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エルトン・ジョンの光と影を新世代ファンへ提示する『ロケットマン』。デクスター・フレッチャー監督インタビュー

コントリビューターThumper Jones
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イギリスが生んだ伝説的シンガーソングライター、エルトン・ジョンの半生を描いた話題作『ロケットマン』が8月23日(金)に日本公開される。ミュージシャンの伝記映画といえば『ボヘミアン・ラプソディ』(2018)の大ヒットが記録に新しいが、『ロケットマン』でメガフォンを執ったのはほかでもない、ブライアン・シンガー監督が降板した後に『ボヘミアン・ラプソディ』を完成させたデクスター・フレッチャーだ。

『ロケットマン』本予告

クイーンのフレディ・マーキュリーがスターダムにのし上がるまでを時系列に沿って描き、レコーディングやライブシーンに楽曲がフィーチャーされた『ボヘミアン・ラプソディ』とは異なり、『ロケットマン』はエルトン・ジョンの名曲の数々を通して役者が心情を語り、歌やダンスとともに物語が進行する、いわゆるミュージカル映画だ。

作詞家のバーニー・トーピンとの運命的な出会いをきっかけに世界的な成功を収めたエルトンだが、映画はただその輝かしい功績を振り返るのではなく、彼の内面を深く掘り下げ、彼自身の視点から人生の各章が明かされていく。そこに綴られるのは、親の愛情に恵まれなかった子ども時代を経て、初めての恋人に利用され、心に深い傷を負って酒やドラッグに溺れる男の、悲しく壮絶な物語だ。ちなみに『ボヘミアン・ラプソディ』はPG-13指定(13歳未満の鑑賞には、保護者の強い同意が必要)だったが、『ロケットマン』はR指定(17歳未満の観賞は、保護者の同伴が必要)で全米公開されており、同性愛者であるエルトンのラブシーンも赤裸々に描かれている。

エルトン役を演じたのは、「キングスマン」シリーズで知られるタロン・エジャトン。10代の頃に王立演劇学校に入学するためのオーディションでエルトンの代表曲「Your Song」を歌ったという彼は、劇中の全曲を自らの声で披露しており、大きなプレッシャーを跳ね除けて見事に大役を演じ切った。撮影前にタロンを自宅に招き、自身の人生についてオープンに語ったというエルトンも彼の演技を絶賛しており、今年6月にイギリスで行われたコンサートではタロンと「Your Song」をデュエットした。

Elton John & Taron Egerton – Your Song (Brighton & Hove 2019)

エルトンの人生を変えた曲作りのパートナー、バーニー・トーピン役は、13歳のときにデビュー作『リトル・ダンサー』(2000)が出品されたカンヌ国際映画祭でエルトンと会っていたというジェイミー・ベルが演じた(エルトンは同作に深く感動し、後に舞台版の音楽を手がけている)。また、本作の音楽プロデューサーを務めたジャイルズ・マーティンは、ビートルズの楽曲を手がけたジョージ・マーティンの息子で、幼い頃に自宅で父親とレコーディングをしていたエルトンを覚えているそうだ。

ここでは作品の公開を目前に来日したデクスター・フレッチャー監督のインタビューをお届けする。監督デビュー作は2011年の『ワイルド・ビル』(日本未公開)だが、アラン・パーカー監督の『ダウンタウン物語』(1976)で弱冠9歳にして俳優デビューし、『エレファント・マン』(1980)や『カラヴァッジオ』(1986)、『ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ』(1998)など、数々の映画に出演してきた異色のキャリアの持ち主だ。独特な雰囲気と語り口が魅力的な監督が、作品への愛や製作秘話を語ってくれた。

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©2018 Paramount Pictures. All rights reserved.

クリエイティブに“完全な自由”は存在しない。それでもエルトンと彼の夫は、僕たちに自由を与えてくれた

――エルトン・ジョンが素晴らしいソングライターであることや、有名な楽曲の数々は知っていましたが、彼がどのような道のりを経てあのようなアーティストになったのかは知りませんでした。鑑賞後は派手な衣装で美しい歌声を聴かせるエルトンのことをハグしたくなりました。

デクスター・フレッチャー監督(以下DF):いいね! ファンタスティックだ。彼はハグが大好きだから、きっとハグしたがると思うよ。

――アーティスト本人が伝記映画の製作に関わると、クリエイティブな面での自由が制限されるのではないかと想像します。エルトン・ジョンは製作総指揮としてクレジットされていましたが、彼を含む製作陣は『こうするべきだと思うようにやってくれ。自分のビジョンを実現させてくれ』と、あなたに自由を与えてくれたそうですね。

DF:そうだね。とはいえ、クリエイティブな面での“完全な自由”というものは存在しないんだ。それは危険なものだと思う。映画製作においては常に多くの制約があるんだ。予算は大きな懸念事項だし、スタジオだって複雑な形で制約を課してくる。でもエルトンは彼自身がアーティストだし、彼と彼の夫(プロデューサーのデヴィッド・ファーニッシュ)はクリエイティブなプロセスをよく理解しているから、僕らに自由を与えてくれたのだと思う。

――なるほど。

DF:創作活動は常に容易ではないし、難しい状況においてはさらにクリエイティブになる必要がある。それは劇中でも描いているんだ。実家で母親と暮らしていて、どこにも行く場所がなかったエルトンには、独創的かつ非凡なことをする必要があった。「Your Song」を書いたようにね。

――あのシーンは実話なのですか?

