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なぜアジアのエンタメ業界は成長できたのか? 「人材不足」「資金不足」を変えるエンタメ戦略

NEW INDUSTRY
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2018年は、K-POPや映画『クレイジー・リッチ!』、88risingの音楽など、アジアのエンタメが局地的なブームから世界的なエンタメ新興勢力へと変わった年だった。このような激動の一年が過ぎ、2019年に入り、アジア圏内のエンタテイメント産業、そして相対する日本の状況はどのような変化が生まれたのだろうか?

今回FUZEでは、世界的なグループに飛躍したONE OK ROCKをデビューから支えるレコードレーベル「A-Sketch」の共同創業者として音楽業界に関わり、現在はアスミック・エース代表取締役会長を務める村山直樹氏から、世界各国と日本の業界をつなぐキーマンとしての視点から、2019年における現状認識について寄稿をいただいた。

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「ガラパゴス」と自嘲的に語られるほど、世界的に独自の発展をしてきた日本のエンターテインメント産業。だがそれは、国内のエンターテインメントの市場があらゆる意味で豊かであり、国内マーケットだけを相手にしても商売になるという証しでもあった。しかしながら、もはやそれだけでなんとかなる時代ではなくなった。日本語圏だけに引きこもり続け、日本人だけを相手にビジネスをするだけでは、ジリ貧になっていくのは明らかだ。

一方で中国や韓国、インドのエンターテインメント産業が急速に世界的なシェアを伸ばしている。これらの国はエンターテインメントを戦略的に構築する視点があり、以前から海外市場展開の足がかりを模索してきた。中国や韓国などの世界からも注目を集めだしたエンターテインメント産業は、具体的にどんな戦略を駆使して、いま何に注力しているのか?そして日本はどうすべきなのか?2回に分けて分析していきたい。

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北京の紫禁城から2kmほどの中心部の工場をリノベーションしたインキュベーションセンターであるTechTemple。中にいるのは、センスの良さそうな若者たち。ここで日々ベンチャー同士のマッチングや投資家とのマッチングが行われている。

韓国ではあらゆる産業で財閥系コングロマリットが絶大な力を持っていることはよく知られているが、とりわけエンターテインメント産業に力を入れているコングロマリットに「CJグループ」がある。もともとはサムソングループから枝分かれして食品産業から始まった企業体だ。1990年代に入り、アメリカの映画スタジオ「ドリームワークス」を筆頭に映画産業への出資を成功させたことにより、アジアだけでなく欧米のエンターテインメント産業でも存在感を示している。

CJグループは一時期、日本市場へも進出を目指して、多くの合弁企業を立ち上げた。だが、それらは過去数年間でほぼ撤退した。彼らが日本の次に目をつけたのは中国市場だった。とは言え、中国の政府は韓国のコンテンツにも厳しい検閲をかけているため、なかなか進出は難しかった。そこで日本、中国の次に彼らが目指したのが、東南アジアのエンターテインメント市場だった。

CJグループはまず、ベトナムやタイ、インドネシア、マレーシア、最近ではミャンマーで「CJ CGV」というブランド名のシネコン事業でヒットを出した。このシネコンは東南アジアではおしゃれスポットになり、ベトナムではCGVのロゴの前で写真を撮りインスタグラムにアップすることが、若者の間でちょっとしたブームになっている。実際にCGVに行ってみると、日本のシネコンよりもずっとリッチで雰囲気の良い空間作りが演出されており、現地で人気になっているのも理解できる。しかもシネコンを押さえていることは、韓国のエンターテインメント産業にも大きな強みで、東南アジアで韓国映画の展開にプラスにはたらくはずだ。今後は韓国映画が東南アジアで存在感を増していく大きな助けとなるだろう。

しかし、CJグループでの大きな成功はこのシネコン事業だけかもしれない。それ以外のビジネスはことごとく失敗しており、東南アジアで注力したテレビ事業やOTTなどのコンテンツ配信ビジネスはマネタイズが厳しく撤退気味だ。最近は、K-POPブームが再燃している日本市場に再注目しているようだ。すでにK-POP周辺のコンテンツプロデューサーたちが頻繁に来日して、日本再進出を企んでいる。彼らは日本人のように悠長に構えておらず、新規事業の立ち上げも見切りも早い。節操ないと批判するよりも、むしろ見習わなくてはならないポイントだろう。

