ミックステープ・カルチャーから読み解く、プレイボーイ・カーティ『MUSIC』

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『MUSIC』――これはアトランタ出身のラッパー、プレイボーイ・カーティが2025年に放った新作アルバムのタイトルだ。5年ぶりとなるこの30曲入りの大作は、その名が示す通り「自分こそ音楽そのもの」と言わんばかりの自己宣言である。

同時に、本作はヒップホップのミックステープ文化へのオマージュが随所に見られた作品でもある。 今回はミックステープ文化の側面から『MUSIC』を読み解いてみた。

Video: Playboi Carti / YouTube

タイトルを『MUSIC』にした理由は?

プレイボーイ・カーティはアルバム名に敢えてシンプルな「MUSIC(音楽)」を選んだ。なおリリース前に噂されていたアルバム名に加え、本作のジャケットには「I AM MUSIC」とあり、これがタイトルの意味を示唆する言葉だろう。彼自身、タイトルの由来についてXXL誌のインタビューで「現時点でそれ以上でも以下でもないから」と説明している

音楽そのものと自称するこのタイトルは、プレイボーイ・カーティの作る音楽は“本物の音楽ではない”という批評家たちへの皮肉にも感じられる。実際、彼の作るサウンドは政治や社会的なメッセージよりも「マンブルラップ(歌詞の意味や韻よりもリズムやノリを重視するラップスタイル)」という特徴的なラップスタイルゆえ、賛否両論を巻き起こしてきた。

言い換えれば、カーティは自身の表現が既成概念を超えているがゆえに、まず「これは音楽だ」と宣言する必要があったのだろう。そして自らの創作への絶対的な自信と永続性がにじんでいる。

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Image: Steve Sykes / Shutterstock.com
リル・ウェイン

さらに興味深いのは、このタイトルが過去のヒップホップ巨星への目配せでもある点だ。音楽メディアPitchforkは「カーティの魂にはミックステープ時代のリル・ウェインの影響が色濃く宿っており、“I Am Music”というスローガンもホット・ボーイズ(※ウェインが所属したグループ)から拝借したものだ」と指摘している。リル・ウェインは現在主流にもなっているアメリカ南部のヒップホップシーンを盛り上げたレジェンドの1人。アトランタ出身のプレイボーイ・カーティが影響を受けたのは言わずもがなだろう。

Video: Playboi Carti / YouTube

実際、2000年代後半にリル・ウェインはI Am Musicと冠したツアーを行なっていた。また『MUSIC』には「Like Weezy(Weezy=リル・ウェインの愛称)」という曲もある。カーティは先人の伝統を受け継ぎつつ、自身がその最先端に立つという意気込みが感じられる。

ブラック・カルチャーに根ざすミックステープの象徴性

『MUSIC』を再生するとまず感じるのは、まるで2010年前後のミックステープを聴いているかのような雑多なエネルギーだ。

カーティが本作で追求したミックステープ的アプローチは、単なる懐古ではない。それはヒップホップ、とりわけ黒人コミュニティにおけるミックステープ文化の歴史を踏まえた意図的な選択だろう。

2000年代には、有力DJにホストしてもらうストリート向けミックステープを出すことがラッパー成功の登竜門だった。DJドラマが主宰した『Gangsta Grillz』シリーズは、T.I.や前述のリル・ウェインらの出世作となり、多くの才能を地下からメジャーへ押し上げている。ミックステープはレーベルの制約なくアーティストが自由に表現できる場であり、ブラックミュージックが草の根から勢いを蓄える原動力でもあった。

またDJが選曲を行なうミックステープは、リスナーにとっても「ヒット曲を知る」「新曲をチェックする」という現代のプレイリスト的な役割も担ってた。

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Image: Datpiff via Indiy.com

また20台後半のプレイボーイ・カーティがティーンエイジャーだったころ、2010年あたりはDatPiffを始めとした無料でミックステープが配信されるサイトがかなり盛り上がっていた。当時はまだストリーミングサービスも普及してない時代。筆者自身も当時血眼のように漁り、そこでさまざまなラッパーやシンガーを知ることになった。

例えば現代でも人気のDrakeは当時配信していたたミックステープがキャリア形成に大きな影響を与えたり、Chance The Rapperが2016年にリリースしDatpiffなどで人気を誇った『Acid Rap』というミックステープはグラミーを受賞した(音源を販売していないアーティストとしては初)。あのフランク・オーシャンもDatPiffで『nostalgia, ULTRA』というミックステープをリリースしており、現在も名作とも言われている。