DF:あれは実話なんだ。当時のエルトンは実家の子ども部屋でバーニー(・トーピン/作詞家でエルトンの曲作りのパートナー)と暮らしていたんだよ。とにかく、本作の製作にあたって、エルトンは終始とても協力的だった。いかに自分が素晴らしいスターだったか、というだけの映画は求めていなかったんだ。それは真実ではないし、観客だってもしそんな映画を見せられたら、始まって10分で「自己満足なデタラメだ!」と思うだろう? エルトンはアーティストだから、そんなものは望んでいなかった。僕が参加することになり、タロン(・エジャトン/エルトン役)の出演が決まり、他にもたくさんのクリエイティブな人たちが集結したわけだけど、すべてはエルトンが僕らを信じてくれたからなんだ。映画を制作するのは難しいことだけど、彼が信じてくれたから実現した。

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©2018 Paramount Pictures. All rights reserved.

エルトンは地球上の半分ぐらいの人に影響を与えているんじゃないか

――エルトン・ジョンのような世界中に多くのファンがいる人物を描くうえで、プレッシャーも大きかったのではないでしょうか。

DF:僕が描きたかったのは、エルトン自身が“どう感じたか”ということだった。この映画で描こうとしたのは、エルトンという人であることが、どのようなものなのかということ。外側から見たエルトン・ジョンを描くことに興味はなかった。エルトンと一緒に内側から体験することを目標にしたんだ。だからうわべだけを眺めるのではなく、参加するつもりで観てほしい。

――撮影前にエルトンとはどのような話をしましたか?

DF:初めてエルトンと会って話したときに印象的だったのは、とてもオープンな人だということ。もちろん、彼は世間の目にさらされながら人生を送ってきたわけだけど、その人生について非常にオープンに話してくれたんだ。だからこそ、僕はこの機会に彼の人生をエキサイティングな新しい手法で描くことができると思った。それに、僕には過去にミュージカル映画を制作した経験があったから、そういう意味でもエキサイティングだった。伝記映画を手がけた経験もあるし、ドラマ作品も作ってきた。すでに自分が経験してきたすべてが活かせるように思えて、すごく興奮したんだ。

――劇中では輝かしいキャリアだけでなく、ドラッグや酒に溺れた悲惨な日々も包み隠さず描かれていているのが印象的でした。

DF:50年間ショービズの世界で生きてきた人なだけに、それなりのトラブルや大変な時期があったわけだからね。エルトンの素晴らしいところは、批評家にもきちんと答えるところ。「なんてことだ! あなたはドラッグをやっていたんですか?」と聞かれれば、「そうだよ。悪い時期を乗り越えて、今は回復しているんだ」と正直に答える人なんだ。彼のそういう部分が『ロケットマン』により大きな自由やエッジを与えてくれたのだと思う。

――現在、エルトンのキャリア最後のツアーが開催されていますが、今年の上半期にツアー興行収入1位を記録したそうです。人々はなぜそんなにも彼に惹かれ続けるのだと思いますか?

DF:そりゃあ50年も活動しているし、良い曲がたくさんあるからね(笑)。エルトンは適当にキャッチーな楽曲を書いて間に合わせてきたわけではなく、時代を超えて多くの人に愛される素晴らしい作品を生み出してきたんだ。「Your Song」の誕生は彼の50年のキャリアにおける決定的な瞬間のひとつだと思うけど、あれは今から48年前に書かれたんだよ。でも、いまだに劇中のあのシーンを観ると「なんて美しい曲なんだろう」と思うだろうし、その理由を理解してもらえたらうれしい。あの曲にはふたりの友の美しい愛が綴られているんだ。

――バーニー・トーピンが10代で「Your Song」の詞を書いたと聞いて驚きました。

DF:その通り。当時のバーニーは若き詩人で、自分の心の内を書き綴っていたんだ。あの曲はエルトンの実家のリビングルームという平凡な場所で起きた魔法なんだよ。だから、なぜエルトンのツアーがいまだにこんなにも多くのファンを魅了するのかといえば、それは彼がそれだけたくさんの人の心の中に生きてきたからだと思う。きっと地球上の半数くらいの人に影響を与えてきたんじゃないかな。僕は53歳だけど、エルトンは僕が3歳の頃から音楽を作っているわけだからね。僕の甥や姪にいたっては、生まれたときにはすでにエルトンが活躍していたんだ。彼らのように、エルトンのいない世界を知らない人も多いし、彼は僕らの潜在意識にいるんだよ。

――本作を観て、エルトンとバーニーが特別な絆で結ばれていることがよくわかりました。彼ら自身はどのような感想を述べていましたか?

