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飛躍する2010年代アジア・エンタメ産業という新世界で、日本人は求められているのか?

NEW INDUSTRY
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アジアのエンタテインメントは、世界的なエンタメ産業に進化できるのか? 音楽ストリーミングや動画、ゲームなどのアジア発のコンテンツビジネスが世界的に流通し、エンタメ業界の勢力図が劇的に書き換えられた。2010年代後半は、アジアのエンタメにおいて、文化的かつ商業的な分岐点を同時に迎えた時代と言えるだろう。

本稿では、アジアのエンタメ産業と日本のエンタメとの関係性をテーマに、世界的なグループに飛躍したONE OK ROCKをデビューから支えるレコードレーベル「A-Sketch」の共同創業者として音楽業界に関わり、現在はアスミック・エース代表取締役会長を務める村山直樹氏に寄稿頂いた。第2弾となる今回は、日本のエンタメ産業がアジアや自国における閉塞感を打開するために打つべき手段について、国内外のライブシーンを数多く観てきた氏ならではの提案に加え、音楽以外で意外な産業に可能性を見出すところまで踏み込む。


日本のエンターテインメントがアジア市場に進出するために、どんな戦略が作れるだろうか?筆者は映像コンテンツよりも、音楽コンテンツのアジア戦略に可能性を感じている。韓国は、BTSやBLACKPINKなどアメリカのビルボード音楽チャートにランクインするような、世界的アーティストを既に輩出している。彼らに比べると、日本人アーティストの存在感は世界の音楽シーンではまだ小さい。だが、それでも日本人アーティストに対するアジア圏の期待度は決して低いわけではないし、制作面も未だに高いクオリティを維持してきた。

アジア市場に挑戦している日本人バンドは、既に活動を始めている。RADWIMPSは『君の名は。』を軸に、シンガポールや台湾、韓国、中国など巡るライブツアーを行うだけでなく、アジア諸国の音楽フェスにも積極的に出演し、着々と足がかりを築いている。

バンド結成当初から海外に目標を据えていた稀有な日本人アーティストとして現代の代表格となったONE OK ROCK、今も彼らのフロンティア精神は衰えていない。筆者は最近、ONE OK ROCKのシンガポール公演を現地で見た。ヒジャブをかぶった女の子が日本人の演奏に合わせてジャンプし歓喜する姿を目撃したときは、説明し難い感動すら覚えた。アーティストの意図した表現に確固たるものがあれば、それは民族や言語を超えて伝わるのだと実感させられた。

先日は、台北でTHE ORAL CIGARETTESのライブを見る機会に恵まれた。彼らのライブハウス公演は発表と同時に即ソールドアウトし、台湾のファンに高く支持されていることを伺わせた。ライブでは、多くの観客が彼らの曲を歌うなど、日本語歌詞も現地で受け入れられており、THE ORAL CIGARETTESのメンバーも、今回の公演で海外でのライブに大いに自信をつけたようだ。

音楽シーンでは今、CDが以前のように売れなくなって久しい。同時に、ストリーミングやサブスクリプションだけで収益を得ることもまだ難しい。このような環境下で、多くのアーティストにとってライブが収益の生命線となっている。日本の音楽コンテンツに筆者がなぜ可能性を感じるか。それは日本人アーティストがライブに強いからだ。

以前ではアジア圏は正規コンテンツの海賊盤が多く出回っていたように、著作権に対する仕組みとスタンスが日本や欧米のそれとは大きく異なる。中長期的な収益化が期待できるライセンスビジネスだが、手堅くかつ短期間でエンタテインメントから収益を得るには、ライブビジネスがベターなのだ。アジアに出向いてライブをすれば、日本よりも確実に大きなマーケットが広がっていることを肌で感じられる。言語に対する不安感はあるだろうが、海外にいる日本音楽のファンは、日本的なコンテンツやコンテクストに強い興味を持ち、積極的に日本語歌詞を理解しようとしている。

日本では音楽ビジネスの閉鎖感や停滞感が漂いがちだが、改めて日本のライブシーンをアジア視点で見直してみたい。日本各地のライブ環境を草の根で支えるのは、地方都市にまで存在する数え切れないほどのライブハウスである。アマチュアのバンドがライブハウスから叩き上げでインディーズシーンで成功し、メジャーレーベルと契約するというライブ経由の流れは、日本的なキャリアの積み方であり、ビジネスの作り方でもある。こうした環境の影響もあり、日本人バンドでは演奏技術が高いバンドは今も多い。演奏力という武器はアマチュアミュージシャンやインディーズバンドの活動においてひとつの武器となりやすく、アジアでのライブハウス規模での演奏ではコアファンを獲得する強みともなる

日本のライブシーンのもうひとつの強みは、ライブの演出だ。LEDを駆使した照明、花火やCO2などの特殊効果、パフォーマンスと連動したVJなど、日本の演出技術は先進的かつ多岐に渡る。バンドに加えてステージ演出を輸出すれば、完成度の高いエンタテインメントやプレゼンテーションの手法として受け入れられる可能性はまだあるはずだ。

日本で実績があるアーティストも、アジア圏に目を向けている人は少なくない。今年ではMr.Childrenが台湾でのライブを行うなど、アジアの音楽市場を無視することはできなくなっている。

そしてRADWIMPSもTHE ORAL CIGARETTESも、ロックバンドという軸に加えて、アニメというもうひとつの軸を持っていることもアジアでは大きい。日本同様、アジア圏でもアニメ関連のコンテンツは人気が安定している。アニメを利用してアジアに音楽が進出することは、プロモーション企画ではなくアーティスト戦略としてもっと意識してもいいのではないか。

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音楽以外の日本のコンテンツで成功につながる可能性は、出版かもしれない。日本では青息吐息の出版業界だが、アジアではまだまだ可能性が残されていると感じている。

一昨年の中国では、太宰治の『人間失格』や東野圭吾『ナミヤ雑貨店の奇蹟』が小説部門のベストセラーに名を連ねていた。『ナミヤ~』は2017年に中国・香港・日本の合作としてワン・ジュンカイやディルラバ・ディルムラットなどの豪華キャストで映画化されたことも成功の要因であるが、70年以上前に発表された『人間失格』が未だに支持されているのは驚きだ。

中国で発表できる文学作品やコンテンツは当局の検閲をくぐり抜けた作品だけだ。そんな中でも、日本人の細かな心情の機微を描いた小説が評価されるように、東野圭吾や宮部みゆき、伊坂幸太郎の小説が中国で支持を集めている。

小説と同様にアジア市場で成功できるのは日本の絵本ではないだろうか。中国では2000年代から日本の児童書出版社が進出していたが、昨今の過熱する教育事情も併さり、作画もストーリーも優れる日本の絵本が情操教育にいいと評価されていて、翻訳版が非常によく売れている。質、量ともに優れた日本の絵本が、中国を足がかりにアジア圏に絵本出版・翻訳を展開することは大きな可能性だろう。

日本人バンドと出版ビジネスが持つアドバンテージで言えるのは、国内市場の縮小を嘆くより、今ほど果敢に海外市場に挑戦できる適切な時期はない。日本人が作るコンテンツ力と、海外市場を同時に分析することが大事だが、日本のコンテンツを求めている熱心なアジアのファンがいることも無視することはできない。日本人の想像を越えたエンタメビジネスの世界がアジアにはあり、日本のコンテンツが成功するという挑戦心をアーティストや業界内に育てていくことが、新たな可能性につながっていくはずだ。

Photo : Mairo Cinquetti/NurPhoto via Getty Images