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「Tinder」を使って、活動家を監視するブラジル政府と、プライバシーの消失

DIGITAL CULTURE
ライター福田ミホ
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2016年9月、ブラジルで若い社会活動家21人が警察に拘束された。彼らはミシェル・テメル大統領代行(当時)に対する抗議活動を計画していたが、活動家グループの内部にブラジル軍の幹部が一人で潜入しており、計画が筒抜けになっていたのだ。その幹部はFacebookやInstagram、そして出会い系アプリTinderを駆使し、活動家グループに接近して信頼を得ていた。この事件は政府が市民に対し強い力を持つ新興国ならではの問題ではなく、インターネットを使うあらゆる社会に共通する課題を示唆している。

Motherboardによれば、その軍幹部・ウィリアン・ピナ・ボテルホは、ソーシャルメディアのプロフィールにカール・マルクスの発言とするものを掲載し、いかにも「左寄り」の人物であるかのようにふるまっていた。彼はTinderで「左翼思想で共感できる女性」を探しているとも言っていた。そして実際に反政府活動に参加する女性と意気投合したふりをして、他の活動家たちとつながっていった。

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image via El Pais

このように世界の捜査機関は、政府や社会の安全の脅威となりうる組織や個人の行動を把握し、あわよくば都合よく操作すべく、潜入捜査を行うことがある。近代でよく知られているのはアメリカのFBIが1956年から1971年にかけて行った「COINTELPRO」(COunter INTELligence PROgramの略)で、それは特に公民権運動をターゲットとしていた。彼らがマーティン・ルーサー・キング・ジュニアの行動を監視し、不倫の証拠とするものを入手して、それを元にキング氏に自殺を迫る脅迫の手紙を出していたことは、悪名高い語り草である。

また現代においても、たとえばイギリスでは2003年から7年間にわたり、ある警察官が環境保護活動に潜入し、活動に参加する女性たちと同棲したり性的関係を持ったりしたことが発覚している。女性たちは混乱し、ロンドン警視総監を相手取った訴訟を起こしている。

さらに今、社会のコミュニケーションがメールや電話などからソーシャルメディア上に移行してきたことで、政府の監視活動はより効率が高まっている。2016年10月には、アメリカの警察当局がソーシャルメディア監視サービス「Geofeedia」を使ってFacebookやTwitterを監視していたことが発覚した。その報道があった後、TwitterやFacebook、InstagramはGeofeediaへのアクセス権提供を打ち切ったと発表したが、逆に言えば報道されなければ現在もアクセス可能な状態だった可能性がある。

アメリカでは2013年、エドワード・スノーデンがアメリカ国家安全保障局(NSA)の監視活動の状況を暴露し、ネット上のプライバシーを求める機運が高まった。2015年には米国自由法が成立し、NSAによる大規模な通話記録収集が制限されることとなった。だがこのプライバシー重視の流れは、ドナルド・トランプ政権によって揺り戻されてしまうかもしれない

電子フロンティア財団によれば、トランプを始めアメリカの次期政権関係者は、すでに政府の監視に対しより積極的な姿勢を示している。トランプ自身は2015年、監視活動に関連して「私は安全な方に偏る傾向がある」と認め、トランプ政権下でCIA長官に任命されたマイク・ポンペオも徹底的な監視を擁護している。

ソーシャルメディアやスマートフォン、さまざまなアプリの普及により、人間が他人と出会い、コミュニケーションを取ることはますます手軽になっている。半面、政府の監視活動も容易になる一方、新しいテクノロジーに関する倫理の検討や規制などの対応は後手に回っている。そしてその対応は、世論の流れや政府の体制で簡単に変わってしまう。現代のネットとはそのように未成熟であやうい場であることを、我々は改めて認識する必要があるだろう。イギリスの警察官に騙されていた女性、ケイト・ウィルソンは、私たちにこのように呼びかけている。

これが私たちの身に起きたのは、私たちが正しいことをしていたからなのです。私たちの話に恐れを抱くことはありません。ただ、知っていてください。