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視覚的な静寂。ネットユーザーの渇きを癒やす奇妙なインスタグラム・アートの世界

ARTS & SCIENCE
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ライター福田ミホ
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2016年半ば頃からInstagramを中心に増殖し始めたトレンド「#paintmixing」と、それが付けられたインターネットアート動画についてartsyが解説している。#paingmixingの代表的な例は、カナダ人アーティストのアネット・ラベツキーが公開しているInstagram動画だ。そこには、さまざまな絵の具を混ぜ合わせたり、のばしたりといった作業が淡々と映し出されている。

ただただ絵の具を混ぜたり、広げたりするだけの短い動画だが、色やテクスチャーの組み合わせによってさまざまなバリエーションがある。この種の動画を掲載し始めてからラベツキーのフォロワーは28万人以上増えたといい、現在ではひとつの動画が10万回以上再生されることも少なくない。

一方陶芸家エリック・ランドンは、自身がろくろで制作する情景の動画をInstagramで公開している。どの動画も#paintmixingと同様に変化する素材をメインに据え、その動きを淡々と描いている。ランドンのフォロワー数は64万人以上となっている。

これらの動画、そしてBuzzFeedの食に特化した動画Tastyが人気を博していることについてartsyでは、心理学者のラリー・ローゼン博士の次のような見方を伝えている。

「我々の社会は、より視覚的に動かされるようになっています」とローゼンは言う。よって「視覚刺激は聴覚刺激より注意を引く力を持っており、これらの動画が非常に魅力的になっています」と。

また心理学者のベン・マイケリス博士は、これらの動画のアクセシビリティの高さ、つまり「自分にも同じことができそうだ」と感じられる特性を指摘している。たしかにラベツキーの動画もBuzzFeedのTastyも一人称視点で撮影されていて、ユーザーは映像の中身を自分の行為であるかのように見ることができる。

マイケリス博士はさらに、動画の中の動作の反復性が、自意識をつかさどる脳の部位前頭葉に働きかけている可能性に注目する。

ペイント・ミクシング動画や同様に反復的な動作を映した動画は、反復作業そのものによって、精神を落ち着ける効果があります。瞑想や祈祷によって得られる落ち着きは、反復によって自意識が一時停止されることでもたらされるという強い証拠があります。これらの動画やその他の反復動作は、『一時的前頭葉機能低下』という状態をもたらす可能性があります

付け加えれば、これらの動画で扱われている素材の多くはウェットで、視覚を通じながら触覚に訴えている。触覚は、我々がこの20年ほどで急速に使わなくなってきた感覚ではないだろうか。

コンピュータやインターネットが普及するまでは、文字を書くにはペンや鉛筆と紙に触れ、電話をかけるには受話器を握り、ダイヤルやプッシュボタンを押す必要があった。さらに書籍や新聞を読むには紙のページを繰り、買い物に行けば商品の手触りや重さを自然に確認するなど、生活上最低限のタスクをこなすだけでも多様なテクスチャーに触れる必要があった。だが現在、他人への連絡や情報収集、買い物、職種によっては仕事の大半まで、さまざまなタスクが特定のデバイス上で完結している。

一方リアルの世界では、大人の塗り絵や点つなぎパズルなどが静かに流行しているが、それらもペンやマーカーなどで触覚に訴える作業を要する。コンピュータやスマートフォンを四六時中手にして生活する我々は、触覚を渇望しているように感じられる。塗り絵や点つなぎは、アクセシブルなアートという意味でも#paintmixingと共通している。

このようにさまざまな視点から背景を説明できる#paintmixing現象だが、その恩恵を受けるのは視聴者側だけではない。アーティスト、たとえば冒頭のラベツキーにとっては、それ自体がひとつの新たな創作活動となっている。ラベツキーはartsyに対し、次のように語っている。

私にとって#paintmixingの動画はパフォーマンス・アートなのです。私はアートの中で聴衆の声を聞き、彼らのために演じています。もしファンがある音を気に入ったとすれば、私はその音をより多く使います。もしある色やパレットナイフが好まれれば、私はもっと使います

このように#paintmixingや同様の動画は、アーティストにとっての新たな表現形態ともなっており、同時にこれまでアートと縁がなかった層を掘り起こす契機ともなっている。また視聴する側にとっては、スマートフォン上で手軽に入っていける希少な癒やしの場を提供している。アートの素材には絵の具や粘土以外にもさまざまなものがあり、#paintmixing的なるものは今後さらに幅広い素材へと広がっていくのかもしれない。