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2 #移民とカルチャー

【座談会】なぜ日本には移民文化が「存在しない」のか? ~戦後日本のアイデンティティ問題から考える【後編】

コントリビューター田中宗一郎
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日本に移民文化は本当に存在しないのか?

<前編はこちらから>

ハン 「そもそも日本に移民文化は存在するのか?」という問いを投げましたが、私はいち在日コリアンとして、自分たちの文化を作れなかったという悔しさみたいなものがあるんです。そういう意味では、素朴にアメリカの黒人文化が羨ましかったりするところはあります。もちろんまったくないわけじゃないし、あと焼肉はあるかもしれないけど、自分にとってそこじゃないというか。

大和田 ハンさんがさっき言っていたように、歌謡曲の世界にもそういうアイデンティティを持つ人がいるということは、多くの人がなんとなくわかっていると思うんです。それは今まで表立って出てきませんでしたが、逆に言うと、今から在日というアイデンティティを軸としたカテゴリーを研究者が作れるのではないでしょうか?

ハン 今からそのように読み替える作業が行える、ということですよね? もちろんそうだと思いますし、そのような仕事を行っている方もいらっしゃると思います。自分がやっていた朝鮮学校の制服の研究にも、そういった側面がなくはないです。

大和田 これまでは、対アメリカ、対ヨーロッパという形で日本のアイデンティティが考えられてきた。一方で、日本の中で細かくわかれているアイデンティティについては、一人ひとりが声を上げづらいところもあったと思うんです。でも、今のように移民について改めて考え直す機運が高まっている時代だからこそ、初めてその読み替えが出来るのではないかと。

ハン 個人的な話をすると、若いときに惹かれたアメリカやイギリスの文化のなかには、多様なルーツに根差したものが少なくなかった。スタイルだけでなく、そのようなものがメッセージに込められていたりもする。でも、「ああいうものがなぜ日本にない?」「日本で自分を代弁してくれる人がいない」とずっと思っていて。よくする話なんですけど、私、小さい頃はアイドルになりたいとちょっと思っていたんです。それはアイドルに憧れていたからじゃなくて、在日アイドルが必要だと思っていたから。なので、在日コリアンで出自を明かして民族名を名乗ったおそらく初のアイドル、今はミュージカルで活躍するソニンはずっとウォッチしています。流石にもう少し大きくなるとアイドルは違うと思って、次は女子アナになろうと考えました。「なぜ民族名でニュースを読む人がいないのか?」と思って。地上波を見る限り、いまだにいないじゃないですか。ミックスルーツの人はいますけど。その苛立たしさはずっと抱えたままですね。

磯部 在日コリアンのロール・モデルが必要なのに、それがなかなか出てこなかったと。

ハン 私の親世代は紅白歌合戦を見ながら、「あの人は本当は在日なんだよ」と言いながら酒を飲むわけですよ。そこで鬱憤を晴らしている。『パッチギ!』という映画の中で、お父さんが都はるみを愛聴しているのはそういう意味ですよね。お父さんは都はるみのレコードを大事にしているのに、息子はまったくわからずに捨ててしまうっていうエピソードがあって。「在日がいないと紅白は成り立たないぞ」とか、私は耳にタコが出来るくらい上の世代から聞いて育っているんです。じゃあ、私たちの世代からはもう出てきていいんじゃないの?と思っていた。でも、出てこないままニューカマーが急増した80年代、日系人と技能実習生受け入れにつながった1990年入管法を経て、2019年、新たな移民社会に突入するっていう。

大和田 やはり読み替えが必要だと感じますね。専門でもないのに失礼な言い方になってしまうかもしれませんが、アメリカだとアフリカ系のマイノリティは見た目でわかるじゃないですか。しかし、在日コリアンはわからない。そういう点では、マイノリティーのあり方としてはLGBTQに近いのかもしれない。

ハン そうですね。カミングアウトしないとわからないですから。

大和田 たとえばアメリカでは90年代以降、クィア・リーディングが行われるようになりました。既存の作品をクィアな作品として読み直していこうという流れです。ハリウッド映画史をLGBTQの視点で観直した『セルロイド・クローゼット』(1995)という優れたドキュメンタリーも公開されました。日本の大学でも始まったのが、本当にここ20~30年くらいですね。だから、在日文化の読み替えはこれからでも十分に出来ることだと思います。

磯部 先程、ハンさんがアフリカ系アメリカ人には独自の文化があって羨ましい、在日コリアンはつくることが出来なかったとおっしゃっていましたが、果たして前者の文化の独自性は自明なのか、ということも考えなければならないと思うんです。ヒップホップ・カルチャー、ラップ・ミュージックにしても、アフリカ系アメリカ人の文化だと思われているようなところがあって、ただこれまで見てきたように、もともとはニューヨークで様々なルーツを持つ文化が混ざり合いながら出来てきた。もしくは、合衆国やカリブ海地域、ラテン・アメリカを舞台にした流動的な運動体として捉えた方がいいんじゃないか。そして、今やそれがネットをベースに世界中で起こっている。

K-POPにしてもネット以降のグルーバルなポップスの中で浮上してきたわけですが、その独自だと言われる部分もJ-POPからの影響が見られたりする。もちろん、そのJ-POPも欧米のポップスの影響を受けている。もしくは、日本文化がいわゆるガラパゴス化していくなかで、今、日本はむしろ韓国文化を通してアメリカ文化を消費しているようなところがあったり。そういう風に文化の独自性というものについて細かく見ていくと、どうしても流動性の方が目につくし、少なくともポピュラー音楽に関してはそっちの方が本質なんじゃないかと思ってしまうんですよね。