DF:ふたりともとても喜んでくれたよ。すごく気に入ってくれたし、誇りに思ってくれた。映画の製作陣としては、それ以上に求めることはないんだ。本作は彼らの美しい友情を第三者の視点から描いている。自分にとって特別な友情が映像化されたのを見たら、「これでみんなに僕らの気持ちが理解してもらえる」と思うのだろう。それは彼らにとって、この映画が成功したと言えるひとつの理由なんだ。自分たちの特別な絆について自覚はしているだろうけれど、それが描かれた映画を観ると、「まさにこういうことなんだ!」と思うんだろうね。観客にも自分たちの友情の美しさを理解してもらえるのは本当にすてきなことで、誇りに思えることなんだ。「僕たちは何百万枚もレコードを売り上げて、たくさんのスタジアム公演を完売にしたんだ!」ということは重要ではない。彼らの類いまれなプラトニックな愛こそが、この映画の中心なんだよ。

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大勢から愛されている人についての映画は難しい。そこで重要なのは僕自身もファンということだ

――本作は『ボヘミアン・ラプソディ』とは違って、音楽を通して物語を伝えるミュージカル作品です。タロン・エジャトンは吹き替えなしに全曲を歌ってエルトンを見事に演じていますが、彼をエルトン役に抜擢した理由を教えてください。

DF:もちろん、タロンは声という素晴らしい楽器の持ち主だ。でもそれだけでなく、彼はとても勇敢な役者で常にもっと大きな挑戦を求めている。それが誰であれ、エルトンを演じる役者は勇敢でなければならなかった。なぜなら、劇中のエルトンは、時に同情し難いキャラクターだからだ。観客が「どうしようもないヤツだな」と思うような場面も少なくない。一度観客に嫌われて、それから支持を取り戻すためには、役者にスキルが求められるんだ。綱渡りのようなものだよ。本作では勇敢に、そしてビッグに堂々と演じられる役者が必要だった。エルトン・ジョンが控えめでこんな感じ(小声でボソボソつぶやく)なんてありえないだろう? エルトン・ジョンはビッグじゃなきゃ! みんなクソ喰らえ!という感じだ(笑)。

――そうですね(笑)。タロンは本当に素晴らしかったです。

DF:タロンはまさに適役だった。僕は現場で彼をどんどんプッシュしたし、彼もどんどん上昇していったんだ。彼がハイテンションなシーンからは、逆に痛みやエモーションが感じ取れると思う。でもローテンションな場面には、そこに光や希望があるんだ。タロンはリアルでとても繊細かつ複雑な演技を見せてくれた。

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©2018 Paramount Pictures. All rights reserved.
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――ここ日本にもエルトン・ジョンのファンは多いですし、ミュージカルのファンも多いので、『ロケットマン』の公開を楽しみにしている人は多いと思います。世界中にたくさんのファンを抱えるアーティストを描くうえで、何か考慮したことはありますか?

DF:大勢から愛されている人についての映画は難しい。そこで重要なのは僕自身もエルトンのファンということだ。ただ単に仕事として本作を手がけた冷めた男ではないってことだよ。エルトンにはたくさんの愛と尊敬の念を抱いているし、たとえファンが本作を観てどう思おうが、どう感じようが、まったくもってそこに悪気はない。エルトンへの愛と称賛が原動力なんだ。2時間に50年のキャリアや72年の人生を詰め込むことは不可能だから、クリエイティブにならなくてはいけないし、時には事実を変える必要だってある。さもなければ長ったらしいつまらない映画になってしまうから、ドラマティックにする必要があるんだ。それは本作におけるチャレンジだった。

でももちろん、ファンのことは常に考慮していたよ。もしエルトンが歌う曲を聴きたいのなら、Spotifyやダウンロードで聴いたらいい。本作はタロンを通して描いた、僕らが解釈した、僕らのバージョンによるエルトンの楽曲の数々なんだ。新しい世代のエルトンの音楽なんだよ。

――新しいチャレンジを日本の観客にも共有してくださって、ありがとうございます。

DF:僕は日本が大好きだから、この国での公開を楽しみにしていたんだ。日本は妻と休暇で長く滞在したこともあるし、映画祭や作品のプロモーションでも来たことがあり、今回で4度目の来日になる。いつ来てもファンタスティックな場所だ。今日は、服も靴も日本で買ったものだよ。日本のファッションデザインは素晴らしいと思う。来日するとsacaiやISSEY MIYAKE、Yohji Yamamotoに行くんだ。それにCOMME des GARCONSは最高だよね。

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『ロケットマン』

8月23日(金)全国ロードショー

■監督:デクスター・フレッチャー

■脚本:リー・ホール(『リトル・ダンサー』)

■製作:マシュー・ヴォーン(『キングスマン』シリーズ)、エルトン・ジョン

■キャスト:タロン・エジャトン(『キングスマン』シリーズ)、ジェイミー・ベル(『リトル・ダンサー』)、ブライス・ダラス・ハワード(『ジュラシック・ワールド』)、リチャード・マッデン(『シンデレラ』『ゲーム・オブ・スローンズ』)

配給:東和ピクチャーズ

©2018 Paramount Pictures. All rights reserved.

Image(Dexter Fletcher): Kosumo Hashimoto