折り紙顕微鏡のパイオニア、マヌ・プラカシュが、マラリア治療に起こす革命
ARTS & SCIENCEインド生まれの生物物理学者マヌ・プラカシュ(Manu Prakash)は、なぜマラリアの診断を待っている人が世界に10億人もいるのか、そして、なぜ診断が進まないのか、についてこう語る。
マラリアだけをとっても、年間に何百万人もの死者を出しています。マラリア感染のリスクを負っており、検査が必要とされている人は10億人存在しています...しかしケニアのアレックス、バングラデッシュのファーティマ、ムンバイのナヴジュート、ウガンダのジュリーとマリーといった地域ではマラリアの検査のために何ヶ月も待たないといけません。なぜか...問題は顕微鏡にあります。顕微鏡は病気の診断のために設計されていません。重たくて場所を取り、手入れも大変です...ここから生まれたのが「折り紙顕微鏡」というアイデアです。

どう控え目に言っても、科学者マヌ・プラカシュは現代のヒーローである。スタンフォード大学の生物工学准教授であるプラカシュは「安価な科学(frugal science)」のパイオニアとして貧困層やへき地で誰でも使える安価な医療技術を発明し続けている。35歳にして世界トップクラスの大学の准教授にまで登りつめたプラカシュだが、その情熱は象牙の塔の対極にあるようだ。
安価で大量に製造でき、命を救うツール
アカデミアの世界を越えて彼の名前が知られることになったのは、彼の折り紙顕微鏡「Foldscope」の発明が最初だろう。重たく、大きく、手入れも操作も大変で高価な顕微鏡が、貧困地域やへき地での病気の診断の障害になっていることに気づいた彼と彼の生徒たちは誰でも簡単に使える安価な折り紙式の顕微鏡を発明した。
一つにつき1ドル、10分で作成でき、140倍拡大、2ミクロンの解像度を達成する顕微鏡の発明はCNN、The Atlanticとアメリカのメディアで大きく取り上げられた。
ほぼ無料で配布することができる診断器具をできる限り高い品質で作りたかったんです。その結果、プロジェクトから生まれたのが使い捨て顕微鏡だったということです。
とスタンフォード大学のブログで去年語っている。ちなみに一般への販売はまだ開始されていないが、設計図は公開されているので興味がある人は自作に挑戦することもできる。
プラカシュの発明は今年に入ってもまた話題を集めた。今回は何十万円もする遠心分離機をたった20円で作るというものだ。高速回転で液体内の成分を分離させる遠心分離機は、マラリアを始め様々な病気の診断に不可欠だが高価なのと電気が必要なため、貧困地域やへき地には普及できていない。そのため多くの人が診断を受けることができていない。
科学誌「Nature Biomedical Engineering」に発表された「Paperfuge」という仕組みは、紙と紐で作られており、人力で1分間に12万5000回転の速度を達成するという。原理は日本でもおなじみの「ぶんぶんごま」と同じである。
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Paperfugeは90秒で血しょうの分離に成功し、15分でマラリア原虫の分離に成功している。
折り紙顕微鏡とPaperfugeの二つを知れば、彼の科学者としてのスタンスが自然と伝わってくる。それはすでに存在している重要な技術を、誰にでも利用可能なレベルにスケールさせることだ。
安価な科学(frugal science)
しかし彼の発明の影響は何百万人の命を救うだけに留まらない。彼が開発してきたツールには、複雑な科学を安価に、一般人に慣れ親しませるという教育効果がある。次世代の科学者、そして科学リテラシーを育むという点で「安価な科学(frugal science)」の影響は計り知れないものがあるのだ。
小学校で初めて顕微鏡を使った時のことを覚えているだろうか、2人、3人が順番に覗き込まないといけなかったのではないだろうか。しかしこの折り紙顕微鏡を使えばクラス全員分の顕微鏡を提供できる。そして重々しい機械よりも折り紙の顕微鏡の方が子どもたちも興味を持つのは当然である。顕微鏡が「壊さないように気をつける物」から「なんだか自分でも作れそうな紙のオモチャ」へと変わるのだ。
スタンフォード大学の学内紙である「Stanford Daily」では彼の狙いが紹介されている。
プラカシュのゴールは物理学に興味を持ってもらい世界中の人々に、ローカルな地域における問題を自分たちで解決するべく取り組む励みとなることだ。重要な疑問を抱くこと、意味深い発見をすることに高価な実験装置は必要ないと強調する。「回答を見つけるために使う道具よりも、疑問を持つことの方が遥かに重要なんだ」とプラカシュは語った。
現代社会が歓迎すべき科学者像
テクノロジーがますます高度に発展するにつれ、最先端の技術はどんどんと一般人の理解できないところで開発されるようになるだろう。誰もがポケットの中に世界最先端の小型コンピューターを持っていながら、仕組みについてはほとんどが理解していない、そんな皮肉な乖離が進みつつある。そんな中で複雑な科学を手軽なおもちゃで普及させ、興味をもたせようとする彼の試みは社会が歓迎すべきものだ。
「本当に、世界中の全ての子どもに、こういったツールに触れる機会があるべきなんだ」と語るプラカシュ。9歳の時には自分で顕微鏡を作ろうとしていたという。折り紙顕微鏡で遊ぶ9歳の子どもたちに「マヌ・プラカシュはこれを作って世界中の何百人の命を救ったんですよ」と言えたら、どれだけクールだろうか。
プラカシュは去年、「天才賞」と呼ばれるマッカーサー基金を受賞している。今後五年間にわたって合計7000万円が彼に支払われ、何にどう使うかの指定は無い。現在、折り紙顕微鏡、Paperfuge以外にも水滴を使ったコンピューターの開発に取り組んでいるという。
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