昨年10月、ネオソウルのパイオニアとも評されるD’Angeloがこの世を去ったという訃報が知らされた。このニュースは瞬く間に世界中を駆け巡り、SNSでは彼に影響を受けたミュージシャンたちをはじめ、彼を敬愛する多くのファンから追悼の意を表す投稿が次々に寄せられた。
この訃報を受け、FUZEではトリビュート企画「D’Angelo Groove」を11月7日にThe Coffee Brew(ハラカド3F)にて緊急開催。

本企画のメインイベントとして、彼の偉大な功績と音楽的遺産を語るトークショーが実施された。
本トークショーには、Gizmodo Japan総編集長/FUZE主宰の尾田和実とともに、日本におけるネオソウル人気をプロモーターとして来日コンサート面から支えてきた、Billboard Liveの企画制作部長・長崎良太さんが登壇。D’Angeloゆかりのアーティストの制作哲学をもとに、音楽における“人間性”とは何かを熱く語り合うトークを繰り広げた。
長崎さんは、Erykah BaduやThe Roots、Lauryn Hillなど、ネオソウルの黄金期を創り上げてきた数々のアーティストを日本に招聘してきた人物。今回のレポートでは、彼が現場で目撃してきたネオソウルアーティストたちの制作哲学と、D'Angeloが体現した“人間のグルーヴ”について、貴重な証言とともに語られたトークショーの全容をお届けする。
ゲームチェンジャーの登場。ネオソウル誕生前夜
CoolioやTLCといった商業的に洗練されたR&B、TupacやThe Notorious B.I.G.に代表されるギャングスタラップが席巻していた1995年、D'Angeloはチャート本流から逸脱した独創的な1stアルバム『Brown Sugar』を発表する。後に異彩を放つ音楽性で世界を魅了することになる彼は、デビュー当時どんな存在として音楽シーンに登場したのか。トークでは、当時のシーンにおけるD'Angeloの"特異さ"について語られた。

長崎良太(以下、長崎):『Brown Sugar』が発表された95年当時、僕は高校生。当時はMTVの影響も強く、いわゆるニュースクールヒップホップやブラコンのようなブラックミュージックがアメリカをはじめ、全世界で広く受け入れられていた時代でした。Sean CombsやTeddy Rileyといった敏腕プロデューサーの手がけるニュージャックスウィング的なR&B、ヒップホップが最盛期だった時代に、ゲームチェンジャーのような存在として颯爽と現れたのがD’Angeloだった。
Princeのように自作自演型で、自身でソングライティングも楽器演奏もこなしてしまう。なおかつ完成度もものすごく高かった。『Brown Sugar』は、当時のシーンが変わっていく契機になったと記憶しています。
尾田和実(以下、尾田):それまでのシーンはヒップホップがカルチャーという文脈で捉えられるのではなく、商業化し始めていた時期だったという印象もあります。イーストコーストとウェストコーストの争いも激化し、音楽よりもそういったゴシップ的な側面が目立つようになってしまった。そんなタイミングで、表現的には違う位相で登場したアーティストでしたよね。長崎さんは高校生の時に聴いていたということですから、D’Angelo世代ど真ん中なわけですよね
長崎:はい。ネオソウルと呼ばれるジャンルが生まれる瞬間に立ちあっていたと言えるかもしれない。D’Angeloは間違いなくそのシーンの中心に立っていましたし、「D’Angeloビフォー / アフター」とも称されるぐらいの変化があったと思います。ただ当時はそれほど評価されていなかったんですよね。
尾田:僕も当初はShakatakのようなイギリスを発祥とするフュージョンやアシッド・ジャズ的な系譜にあるアーティストなのかなと思っていたぐらいでした。尖っているというよりは、すごく聴きやすいアーティストだなと。あまり目立った活躍があったわけではなかったように思います。
長崎:そんな印象が強い方も多いでしょうね。僕自身1998年ごろから当時大阪にあったOSAKA BLUE NOTEで働き始めていたんですが、新しい風が吹いたとはいえ、当時はまだまだニュージャックスウィングの影響が色濃く残る時代。D’Angeloとも共演経験のあるErykah Baduや、彼の後続世代を代表する存在であるMusiq Soulchildといったネオソウルシーンの立役者たちが次々にデビューし始めていましたが、それでもKool & the Gangのようなディスコ・ソウルシーンで活躍するバンドや、Keith Sweat、Johnny GillといったR&Bアーティストを招聘したときの方がチケットの売れ行きもやはり好評でしたね。
The Brand New HeaviesがQ-Tipをフィーチャリングして、ヒップホップオリエンテッドな楽曲を作ったりもしていましたし、Rahsaan Pattersonをはじめ、D’Angeloのように自分で作曲して自ら歌うアーティストは現れたりしていましたが、商業的に成功した人はほとんどいませんでしたから。
『Voodoo』が証明した革新性
『Brown Sugar』リリースを機に、アメリカを中心としてネオソウル・シーンが静かに醸成され始めるなか、その筆頭として頭角を現したD’Angelo。それから5年が経ち、評価を確固たるものとした彼が2000年、満を持してリリースしたのが言わずと知れた名作『Voodoo』だ。

