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2Sonar Festival

【Sonar 2016】VRで体験する動物たちの世界は人の想像の常識を超越する

ARTS & SCIENCE
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エディター高橋ミレイ
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人間の持つ身体的な条件が、想像力の限界を作っていることに歯がゆさを感じたことはないだろうか? ましてVRというテクノロジーが実現した現代においても、いまだそれに縛られているとしたら。

多くのVRコンテンツは、人目線の経験や出来事の焼き直しだ。たとえファンタジーやSFのような架空の世界の表現であっても、誰かしらが経験したことや培ってきた概念の産物である以上は、人間の知覚をベースにしていることに変わらない。そのためか、少なくとも筆者から見た従来のVRコンテンツは、刺激的でこそあっても世界の見方を根本的に変えてしまうほどのインパクトはなかった

だが、ここにブレークスルーが起きた。それが、虫や動物たちの知覚をVR動画とサラウンド音声、振動で再現する『In The Eyes of the Animals』だ。このインスタレーションは、再生した瞬間から人間の知的予想をはるかに超えた世界を体験できる。それが形容しがたい驚きをもたらし、しばし言葉を失う。

制作はインタラクティブアートとVRコンテンツを専門にする英国の映像スタジオMarshmallow Laser Feast(MLF)。同作品は2015年秋に英国で開催されたアートイベント「Abandon Normal Devices」で最初に発表され、体験者たちを驚かせた。今年の1月には米国ユタ州で開催された「サンダンス映画祭」でも評判を呼んだ。この作品に使われているVR動画は、360度カメラを搭載したドローンで撮影した映像素材を、それぞれの生物が持つ知覚を再現するための加工処理をすることで作られている。

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コケや樹皮をあしらったデザインのヘルメットには、Oculus DK2とサラウンドヘッドホンが内蔵されている。体験中はバックパックから振動が伝わり、自分が虫になって森の中を羽ばたいたり、カエルになって地面を跳ね回る感覚が再現される。

このコンテンツが再生された瞬間に実感するのは、虫や動物たちの五感は人間でいる限り、決して体験できないということだ。視覚ひとつを取っても、色彩や風景の奥行きなどが異なる。彼らが知覚できる物は、障害物となる木々や葉の輪郭、風の流れ、他の生物の動きといった、生存に必要な情報に制限される。一方で、私たちがいつも見ている風景の構成要素の多くは、彼らには知覚できない。同じ瞬間に同じ場所にいたとしても、彼らと私たちは当然生きている世界が違うのだ。

この動画の前半で表現されているように、彼らの視界にある風景は粒子の集合として見ることができる。

こちらの視点では常に周囲を大きめの粒子に囲まれているが、不思議なことに視点を粒子に向けた途端、それらは細かな粒子に変わってしまう。ここでは物体のサイズが視点の中で定まることはなく、常に姿を変え続ける。サラウンドヘッドホンから聞こえるバイノーラルサウンドでも、人の聴覚と異なる音の聞こえ方が再現され、独特な浮遊感を覚える。

これらの不思議な世界は、まるでサイケデリックなミュージックビデオのようだが、これこそが虫たちの知覚する現実の世界なのだ。

筆者は6月にバルセロナで開催された音楽イベント「Sonar 2016」と同時開催されたテクノロジーとイノベーションのイベント「Sonar+D」の取材で初めて体験できたが、嬉しいことに「In The Eyes of the Animals」は、今年の10月9〜10日に山口情報芸術センター(YCAM)で開催される「もしも、森のいきものになったらでも体験できることになった。会期中には山口の森を深く知るワークショップ「森のDNA 」も予定しているとのことだ。

MLFは他にもさまざまな分野のクリエイターとともに、人間の知覚にチャレンジする、興味深いプロジェクトを進めている。そのひとつ「Gravitational Waves & Exo Planets」は、作曲家のアーサー・ジェフズとのコラボレーションでLIGO(レーザー干渉計重力波観測所)の研究成果をビジュアルと音楽で表現するプロジェクトだ。余談となるが、アーサー・ジェフズは英国の楽団ペンギン・カフェ・オーケストラ(ブライアン・イーノによるレーベル、オブスキュアからデビュー)を創設したサイモン・ジェフスの実子で、サイモンの死後12年目にあたる2009年にペンギン・カフェと名称を変えて楽団を復活させたことでも話題になった。

またMLFは、英国のセレブシェフ、ヘストン・ブルーメンソールとのコラボレーションで、VR内で飲食と五感の新しい関係を探求するコンテンツの開発も進めている。詳細はまだ明かされていないが、共感覚的なアプローチで料理と科学を横断する体験ができるものを制作しているとのこと。

VRの普及によって仮想現実の体験が今までよりずっと身近になった今、その表現手法はもっと自由であっていいはずだ。人以外の知覚、五感を横断した共感覚的な体験、はたまた誰も想像したことのない世界をVRで体験することで、私たちはさらに創造性を拡張させることができるだろう。