゲームプレイヤーを熱狂させ続けているゲームだ。4列同時に消した瞬間やREN(コンボ)が決まった時の爽快感にはまって時間を忘れてプレイした人も多いだろう。

2016年の秋は『テトリス』にフォーカスした本が立て続けに出版された。ダン・アッカーマンによる『The Tetris Effect: The Game that Hypnotized the World』、ボックス・ブラウンによるビジュアルノベル『Tetris: The Games People Play』の2冊である。

これらの作品では、旧ソ連でコンピューターサイエンスを研究していたアレクセイ・パジトノフが、個人的な趣味から『テトリス』を開発した経緯や、冷戦時代を背景に、アタリや任天堂、セガといったゲームパブリッシャー間で『テトリス』のライセンスを巡る熾烈な戦い繰り広げられる様子が描かれている。

当時デジタルゲームの市場がなかった旧ソ連では、アレクセイが開発した『テトリス』のコピーが人から人へと渡ることで少しずつ浸透し、「時間を忘れるほど楽しいゲーム」として人々の間で楽しまれていた。しかし、ひとたび西側に渡った途端、巨大なマネーを生み出すコンテンツとして、複数のソフトウェア会社やゲームパブリッシャーがそのライセンスを手に入れようと動き出した。

『テトリス』のライセンスはソ連当局の外国貿易協会(ELORG)が管理しており、そこからライセンスを受けたハンガリーのアンドロメダソフトが、ミラーソフトにライセンスを販売、そこからさらにアタリ(子会社のテンゲン)経由でセガに渡ったという背景があった。

ところが、ELORGがアンドロメダソフトにライセンスを許可していたのは、IBMのパソコンのみということが判明。他のパソコンはもちろん、家庭用ゲーム機やアーケードゲームもふくまれていなかったのだ。その結果、セガは当時予定していたメガドライブ版の『テトリス』の発売を断念せざるを得なくなってしまった。

一方、ELORGと直接交渉をして1989年3月に任天堂ゲーム機用のライセンスを取得した人物が、日本でゲーム会社BPS(Bullet-Proof Software)を経営していたヘンク・ロジャースだ。その交渉の成功が1989年4月に発売したゲームボーイのキラーコンテンツとしてゲームボーイ版『テトリス』(1989年6月発売)をヒットさせ、ソフトウェアのみならずハードウェアの売り上げにも多大な貢献をすることになる。

11月初旬、来日したアレクセイ・パジトノフを訪ねる機会に恵まれた。彼は、ブループラネットソフトウェアの創立者ヘンク・ロジャース(彼自身も『ザ・ブラックオニキス』などの作品を世に送り出したゲームクリエイターである)、2014年からブループラネットソフトウェアのCEOを務め、「テトリスFAB」などゲームの領域を越えたテトリスブランドの展開に力を入れるマヤ・ロジャースと共に、この日本を再び『テトリス』の世界観で深めようと目している。稀代のゲームデザイナーのアレクセイ・パジトノフの根源、『テトリス』のゲームデザイン、ライフスタイル分野にまで進出をしている『テトリス』の今と未来について話を伺った。

パズル好きの青年が作ったメガヒットゲーム

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FUZE:アレクセイさんは、ソビエト社会主義共和国連邦科学アカデミーでの仕事に携わるまで、どのようにサイエンスやエンジニアリングに関心を持ったのでしょう? またゲームへの関心は子どもの頃からあったのでしょうか?

アレクセイ・パジトノフ(以下アレクセイ):私はモスクワで生まれ育った、ごく普通の子どもで成績も平均的でした。ただ、パズルは幼い頃から興味がありましたね。13歳の時に足を骨折してしまったので、3カ月間足を固定して引き籠もらざるを得ない時期があったのですが、何もすることがなかったので、パズルや数学書を読むのに没頭していました。

高校は数学を専門に学ぶ学科に行きました。大学では応用数学からソフトウェア開発、物理学を学び、卒業した後は、ソビエト連邦科学アカデミーのコンピューターセンターにプログラマーとして就職しました。