ハン 表現の形式やスタイルで独自性を語るのは難しいですね。そうなると、日本で移民の子供だった自分の実感としては、最終的には「誰がやっているのか?」ということでしかなくて。でも、「誰もやっていない」と私は感じていた。いや、「やれていない」ですかね。参入と可視化のハードルが高すぎる。そういう意味で、今の若い子にとっては、K-POPがルーツミュージック的というか、在日の文化を代替してくれるものになっているのかな、と思う部分はありますね。ひそかにプライドを支えるものというか。最初のヨン様ブームの時は、今まで蔑まれていた韓国が良いものとして思われるのは嬉しいけど、どこか置いてきぼりのような感覚だという議論も少なくなかったんですが。ネイションの枠組みが強すぎますからね、日韓ともに。「あなたは韓国人ね」って言われても、「いや、何も韓国文化を知らないですし」っていう存在だから、在日は。でも今はK-POPがグローバルなものだから、そういう議論にはなりにくいような気がします。むしろ日韓関係や日本の状況が悪いからこそってのもあるかもしれないけど。

BTSの全米ブレイクの衝撃

大和田 K-POPの話を続けると、アメリカでのK-POPのブレイクを見ていて一番衝撃的だったのは、英語じゃなくて韓国語のまま歌っていたということですね。それは今でも信じられないくらいの衝撃でした。しかも、同じころにスペイン語の“デスパシート”も大ヒットしたので、「アメリカはもう英語じゃなくていいの?」っていう驚きがありました。

ハン それは英語に対する求心力が下がったということなのでしょうか? それとも音楽が全体的に歌詞重視ではなくてサウンドの時代になっているからですか?

望月 今は動画が強いので、言葉だけでなくヴィジュアルでのコミュニケーションの比重が上がっているというのもあるかもしれないですよね。アメリカで今売れている外国語の音楽は、韓国語とスペイン語系が多いのですか?

磯部 スペイン語に比べると、アメリカで韓国語のポップ・ミュージックの存在感がそこまであるかというとそういうわけではないですよね。BTSがブレイクして、例えばブラック・ピンクが後に続こうとしていますけど、今後、この流れがもっと大きくなっていくのかどうか?というところだと思います。アメリカでの韓国語を理解する人口の割合もヒスパニック系に比べて全然少ないですし。だからBTSのブレイクは凄かったということでもあるのですが。

望月 アジア系アメリカ人のボリュームということも背景にはあるんですね。

大和田 もちろんそうです。ただ数字で言うと、アジア系はまだ全体の5%程度です。

磯部 アメリカでBTSがTVショーに出ると、客席の最前列にいる女の子たちの人種はいろいろだったりしますよね。

大和田 TV番組に出ているBTSをずっと追っていたことがあるんですけど、最初はアジア系とアフリカ系のファンが多かったんですよ。たぶんこれは、コミコンの客層と近いんだと思います。要はオタク文化なので、向こうのルーザーが接している文化だったと言える。しかし、今はもう全然変わりました。

ハン その域を超えたからこそ、あれほどブレイクしたんですよね。

大和田 今年うちの学校のゼミで学生が書いた卒論に、BTSのアメリカでの受容について書いたものがあったんです。ヒップホップもそうですが、今のアメリカでは鬱や傷つきやすさという主題がどんどん前景化している。その一方でMe Tooがあって、いわゆるジョックと呼ばれるような、マッチョな男性像の価値が圧倒的に暴落しているんです。だからこそ、K-POPの中性的で、繊細な感じ――。

ハン BTSってそういう歌詞ですよね。

大和田 そうなんです。内省的で、心の苦しみを歌っていることも、アメリカの受容とマッチしたというのがあると思います。それにしても、アジア系の男子にアメリカのファンがキャーキャー言う時代が来るとは思ってもみなかったですよ。最初はビートルズの再来とか言われていて、「えー?」と思いましたけど、「いや、これは完全にビートルズの再来だ」と思うようになりましたね。

磯部 ちなみに、日本でのK-POPの人気もそのナイーヴさ、非マチスモ的な側面に起因していたりするんですか?

ハン もちろん。最近のK-POPファンにはフェミニストも多いですし。ジェンダーやセクシュアリティの規範の多様性や新しさをそこに求めている人も少なくない印象です。

大和田 アメリカにしてみると、ジャニーズだと子供っぽく映ってしまうと思うんですよ。K-POPの方がもっとセクシーですよね。その微妙な目盛りの合わせ方もうまい。

磯部 そういう意味ではマッチョでもありますよね。細マッチョというか(笑)。何れにせよ、K-POPの人気によってアメリカの中でアジア系男性のイメージも変わった。

大和田 BTSのRMについて「こんなセクシーな生き物はいない!」ってアメリカの女の子たちが言ったりしていますから。アメリカの中でのアジア系のプレゼンスという意味では大きいと思いますね。

望月 それこそ移民文化と言えるかもしれませんね。

磯部 K-POPがアメリカで受け入れられた背景にナイーヴさの前景化があったとして、より具体的なきっかけは何なのでしょうか?

大和田 K-POPがアメリカに入っていくきっかけとしては、西海岸のダンス・オーディション番組が大きかったと思っています。あれはソロだとアフリカ系が活躍するんですけど、集団のダンスだとほぼアジア系のクルーになってくるんです。ああいうのはアジア系が得意ですよね。ダンスをピタッと合わせる。

ハン いわゆる「カル群舞(カルは韓国語で刀やナイフ。キレが良くて息のぴったり合った群舞をそう呼ぶ)」。

大和田 そうです。ああいうダンスを踊るロスのクルーは、大体アジア系です。そこで「ダンスが上手いアジア系男子」というステレオタイプがアメリカで出来つつあった。『グリー』でもアジア系はダンスが上手いという設定でしたからね。良くも悪くもアメリカでマイノリティが受け入れられるには、そのステレオタイプが共有される必要があります。アジア系と言えばカンフーというステレオタイプはいまだにアメリカでは根強いと思いますが、韓国系のダンスの上手さはカンフーの変奏として捉えられたのではないかと思うんです。寡黙で黙々と身体を鍛えて、身体の訓練でスキルを高めていく。70年代のブルース・リーのアップデートとしてのアジア系のダンスですね。

磯部 そもそも、ヒップホップのブレイクダンスがカンフー映画にインスパイアされたものだったりしますもんね。もちろんカンフーは中国の文化ですが、K-POPはそのカンフー=ダンス=東アジアというステレオタイプを通じて、ヒップホップ/ラップが支配的になったアメリカのチャートに入ってきたとも言えると。

日本の映画や文学は如何に移民を描き、描いてこなかったのか?

