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3 #ロック復権

ヒップホップから見たロックとは?カウンターカルチャーとして共闘してきた関係値を追う

ARTS & SCIENCE
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ヒップホップの売り上げがロックを超えた、とか。グラストンベリーのヘッドライナーがジェイ・Zであることにオアシスのノエル・ギャラガーが異を唱えた、とか。ロックの殿堂にラッパーが入る現象にキッスのジーン・シモンズがくり返し苦言を呈した、とか。

Video: BBC Music / YouTube

時おり、語られるヒップホップ vs ロック論争のほとんどが、長年にわたって「大衆音楽のメインストリームかつ王者」だと自認してきたロック(ファン)側の目線だ。だから、私はあまり興味がないし、当のラッパーを含めた多くのヒップホップコミュニティの住人も似た姿勢であるように思う。

社会システムに反抗するロック、内戦の音楽ヒップホップ

ヒップホップ側は、ロックに対してとくにライバル心を持っていない。様式化された「ロックスター」の生き方に憧れるライムはあっても、「ヒップホップはロックより上」と粋がってラップするMCはいない。ラップで闘う相手はいつだって同業者かほかの地元(フッド)、もしくはさらに広いエリア同士(イーストVSウエスト)の抗争となる。ヒップホップとは、つねに内戦の音楽なのだ。

どんなに広く聴かれようが、億万長者のラッパーが増えようが、ヒップホップがマイノリティかつ社会の周縁に置かれた人々の声を代弁する音楽であるのも変わらない。ロックは、社会のシステムに反抗するカウンターカルチャーである。もちろん、ヒップホップもカウンターカルチャーであり、その点で共闘が成立する。ヒップホップの初期に共闘が美しく結実したのが、Run-D.M.C.とエアロスミスの「Walk This Way」(1986)だ。ただし、いまだにこの曲がラップとロックの融合の最高峰とされるあたりに、50/50で成立させる難しさと、ふたつのジャンルの不均衡があるように思う。

Video: Run DMC / YouTube

話を進める便宜上、昨今のロック市場をアメリカの人口比率と同様、送り手とリスナーの半分以上を白人が占めているジャンルだと捉えてみる。となると、ロックとヒップホップの送り手では、相手にしている社会システムからの扱われ方があまりに違うのだ。その多くがブラックとブラウンの有色人種であるアメリカのヒップホップ文化の担い手は、システムを相手にへたを打つと命に関わる。実生活でトラブルに巻き込まれ、運悪く相手が警官だったら法律ごと敵となるのだ。政治や宗教、社会システムへ猛々しく声を上げたり、世間体を無視したり不道徳を鼓舞したりするロックの歌詞は、ヒップホップのライムと重なる部分は多い。だが、前提となる現実がだいぶ違うせいか私には優雅に響くのだ。ロック史のドキュメンタリーを鑑賞しても、似た感想を抱く。

という前提をまず共有してもらったところで、本題の「ヒップホップから見たロック」の話に入ろう。

ヒップホップから見たロックとは?

多くのアメリカ音楽と同様、ロックもルーツに黒人音楽がある。ルース・ブラウンやジミー・ヘンドリックス、ボ・ディドリーなどの功績を詳しく語らずとも、音楽史を少しひも解けばわかる事実だ。ターゲットにする人種ごとにラジオ局がわかれ、それを元にしたジャンルごとのチャートを土台にするのが米音楽業界だ。そのため、ロックとヒップホップは別物だと捉えられがちだが、根っこのところでは絡み合っているし、お互いに刺激と影響を与えて進化してきた。ロック vs ヒップホップと二項対立に仕立てた論争に意味を見出せないのは、そこに理由がある。

ヒップホップ黎明期の最重要レーベル、デフ・ジャムを例に出してみよう。先に名前を出したRun-D.M.C.や、ラップ・ロックの雛形を作ったとも言えるビースティー・ボーイズの出発地でもある。このレーベルをラッセル・シモンズと設立したプロデューサーのリック・ルービンは、1991年にレッド・ホット・チリ・ペッパーズの『Blood Sugar Sex Magik』に深く関わり、世界的にブレイクする手助けをしている。「If You Have to Ask」と「Sir Psycho Sexy」で抑揚を抑えたラップ寄りのヴォーカルを聴かせるアンソニー・キーディスは、パブリック・エネミーのファンでもある。

Video: Red Hot Chili Peppers / YouTube

ロックバンドの基本にヒップホップ要素を取り入れたラップロック

次に、ラップロックというロックのジャンルに目を向けてみる。ギター、ベース、ドラムというロックバンドの基本設定にターンテーブルとサンプラー、ドラムマシーンなどヒップホップの要素を取り入れた形態だ。特徴は、ヴォーカルがラップを取り入れること。

代表的なアーティストやグループに、インキュバス、レイジ・アゲインスト・マシーン、リンキン・パーク、リンプ・ビズキット、キッド・ロックらがいる。ちなみに、インキュバスのベーシスト、ベン・ケニーはインキュバスに加入する前の一時期、ヒップホップバンドのザ・ルーツでギターを弾いていたし、ジェイ・Zはリンキン・パークと共作したEP『Collision Course』(2004)をリリースしている。90年代後半から00年代前半はとくにラップロックの勢いが強かった。ただし、ヒップホップを取り入れたロックバンドは、アルバムごとに取り入れる分量が増減するため、どのアルバムを聴くかで印象が変わる。