こうして振り返ると2010年代初期のミックステープカルチャーは、ヒップホップにおける流行の発信地であった。Datpiffのサイト上には有名無名に関わらず大量のアーティストの作品が並び、その中にはブート版のようなモノも沢山配信されていたのを覚えている。そしてそこには当時のミックステープカルチャーの勢いとエネルギーが秘められていた。

そんなミックステープ全盛期を生きた彼にとっては、ミックステープという形態そのものが音楽の象徴だったのかもしれない。

ミックステープのエネルギーが漂う演出

今作で特に目を引くのは、アトランタ出身のDJスワンプ・イッゾーのシャウトである。前述したが、当時のミックステープはDJが主催しているものが多く、そこに毎回ゲストとしてラッパーがフューチャーされており、新曲や未発表音源、フリースタイルなどが収録されてた。また、DJは独自の選曲やリミックス、スクラッチ、シャウトアウトを加えることでミックステープ自体にオリジナリティを持たせていた。

DJスワンプ・イッゾーもまさにそう言った作品を数多くリリースしていたDJで、今回の『MUSIC』ではホストを担っている。

Video: Playboi Carti / YouTube

そこに加えて、2000年代の楽曲をサンプリンした曲の数々や、歪んだシンセサイザーが特徴のレイジ・ビート上でカーティが繰り出す奇抜な声色のラップが相まって、その音像はクラブで配られる非公式ミックスCDさながらの粗削りな迫力を放っている。例えば『EVIL JORDAN』では“銃声”といった昔のミックステープではど定番と言えるような効果音も飛び交う。

「まるでクラブでばらまかれるCDのように曲が詰め込まれ、DJが仕切る昔ながらのミックステープを思わせる」という評ももっともだ。

この30曲に及ぶボリュームは、一般的なアルバムの枠組みから見ると異質に感じられる。ストーリー性よりもその場の勢いが優先され、曲同士のまとまりは正直そこまで感じない。しかしカーティは敢えてその無秩序さを狙ったような印象だ。

いま、ミックステープ形式でリリースした意味とは

そして、彼がなぜ今ミックステープ形式の作品をリリースしたのか。これは現代のストリーミングカルチャーも影響していると思う。ストリーミングサービスでは楽曲を気軽に選べる分、アルバムの聴き方が変わってきている。もちろん、最初から最後までしっかり聴くユーザーもいると思うが、すでにシングルでヒットしている曲がある場合、その曲から聴くユーザーも多いはずだ。

プレイボーイ・カーティの場合も、このアルバムのリリース前に複数のシングルを出しており、今作にはそれらが収録されている。そういった状況を踏まえて、雑多で自由な構成でも違和感なく楽しめるミックステープ形式をあえて取り入れたように感じる。


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Image: Wikipedia
カニエ・ウェスト/YeezusのCD。ジャケはなくCD単体で作品として成立するようなデザインになっている。

また、かつての彼の師であるカニエ・ウェストの影響もあるように思える。カニエは作品をリリースする際、そのメディア自体にアートとしての価値を持たせることがある。たとえば『Yeezus』のCDや、ストリーミングでリリース後も更新され続ける楽曲などがそうだ。その影響下にある彼が、今回ミックステープ形式を採用したことで、アルバムという枠組みを超えた新たな価値を生み出そうとした可能性も考えられる。

カルチャーシンボルとしてのプレイボーイ・カーティ

『MUSIC』は、プレイボーイ・カーティ自身の「音楽そのもの」という宣言でありつつ、そこにはヒップホップを盛り上げてきたミックステープ文化や故郷の文化を背負い、それこそが「自分たちの音楽だ」と宣言しているようにも感じた。

前作の発表から、度重なる楽曲のリーク、彼をきっかけとしたレイジ・ビートという新しいジャンルの流行、彼が主催するレーベルOpiumのメンバーが身につけるファッションスタイルとしての“Opium”のトレンド化など、さまざまな話題や影響を生みながら、カリスマ化していった彼の今作。

『MUSIC』という思い切ったタイトルを裏切ることのない、音楽アーティストとしてのプレイボーイ・カーティの存在を感じさせてくれる作品だ。

Source: The Fader, Pitchfolk, The Daily Aztec