現在、ビットコインの裏側の仕組みであるブロックチェーン技術を音楽の流通に使うことでより透明性の高い取引を実現しようとする動きがある。音楽産業での金銭の流れは特殊で複雑だと言われるが、新たな技術がそれを大きく変えていく可能性がある。
ビットコインは中央銀行のない通貨であり、円やドルといった従来の通貨とは根本的に異なっている。物理的な紙幣や硬貨は通常存在せず、誰がいくら持っているのかという情報を一元管理する運営主体もない。にもかかわらず、ビットコインを所有したり、他人に支払ったり、他人から受け取ったりができ、なおかつ二重支払いや不正が起こらずに済んでいるのは、すべてのビットコインの取引がひとつの台帳にすべて記録・公開されているためである。その台帳がブロックチェーンである。ブロックチェーンは、それに参加するコンピュータ間で分散的に保持・管理されていて、衆人環視に置かれることで改ざんが実質不可能になり、安全性が担保されている。
つまり、ブロックチェーンとは、価値の移動を逐一記録・公開することで安全性を維持する仕組みであり、その「価値」は必ずしもビットコインである必要はない。そこでこの仕組みを音楽の流通にも使おうとする動きがある。たとえば「PledgeMusic」創業者であり起業家のベンジー・ロジャース(Benji Rogers)が提唱する「dotBC」だ。すでに今年8月、α版がリリースされている。
ひとつの音楽作品にはさまざまな「価値」が含まれていて、さまざまな関係者がそれを分配している。アーティストはレコードレーベルと契約するとともにマネジメント会社に所属し、また著作権管理は音楽出版社が行う、という具合である。
この現状について、ロジャーズは以下のように述べている。
楽曲には複数の作詞家・作曲家、演奏家、パブリッシャー、権利がありえ、さらに国によって異なる使用権もありうる。ひとつの楽曲から、複数の会社を通じて複数の国の人物に複数のタイミングで支払いが必要になる場合もある。さらにひどいことに、所有権をトラッキングする中央データベースはどこにも存在しない。たしかにデータベースを管理する企業は複数あるが、それらは別々に管理されており、データの多くが(大半ではないにしろ)断片化したり、間違っていたり、期限切れだったりする。それによって支払いが氷河の動きのごとく遅くなり、誰のものでもない(または誰かが自分のものだと主張する手段もない)金銭のプールができあがる。この状況は、今まさに、めちゃくちゃである。
そこでロジャースは、音楽ファイルの中に権利者や権利者間の収益配分などの情報をすべて埋め込んだフォーマットの利用を提唱している。それがdotBCであり、「BC」とは「ブロックチェーン」(Blockchain)に由来している。dotBCのゴールは、「音楽エコシステムのための脱中央的な相互運用性を実現するオープンなフレームワークを設計・開発すること」とされている。
dotBCでは、音楽ファイルに「Minimum Viable Data」(MVD)と呼ぶメタデータを埋め込む。MVDには、各楽曲を誰が作り、誰が演奏し、誰が権利を持っているかといった「作品が利用されたときにその作品のクリエイターや所有者が確実に対価を得られるようにする」ための情報が記述される。またここには、権利者間での対価の分配比率や特殊な条件などを「プラグイン」と呼ぶ形式で追加していくことが可能になる。
これによって、音楽のストリーミング視聴・ダウンロード販売・TVでの放送などあらゆる利用のタイミングで、あらゆる権利者への対価が自動計算され、しかるべき人がしかるべき金額をしかるべきタイミングで受け取れるようになり、「フェアトレード」が実現されるという。またプラットフォームにブロックチェーンを使うことで改ざんを防ぐことができるとされている。

ただ、CDからダウンロードへ、そしてストリーミングへというプラットフォームの移行だけでも大きな負担になっているように見える音楽業界が、またもや新しいテクノロジーを受容していけるのかという疑問はある。また従来の「フェアでない」枠組みで潤っていた組織や個人は、音楽の対価の流れを変えようとすることに少なからず抵抗することが予想される。
だがブロックチェーンを使って音楽業界に変革を起こそうとする動きは、これだけではない。Forbesによれば、UjoMusicやPeerTracksといったスタートアップがそれぞれブロックチェーンを使ったソリューションを作り出している。
世界のレコード音楽市場はかつて276億ドル(約2.8兆円)だったのが2015年には150億ドル(約1.5兆円)と約半分に縮小している。このような現状への危機感がある限り、変革を求めるうねりは止まらないであろう。
目的と価値消失
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