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スパイク・リー『ブラック・クランズマン』のラストシーンから読み解く、2019年のDo the right thingとは?

ARTS & SCIENCE
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「ブルックリン共和国を代表して、この賞を受け取ります」

2018年5月19日、カンヌ国際映画祭で『ブラック・クランズマン』が実質的な2位であるグランプリに決まったときのスピーチを、スパイク・リー監督はこの言葉ではじめた。1位を意味するパルムドールは、是枝裕和監督の『万引き家族』が受賞。日本の「システム」からこぼれ落ちてしまった人々が、手をつないで生き延びようとしたけれどどうしようもなく手を離した物語と、人種差別をする側の人々が法で守られているアメリカの歪んだ「システム」を糾弾する物語が、トップに並んだわけだ。私はカンヌ映画祭の傾向を語れるほどの知識はないけれど、政治性、社会性が強い作品が評価される時代に私たちは生きている、という事実は重く受け止めている。

おっと。なんだか、大まじめな調子になってしまった。二度めの『ブラック・クランズマン』鑑賞をしたばかりだからか。本題に入る前に、すでに公開されているタイミングで読む解説文にどんな意味があるのか、考えてみた。ひとつ、観にいくか迷っている人の判断材料になる。ふたつ、とりあえず観たけれど、わからないところが多かった人の合点がいく手助けになる。なぜ、音楽ライターがしゃしゃり出て「手助け」するのかというと、私はブルックリン共和国の元住人で、ブラックミュージック専門のライターになった起点にスパイク・リーの初期作品群ががっつり横たわり、それ以来、彼を定点観測してきたからだ。

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諷刺と抗議を散りばめた、情報量たっぷりの映画

本題。『ブラック・クランズマン』の大枠は、実話を基にした警察ものの娯楽映画である。だが、それは表向きのパッケージで、なかに諷刺と抗議をびっしり散りばめ、メッセージ性が非常に強い作品でもある。アメリカの黒人の歴史と現状に詳しくなくても楽しめるように仕上がっているが、知識があるとさらに深く、強く響く。映像、演技、セリフすべてに二重、三重の意味が込められ、異常に情報量が多いので、一度だけ観てもわからない部分があるほうがふつうだ。まぁ、優れた映画とはそういうものだけれど、スパイク・リーと映画を作った仲間たちが示す明快なメッセージに向かって、すべてが収束するように道標が立てられているため、そのメッセージをきちんと受けとれないと観た意味が半減してしまう。埋め込まれた道標に気づいたときの爽快感もふくめて、とても知的な娯楽作品なのだ。そのメッセージとは、「いまのアメリカには正しい側とまちがった側があり、みんなが目を覚まして正しい側についてくれ」というものである。

タネ明かしをすると、ラストに唐突に挿入される2017年のシャーロッツビルの暴動シーンは、死者3名を出した実際のできごとだ。南北戦争で南軍を率いたロバート・E・リー将軍の銅像の撤去を抗議するために各地から集まった白人至上主義者たちと、反ヘイトを掲げた人々が真っ向から衝突して緊急事態発令がだされる事態に発展。白人至上主義者のジェームズ・フィールズが抗議側に車で突っ込み、活動家だったヘザー・ハイヤーさんが亡くなる悲劇で幕を閉じた。その車が暴走している瞬間を映し出すという、強烈なパンチをくり出して『ブラック・クランズマン』は終わる。

実は、この事件が起きたとき、このプロジェクトはすでに始まっていた。事件そのものも衝撃的だったが、これを受けてトランプ大統領が「どちらの側にも非常に暴力的な人が混ざっていた」と、自分の支持者層を配慮して差別主義者をはっきり悪く言わなかったのは、衝撃を通り越して絶望的だった。現職の大統領が、人種差別を推進する側を擁護するなんて、トランプ以前だったら絶対にありえないこと。それを受け、スパイクは「新しいエンディング・シーンができた、と思った。それで、ヘザーのお母さんに許可をとって映像を使うことにした」と、インタビューで話している。

