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「The Dictionary of Obscure Sorrows」名前のない感情を定義する辞書

DIGITAL CULTURE
ライター福田ミホ
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たとえばドイツ語には、「他人の不幸や失敗を見聞きしたときに起こる快い感情」を表す「schadenfreude」という言葉がある。日本語でいえば「他人の不幸を蜜の味」や「ざまあみろ」、最近では「メシウマ」などが近い。New York Timesによれば、英語には同じ意味の言葉がなく、ドイツ語をそのまま流用する例が増えている。一方英語には、「努力するほどではない非常に弱い願望」を意味する「velleity」のような表現がある。

このように感情を表す言葉は各言語にきめ細かく存在しているが、それでもあらゆる人のあらゆる感情に名前があるわけではない。特に複雑な状況によって起こる感情や、社会的な変化によって増加した感情には、適切な呼び名がないことが多い。

アメリカ人アーティストのジョン・ケーニッヒ(John Koenig)はそのような感情に名前を与えるべく「The Dictionary of Obscure Sorrows」(直訳:曖昧な悲しみの辞書)を作っている。たとえば「通りすがりのランダムな人間も、自分と同じように鮮やかで複雑な人生を生きているのだという気づき」は「sonder」、「誰かの目を見ることで、侵入しているようにも無防備にも同時に感じられる、両義的な激しさ」は「opia」、といった名付けがなされている。

一部の単語には、それを描写するための動画が付随している。たとえば「何もかもすでにやり尽くされているという恐怖」を表す「vemödalen」は、異なる人が異なる場面で同じような被写体を同じように撮った写真465枚を使って次のように表現されている。

また単語そのものも気まぐれに作られているわけではなく、コーニグはそれぞれの単語について語源から検討しているという。たとえば「時間の進み方が速くなり続けているという感覚」を意味する「Zenosyne」は、ギリシャの固有名詞に由来している。「Zeno」は「アキレスと亀」などで知られる「ゼノンのパラドックスのゼノンから、「syne」は記憶の女神「Mnemosyne」から来ている。こういった語源についてはFacebookページのコメントで公開されている。

Psycology Todayによれば、Dictionary of Obscure Sorrowsはもともと2006年、大学生であったコーニグが詩を書いているときに着想したという。当時のアイデアについて彼はこのように語っている。

10年前、ミネソタ州マカレスター大学の学生であったジョン・コーニグは、キャンパスの図書館で詩を書こうとしていたときにThe Dictionary of Obscure Sorrowsなる書物を想像した。「それは非常に古く、ページをめくれば指の上で崩れてしまうほどだ」とコーニグは語る。「そこにはラテン語を使った完全な生物分類や、悲しみのいろいろな活用形、さまざまにいたましい表情の銀板写真がある。とてもミステリアスなトーンでありながら、客観的であると同時に心がこもっている」。そのようなイメージ、「我々に内蔵された、人間であることによる混乱や空虚さはすでに完全に記録されているとか、誰かがかつて心の荒野に踏み込んですべてを地図化したといった考え」が、彼の中に焼き付いた。

コーニグは読者から名付けてほしい感情の提案も受け付けている。彼はそれらと、これまでに名付けた感情をまとめて、2017年に書籍として出版する予定である。

たとえば深夜にTwitterやFacebook、ニュースアプリなどのあらゆるフィードを読み尽くし、もう読むべきものがなくなったときの空虚な感じはどう名付けたらよいだろうか。またはあらゆるものが右翼または左翼という文脈で片付けられてしまい、議論がかみ合わなくなることへのフラストレーションはどう表現できるだろうか。このように名前のない感情に思いをはせることは、まさに詩を書くのと同じように、自分の心の中をのぞき込むことにもつながるだろう。

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