尾田:ブリットポップ・ムーブメントもあり、当時ブリティッシュ・ロックに回帰していた僕の音楽史のなかで、D’Angeloの『Voodoo』というアルバムは、2000年=『Voodoo』みたいに符合する感覚があるほどのセンセーショナルさがありました。長崎さんにとってはどんな印象だったんでしょうか?
長崎:あまり注目されなかったデビュー当時と違って、『Voodoo』のリリース時は「あのD’Angeloの次回作がついに出る」なんて前触れもあったほど、期待の声がものすごく多かった。ハードルがどんどん上がっていくなかでリリースされたのが『Voodoo』だったんですね。実際に耳にした多くのリスナーが実感したと思いますが、『Voodoo』は想像の斜め上を行く仕上がりだった。誰もが予想だにしないオリジナリティがあり、ストリート出身のマッチョなヒップホップアーティストでさえも飲み込まれてしまうような、文句のつけようのない作品という印象でした。
尾田:当時ヒップホップ専門誌の『Blast』や、R&Bなどのブラックミュージックを取り扱っていた『bmr』を発行していたシンコーミュージックに所属していたんですが、いずれの誌面でも『Voodoo』が大絶賛だったのを覚えています。両方ともぶっ飛ばしちゃったみたいな。それぐらい地殻変動的な変化をもたらしましたよね。
長崎:あらゆるエッセンスが入っていましたからね。James Brownのようなファンクネスがありながら、90年代のヒップホップ勢をもうならせるような音楽性を持っていましたから。特に「Untitled (How Does It Feel) 」はストリートで受け入れられるヒップホップヘッズをも黙らせてしまった。それだけパワフルな楽曲ですし、今ほどYouTubeやストリーミングの音楽配信サービスがない時代に、これまでの常識を覆すいわゆる「ヨレたリズム」を体現できていることが素晴らしいと思います。
尾田:今おっしゃっていただいた「ヨレたリズム」を発明したとも言える作品ですよね。このグルーヴを取り入れる現代のアーティストは数えきれないほどいますし、影響を受けていないアーティストはいないと言えるほどのアルバムなんじゃないかと。
時代を築くグルーヴを生んだSoulquarians
『Voodoo』における独特のグルーヴを語る上で欠かせないのが、D’Angelo自身もメンバーの1人だったクリエイティブ・コレクティブ、Soulquariansの存在だ。その中心人物であるQuestlove、そしてJ Dillaが、オリジナリティあふれるD’Angeloの音楽に与えた影響について、トークは核心へと進んでいく。

尾田:D’Angeloは『Voodoo』で独特のリズムを作り上げ、独自の音楽性でその存在を世に知らしめたわけですが、ここからは彼の音楽に潜むグルーヴの構造についてお話していけたらと思います。当時彼はThe RootsのドラマーであるQuestloveやLAのビートシーンを築き上げたJ Dillaとともに、Soulquariansと呼ばれるコレクティブを立ち上げ、彼らと数多くの楽曲を作り上げてきましたよね。長崎さんは彼らとの制作がD’Angeloにどんな影響を与えたと思いますか?
長崎:やっぱりD’Angeloだけだったらこれほどまでの認知は得られなかったと思います。彼の周りにはいろんな才能がいて、それこそが奇跡的にD’Angeloを作ったとも言える。QuestloveやJ Dillaはもちろん、A Tribe Called QuestのQ-TIPやCommon、それにErykah Baduもいましたから。
そのなかでも特にD’Angeloのクリエイティブの心臓部にいた人物と言えば、Questloveだと思います。彼はD’Angeloとのコラボレーションだけではなく、ドラマーとして一時代を作ってきたクリエイターだと思いますね。The Rootsが注目されるようになってから、一時期ブラックミュージック寄りの音楽を作るドラマーのほとんどが彼に影響を受けた叩き方をしていたんじゃないかと思えるほどです。
尾田:origami PRODUCTIONSのKan Sanoさんはバークリー音楽大学にいた頃の話をしてくれたことがあるんですが、リズムキープが下手に聴こえちゃうぐらいヨレたリズムで叩くドラマーばかりだったと言っていたのを思い出しました。
長崎:本当にすごく流行ったんですよ。それぞれのドラマーなりの創意工夫はあったと思いますが、それほど影響力があった。その延長線上にChris DaveやKarriem Rigginsのようなドラマーがいて、独特のグルーヴがどんどん枝分かれに発展していった。だからD’Angeloの作品は、Questloveと2人で作った作品と言ってもいいんじゃないかと思えます。
尾田:QuestloveがD’Angeloと制作した未発表曲の裏側を語っている映像があるんですが、実際にそのリズムを叩いている様子を見ても、明らかにズレている。D’Angeloがこのヨレたリズムを「楽曲に盛り込みたい」と明確に指示していたと話しているんです。
Questlove自身はJ Dillaからの影響を公言していますよね。ある日クラブでズレのある、いわゆるクォンタイズされていないビートを耳にして「なんだ、この下手なビートは」と思っていたところ、それがJ Dillaの作ったビートだったと知り、衝撃を受けたというエピソードもあります。つまり、当時同時発生的にこうしたリズム感が生まれていたとも言える。
長崎:このヨレたリズムがQuestlove独自のスタイルだったかと言われれば、そうじゃないと思うんですよ。The Rootsの初期の作品はここまでヨレていなかったですから。やはりQuestloveとD’Angeloが出会ったことで、斬新で比類ないグルーヴが生まれたんでしょうね。
次なる"D'Angelo"はいつ現れるのか
Questloveとの化学反応から生まれた「ヨレたリズム」は、その後のブラックミュージックシーンに計り知れない影響を与えた。だが、彼の死により、2014年にリリースされた『Black Messiah』がラストアルバムとなってしまった。彼が切り拓いてきた音楽的地平が、これ以上広がることはない。これから先、D'Angeloのような次のゲームチェンジャーは現れるのだろうか。トークの終盤では、現代のシーンにおける可能性と、次なる革新者の萌芽について語られた。