2-2

磯部 ラップ・ミュージックとK-POPを中心に話を展開してきましたが、音楽以外でカルチャーと移民の関係について話しておくべきトピックはありますか?

望月 日本の移民文化として、文学はあると思うんですよ。

ハン 最近だと台湾出身の温又柔さんもご活躍されていますが、在日コリアンが作ってきた在日文学は、日本文学のなかで独自の地位を占めてきたと思います。私はそれほど詳しくないですが、第一世代は植民地で同化された結果としての日本語で書くことに苦悩しながら「民族」について書き、その後の世代は在日であること、そのアイデンティティについて書いてきました。芥川賞や直木賞の受賞作も少なくありません。

磯部 映画やドラマといった映像作品はどうでしょう。

ハン さきほど『パッチギ!』の話も出ましたが、戦後からの歴史を紐解いてみると、70年代あたりまでは、日本人監督による貧困問題を描いた社会派映画とやくざ映画における他者表象として在日コリアンが登場します。当事者が監督を務めたおそらく最初の作品は、1975年の李學仁監督の『異邦人の河』。ジョニー大倉が民族名の朴雲煥の名で主演しています。1975年を遅いと考えるか、早いと考えるか。映画の撮影所にはいろんな人がいて、映画業界には在日もたくさんいたんです。でも75年より前は在日だと監督になれなかった。そこで、「それはおかしい」と俳優で後に政治家にもなる中村敦夫がプロデューサーになり、制作されたという経緯があります。

その後、日本が経済大国になり、難民を受け入れニューカマーも増える1980~90年代の国際化・エスニックブームのなかで、世代を重ねてきた在日コリアンたちが、自らの存在とアイデンティティを示すような作品を世に出してきます。有名なところだと1993年、崔洋一監督の『月はどっちに出ている』や、1999年、今やすっかり有名になった李相日監督の日本映画学校の卒業制作『青~chong~』などがあり、さらに2000年代になると自らをコリアン・ジャパニーズと位置付ける金城一紀さんの直木賞受賞作を原作にした行定勲監督の『GO』や、韓国映画を日本で広めた在日コリアンの李鳳宇氏がプロデューサーを務めた井筒和幸監督の『パッチギ!』など、多様化、メジャー化しつつ、ヒット作も生まれます。

とはいえ、受け入れられるのは「他者性」に限った部分なんじゃないかなとも思っていて。普通の作品に普通の存在として在日は出てきませんしね。そういう意味では、テレビドラマなんかでは、ほとんどありません。最初の韓流ブームにわいていた2004年にフジの月9で主人公が在日コリアン女性という設定の『東京湾景』というドラマが放送されたことがありました。私が知っている限りになりますが、ほかに単発で数本ある以外、連続ドラマはおそらくこれだけじゃないでしょうか。考えてみればたとえば90年の入管法改正以降、日系ブラジル人だってたくさんいるわけじゃないですか。でも、彼らがテーマになった映画もドラマほとんどないですよね。わずかにドキュメンタリーはあっても、いわゆる劇映画はない。

望月 すごく少ないですね。特にドキュメンタリーではない劇映画が少ないと思います。

ハン でもアメリカでは、たとえば1962年の『ウエストサイドストーリー』みたいにアカデミー賞を取った超メジャーな映画の設定そのものが移民グループ同士の対立です。しかも超エンターテインメント。較べてみると、すごく大きな違いがありますよね。日本はそういう企画が通らない、そもそもそういう問題に目を向けない、ということなんでしょうけど。基本的にずっと不満には思っています。

磯部 ちなみに、映画『GO』は、主演を務めた窪塚洋介が在日コリアンを演じたことでむしろ日本人としてのナショナリズムに目覚めて、先程名前が挙がったラップ・グループのキングギドラと共に、反米右翼青年が主人公の映画『凶気の桜』(監督:薗田賢次、原作:ヒキタクニオ、02年)をつくるという流れもあります。

また、近年の作品で移民を描いたものとなると、やはり『サウダーヂ』(監督:富田克也、11年)でしょうか。これは『凶気の桜』以降の世界というか、山梨県・甲府市を舞台に、ネトウヨっぽいラッパーとリーマンショックで帰国ラッシュ期にあったブラジル人がぶつかる。物語はちょっと図式的とは言え、ブラジル人の夫とフィリピン人の妻と日本で生まれた子供達が食卓を囲みながら日本語とポルトガル語とタガログ語のちゃんぽんで会話するシーンや、ブラジル人の若者たちが時報として鳴る「ふるさと」のメロディを聴きながら〝サウダーヂ〟に浸るシーンとか、フィールドワークに重点を置く富田監督のチーム<空族>が地元で出会った、移民自身が演じる良いシーンがたくさんあります。また、その後、空族は『バンコクナイツ』(16年)でタイヘ渡った移民としての日本人を描きますが、その制作過程で現地の人々と交流を深め、タイのラッパーを日本に招聘したりと、フィクションと現実を連動させていくところが面白いです。

