「何が起こるかわからない街」ジャン=リュック・ゴダールの本質が、新宿・歌舞伎町に宿るワケ
ARTS & SCIENCE
ゴダールは常に「難解な巨匠」として語られてきました。気難しく、複雑で、知識がなければ理解できない、と。けれど、その人物像は、思いのほか“ただの人間”でした。
晩年の彼の右腕であったスイスの映画作家ファブリス・アラーニョ氏は、ジャン=リュック・ゴダールというフランス出身の監督との思い出を振り返り、そう説明した。映画を思想や政治の道具として扱った先駆者であり、その作風は「難解」として紹介されるが、向き合ってみると「ただの人間」だという。
ではアラーニョ氏は、ゴダールの作品をどう解釈し、人間・ゴダールをどう見つめていたのだろう。
それを感じられるのが、現在、新宿歌舞伎町で開催されている「ジャン=リュック・ゴダール《感情、表徴、情念 ゴダールの『イメージの本』について》展」だ。
混沌の中に佇むビルとゴダール

「ジャン=リュック・ゴダール《感情、表徴、情念 ゴダールの『イメージの本』について》展」は、91歳でこの世を去ったゴダール最後の長編作品であるコラージュ的実験映画『イメージの本』を映像インスタレーションとして再構成した体験型展示となっている。

今回会場となった歌舞伎町の中心地に佇む王城ビル全体が、ゴダールの世界観を表現しており、建物に一歩足を踏み入れれば、ゴダールの「難解」と言われた頭の中に飛び込むような表現方法が用いられている。
ビルの2階から4階までを多層的に使うことで第1章から第4章までを順序立てて伝える。階段をのぼるたびに、より深くゴダールの思想の中に誘われるというわけだ。

注目すべきは展示方法だけではない。この展示が王城ビルで開催された理由にも着目しなければならないだろう。

王城ビルをイベント開催候補地として提案したのは、企画を行なったカルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社側だという。
王城ビルのほかにも京都をはじめとする複数の候補地が挙げられたが、最終的に歌舞伎町という混沌とした街の中に佇みながら、人々の欲望や打算的な駆け引きを見つめてきた王城ビルが、ゴダールの世界観を表現するのに最適だと判断したとアラーニョ氏は語る。

この建物だけでなく周辺の環境にも惹かれました。風俗街というのもポイントです。ゴダールは、現代社会や女性の立場に対する鋭い視点を持っています。彼の考えや視点を表現しようとした場合、頭でっかちな知識で解釈しようとすると真実を見抜けません。現代美術館にいくと、人はどうにかして知識を得ようとします。
しかしここでは、綺麗な建造物のなかで知識を探すより、自分たちがどこにいるのか、映画芸術とは何かを見つめ直すことができるのです。ゴダールの世界にふさわしいのは、綺麗な場所ではありません。このような場所だからこそ、彼の世界を垣間見られるのだと言えるでしょう。
つまり、今回の展示において、王城ビルという建造物や周辺の歴史も主役なのだ。
ゴダールの世界観と共鳴する王城ビル
では、王城ビルとはどんな建物で、どのような歴史を歩んできたのだろう。
新宿歌舞伎町のゴジラロードから程近い場所に位置する王城ビルは、レンガ作りの古城のような佇まいをしている。1964年にこの地に誕生し、当時は「喫茶王城」として人々に愛されてきた。だが、時代の流れとともに、キャバレーや同伴喫茶、カラオケ居酒屋と姿を変えいく。

今のようなアートイベントスペースになったのは2022年。コロナ禍でカラオケ事業がストップしたのと、オーナーが3代目の方山堯氏に代替わりが重なったのがきっかけだった。

内装を乱暴に剥ぎ取っただけの粗々しい雰囲気が残る室内の天井には剥き出しの配管や配線が確認できる。イベントスペースとして再出発を果たした王城ビルには、不確実性を求めてさまざまなアーティストからのオファーがひっきりなしにやってくるそうだ。

アートイベントスペースになってから、かれこれ2〜3年になります。最初は苦労続きでした。建物の維持管理もそうですが、アーティストさんや製作者さんとのやりとりが初めてだったので、想像以上に苦労の連続でした。しかし、彼らが日々作り上げていくものはとても面白いし、型にハマらない表現によって王城ビルがコロコロと表情を変化させるのを観られるのは純粋に楽しいです。何が起こるかわからないこの街にもピッタリだと感じています。(方山堯氏談)
今回、王城ビルが「ジャン=リュック・ゴダール《感情、表徴、情念 ゴダールの『イメージの本』について》展」を受けたのは、双方の意見が見事に一致したからだ。
実は全てのオファーを受けているわけではなく、お断りしている方が多いのです。厳しい審査基準を設けているわけではないのですが、我々のポリシーに合っているのかとか、同じ船に乗れる仲間なのかとか、作品のコンセプトも含めて判断させていただいています。今回の展示は、新宿という街に欠かせない『映画』というピースをいつの日か必ずやりたかった我々の希望と、アラーニョ氏の新宿と王城ビルに対する熱意が合致したことで実現しました。
アラーニョ氏は「この街にはゴダールが感じていたものがある」と話していた。片山氏にも、歌舞伎町で、王城ビルでこの展示を行なう意義を熱弁したそうだ。
アラーニョさんは、ゴダールが描いた人との出会いの話や、決して型にはまらない不確実性に溢れた作風について話してくれました。そして、それらを表現するのに王城ビルが最も適した場所なのだと語ってくれました。私はゴダール作品を観たことがなかったのですが、アラーニョさんの話を聞いていると、私たちの理念と重なる部分があると気付かされました。そして、いつしか『王城ビルでやらなければ。僕ら以外に誰がやれるのだ』という気持ちになってきたのです。

こうして実現した「ジャン=リュック・ゴダール《感情、表徴、情念 ゴダールの『イメージの本』について》展」。ゴダールはこの地で人々にどんな視点を授け、何を感じさせるのか。
会期は2025年8月31日(日)まで。
Source: ゴダール展
Photo: 中川真知子
目的と価値消失
#カルチャーはお金システムの奴隷か?
日本人が知らないカルチャー経済革命を起こすプロフェッショナルたち




