MAIL MAGAZINE

下記からメールアドレスを登録すると、FUZEが配信する最新情報が載ったメールマガジンを受け取ることができます。


5インターネットの深淵

ドラマ『ミスター・ロボット』の「リアリティ」は、なぜ刺激的か?

DIGITAL CULTURE
/uploads/tsukamotokon.jpg
ライター塚本 紺
  • はてなブックマーク

アメリカのテレビドラマの勢いが止まらない。Netflixを始めとするストリーミング配信や、ビデオ・オン・デマンド(VOD)サービスの台頭でエンターテイメントは映画館に足を運んだり、決まった時間にテレビ画面の前で待つものから、自宅で好きな時に好きなデバイスで見るものへと変化した。

ストリーミング文化がコンテンツの先鋭化を生み出す

ストリーミング視聴の時代では、視聴者が自分の見たい番組を選ぶ。これまでのテレビ番組のように意図せずにオンエア中の番組を見てしまうという視聴の選択が変わった。

かつてHBOなどケーブルテレビや衛星放送の専売特許であった、過激かつ洗練されたコンテンツは、あらゆるプラットフォームからどんどんと世に出されるようになった。HBOやFOXといった有料テレビ局は、NetflixやAmazon Primeでコンテンツを流す一方で、自社のストリーミング・チャンネルを展開している。

そのためストリーミング文化を念頭に作られたコンテンツの多くは、ニッチなターゲット層を念頭に、どんどんと先鋭的で刺激的なテーマに踏み込んでくる。決して万人受けしないが、個性あるコンテンツが、最大限のオーディエンスにリーチできる時代が来たのである。

「リアル」の追求

2015年にアメリカで放送が始まった、USA ネットワークが製作するドラマ『ミスター・ロボット』は、ストリーミング時代を象徴するエンターテインメントとして、シニカルに現代社会を描写している。『ミスター・ロボット」』もまたHuluやAmazon Primeで配信されたドラマで、SNSの口コミで人気を獲得したことは記憶に新しい。

映像美や演技など完成度の高いドラマは他にもたくさんある中で、『ミスター・ロボット』が個性を放っているのは、視聴者にフィクションと現実の境界を感じさせない、焦点の絞られた「リアルさ」の追求だ。

1. 主人公エリオット・オルダーソンのリアル

セキュリティ会社「Allsafe Cybersecurity」に勤めている主人公エリオットは、昼の会社員としての活動以外に、夜は周りの人物について個人情報を集めてストックしている、極めて優秀だが強迫観念にとらわれた、闇の深いハッカーである。高機能自閉症を思わせるような人と対峙した時のアンチソーシャルな言動、ぎこちない話し方、誰とも心を開かない態度。おまけにドラッグ中毒者である。友人が一人もいないエリオットを、俳優ラミ・マレック(Rami Malek)は極めて淡々と、しかし感漂う演技で魅せている。

2. インターネット・ミームのリアル

ミスター・ロボット

image by laboratorio linux via Flickr

これだけテクノロジーが発達した時代にハッカーのドラマを作るのは並大抵のプレッシャーではない。少しでもディテールを間違えただけで放送が終了する前からネット中から指摘が来てしまうのだ。『ミスター・ロボット』はその点も細部に至るまで丁寧に検証されている。画面上に写るコードは全て正確なコードである。技術面のコンサルタントにはFBIの職員、サイバーセキュリティの専門家が採用されるほど徹底ぶりだ。ただリアルなハッキングを描くだけではない。そこにはハッカーに向けて仕掛けられた内輪ネタジョークや隠語があらゆる場所に仕込まれ、「インターネット・ミーム」の宝庫と化している。

アメリカでは、エリオットのノートに手書きのQRコードを忍ばせれば、番組が終わる頃には、熱心な視聴者たちの間で、Redditやツイッターで復元されたQRコードと、その誘導先で、「GeoCities」を彷彿させる前時代的なデザインの謎サイト「Confictura Industries」の意味についての議論がすでに盛り上がっている。

各エピソードは「eps1.0_hellofriend.mov」とファイル名形式のタイトルがつけられている。「Hello Friend」はエリオットが(発する第一声であり、劇中でDDoSハッキング被害のソースコード内から見つける動画ファイル名も「Hello Friend」だ。QuickTimeファイル形式の「.mov」がタイトルに使われる理由も、劇中とリンクしている。