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CJグループのCGVは、ミャンマーにもすでに進出している。ここはJunction Cityというヤンゴン市内で最新のショッピングモールにある映画館。ヤンゴンの古い街並みに突如現れたモダンなモールは、ヤンゴン市民の憩いの場になっている。ここで日本映画祭も開催された。

中国の映画産業に目を向けてみたい。彼らは業績がどんどん大きくなっており、興行収入規模ではもはやアメリカのハリウッドと肩を並べているということはよく知られている。アジアの映画産業では「ボリウッド」と呼ばれる巨大な映画産業を擁してきたインドの存在感と、中国市場が圧倒的に他国を凌駕している。もはや日本の映画産業では制作費もスタッフの質も太刀打ちできないレベルだ。人口だけでも中国14億人、インド13億人と巨大な数を持ち、映画産業がターゲットしやすい中間層が大きく膨れ上がっていることも、国内市場だけで成功する背景となっている。そして近年、彼らはコンテンツ制作力も急速に進化させてきた。

特に中国は、新進気鋭な映画クリエイターに対する支援が非常に手厚い。北京にはもう何箇所も映画や映像産業専門のインキュベーションセンターが立ち上がっている。そこでは、多くのシナリオライターや映像クリエイターだけでなく、投資家やベンチャー企業の経営者が集まり意見交換を繰り返し、毎日のように新たなプロジェクトが立ち上がっている。集まるクリエイターたちはみんな若くてファッショナブルで、常に活気に満ち溢れており、ここを訪れるたびに若手主導の中国映画産業の勢いを感じることができるのだ。

また中国ではクラウドソーシングで脚本家やクリエイターを募る手法も日常茶飯事となっている。クリエイティブのための資金の集め方に柔軟性があり、ビジネス感覚はもはやハリウッド以上に洗練されている。

ひるがえって、日本はどうだろうか。日本にも官主導のエンターテインメント産業支援が存在しないわけではない。だが、スピード感はない。やり方も中途半端。いまひとつ垢抜けない。

今、日本で一時間のテレビドラマを作るとなると、制作費はだいたい一本あたり3000万円前後だろう。しかしこれが中国だと1桁多くなる。なんでそんなに制作費を使って成立するのか? 中国では今、百度などのテクノロジー企業が優良な映像コンテンツを買い漁っているという事情が増えているからだ。つまり地上波で放映後にテクノロジー企業やプラットフォームに売るというスキームが確立されているため、それだけで一桁違う制作費も簡単に回収できるのだ。もはや日本とは映像ビジネスの構造が根本から異なることを実感させられる。

当然ながら、制作費の差は作品の質にも表れてくる。中国ドラマは日本のドラマよりもはるかに豪華だし内容も面白い。映画にしても然りだが、中国の資本とうまく絡んでいかないと、日本の映像産業は早々に行き詰まってしまうだろう。

さらに言えば、映像業界の人材育成に関しても、中国は日本のはるか先を先行している。ロサンゼルスの名門大学、UCLAの映画学科を覗いてみると、目立つのは中国やインドからの留学生ばかりだ。日本人の姿はほとんど見ることがない。これが何を意味するのか? 中国人やインド人の留学生たちは、ハリウッドで高度な映像制作を身につける機会を得ただけでなく、世界のエンターテインメント産業の中心に大きなコネクションを築いているということだ。

ハリウッドで活躍している本物のプロフェッショナルたちと、中国やインドの若きクリエイターたちとの間に強力な人脈ができれば、10年後や20年後にその影響が大きく産業の構造を左右する。ハリウッドとアジアのクリエイターの関係が更に太くなれば、アジア発の作品が世界規模で流通する時代が来るはずだが、そのときに日本は蚊帳の外……なんてこともあり得るのだ。

日本について悲観的な話ばかりになってしまったが、次回では、日本のエンターテインメント産業がアジアや自国における閉塞感を打開するために、打つべき手段を提案してみたい。