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3 #ユースカルチャーの育て方

Brexitはイギリスのカルチャーの盛り上がりに冷水を浴びせるのか?

ARTS & SCIENCE
ライター福田ミホ
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冒頭から私事で恐縮だが、筆者は半年ほど前にアメリカからイギリスに転居した。Brexitで排外主義的になっているだろうか、治安や経済面はどうか……と多少の不安感があったのだが、ロンドンの街は明るく活気がある。イーストロンドンやサウスロンドンといった下町は、日本で言えば代官山と御徒町あたりを足して二で割ったような感じで、昔ながらのマーケットや地元の生活感と、独自の工夫を凝らしたカフェやショップ、きれいなインフラ(チェーン系カフェやスーパー、公共交通)が良いバランスで混在してにぎわっている。

だがもちろん、人と話せばBrexitについて話題に上ることは多い。イギリスは今年3月29日、EUから正式に離脱することが決まっているが、その後EUとの関係がどうなるのかはっきり決まっていないことが多く、不安感が広がっている。が、そんななかでもイギリスのカルチャーには勢いがあり、世界全体に影響力を持つアーティストが生まれている。このような状況は今後も続きうるのか、考えてみたい。

国民投票で決まったことと、その後も決まっていないこと

イギリスでEUからの離脱を問う国民投票が行われたのは、2016年6月のことだった。選挙人登録者約4650万人のうち約72%が投票し、過半数をわずかに上回る51.89%が「離脱(Leave)」を支持していた。

現状維持の残留(Remain)派が勝つだろうという大方の予想をなぜ覆すことができたのか。その要因を描く実話ベースのドラマ『Brexit:The Uncivil War』が2019年1月、イギリスのChannel 4とアメリカのHBOで公開された。それによると、これまで選挙で投票したことのない、政治に無関心な300万人をソーシャルメディアを使って掘り起こしたことが「Leave」陣営の切り札となったとされる。現実に、離脱派の得票数は約1700万、残留派は約1600万だったので、300万人を動かしたことには大きな意味があったと考えられる。

移民に職を奪われたと語る低所得者層の心のくすぶりを焚きつけるようなキャンペーン、「Take back control(コントロールを取り戻そう)」というスローガンは、同じ2016年に米国大統領選に勝利したドナルド・トランプ陣営の「Make America Great Again(アメリカを再び偉大にしよう)」を彷彿とさせる。どちらの政治活動も、社会から何かを不当に奪われたと感じている人たちをうまく利用して勝利し、世界を分断に導いていった。

そんなセンセーショナルな側面が印象に残るが、このドラマに描かれたもうひとつの要素は、もっと地味だが興味深い。それは、Brexitが決まってもなお変わらなかった、社会のあり方だ。離脱派のリーダーとなった、ベネディクト・カンバーバッチ演じるドミニク・カミングス氏は、選挙には勝利したものの、その後の政治全体までは変えられなかった。現実のカミングス氏の意図が政治の混乱なのであれば、彼はそれにも成功したことになるが、ドラマの中での彼は、Brexitを契機に政治が生まれ変わることを期待していたようだ。

だが現実には、国民投票時には残留派だったテリーザ・メイ氏が首相に就任し、EUと離脱にあたっての条件(Deal)交渉を進めている。離脱派の顔のひとりだったボリス・ジョンソン氏はメイ内閣で外務・英連邦大臣に就任したものの、メイ氏の穏健な方針に反発して辞任してしまった。そして2019年1月、メイ氏がEUと交渉のうえでまとめた離脱合意案は、彼女の属する保守党からも野党・労働党からも十分な支持を得られず、議会で大差で否決された。何らかの合意案がイギリス議会で承認されないまま離脱予定日の2019年3月29日を迎える場合、「No Deal(合意なし)」の離脱となり、貿易や人の移動などさまざまなことが宙に浮いてさらなる混乱を招くことが予想されている。

音楽界が突きつける、Brexitへの反発

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Brexit (2019) | Official Trailerより

ロンドン発カルチャーが盛りあがる現状は、そんな社会情勢に対するフラストレーションの副産物のようにも見える。サウス・ロンドン発のShameは政治的な曲作りで知られるが、なかでもメイ首相を名指しで批判する曲『Visa Vulture』ではBrexitへの反発をストレートに表現する。同じBrixtonの女子4人組、Goat Girlも『Burn The Stake』のなかで、「かがり火を燃やそう、保守党員たちを火の上に、民主統一党(注:右派政党)をその下に入れて、燃やしつくそう」と歌う。

