オンライン空間で進む性の多様化。一方でVRハラスメントの危険性も
DIGITAL CULTURE素の自分を出し、没入感が深まるほどに、受ける傷も大きくなる可能性がある。
Oculus RiftやHTC Viveなどのバーチャルリアリティ(VR)機器が出そろい、一般化し始めている。それらを使うアプリケーションはさまざまだが、中でもアバターを使ったシミュレーションゲームでは、VRハードウェアがもたらす没入性を活かし、アバターが本当に自分自身であるかのような一体感を感じることができる。
そのシミュレーションゲームの世界で現在顕著になりつつあるのが、プレイヤーのアイデンティティをアバターにより忠実に反映すべく、従来の「男性・女性」の枠に収まらない性を選択肢にふくめるという動きである。New York Timesによると、たとえばシミュレーションゲーム『The Sims』では今年5月、トランスジェンダーのアバターを作成可能にした。他にも『Mass Effect』や『Dragon Age』にはLGBTのキャラクターが登場しているし、『Fallout 2』や『Fable』では同性同士の結婚が可能になっている。
これによって、性的マイノリティにあたる人たちが、本来の自分自身により近いアバターを作り出すことができるようになった。New York Timesに紹介されたBlair Durkeeは男性から女性に転換した人物で、The Sims上で「声が低く、肩が広く、生殖能力のない」トランスジェンダーのアバターを作ったという。
ゲーム上で本来の自分と同じ性的アイデンティティや性的指向を再現できることで、多様なプレイヤーがゲームを楽しめるようになっただけでなく、彼らがリアルな人生を生きやすくする効果ももたらした。ゲイであることをカミングアウトしたJustin Mahboubian-JonesさんはNew York Timesの中で、「ゲームがカミングアウトを助けてくれた」と語っている。ゲームの中で他のゲイの人物と接触できるだけで、ゲイとして生きることのプレッシャーから解放されたのだと。
ただ、バーチャルな世界にリアルの世界と同じマイノリティが誕生することで、マイノリティをターゲットにしたオンラインハラスメントが懸念されるようにもなった。2014年から話題になったゲーマーゲートでは、ゲーム業界に根強く巣食う男性中心主義が明るみになった。またゲーム業界に限らず、ゲイやレズビアン、バイセクシャル、トランスジェンダーの人たちへの無理解や偏見は社会全体に蔓延している。
シミュレーションゲーム『Papo & Yo』を開発するMinority MediaのデザイナーPatrick Harrisは、VR内でのオンラインハラスメントが激化する可能性に警鐘を鳴らしている。Polygonによれば、彼はマルチプレイヤーのVRゲームのプロトタイプを使い、VR環境でのハラスメントがどこまでエスカレートするのか実験を行った。その実験でのゲームプレイ動画がゲームデベロッパー向けカンファレンスGDCで公開されると、聴衆はその激しさに言葉を失った。
Harrisは、ハラスメントはVRによって従来より「ずっと、ずっと、ずっとひどくなる」と言う。「彼らは体に覆いかぶさるように近づき、胸や股間に触ることもできるのです」。その背景にあるのは、バーチャルであるがゆえの匿名性だけではない。ユーザー側でプレイ動画を記録するなどしない限り証拠が残りにくいことも一因だという。
HarrisはVRゲームでのオンラインハラスメント対策として、ゲームデベロッパーに対しいくつかの提案をしている。たとえば、プレイヤーの周囲に一定のラインをもうけ、他のプレイヤーがそこを超えてきたら非表示にするといったことだ。また、不快な事案を運営事業者に報告するシステムや、問題があったときの状況を記録できる機能なども挙げられている。
ただどのような仕組みを作っても、社会全体からハラスメントがなくならない限り、オンラインハラスメントも止められないだろう。そしてVRによって、オンラインハラスメントがリアルなハラスメント以上に強烈な体験となり、ユーザーの心に深い傷を作る可能性が生まれている。
フェイスブックがOculus Riftを買収したことからもわかるように、VRは今後ゲーム以外にもプラットフォームを広げ、多くの人がVRを通じたコミュニケーションをするようになると予想される。オンラインハラスメントの問題は、ゲーム業界やテクノロジー業界の問題というよりは、社会全体の課題としてとらえていくべきだ。そしてHarrisのようにVR開発に直接携わる人たちは、今の段階からその危険性を意識し、製品に対策を織り込んでいく必要があるだろう。
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