そして、ハンさんがジョニー大倉の話をしましたが、彼は川崎区出身の在日コリアン2世なんですよね。広島から上京、働きながら音楽活動をしていた矢沢永吉と72年に出会ってキャロルを結成するのも川崎区。だから移民の街である同地を象徴するバンドという点で、BAD HOPの先輩みたいなものです。ただ、彼らが演奏していたのはシンプルなロックンロールで、移民性みたいなものを表現しているかというとそうではない。そこは、やはり先程名前が挙がったVERBALに繋がっていくのかもしれない。彼のラップもアイデンティティを表現するというよりは、ダンス・ミュージックに乗る軽やかさこそが魅力なので。もちろん、繰り返しになりますがマイノリティだからといってエスニック・アイデンティティを表現しなければいけないというわけではない。ただ、他の国のユース・カルチャーに比べてそういった表現をするひとが少なかったという歴史にも、日本社会の抑圧が見られるように思います。

ハン 窪塚洋介の『GO』から『凶器の桜』への流れは、ものすごく象徴的というか印象的でした。『サウダーヂ』は、私も大好きですね。

望月 先ほどコリアン・ルーツのメンバーもいるBAD HOPの話が出ましたが、彼ら以外ではどうですか?

磯部 日本でも、近年、移民や移民ルーツのアイデンティティを表現するラップ・ミュージックは増えている感じはあります。例えば、Mooment Joonという、留学生として日本にやってきた韓国人のラッパーがいますが、彼の「ImmiGang」という、〝Immigrant(移民)〟と〝Gang〟を掛けたタイトルの曲は、日本語、英語、韓国語を交えながら日本の硬直性を挑発していく強烈な内容ですね。

Moment Joon - ImmiGang

大和田 あれはすごくメッセージ色の強いラップですよね。

磯部 彼の最近の作品は本当に良くて、「令和フリースタイル」の一節、「定番の質問〝日本に何しに?〟/今答えは〝お前を殺しに〟」もやられました。あと、なみちえの「おまえをにがす」も知的な曲でした。Nワードに、外来種の亀を川に逃す描写を掛けるという。他にも、小説ですが、「日本人と黒人のハーフ」(プロフィールより)であるラッパーのDyyPRIDEが檀廬影(だん・いえかげ)名義で出した『僕という容れ物』は、在日文学ならぬ〝ハーフ〟文学とでも言うべき作品でしたね。

なみちえ - おまえをにがす

自らのアイデンティティの問題に向き合ってこなかった日本人

磯部 アイデンティティに関して続けると、移民2世、3世の若者は、「自分は日本人だ」とはっきり言うケースが多いように思います。ただ、日系ブラジル人だと日本の学校に通って日本語がメインで生活してきたか、ブラジル人学校に通ってポルトガル語がメインで生活してきたかで違ってくるようで、前者の若者からは、後者の同世代にちょっとした違和感を持っているという話も聞きました。

望月 磯部さんの言うとおり言葉の状況にもよりますけど、日本生まれで日本の側にアイデンティティを寄せているこどもたちも多くいると思います。

ハン そこはやっぱり、寄せさせる同化圧力が強いということですよね。大坂なおみにしても、「お前は日本人なのか、そうじゃないのか、どっちなんだ?」って常に問われる。つまりボーダー上の存在が許容されない。となると、当然ながら移民ならではの表現につながりにくくなりますよね。寄せてしまうと、移民として言うことがなくなってしまう、言えなくなってしまうから。とくに在日の場合、違うと言われるけど、違いを見出しづらい。まあその辺の葛藤そのものが在日文学のテーマではあったのだけど。

田中 個人的な話をすると、自分は大阪出身で、在日の友人も多かったんです。彼らを見ていると、上の世代が在日コリアンとしての確固たるアイデンティティを持っているからこそ、そこから距離を置きたがるという傾向があるように思えました。

ハン そういうこともありますね。在日コリアンというか、コリアンとしてのアイデンティティ。

田中 自分も当時の大阪の文化的な環境には馴染めないところがあって。そこで、彼らと自分を結びつけていたのは何かというと、欧米の映画やポップ・ミュージックだった。乱暴に言うと、日本的なものはすべてダサい、自分とは関係ないという感覚ですね。もちろん、それは戦後、文化的にもアメリカに植民地化された結果だとも思うんですが。だからこそ、在日の友人も自分も、日本の文化とも韓国の文化とも距離を置いて、欧米を見てしまう。そういう力学がありました。そういった自分自身の実感も踏まえて考えると、やはり日本人の大半は自分たち固有のアイデンティティを意識することを回避し続けてきたのではないか。先ほど「日本人は留学すると右翼になって帰ってくる人が多い」という話がありましたが、それというのはまさに、海外に行って初めて外部から日本人のアイデンティティを問われて、ようやく意識するようになるというメカニズムですよね。ハンさんから「日本で自分を代弁してくれる人がいない」というお話がありましたが、じゃあ、果たして日本人である自分を代弁してくれる人がいたのかどうか、とも思ってしまうんです。たとえば、RCサクセションの「トランジスタ・ラジオ」という曲は、歌謡曲や演歌ではなく、ビートルズやオーティス・レディングの方がまるで自分に語りかけてくれているような不思議な感覚について歌っていて、戦後、過去の日本と切り離されてしまった自らのアイデンティティをうまく言い表してくれていると当時は感じました。ただ、この曲の後半では「君の知らないメロディ/聴いたことのないヒット曲」と繰り返されるわけなんですが、つまり、そんな感覚でさえ一般的ではないという場所に帰着します。そんな風に、文化的に帰る場所のない世代のアイデンティティを代弁してくれる例は非常に限られていた。むしろ今だと和楽器バンドみたいな、過去の日本的意匠に恣意的かつ無理やり接続した表現が繰り返し出てきてしまう。