尾田:2025年、闘病の末にD'Angeloは亡くなってしまい、次はもうないというかたちになってしまったんですが、そんななかでも彼の音楽性を引き継ぐ存在は生まれてきていると思います。R&Bもすごくネオソウルに近付いてきて、ジャズシーンではKassa Overallのような“インストバージョンのネオソウル”的な音楽も脚光を浴び始めています。今後ネオソウルシーンはどうなるのか、そしてポストD'Angelo的な存在は生まれるのか。長崎さんはどう思われますか?
長崎:まず言えることは、尾田さんのおっしゃった通り、ジャズはここ20年ほど、R&B、ヒップホップを中心としたブラックミュージックにどんどん近付いていますよね。Robert Glasperを筆頭に、そうした音楽性を体現するアーティストはいますが、それは真面目にジャズをやっていても食べていけないからだとも思うんですよ。よりコマーシャルでポピュラーな音楽に寄っていった結果とも言えるかもしれません。
尾田:それは新しい視点ですね。
長崎:ただ彼らジャズミュージシャンは皆腕利きばかりですし、ちゃんとした音楽教育を受けてもいますから、良いものを作ってくる。後は売れるか売れないか、それだけだと思います。
以前Robert Glasperとも話したことがありますが、彼自身D'Angeloのように、「Robert Glasperビフォー / アフター」と言えるほどの変化をシーンに与えた人物でもありますよね。彼もその自覚があるのか聞いてみたんですが、やっぱりあるらしいんですよ。しかも歳を重ねるごとにその使命感が湧いてきたと。自身が認められてシーンが変わったことで、日の目を浴びるアーティストが現れるようになったからこそ、そのシーンのトップランナーとして、後進を生んでいけるように音楽をやり続ける必要があるんだと言うんです。それを聞いてなるほどなと納得しましたね。彼が活動し続けてくれているおかげで、いろんな才能が生まれていますし、商業的にもマーケットが育っている印象があります。
一方で、ポストD'Angeloのような存在かと言われると、そうではないと思ってしまう。D'Angeloはそこで完結しているからこそ完全無比。存在感で言えばMichael JacksonやPrinceにも通ずるものがありますし、それこそが彼の良さなんだと思います。

<Thank's MTV meet up>
昨年末に多くの国で放送が終了してしまった音楽専門チャンネルMTVを偲んで、初期MTV JAPANやMVカルチャーについて語るイベントを開催!
ゲストやタイムテーブルなど、イベント詳細はこちらスナック永子さんのnoteをご覧ください。
日時:2026年3月6日(金)18:00-23:00
場所:The Coffee Brew Club (ハラカド3F)
入場:1000yen(with 1drink ticket)
主催:尾田和実(GIZMODO JAPAN編集長)、スナック永子(映像ライター林永子)
ゲスト:寺井弘典さん(P.I.C.S.)、中村剛さん(CAVIAR)、西郡勲さん
<タイムテーブル>
18:00 open
19:00-19:30 TALK①:1990年代の初期MTVカルチャーを振り返る
ゲスト:寺井弘典さん、中村剛さん
モデレーター:林永子
19:40-20:10 TALK②:MTV STATION IDの革新的なクリエイティビティ
ゲスト:寺井弘典さん、中村剛さん、西郡勲さん
モデレーター:林永子
20:20-20:50 TALK③:2000年代以降のMTVが牽引した音楽シーン/VMAJの意義
ゲスト:川村誠さん
モデレーター:尾田和実
21:00- DJ「NAO NIGHT」
23:00 close
目的と価値消失
#カルチャーはお金システムの奴隷か?
日本人が知らないカルチャー経済革命を起こすプロフェッショナルたち