残念ながら日本版のエピソードはタイトルに意味は込められていない。しかし、英語での各タイトル名は、コンピューターリテラシーのあるギークたちに対する隠語になっている。彼らは「Hello friend」に始まり、「v1ew-s0urce.flv」、「da3m0ns.mp4」といった用語が物語とどう関連しているかを解明する議論を楽しんでいるのだ。

3. アメリカ社会のリアル

エリオットの勤めるセキュリティ会社のクライアントである巨大企業は「E-Corp」である。劇中では「Evil-Corp(邪悪な企業)」と呼ばれ嫌われているこの超巨大企業は、2001年に粉飾決算が発覚し当時アメリカ最大の企業破綻を起こしたエンロンをモデルにしているのは明らかだ。クリエーターのサム・エスメイル(Sam Esmail)米Gizmodoのインタビューで次のように述べている。

(E-CorpのEのロゴは)もちろんエンロンのEだ(笑)。別にエンロンが訴訟を起こしてくるわけじゃないからさ。

それだけではない。エリオットが自分がリアルであるかどうかを問うモノローグでは「俺はビッグマックの牛肉よりはリアルだ」とマクドナルドの商品名を口にし、普通の人間になろうと決意した時にはスターバックスのコーヒーを買い、それを上司に「それスターバックス?」と突っ込まれる。実際に存在する企業や商品名を遠慮せずに多用している(一部はプロダクト・プレースメントかもしれない)。

エリオットのドラッグ中毒も、ただ漠然とドラッグ風なシーンが描かれるだけでない。オピオイド中毒だから鎮痛剤「オキシコドン」を求めているのだ。アメリカ社会の影響を受けて、こういった細かい名称や描写が具体的であることが、作品のリアリティをぐんと底上げしている。

4. 国家や企業よりも強大なハッカー社会

ミスター・ロボット

image by Valis Iscari0t via Flickr

最後にこのドラマに圧倒的なリアリティを加えているのは、我々が生きているこの時代である。ほんの10年前であれば、無名の若者が大企業のデータセンターにハッキングをし、全てのクレジット記録を消し去るといった計画は荒唐無稽な現実味の無い物語として受け取られただろう。しかし2017年、アメリカの大統領選挙に対するロシアによるハッキングについて真剣に調査が行われている時代である。もはやFacebookやグーグルといったテック企業は国家よりも大きな力を握り、ハッカーによって国家や著名人が甚大なダメージを受けることは連日のニュースとなっている。そして、ハッカーは犯罪者なのか、それとも社会のヒーローなのかというテーマは、現実に向き合っている私たちにも突きつけられるリアルな疑問そのものなのだ。

「企業 vs. ハッカー」に関する現実社会の動向は、こちらもチェック
米Yahoo!ハッキング、5億件の個人情報流出。Yahoo!ユーザーが今やるべき5つのこと(via ギズモード・ジャパン)
トヨタ、車ハッキング「しっかり対応」 (via 日本経済新聞)
NSAの天才ハッカー集団がハッキング被害、官製ハッキングツールが流出(via ニューズウィーク日本版)
ベライゾンの150万人分の顧客データ、地下サイバー犯罪フォーラムで10万ドルで売りに出されてしまう(via ギズモード・ジャパン)
Dropboxのアカウント情報流出が発覚。すぐにパスワードの変更を!(via Buzzfeed Japan)

今やグーグルやFacebookといったシリコンバレー企業が、膨大な数の一般市民にとって、政府以上に身近な存在になりつつあり、IT業界の重要性は政治や経済、金融、メディアの未来を担うまで大きくなっていると見れば、IT業界に属さない(または屈しない)ハッカーたちの台頭も、現代を象徴する存在ということに異論を唱える人も少なくないはずだ。企業や国家に対して物怖じせず介入してくるハッカーによって政府機関や著名人が甚大なダメージを受けることは連日のニュースとなっているが、「ハッカー=犯罪者」という議論が広がる一方で、インターネット・ミームを使った感情的メッセージや、屈することのない反体制精神の考えに共鳴する人が存在する事実もまた無視することはできない。

#音楽の敵、音楽の味方

#音楽の敵、音楽の味方