磯部 セルフ・オリエンタリズムというやつですね。欧米から日本に向けられる視線を内面化する。

田中 そうですね。つまり、そもそも日本人は自分たちのアイデンティティの問題に向き合ってこなかった。だからこそ、移民や在日の問題に関しても冷静に捉えることが出来ていないんじゃないか、と思ってしまいますね。

ハン でも向き合う必要がないのは幸せなことだと思いますよ。それがマジョリティであるということですから。マイノリティは向き合わざるを得ないけど、向き合わなくていいのが日本において日本人であることの特権なので。

磯部 日本人が日本人としてのアイデンティティに向き合ってこなかったからこそ、国内のエスニック・マイノリティの問題も放置されたままになってしまったのではないかという観点について、望月さんはどう思いますか?

望月 難しい話ですね。ただ、座標軸としての「アメリカ」というのは常に大きかったと思います。押しつけ憲法論なども含めて、常にアメリカとの関係において戦後の日本のナショナリズムは形成されてきたところがある。アメリカと日本という対照関係の中で自分の姿を想像することで、自分たちの内側に様々なルーツの人々を含み込んできた、そういう現実に根ざした自画像を作ってこなかったということはあると思いますね。

磯部 先日亡くなった加藤典洋ではないですが、日本の戦後を考える上でアメリカとの関係は当然切り離せないのに、例えばカルチャーの論者にしても、それについて書くひとが徐々に少なくなってきたような印象はあります。

ハン 戦後民主主義がどのようにして作られてきたものなのかと考えると、やはり移民の問題にも繋がってきます。かつて大日本帝国が国籍において包摂しつつ戸籍において排除し、同化政策も実施していた在日コリアンを戦後どう扱うのか?っていうのが、戦後日本における「移民政策」の出発点と言えるでしょう。結局は、サンフランシスコ講和条約発効とともに何の縁もゆかりもない単なる外国人として切り捨てたわけですが。つまり、彼らに対する責任という意味での戦後処理を放棄した。その背景には東西冷戦、アメリカの影響がありました。でもそれによって、責任を放棄することができたわけですよね。国民を主語にした平和憲法、戦後民主主義の欺瞞ですよ。その後、朝鮮戦争特需もあるわけで。その意味で、ここから問い直さなければ、日本の移民政策は一歩も進まないのではないか。日本の都合で国内に取り込んだ人々をどう扱うのかという問題ですから、今回の入管法改定だってまったく同じですよね。今、日本人にいる外国人は273万人です。敗戦の時点で日本にいた朝鮮人は240万人くらい。それくらいの人たちを抱え込んでいました。2年間のうちに200万人近くが帰るんですけど、残った50万人が在日コリアンのルーツです。あれだけ多民族帝国を目指して抱え込んできたのに戦後ガラッと態度を変えて全員一律よそ者!ってね。でもその辺の歴史の忘却ぶりったら半端ないので、死に損ないの歴史の生き証人という意味で、「自分はゾンビです」ってよく言ってます。見たくないものかもしれないですが、そこに向き合わないと何も進まないですよ。

望月 「自分たちの過去に対して自立的に責任を取れなかったということ自体を問い直さないといけない」という話は連綿とあるわけじゃないですか。

ハン あえて言えば、安倍さんはよくも悪くもむしろ問い直したい人ですよね。

望月 そうです。つまり、それが右派のナショナリズム的なものに回収されてしまっているという現状がある。それに対してリベラルなナショナリズム、パトリオティズムというスタンスもあり得るはずです。どういうスタンスかと言うと、多様性や複雑性を包摂していくこととナショナルプライドを結びつけていくような方向性ですが、現実、この方向性はそこまで広く模索されていないようにも思います。だからこそ、移民やマイノリティの問題に対してシンパシーがある人が、「日本」というアイデンティティについてどう語っていくかということはとても重要だと思っています。例えばアメリカには、建前の部分もあるかもしれないですが、ナショナルな物語の大切な一部に移民やマイノリティを受け入れていくということがあるんですよね。ある種のリベラルさがナショナルな物語の中で誇りとされているというか。そうした伝統の中で、今でも例えば「テイラー・スウィフトがリベラルなことを言うとファンが喜ぶ」といった形で、ポリティカルな部分とカルチュラルな部分が一緒くたになって働くような回路があると思うんです。しかし、日本だとそこの回路が上手く働いていないように思います。

ハン 日本は、戦争への反省をナショナリズムと結び付け過ぎたからなのか、ナショナリズムとの適切な距離の取り方が出来ていないように思います。しかし、世界を覆う近代国民国家システムがネイション単位である以上、ナショナリズムは避けがたいものです。望月さんの本にもつながる話ですが、日本のみんなで日本の形を考えるとか、そういう意味でのよいナショナリズムというか、適切なナショナリズムを構築する必要があるのかもしれません。

磯部 アメリカと日本の比較で言えば、アメリカの場合はナショナリズムと共にローカリズムがありますよね。日本だってもともとは後者の方が大きかったはずなんですが、地方が衰退していくにつれてナショナリズムが前景化してきた。そういう意味では、文化で言うとやはりサッカーのローカリズムは重要な気がします。差別の問題にしてもテーブルが小さいからこそちゃんと議論するし、対応するじゃないですか。

望月 ヘイトに対して闘うことがローカルのプライドだ、というモーメントは確かにありますよね。

ハン サッカーの場合、FIFAが強く打ち出しているグローバル・スタンダードの問題という気もするんですけど。

磯部 それはむしろ良い事なんじゃないでしょうか。川崎フロンターレにしてもグローバル・スタンダードがローカルの多文化共生の歴史と結び付くことで、古臭いものではなく「新しい」「格好いい」ものとして反差別を掲げるような回路が生まれていると思うんですよね。あと、静岡でも日系ブラジル人の若者が地元に溶け込んでいく回路になっていたり。

