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ジョニー・アイブとマーク・ニューソンが作った、クリスマスツリーの余白

NEW INDUSTRY
ライターmayumine
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アップルの最高デザイン責任者ジョニー・アイブと、工業デザイナーのマーク・ニューソンがデザインした、 ロンドンにある高級ホテルであるクラリッジス(Claridge's)のクリスマスツリーが公開された。2人のスーパーデザイナーが披露したクリスマスツリーのデザインは、毎年世界の著名なクリエイターたちが装飾を担当する恒例の行事で、ロンドンのクリスマスを彩る名物となっている。

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今年アイブとニューソンが選んだデザインを、クラリッジスは「フェスティブ・インスタレーション」と呼んだ。アイブとニューソンは、従来のオーナメントやライトで彩られた巨大ツリーを置く代わりに、クラリッジスの入り口全体を木と雪で覆った「森」のインスタレーションをデザインした。日の出から日没までを想起させる自然光のようなライティングが一日中ロビーを照らす。セットのデザインには、ファッションやシアター、広告の世界で独特の色彩美を駆使するイギリス人のプロダクション・デザイナーのマイケル・ハウェルズ(Michael Howells)が召喚された。雪の積もったシラカバの白黒写真を壁に映し、左右には照明も装飾も無い木が配置されたホテルのロビーは、まるで夜の雪の森の中を歩いているような雰囲気を醸し出している。

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毎年煌びやかな装飾で飾られる螺旋階段横のツリーだが、今年はプレーンな状態

世界でひときわ異彩を放つデザイナー同士で、旧知の仲であるアイブとニューソン。これまでもU2のボノ主催のチャリティ向けに、ライカのDigital Rangefinderをカスタマイズしたり(落札価格はなんと約1億8000万円)したり、いくつかの製品デザインをアイブと共同で行なうほど、アップルウォッチャーにとっては馴染みの存在になりつつある。ジャンルを問わないデザインセンスを醸し出す2人は、クリスマスツリーについて次のように説明している。

自然より、純粋で美しいものは、ほとんど存在しない。僕たちは、さまざまな有機体の反復に、テクノロジーのレイヤーを重ねることをデザインの出発点とした。僕たちの狙いは、未来への興奮を表現し、伝統への大いなる敬意を祝いながら、全てを包括する魔法のような体験を創造することだ

先日、過去20年間のアップルのプロダクトを450枚の写真で美しく紹介する写真集『Designed by Apple in California』。ジョニー・アイブは前書きで、「成功の度合いはともあれ、私たちは常にさりげなく見えるものを作ろうと努力している。とてもシンプルで、明快かつこれ以外にありえないというくらい必然的なものだ」と綴っている。

「ただ葉っぱが落ちた木じゃない!」

しかしながら、世の中のクリスマス気分を堪能したい人の中には、アイブとニューソンの哲学的に難解な「ライトも飾りも無いクリスマスツリー」をブレイクスルーと捉えきれずに、むしろ拒否反応を示す人も現れている。

クラリッジスは年末ムード。でもツリーはどこ?

ジョニー・アイブは天才だよ。だけどクリスマスツリーの側には近寄らせないようにしないと。

「プロ」のデザイナーが自然からインスピレーションを受けて、豪華なクラリッジスでクリスマスツリーを作ったらしいけど、これってただ葉っぱが落ちた木じゃない!

期待されたジョニー・アイブのクリスマスツリーは何の面白みもなかった。

確かに、今年のクラリッジスのツリーデザインは、著名なブランドのクリエイターたちが手掛けた過去数年とは装いがまったく異なる。

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2015年はバーバリーのCEOでデザイナーであるクリストファー・ベイリー氏が手がけた

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2014年はドルチェ&ガッバーナによるデザイン

優れたデザイナーであれば、派手で豪華なクリスマスツリーをデザインすることはできるだろう。その証拠に、この時期には世界中(日本も含めて)のあらゆる場所において、ライトアップやツリーのお披露目で世間が湧き立つ。だが、アイブとニューソンにしかできないことは、セルフィーを取るためだけにライトアップされたツリーを作ることではなく、エコ・フレンドリーな製品デザインの哲学に忠実なインスタレーションを通じて、没入感たっぷりの自然とテクノロジーが交差した創造性のループを体験させることだ。この考えはアイブのアップルでのデザイン哲学ともリンクしている。

アイブが「環境」をテーマに製品開発でイノベーションを起こし始めてから、アップルは製品の消費電力を減らしたり(エナジースターの認定済)、製品のリサイクル性を前面に押し出すようになった。グリーン化するアップルは、今年ついに古くなったiPhoneを解体するリサイクル用のロボット「リアム」まで作ってしまうほど熱の入れようだ。

クリスマスツリーといえばキラキラした華やかな装飾を誰もが思い浮かべがちだ。だが、もはや存在自体がデザイン文化であるアイブとニューソンは、あえてそのイメージを翻して静寂のある自然を選んだ。自然回帰というか、シンプルに自然の美しさを表現している。しかも、その造形美には、創造性を掻き立てる余白がある。おびただしい数のライトやプレゼントに取り囲まれてないからといって、自然のアートインスタレーションからクリスマス・スピリットを感じることはできるはずだ。