トランスジェンダーコミュニティをiPhoneで撮影。映画『タンジェリン』ショーン・ベイカー監督:「映画を作りたければ、待つな!」
DIGITAL CULTURE『タンジェリン』は、2015年のアメリカに旋風を巻き起こした映画だ。ロサンゼルスのトランスジェンダー・コミュニティを描いた本作は、主演の2人を始めとしてほとんどの役を現地の素人が演じ、そしてなんと、全編を通して撮影はiPhone 5sのみで行なわれた。
2015年のサンダンス映画祭で初お披露目となったこの映画は、完成度の高さが熱狂を呼び、インディペンデント映画の登竜門であるゴッサム・インディペンデント映画賞で観客賞・助演女優賞を受賞、他にもサンフランシスコ映画批評家協会賞、インディペンデント・スピリット賞など数々の映画賞で受賞を果たした。
日本でも、1月28日からシアター・イメージフォーラムでの公開が決定している。
監督をつとめるショーン・ベイカー(Sean S. Baker)は、中華料理のデリバリーで生計を立てる中国系コミュニティを描いた『Take Out』を始めとしてキャリア初期の作品からマイノリティの人々にカメラを向けてきた。『タンジェリン』はまさしくベイカー監督の面目躍如というべき作品であり、トランスジェンダー・コミュニティーのエネルギッシュな日常がとても明るく、丁寧に描かれている。
脚本と演技のレベルの高さもさることながら、『タンジェリン』ではiPhoneでの撮影を最大限に活かし、作品をエモーショナルにするための「仕掛け」が用意されている。今回はその「仕掛け」を解き明かすべく、監督にインタビューさせていただいた。