政治的なメッセージを含むものに限らず、イギリスの音楽産業全体が明らかにこれまで上り調子にあった英国レコード産業協会によれば、2017年のイギリスのレコードレーベルによる国外売上は対前年比12%増の4億ポンド(約570億円)と史上最高を達成している。

だがBrexitはそこに悪影響を与える可能性がある。ひとつ確実に言えるのは、Brexitとそれに伴う政策によって英国外からの人材流入が今までほど自由にできなくなるということだ。従来はEU域内であれば基本的にビザを取得せずとも自由に移動でき、働くこともできた。が、2018年12月に発表された方針によれば、今後外国人がイギリスで仕事をする目的で滞在するには、年収3万ポンド(約430万円)以上を条件とすることが推奨されている。イギリスの音楽業界団体、UK Musicによれば、ミュージシャンの平均年収は2万504ポンド(約290万円)であり、このような制限によってイギリスで活動できるミュージシャンが大きく減ってしまう恐れがある。イギリスに流入する移民は過去10年ほど、EU内外合計20〜30万人前後で推移してきたが、政府はこれを「数万人規模」まで減らす方針を打ち出している。

懸念される問題は人材確保だけではなく、あらゆる活動に及ぶ。2018年10月にはボブ・ゲルドフが、エド・シーランやサイモン・ラトル、ブライアン・イーノといったジャンルを越えたミュージシャンを取りまとめて、メイ首相あてにBrexitに反対する公開書簡を発表した。彼らは、国民投票後のポンド安によってすでに機材やツアー費用が増大していること、今後EU・イギリス間で関税がかかるようになればさらに利益が圧迫されることなどを訴えている。

新たなイギリスの形が生まれるか

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Brexit (2019) | Official Trailerより

音楽業界だけでなく、イギリスとEUの間に関税が必要になれば物価は全体的に上がり、家計は圧迫されると予想される。離脱派はBrexitでEUに支払う資金が不要になり、その分国民保険制度資金に財源を回せると訴えていたのだが、現在医療関係者の大半がその主張は虚偽だったと考えている

一部の政治家やロビイストが、社会的周縁にいる人たちのナイーブさを利用して選挙をひっくり返し、その後始末もしていないように見えるのだが、一般の人の間には悲壮感のようなものはない。ある大学生は、友人同士の間でもBrexitについて話をすることはもうほとんどないと語っていた。「投票のときは盛り上がったけど……たしかにEUに留学しにくくなるとか、不動産(注:価格が下がった)とか、そういうことはあるんだろうけど、生活が急に変わるとは思わない

イタリア移民2世でロンドンで50年以上働いてきたという美容師の男性は、離脱という結論を残念だとしながらも「ロンドンはつねに変化してきた」と語る。過去を振り返れば、イギリスとEUの関係自体、最初から盤石ではなく、ヨーロッパの統合という考え方に反対、または消極的な「欧州懐疑主義(Euroscepticism)」は、第二次世界大戦後すぐから続いてきた。1957年にEUの前身である欧州経済共同体(EEC)が発足したときにはイギリスは不参加を決定、その後参加意向に転じるもフランスに拒絶され、やっと加盟できたのは1973年のことだった。その後共同体は欧州連合(EU)となり単一通貨ユーロが創設されたが、イギリスはそれを決して導入せず、EUとの距離の取り方はつねに政治課題であり続けた。

とするとBrexitという結論は過激なようでありながら、希望的に見れば、イギリスが世界との新しい関係を模索するためのひとつのステップとなりうるのかもしれない。たとえばテリーザ・メイ首相は対EUの貿易規模の縮小を見越し、アフリカ諸国への投資において世界トップに立ちたいとの希望を表明している。冒頭のドラマでも、主役のカミングス氏は(現実の彼がどうだったかはさておき)イギリスの政治・外交に新たな秩序がもたらされることを期待していたふしが描かれている。

18世紀のロマン主義や19世紀のアーツ・アンド・クラフツと、20世紀のパンクを同列に語るのは違和感があるかもしれないが、どれもイギリスを中心としたクリエイターたちが、彼らのおかれた社会とその変化への反発を動機として生み出したムーブメントだ。21世紀のBrexitは、クリエイティビティへの障害となる面もあるだろうが、逆に原動力となる部分もあるだろう。大きく変わろうとしているイギリスのあり方に今後も注目していきたい。

Source: YouTube(HBO)、Facebook(Shame

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