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現在までつづく、半世紀前の負の遺産

『ブラック・クランズマン』の題材は、黒人警官のロン・ストールワースが、ブラックパワー運動が盛り上がっていた1970年代に白人至上主義者の秘密結社、クー・クラックス・クラン(KKK)の潜入捜査をした実話だ。KKKはアメリカで負の遺産として忌み嫌われているが、その根底にある思想は白人至上主義者のあいだに生きている。この実話から50年が経っても、根本的にアメリカは変わっていないし、ここ数年はむしろ事態は悪化している。

とくに問題になっているのが、警官の黒人男性に対する暴力。丸腰の相手を誤って殺しても、ほとんどのケースが罪にならないのだ。昨今、ヒップホップ界隈からも聞こえる、“ブラック・ライヴス・マター(黒人の命だって大切だ)”の運動はこれを受けたもの。

基本的にリベラルなハリウッドの映画業界も反応し、『フルートベール駅で』(2013年)や、『デトロイト』(2017年)といったストレートにこの題材を扱った作品から、『スリー・ビルボード』(2017年)のように伏線に埋めこんでいる作品が多く作られている。黒人の映画監督の第一人者、スパイク・リーの『ブラック・クランズマン』はその流れの決定打であり、予想と期待を大きく上回るインパクトを与え、絶賛されているのである。

半世紀も前の状況が、現在まで脈々とつづいている恐怖。映画のなかではやり込められているKKKのラスボス、デヴィッド・デュークは政治家に転身して、2017年のシャーロッツビル事件でも大活躍している。彼は、まだ大統領候補だったトランプの支持表明もした。イメージを気にしてトランプはデュークとのつながりを否定しているが、デュークを崇めている人々とトランプ支持者がほぼ同じ層であるのは否定しようがない。映画でデュークが「(ホワイト・)アメリカ・ファースト」というシーンは、トランプの口癖を揶揄しているのではなく、実際にデュークが昔から使っている言葉を大統領も口にしているだけ。そう。アメリカは白人の国であるべき、という時代錯誤の理念を隠しもった危険な人物が大統領の椅子に座っている、と映画は暴いているのだ。

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もちろん、映画は監督ひとりのものではない。製作には、2017年に話題になった『ゲット・アウト』で監督と脚本を務め、アカデミー賞の脚本賞をとったジョーダン・ピールも名を連ねている。もともと、この原作の映画化をするプロジェクトは彼に持ちこまれたが、ジョーダンがスパイクのほうが監督に適任だと判断し、連絡をとった経緯がある。1979年生まれのピールに対し、スパイクは1958年生まれ。その時代を青年として生きた人のほうが適任という面はあるだろう。主人公のきれいに丸くなっているアフロヘアーへのこだわりや、「Too Late for Turning Back Now」がかかるダンスシーンの見せ方など、ヒップホップがなかった時代の風俗を描くことにかけて、スパイクの右に出る者はいない(逆に、ヒップホップの扱い方は、下の世代の監督たちに比べてヘタである)。

ブラック・パンサー党のストークリー・カーマイケルの演説シーンでは黒人としてのプライドを、主人公のデート・シーンでは映画史を、そして終盤では大御所シンガー、ハリー・ベラフォンテをかつぎだして、1916年におきたジェシー・ワシントンのリンチ事件を語らせて黒人の歴史を伝えるテクニックは見事だ。そもそも、映画の作り自体が、70年代に流行った黒人がヒーローを演じるブラックスプロイテーション・ムーヴィーの体裁を取っていて、入れ子状態になっている。

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キャストの話もしよう。主人公のロンを演じたジョン・デヴィッド・ワシントンは、スパイクの盟友、デンゼル・ワシントンの長男である。アメリカで「理想的な黒人男性像」といえば、まずデンゼルの名があがる。人種の枠を越えた主役級の大俳優であり、スキャンダルのない人格者としても知られる。息子のジョン・デヴィッドは外見こそ似ていないが、聞きちがえるほど声がそっくりで、デンゼル・ファンはそこも注目してほしい。ジョンはアメフト選手だったときから「デンゼルの息子」として注目されていた存在だが、この映画の成功で父親を引き合いに出されずに済むようになるかもしれない。マイケル・B・ジョーダンやチャドウィック・ボーズマン、そしてひとつ上の年代だが、アカデミー賞の助演男優賞を2回とったマハーシャラ・アリなど、同じ肌の色をした俳優のスター集団に今後食い込めるか、楽しみだ。