ソビエト連邦科学アカデミーは旧ソ連の科学すべてを結集させた場所です。物理、化学、地学とさまざまな分野の研究者がいる場所でした。私のいた研究所はそのうちのひとつで、プログラミングや人工知能についてリサーチをする、コンピューターサイエンスに特化した所でした。そこで、自動音声認識の技術などを研究していました。自動音声認識は、今でこそ一般にも普及していますが、私が研究に携わっていた時はその分野自体が黎明期だったんです。拾った音声をマスターコンピューターがどう認識するか、配線をどうするかということを日々やっていました。

職場も仕事も気に入っていましたよ。周りにいる人たちも皆いい人たちばかりでしたし。でも、実はテクニカルなことには、そこまで関心がなかったんです。私が心から好きだったのは個人的な楽しみとしてパズルで遊ぶことでした。当時、個人向けのコンピューターが普及し始めたので、私も自分用のパソコンを手に入れました、その時、仕事でも使っていたプログラミングの技術とパズルを組み合わせようと思ったのです。そんなわけで、余暇はコンピューターでパズルゲームを作ることに使っていたのですが、その頃いくつか作ったゲームのひとつが『テトリス』でした。

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FUZE:『テトリス』は、『ペントミノ』というアナログのパズルゲームを元に作られたのですよね?

アレクセイ:そうです、今こちらにあるのが『ペントミノパズル』で、5つの正方形からなるピースを組み合わせ、箱の中に隙間なく収めて遊ぶものです。ピース一つひとつが「ペントミノ」という呼ばれるブロックですね。初めて遊んだ方は、終わるまでに30〜40分はかかるでしょう。モスクワでは子どもから大人まで、とても人気のあるゲームでした。私も子どもの頃から、気に入ってよく遊んでいたものです。これをコンピューターゲームにしようとしたのです。

実際にこれをコンピューター上でプログラミングしようとすると、ブロックの動きや回転の一つひとつをプログラムしなければなりません。『テトリス』をすでにご存じの方は、テトリミノが画面上で回転することに違和感を覚えないと思いますが、当時の私はプログラミングしながら、その動きを見て面白いと感じていました。

ペントミノは12種類ほどピースの形がありますが、ピースの種類が多いので、そのままコンピューターゲームにするのは大変だと思いました。そこでピースを5つのブロックから4つのブロックを組み合わせたものに変更することにしたんです。そうすればゲームに使うピースは7種類で済みます。ピースの名前はギリシャ語で「4」という意味のテトラから取り、テトリミノとしました。それが『テトリス』というゲーム名の由来です。

FUZE:ゲームデザインの元となるコンセプトについてお聞かせください。多くのゲームは現実にある何かを抽象化することでデザインされてきました。たとえばチェスは戦争の比喩で、古代エジプトのボードゲーム『セネト』から始まるレースゲームは競走の比喩です。テトリスのゲームデザインもまた、現実にある何かを抽象化したものなのでしょうか?

アレクセイ:『ペントミノパズル』のピースがコーンウェイの『ライフゲーム』の見た目と似ていることで、『テトリス』と関連づけて解釈する方もいるようですが、それは違います。あくまでも私が好きだった『ペントミノパズル』をデジタル化したいと思ったから始まったことで、遺伝や生命体を表現するといったような深い意味はありませんでした。

『テトリス』は『ペントミノパズル』と同様に、決められたスペースに隙間なく物を詰めることがゴールです。人間には無秩序なものを見ると、それを整理整頓したくなる性質があると私は考えています。詰められたブロックに、ひとつだけ穴があると気になりますし、それを放っておくのは嫌なものですから。

作り始めた時点では「こういうゲームを作ろう」と狙っていたわけではありませんでした。ですが今にして思うと、人間が持つ「混沌としたものを秩序立てたい」という欲求を満たすという、やや哲学的な意味合いがあったと思います。どの形のブロックが落ちてくるか分からないというカオスな状態から、プレイヤーの操作によってテトリミノが秩序正しく収まっていく。そんな快感にプレイヤーがはまっていくゲームデザインになっていたのだと思います。