僕は物語を綴るとき、かなり時間をかけてコミュニティに溶け込む。それが自分の映画の作り方のようなところがあったんだ
―― まず、映画を撮り始めたきっかけは何でしたか?Sean S. Baker(以下、Sean): 小学生のころ母親に地元の図書館に連れて行かれて、『フランケンシュタイン』とか『ドラキュラ』に触れたのが映画を好きになったきっかけなんだ。そのあとはよくある道だと思うんだけれど、スーパーエイト(8mmフィルムの一種)やVHSで撮り始めて、映画とテレビの勉強をするためにニューヨーク大学に進んだ。卒業してからはテレビの番組に関わることができて、それを続けているうちにインディペンデントのフィルムメーカーになっていったんだ。―― 監督はキャリアの初期からマイノリティの人々にカメラを向けていますが、その理由をお教えください。Sean: 僕が元々住んでいたニューヨークは人種のるつぼと言われている街で、そこには「語られていない物語がたくさんある」と思ったことがきっかけ。これまで、映画やテレビはそうしたダイバーシティを特に描いてこなかったように思う。意識はしていなかったけど、僕がマイノリティにカメラを向けるのはそれに対する反動だったんじゃないかな。僕は物語を綴るとき、かなり時間をかけてコミュニティに溶け込む。それが自分の映画の作り方のようなところがあったんだ。『タンジェリン』を作ったときはロスに移住していたけど同じような題材、やり方で撮り続けた。そうした手法が今までの僕の作品群の性格になっているんじゃないかな。――『タンジェリン』の脚本を書くきっかけは何だったのでしょうか?Sean: 共同脚本家のクリス(クリス・バーゴッホ, Chris Bergoch)とともに、ロスのミクロコスモスを舞台に物語を綴りたいと思っていた。たくさんの物語が潤沢にあるのはわかってたけど、その世界に対して僕らはアウトサイダーの人間だ。でも、僕らはアウトサイダーとして映画作りをするのではなく、まず「場所を知る」ところから始めた。できれば映画作りに協力してくれるパートナーを見つけられればと思い、リサーチを進める中で出会ったのがキキ(シンディを演じるキタナ・キキ・ロドリゲス, Kitana Kiki Rodriguez)とマヤ(シンディの友人、アレクサンドラを演じるマイヤ・テイラー, Mya Taylor)だった。彼女たちと定期的に会って、彼女たち自身の物語や経験を聞く中で『タンジェリン』のストーリーが形作られていったんだ。ある日のミーティングで、キキがやつれていたんだ。わけを聞くと、「付き合っている彼氏が浮気しているみたいで、しかもシスジェンダー(非・トランスジェンダー)の女だった」という話をしてくれて、僕らは「これは掘り下げられる。物語に変えられる強度があるな」と感じた。ただ、キキは主人公のシンディとはぜんぜん違うよ! あんなに感情的に誰かに暴力を振るうような女性ではない(笑)。彼女に「もし空想で(彼氏に対して)何かするとしたら何をする?」と聞いて作り上げたのがシンディのストーリーで、これをAプロットとしたんだ。1日でプロットができて、これなら行けそうだと思った。それで、基本はAプロットを描きつつ、他にも彼女たちから聞いていた面白い話をBプロットとしていろいろなところに散りばめる、という構成になった。
―― 脚本を書くうえで悩まれたことや、注意したことはありますか?Sean:トランスジェンダーコミュニティと、コミュニティの人間であるキキとマヤに対してしっかりしたものを作るというのが一番気をつけたことだ。もしかしたら、観客はそうした世界を『タンジェリン』を通して初めて体験するかもしれない。たとえ個人的な物語だとしても『タンジェリン』がトランスジェンダーのコミュニティを代表してしまう側面があることは否定できないと思う。だから、彼女たちにはトリートメント(脚本)の段階から撮影台本まで、とにかく毎回OKをもらいたいかった。例えば脚本を読んでもらって、内容が正確かどうか、成立しているかどうか、リアルかどうか、とかね。彼女たちに観てもらって意見をもらい続けるという作業は編集にも及んだ。マヤのほうは編集作業は「いいものが撮れているから(最後に観るだけで)いいわ」というスタンスだったんだけど、キキは僕が10分ぐらいの編集を終えるごとに来て、いろいろ意見をくれたんだ。
―― キキとマヤはもともと女優や映画の関係者ではなく、素人ですよね?Sean: 彼女たちの演技が良かったのは自然な才能と努力なんだよね。もちろん、ちょっと指導することはやらなきゃいけなかったけど、彼女たちは自然な演技力を持っていた。これは稀有なことで、彼女たちの友達にも演じてもらいたかったけど、そこまでうまくはできなかった。キキとマヤはアドリブもうまいし、アドリブよりも難しいコメディー的な才能も備わっていて、監督としては非常に運が良かった。特にキキは、普段はシャイで物静かで、シンディみたいにハイパーではないのに、アクションと声がかかると急に熱量が上がっていく感じが見ていてとても面白かった!「社会派の映画」の色彩は『タンジェリン』のコミュニティを反映している設計だとは思えなかった
―― 続いて、ポストプロダクションの話を伺いたいです。今回、色彩がすごくヴィヴィッドでした。これはどういう意図がありましたか?Sean: 『タンジェリン』を撮る前は、自分でも「社会派の映画」というイメージがあった。なぜかテレビにおいても映画においても社会派の映画は色褪せた色彩設計を想像してしまうところがあって、僕自身も最初はそういうイメージでテストをしたんだ。けれど、色を少し退色させたら「なんだか違うな」と思った。その色彩は『タンジェリン』のコミュニティを反映している設計だとは思えなかったんだ。そこで、逆に色彩をとてもヴィヴィッドにしたらとてもリアルになった。この色彩設計はロスのオレンジの夕日にもぴったりで、ひいてはそれがタイトルにも繋がったんだ。


かつて「10億円ぐらいの予算がないと作れないので、それが集まるまで俺は映画を作らない」と言った僕の友達は、50歳になった今でもまだ1本も映画を撮れていない。だから、待つな!

『タンジェリン』
1月28日(土)、渋谷シアター・イメージフォーラム他順次公開
©2015 TANGERINE FILMS, LLC ALL RIGHTS RESERVED
配給:ミッドシップ
監督・編集・共同脚本・共同撮影:ショーン・ベイカー
共同脚本:クリス・バーゴッチ 共同撮影:ラディウム・チャン 製作総指揮:マーク・デュプラス、ジェイ・デュプラス
出演:キタナ・キキ・ロドリゲス、マイヤ・テイラー、カレン・カラグリアン、ミッキー・オヘイガン、アラ・トゥマニアン、ジェームズ・ランソン
配給・宣伝:ミッドシップ 2015年/アメリカ/英語・アルメニア語/88分/カラー/シネスコ
原題:Tangerine
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