望月 そうですね。

磯部 日本のラップ・ミュージックに可能性を感じているのも、全体的にはナショナリズムよりもローカリズムが強く打ち出されているところです。一方で、日本の音楽をさらに引いて見ると、いわゆるガラパゴスと呼ばれるような傾向がある。それは鎖国的な意味で使われることが多いですが、言い換えると、同化主義的な文化の在り方だと思うんです。K-POPの曲も日本ではローカライズされるわけじゃないですか。日本語で歌うし、低音を弱めるなんて話もあったり。そのローカライズは先ほどのローカルとは違う、ネイションの単位での話ですけど。他にも、ファッション・モデルには様々なルーツを持っている人がいますが、皆、一様に〝ハーフ〟とされるところも同化主義的だと言えます。

望月 「フィリピン系」ではなくて、「ハーフ・モデル」と呼ばれますよね。

磯部 〝ハーフ〟だとか〝外国人〟だとかステレオ・タイプに押し込められて、キャラクターを与えられる。

望月 これまで大きな疑問なく前提となってきた同化主義的な傾向から正しく距離を取るには、「民族的な意味でのマイノリティも包摂し、エンパワーできる日本がいいよね」というナショナル・アイデンティティを作っていく道について考えるべきだと思います。そうしたアイデンティティにシンパシーを感じるということが、例えば移民のルーツをもつラッパーの音楽が好きだとツイッターで書き込むと、それが一定の態度表明として機能しながらファボがいっぱいつくというようなこととスムーズに連動していく、そういう地点まで持っていけるか。その先に、ある種の自然な選択として「何々党に投票する」っていうような政治的な行為との連動性も見えてくる、そういう可能性です。

大和田 ほんと、どこから手をつけていいかわからないくらい、日本とアメリカの関係って異常だと思うんです。世界的に見ても、こんなに属国的な関係はありませんよね。加藤典洋さんもそうでしたけど、リベラルなナショナリズムについては多くの人が考えていると思うんです。では、具体的にどこから手をつければ属国じゃなくなるのか。それが想像できないくらい異常な関係になっている。だから、内田樹さんも「属国であることを認めるべきだ」とまでしか言わないわけです。

ハン 実効的に支配されているわけじゃないからこそ、断ち切るのが難しいんでしょうか。

アジア圏の文化交流の可能性と、その障壁

磯部 文化のグローバリズムに関しては可能性があると思っているんです。楽観的かもしれませんが。先日、5年振りくらいにソウルに行ってきたんですね。以前よりもさらに日本人の旅行者が多くなっていたし、街並みもさらに東京と地続きになっているような印象を受けました。海外に行くというよりは、ちょっと離れた街に行くみたいな感覚のひとが多いんじゃないでしょうか。それはグローバリズムによって都市が平均化されたのだとも言えるし、先ほど、ハンさんからK-POPのファンが必ずしもリベラルなわけではないという話が出ましたけど、気分としてシームレスに移動出来ることによってもたらされるものってあるはずなんですよね。その、今の旅行者が感じているだろう韓国と日本の近さって、ポップスも同じで。「K-POPのグローバル性」と「J-POPのガラパゴス性」という二項対立で語られがちですし、今日、僕も一部でその図式を採用しました。ただ、日本でもグルーバル志向のポップスは増えてきていて、実際は、両ジャンルの間はもっと流動的になってきていると思うんです。

大和田 アジアが近くなっている感じはありますよね。僕の教え子がメンバーのWONKというグループがありますが、彼らはアルバム出すと上海、台北、シンガポールとかでツアーをやっています。他にもインディー系のミュージシャンでソウルや北京でライブをする人たちも増えている。日本で「インディー」と呼ばれるミュージシャンも、アジア全体で考えたらそれなりに大きな市場になりそうだし、そこでの文化の交わりが生まれるかもしれない。

ハン バンド系はアジア・ツアーをやるようになりましたよね。他のアジアの国からも日本に来ますし。

大和田 たぶん呼び屋がつながったんだろうと思いますね。

磯部 知っているバンドやDJの活動を見る限りでも、特に中国公演は増えているような気がします。それは、今、中国の若者の間でグローバルに文化を受容したいという欲求が高まっているからかもしれない。そこには全然期待していいと思います。

大和田 僕もアジアとの交流はわりと可能性があるんじゃないかと思っています。僕はずっとアメリカを研究していますが、韓国や中国などのアメリカ研究者、ポピュラー音楽研究者との交流も少しずつ大きくなってきました。そうすると、会話に共通項が多いことに気づくんですよね。アメリカのアメリカ研究者と僕らの関係とは全然違う。韓国や中国や台湾の研究者と会話すると、ある程度の前提を既に共有した状態で会話が出来るという感覚があるんです。

ハン 今はアジア内での交流が、音楽に限らず様々なジャンルで盛んですよね。アジア各国の経済成長や情報、テクノロジーのグローバル化によるものだと思いつつも、日本がこれまでアジア各国を対等な関係として見てこなかったことの裏返しではないかと。また交流が盛んなのはいいことですが、対アメリカで考えたときに日本とほかのアジアの国々はフラットかもしれないですけど、アジアの中での日本と考えたときに、まったくフラットではないということに無自覚だと感じることがあります。