脇を固める俳優たちの演技も、すばらしい。とくに、暴走する差別主義者の夫婦を演じたヤスペル・ペーコネンとアシュリー・アトキンソン(彼女はスパイクの『インサイド・マン』にも出ている)が醸しだす緊張感といったら。憎しみを表せば表すほどふたりが生き生きとしてくる様子は、全世界にはびこる排外主義者たちの表情を凝縮しているようで、滑稽であると同時にとても恐ろしい。

黒人への暴力と差別が主題だが、『ブラック・クランズマン』はユダヤ系の人々に対する根強い差別にもきちんとスポットを当てている。ユダヤ系にも見える白人、という外見が重要な役どころのフリップ・ジマーマンにアダム・ドライバーを配しているほか、FBIエージェントとして典型的なユダヤ系の外見をもつデヴィッド・ホック(ヒップホップ系のネタが得意なコメディアンだ)が出てくる。実は、スパイクにはユダヤ系の人々の描き方に問題があるとして責められた過去がある。その罪滅ぼしと取るのはナイーヴだろうが、KKKを含む白人至上主義者がユダヤ系の人々も目の敵にしている事実を織り込むのは、必ず成し遂げたかったことなのだろう。フリップは自分の出自をあえて考えない人たち、スパイクがいうところのdelusional(思いちがいをしている)の代表として描かれ、アダム・ドライバーはこの役でアカデミー賞の助演男優賞にノミネートされている。

90年代に作った、一連のブラック・ムーヴィーの印象が強いスパイクだが、近年は登場人物の人種を問わない映画も撮っている。それらを経たバランス感覚が、『ブラック・クランズマン』のさまざまなキャラクターの描き方に出ているように思う。悪名高く、狡猾なデヴィッド・デュークの描き方も的確。演じたのは、コメディ番組「ザット・70’sショー」での、のび太ポジションの役柄で親しまれているトファー・グレイス。彼は、役作りのためにデュークの演説やラジオ番組を研究しすぎて、ひどく落ち込んでしまったそう。撮影をしばらく休みたいと申し出て、スパイクに励まされてなんとか演じきったとインタビューで答えている。それくらい、KKKや白人至上主義者たちの主張は、ふつうの感覚だと偏ってきこえるのだ。

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極端な“ものの見方”への警笛

これは、日本のいわゆるネトウヨがまき散らす毒によく似ている。『ブラック・クランズマン』は黒人をめぐる人種問題を全面に出した作品だが、インターネットのエコーチェンバー効果で、極端なものの見方をする人が増えている現代への警笛にもなっている。アメリカの人気テレビホスト、エレン・デジェネレスの番組に出演した際、スパイクは「正しい側にいないといけない」と声高に宣言した。彼はとても博識な人で、90年代に来日したときは「アメリカには肌色で差別する人がいるが、日本は見た目ではわからない、出自で差別する人がいるから厄介だ」と発言し、在日韓国人や被差別部落の問題を指摘した。

アメリカはいま、白人と黒人で闘っているのではない。白人だけが優れていると勘違いしている白人至上主義者と、それ以外のあらゆる人種の人々が団結して闘っているのだ。最初に書いたが、『ブラック・クランズマン』は二度、三度観ることで理解が深まる映画である。私も二回目でやっとアカデミー賞の脚本賞を受賞したセリフのすばらしさに気がついた。気に入った人は、なにが難しかったのか、どこが響いたのか考えながら、二度、三度観てほしい。それが、2019年のDo the right thingだから。


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映画『ブラック・クランズマン
配給:パルコ
全国公開中
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