Video: Linkin Park / YouTube

一方のヒップホップもまた、ロックを「要素」として取り入れてきた。ヒップホップサウンドの醍醐味は、既存の音楽をサンプリングという形で抽出、解体、再構築すること。この「既存の音楽」にはロックも含まれる。また、ヒップホップはDJカルチャーでもある。そのため、ラッパーでもDJでもトラックメーカーでも、音楽にたいして貪欲なヒップホップの作り手たちは、ロックの名盤からサンプリングできそうな実験作まで幅広く聴いていると考えるほうが自然だ。

ヒップホップに重点を置いているグループで、ロックの要素が強い代表格に西海岸のサイプレス・ヒルがいる。マリファナ解禁を標榜している、ラテン系ヒップホップの重鎮だ。ロックとヒップホップが折り重なる部分は音楽的な要素だけではなく、曲のコンセプト、歌詞の内容でぐっと近づく場合もある。

音楽の世界観に親和性のあるホラーコアとデスメタル

顕著な例が、ヒップホップのサブジャンル、ホラーコアだろう。ホラー映画のように人間の加虐性や精神病といったおどろおどろしい世界観をラップし、同様のテーマを好むデスロックやデスメタルと親和性が高い。90年代のいわゆるヒップホップ黄金期ではデトロイトのゲトー・ボーイズと、ニューヨークのグレイヴディガスがこのジャンルを牽引した。グレイヴディガスは、ウータン・クランのRZAと初期デ・ラ・ソウルのプロデューサーであるプリンス・ポールが中心メンバーの4人組。隠れ名盤『6 Feet Deep』(1994)あたりは、デスメタル好きの感想をぜひ聴きたいところだ。

Video: damirtennis / YouTube

過激な言葉とイメージであふれるホラーコアは、ヒップホップでもメインストリームになりづらい。その点は、ロックにおけるデスメタルと似た宿命にある。だが、このジャンルが得意なインセイン・クラウン・ポッセやスリー・シックス・マフィアなどは根強い人気があるし、エミネムや彼の地元仲間のグループD12もホラーコアの曲を多く作っている。ついでに書くと、ヒップホップ最大のヒット曲のひとつ、エミネム「Lose Yourself」はサウンドの特徴からすると、ラップロックの色が強い。

ヒップホップ勢に好まれるパンクロック

ロックのサブジャンルのなかで、ヒップホップ勢に好まれるのがパンクロックだ。反抗的な姿勢、雄叫び、タトゥーにドラッグ。2010年代以降のヒップホップととくにオーバーラップしやすい特徴があり、トラップやエモラップとも相性がいい。

トラヴィス・スコット、XXXテンタシオン、リル・ヨッティ、リル・ピープ、リル・ウージー・ヴァート、プレイボーイ・カーティ、JPEGマフィアらの音楽には、パンクロックの要素がある。「パンクラップ」というサブジャンル名も存在するが、解釈する側(主に音楽メディア)が名づけだけで、ラッパーたちはあくまでヒップホップのアーティストとして発信している。そこから逸脱したのがマシン・ガン・ケリーだが、ギターを持ったあとのサウンドはぐっとポップ寄りだ。ヒップホップに軸足を置いていたバンドのジム・クラス・ヒーローズもそうだが、ジャンルのミクスチャーが進むと聴きやすいポップに行き着くケースも多く、そうなるとハードコアな「ロック」とは離れていく。

リル一派の元祖、リル・ウェインの『Rebirth』(2010)、キッド・カディの『Speedin’ Bullet 2 Heaven』(2015)など、ラッパーが作ったロックアルバムも存在する。だが、ファンの「これじゃない感」が拭えず、評価は低かった。

ストリーミング以降、2023年のヒップホップとロック

今年に入って、リル・ヨッティの『Let’s Start Here.』や、イギリスのスロータイ『Ugly』といったロックの要素が強いアルバムが出ている。

Video: lil boat / YouTube

また、本稿でカバーするには広範囲すぎるムーブメントとして「アフロパンク」もある。もともとは、バッド・ブレインズやフィッシュボーンなど、1980年代の黒人のパンクロックバンド、およびその周辺のバンドを指していたが、2003年にジェームス・スプーナーが同名のドキュメンタリーを制作し、2年後からブルックリンでミュージックフェスが始まって以来、どんどん意味合いが変化している。筆者はたまたま、近所の駐車場が会場だった頃からこのフェスを観ていた。当初のラインナップは、ブラックミュージックの主流であるヒップホップやR&B以外の、オルタナティブなアーティストが多かった。それが、フェスが成長するにつれてジャンルよりも黒人アーティストたちの社会的な姿勢、主張に焦点が当てられるようになり、現在ではアトランタ、パリ、ロンドン、ヨハネスブルクまで広がっている。


「ヒップホップから見たロックとは?」という題目が大きすぎて、とりとめのない文章になってしまった。「ロックが盛り返しているから、ヒップホップ側も注目している」といった、収まりはいいけれど真実からはずれている結論を避けるために、さまざまな事象を出してみた。

クリックさえすれば膨大な音楽に触れられる2023年、さまざまなジャンルを行ったり来たりしながら音楽を楽しむ人のほうがふつうだろう。自分の好きなジャンルをより深く理解するために、違うジャンルも聴いた方が楽しい。このシンプルな真実にみなが気づき、結果、元気がない印象だったジャンル(この特集の主旨から言えば、ロック)も話題に上る機会が増えたのが真相なのでは、と私は思っているが、さて。

Photo: Getty Images

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