磯部 それは歴史的な経緯を踏まえると、ということですよね。

ハン もちろんです。日韓のアーティストが共演したライヴで、日本のアーティストが『アリラン』を歌ったんですね。私は素直にうれしいなと思ったんですけど、韓国側のアーティストには私に「日本人がなんでアリランを歌うの?」って、怒りを表明する人もいた。誤解がないように言うと、彼らも日本に来てライヴしているくらいなので、日本は大好きなんですよ。ただ最近は、日韓の間の植民地支配という話とは別に、文化盗用というグローバルな文脈も共有されるようになってきている。なんというか、色々「なるほどな」と思いました。「私は日本に住んでいるコリアンとして歌ってくれてうれしいなと思ったんだけど、それは卑屈なんだろうか?」と、議論になりました。

磯部 JayAllDayという、2015年にヒットした日韓共作のラップ・ソング「It G Ma」にKeith Ape、KOHH、Lootaと参加した韓国のラッパーがいます。彼は、以前、日本にも住んでいたようなのですが、2015年末、VICEがつくったドキュメンタリーで、BAD HOPのメンバーのBarkが地元の池上町という在日コリアン集住地域について説明する際の〝朝鮮人〟という言葉に、ネットを通じて激怒したことがあって。彼は侮蔑語だと感じたんですね。確かに韓国ではそう受け取られますし、日本でも特にネットではそういう意図で使われることが多い。ただ、それこそ池上町の歴史的経緯ーー南北分断以前に朝鮮半島から渡来した人々によって形作られ、Barkの家族のような貧しい日本人との相互扶助も存在してきたーーを踏まえれば、決して侮蔑語として使っているわけではないことが分かります。同じ言葉でもローカルな文脈によって使われ方と響き方が違う。そのことを、恐らく両者共に理解していなかった。結局、やり取りはうやむやな感じで終わってしまいましたが、僕なりにリプライを送ったりして説明を試みれば良かったなと、今のハンさんの話を聞きながら後悔が蘇ってきました。

ハン 今後、アジア内での交流が盛んになっていく中で、例えばK-POPファンの若い子たちも必ずそういうものにぶち当たると思うんです。でも、時間が経ち過ぎてしまったというか、もっと早くそういった問題と向き合っておくべきだったのに、今になって逆に若い子が可哀想だとも思いますし。やっぱり歴史を知らなくて、知識が無いんですよね。それを日本のハンデと言っていいかわからないですけど、フラットではないっていうことはわかっておくべきだなと思います。

大和田 確かにそうですね。みんな、フラットになっているつもりですけど。

ハン K-POPのファンの中にも、それで間違えてネトウヨになってしまう子もいるんじゃないかという危惧があります。「フラットだと思っていたのに、なんで?」って。しかも、ネットを見るとそういった気持ちを受け入れてくれる言説だらけですから、環境としても不安がある。適切なナショナリズムがないこととも絡むと思いますが、集団と個人の峻別がつかず、自分が否定されているみたいに感じてしまう人もいる。今の第三次か第四次かわからないK-POPブームも、もしかしたらこの後にそういうバックラッシュがあり得るんじゃないかっていう不安はありますね。

磯部 今、中国ではグローバル化の進行と同時に、欧米からの文化盗用やステレオタイプに対して炎上が起こることが多くなっていますよね。そういったぶつかり合いも、相手の意識を変える上では重要なことだとは思います。

ハン もちろんぶつかることも大事だと思います。ただ、ぶつかったときの武器や道具を日本の子が持っていなさ過ぎる。それは適切なナショナリズムもそうだし、ポリティカル・コレクトネスみたいなものもそうです。そこが不安ですね。つまらない老婆心かもしれませんが。

磯部 いえ、僕が話したようなグローバリズムと文化の関係への楽観的な見方に対して、それが広がった先で、政治的なぶつかり合いがもう一回来るのではないかと考えておくこともまた重要だと思いました。

東京オリンピックで日本はどのような「自画像」を描くのか?

ハン 2020年の東京オリンピックの開会式では、「移民」を登場させると思いますか? 韓国の平昌オリンピックの開会式では、さまざまなルーツを持つ子供たちに韓国の歌を歌わせるという演出があったんですよ。開会式は国のスタンスを示す機会でもありますから。日本でこの4月に改正された入管法についても移民政策ではないと言い、定住させたくないわけですから、現実的にはありえなそうですけど。

望月 やらなさそうな気がします。

磯部 オリンピック招致のプレゼンテーションは、日本とフランスをルーツに持つ滝川クリステルが担当していましたが、リオ・パラリンピック閉会式でのショーも含めて、全体的にはセルフ・オリエンタリズムを打ち出す感じでしたね。

ハン ただ、おそらく沖縄はそこに入ってきますよね。この前は沖縄出身の三浦大知が天皇の即位30周年を祝う式典で歌いましたし、安室奈美恵も沖縄サミットで歌いました。たとえば2019年4月にアイヌ民族支援法が成立しましたが、開会式でアイヌの人は歌うのか。オリンピックの開会式はカルチャーを通じて日本の自画像を見せる場なので、そこは気になるところです。

大和田 移民よりもAIの可能性がありそうですよね。

磯部 ある意味、それも正確な自画像かもしれない。

ハン 全部ホログラムっていう(笑)。髪の毛が緑色だったりして、日本のアニメーションって、そういう意味ではものすごく多様性があるとも言えるのかな。

磯部 今、アメリカのラッパーの間でも日本のアニメ風の自画像が流行っているんですよ。

ハン それに、開会式は大体、歴史を描くじゃないですか。そこはどうするんですかね?シドニー・オリンピックではアボリジニーや移民が描かれていましたが、日本はアジア侵略の歴史をどのように描くのかなと。もしかしたら、歴史を描かないかもしれないですよね。

望月 リオ・オリンピックの閉会式ではマリオでしたね。

磯部 それこそ、日本は大陸からやってきた移民から始まったという描き方も可能なはずなのですが。

望月 渡来人とか遣唐使とかすごく昔の歴史の話が好きで日本にも色んなルーツの人がいるというようなことを語る人が、その後の歴史についてすっぽり抜け落ちているというパターンを見ることも多いです。

