ジョー・デイヴィス(Joe Davis)。変人か、天才か、はたまたその両方か。科学技術を駆使したアートを生み出す彼は「現代の錬金術師」「バイオアートのゴッドファーザー」の異名を持つ。
世界的に有名な美術評論家のジェームス・エルキンスをして「存命のアーティストの中で最も興味深い」と言わせしめたジョーは、MITの高等視覚研究所(The Center for Advanced Visual Studies, CAVS)では博士研究員であると共に講師も務める。こう言うと頭脳明晰な堅物のように聞こえるかもしれないが、果たして肩書が人物を的確に物語ることはあるだろうか? ジョーがCAVSに入った経緯を知れば、そんなお堅いイメージは埃のごとく吹き飛ぶ。
ジョー・デイヴィスをインタビューしたMITの発行する新聞The Techオンライン版によれば、30年前アメリカ南部で整備士をしていた彼は突然CAVSに赴き、研究局長に合わせろと迫ったそうだ。「6か月後なら」と言われた彼は「後日戻ってくるなんてできない」と反論するものの、去らないなら警察を呼ぶと言われる。それでもジョーは、その場を去らなかった。結局、警察が呼ばれるまでにCAVS側を説得することはできなかったようだが、どうにか自身を売り込むことには成功したようで「警察が去ってから2分後には俺は雇われることになった」と語っている(NewScientist版の話だとこの一連の出来事の間にジョーはCAVSの受付デスクをぶち壊したことになっている)。
そんなジョー・デイヴィスの作品もかいつまんで紹介しよう。
電気刺激を受けて動くカエルの脚の力で飛ぶ羽ばたき式飛行機を作るなんて可愛げのあるものから、天の川の地図をDNAの塩基対シークエンスにして遺伝子組み換えネズミの耳部分に入れ込んだり、DNAの分子有機化合物で女性器のシンボルを作った「Microvenus」なんていう作品もある。悪魔を誘惑するための遺伝子組み換えリンゴの作品「Malus ecclesia」は、Wikipediaの情報をリンゴのDNAに組み込んで作った禁断の果実。Malusは「リンゴ属」を指す言葉であると同時にラテン語では「悪」を意味し、Ecclesiaはラテン語で「教会」だ。
「Poetica Vaginal」という作品では、宇宙人とコミュニケーションを図るため、膣の収縮音をシグナル化して近隣の星系に発信している(そうだ、読み間違いではない。彼のアートは地球を飛び出す)。

「希望」といったような人類の本質となるものは、ゲノムには記されていない。これが私の取り戻したい「言語」だ
そんなジョー・デイヴィスを10年をかけて追ったドキュメンタリー映画「Heaven Earth Joe Davis」(楽園+地球+ジョー・デイヴィス)では、彼のさまざまな側面をうかがい知ることができる。

我々はホモサピエンスという機械について深く、多くのことを知った。しかしこれだけ知識を得てもなお、見つけられなかったものがある。「希望」といったような人類の本質となるものは、その知識の中、遺伝子の中に見つけることはできないだろう。それらはゲノムには記されていないものだ。
これが私の取り戻したい「言語」だ。これを生物学的世界の中に入れ込んで成長させたい。スイカのようにね。(Vimeoから引用)
遺伝子の中に探しても見つからない人間の本質を、逆に遺伝子の中に入れ込み、私たちの世界に帰化させる。
ジョーの姿勢は生命の本質を探し求める高尚な探究者にも、叶うはずのない予言を自ら実現させようとする似非預言者にも見える。そして実験用トレーを掲げて叫ぶ姿はエキセントリックなアーティストにも、マッドサイエンティストにも、好奇心の求める先を追いかける純粋な少年のようにも見える。

ジョー・デイヴィスは、オーストリアのリンツで9月8日より開催される芸術、技術、科学の祭典「Ars Electronica Festival 2016」(アルスエレクトロニカ・フェスティバル2016)にてシンポジウムに登壇し、「Astrobiological Horticulture(宇宙生物園芸学)」の可能性について語ることになっている。
これは火星の地下空間に存在する冷たい海水の中でも生き延びる生命体の可能性を探るプロジェクトで、そのために4億年前の微生物まで蘇らせるという壮大なものだ。また同フェスティバルでは、蚕の遺伝子を組み換えて金属と融合する絹繊維を吐き出すようにしたジョーの「Bombyx chrysopoeia」の生実験も行なわれるという。
1951年生まれで今年で65歳。今でも精力的に活動を続ける彼が、日々進歩する先端バイオ技術を駆使してどんなバイオアートの未来を切り拓いていくのか注目していきたい。
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