コンピューターゲームにすることで、アナログのパズルだと気がつかなかったことが見えてきます。たとえば隙間なくブロックを詰めて横のラインがきれいに揃っても、それ自体にはあまり意味がありません。延々と画面が下から上に埋まっていくだけですから。でも、一列揃ったと同時に列が消えることで、プレイヤーは繰り返し達成感を覚えます。それに、いくら上手く積み上げても、画面がブロックだらけになってしまうという問題も解決して、プレイヤーが継続的にゲームを楽しむことができるようになりました。

この世界を『テトリス』で塗り替える

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FUZE:ヘンクさんとマヤさんにお伺いします。ライセンスビジネスに携わる立場として、テトリスのブランドをどのように定義づけていますか? 多くの企業に提案したり、より広い世代やライフスタイルの人たちに訴求するために、テトリスのどのような魅力を発信されていますでしょうか?

ヘンク・ロジャース(以下ヘンク):テトリスは将来的にはスポーツになると思います。今あるスポーツも大体ゲームから始まっていました。多くのビデオゲームは熱狂的に盛り上がった後で廃れていくものですが、野球は100年も200年もプレイされていますよね。デジタルゲームの中でテトリスは非常に長く親しまれているゲームですからスポーツとして一つの文化になっていくのだと思います。

テトリスをプレイした後は、目を閉じてもテトリスが落ちてくるような気がします。それを「テトリス効果」と呼んでいます。ビルを見てもタイルの並びや壁の模様を見ても、テトリスのピースに見えてしまうことですね。

たとえばテトリスがファッションに取り入れられたとすると、それを身につけることで大勢の人の中にいても目に留まる存在になれると思うのです。そのような「テトリス効果」が、ファッションに関心がある人たちにそのアイテムを選んでもらう理由になると思います。目に留まりやすさはファッションの持つ根源な魅力のひとつですから。

FUZE:今のファッション業界でテトリスはどのように受け入れられているのでしょうか? ミニマルなデザインでしょうか? それとも80年代レトロやギークカルチャーといった文脈なのでしょうか?

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マヤ・ロジャース:テトリスブランドは、さまざまな文脈で受け入れられています。ギークカルチャーという見せ方なら、80年代レトロという文脈で若い人たちにも受け入れられます。一方でテトリスをプレイしてきた人たちの平均年齢は、35歳〜50歳ぐらいです。その年代とラグジュアリーブランドとの親和性はあると考えていますので、それに合わせたプロモーションをしていきます。すでにフォルクスワーゲンのプロモーションやルイ・ヴィトンといったラグジュアリーブランドとのタイアップ実績があります。

テトリスが他のゲームと違うユニークなところは、コンシューマーが男女半々だというところです。他のパズルゲーム、たとえば『キャンディークラッシュ』は70%が女性です。そういう面でも色々なアプローチができるブランドだと思います。

ヘンク:これまでの『テトリス』の売り上げは、パッケージ版(各種ハードウェア、PCをふくむ)では8,000万本、携帯電話に有料アプリとして移植された後は5億ダウンロードまでいきました。有料アプリだけでその数字ですが、今は広告収益モデルやアイテム課金で収益を得る無料アプリも提供しているので、それらも合計したダウンロード数は途方もない数字になると思います。

マヤ:ファッションだけでなく、インテリア業界からもテトリスブランドは注目されています。テトリミノを直接手に取れたり、組み合わせて使うことができるインタラクティブなアイテムが人気を集めているようです。特にピースをくっつけるとライトが点灯する「テトリスライト」が人気ですね。

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このシンプルなゲームが副次的に生み出し、プレイヤーの実生活にも影響を与える「テトリス効果」は概念的にはARに近いユーザー体験ではなかろうか。それに着目して、ファッション、インテリアなどゲーム以外の分野へ展開して、さまざまなブランドとコラボレーションするプロジェクト「テトリスFAB」も日本で始まった。さらに今年の6月には三部作での映画化も発表されている。ゲーム面では、『テトリス』を大規模なeSpotrts大会の種目とすることやVR化の計画もあるとのことだ。テトリスブランドは、ごく自然な形で人々の日常に浸透していく。80年代に鉄のカーテンの向こうから突如現れ、一世を風靡した『テトリス』は、今後も世界を驚かせ続けるに違いない。