磯部 東京オリンピックのプレゼンテーションは単純なセルフ・オリエンタリズムだと思うんですが、その一方で、もっと複雑な日本のポップ・カルチャーが海外で評価され始めていますよね。細野晴臣もそう。細野さんはYMOの頃からセルフ・オリエンタリズムに意識的でしたけど、今やニューヨークでアメリカーナを演奏して、満員の客の前で日本の戦後について説明したりするわけです。

大和田 細野さんはアメリカーナですが、僕は海外でのシティポップ・ブームは、どちらかというとAI的な受容じゃないかと思っているんですよ。シティポップの一糸乱れぬグルーヴ感は、海外の人にとって、むしろポスト・ヒューマン的な風景を見ているような感じがするんじゃないかと。

磯部 ヴェイパーウェイヴの文脈ですね。

大和田 そう。まさにヴェイパーウェイヴを間に挟むとわかりやすいというか、そっちの方向だと思うんですよね。

ハン 韓国でも何年か前から日本のシティ・ポップが大流行しているのですが。

磯部 シティ・ポップのカヴァー・アートでも知られる永井博さんが、先日、「ここのところ韓国からのしごとのいらいがおおいのですが ついに中国からもcitypopをうたっています、ジャケットをというようなはなしが」とツイートしていました。

大和田 最近、細野さんのリイシューなどを手掛けているアメリカのレーベル〈Light In The Attic〉の人と連絡を取っているんですが、最近出た『パシフィック・ブリーズ』というコンピレーションの副題はシティポップ、AOR、ブギーなんですね。ブギーがそこに入ってくるんです。だから、細野さんの仕事の中でも、F.O.Eとか、あの辺と一緒にして受容しているところがあるのではないかと思います。僕たちが考える、ソウルやフュージョンの生楽器主体のグルーヴではなくて、もっとロボット的なイメージと一緒に受容されているのかもしれません。

磯部 そこは日本人の自画像とズレがありそうですね。

大和田 でも、それはテクノ・オリエンタリズムの文脈にも合致するわけですから。ホログラム的な自画像で楽しいんじゃないかっていう。

ハン となると、東京オリンピックはシティポップでいいんじゃないですかね?(笑)

磯部 リオ・パラリンピック閉会式でのショーには渋谷系が入ってきていましたね。「東京は夜の7時」。

大和田 ポスト・ヒューマン状態における移民というのはどうあり得るのか?具体的にどういう話になるかわかりませんが、もしかしたらその方が抵抗がないのかもしれない。

磯部 「アニメ絵の中でみんな生きていこうよ」という多文化共生でしょうか。

田中 アニメ絵の発生というのは、やはり初期の手塚治虫の存在が大きいんですよね。ディズニー経由ではあるんですが。そこでフォルムが単純化されて、アイデンティティがほぼ記号化されるようになった。白人だったら鼻が尖がっているとか、外国人に関してはかなりステレオタイプな記号化がなされている。ところが、日本人の場合は、性別も民族もかなりの部分で漂白されたフォルムになっていた。その発展型としての今のアニメ絵がある。そのことが、戦後の日本人が自分たちのアイデンティティと向き合わなかったことと相似形になっている、とも言えなくはない。

ハン でも、だからこそグローバル化したということですよね。

田中 そうです。ただ、アニメ絵が日本のグローバルな自画像となったことと、日本が移民の問題と向き合えなかったことには、どちらも日本人が自分たちのアイデンティティと向き合ってこなかったということが根っこにあるとすれば、すごく厄介だなと。

ハン でも、アニメもあと数年したら中国なんじゃないですか?全然日本のアイデンティティじゃなくなりますよ。

磯部 すごい結論になってしまった!

田中 自分はずっと欧米のポップ・ミュージックを見てきて、特に70年代、80年代は英国の音楽をよく聴いていたんです。英国はイングランド、ウェールズ、スコットランド、北アイルランドという4つの国から構成されていますが、それぞれのアイデンティティが文化的にも政治的にも音楽に顕在化するのを目撃してきたわけです。それに、何よりもイギリスは移民国家だったので、70年代、80年代はカリブ海移民が入ってくることで音楽のフォルムが変わっていった。それがレイシズムに対するアクションにも直接的に繋がっていったりして、パンクという文化的な共同体を後押ししていくという流れもあった。今だとカリブ海移民より、西アフリカからの移民二世や三世がイギリスの音楽のフォルムを変え、特徴付けているんですよね。その一方で、日本ではローカル固有のスタイルを持った音楽がごく一部からしか出てこないし、それが社会的なイシューと接続されない。そういった状況を40年間ずっと見てきたのですが、今日のお話を伺っていると、根っこにあるのはやはりそういうことかと思ってしまいますね。

磯部 まぁ、〝日本〟という大きなネイションの枠組みについて考えていると、どうしても行き詰まる傾向もあるとは思うんですよね。だからこそ僕としては、〝川崎〟という小さなローカルの枠組みに着目しました。まずはそこから始めようと。

ハン その行き詰まりを解消するのが新移民になるのでしょうか。もちろんその人たちはそのために存在しているわけではないので、ずいぶん身勝手な話に聞こえるかもしれませんが……。

望月 実際、数がすごいですからね。

ハン 2019年入管法を経て、あと数年で在日外国人は300万人になるんでしょう? 新移民たちが日本でどういう文化を作るのか、というか、一緒に作っていきたい、っていうのはありますよね。旧移民として。いや私なんかの世代はもうお呼びじゃなくて、そこは、多様なルーツの人々を含む日本の若い人たちに期待したいところです。

Image: Victor Nomoto - METACRAFT

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