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コーチェラ・フェスティバルで、誰も知らないハンス・ジマーが見えるかもしれない

DIGITAL CULTURE
エディターJay Kogami
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レディオヘッド、ビヨンセ、ケンドリック・ラマーをヘッドライナーに迎える、2017年の「コーチェラ・フェスティバル(Coachella Valley Music and Arts Festival)」。出演者の中に、一際目立つ存在があった。それは、数々の大作映画のサントラを手掛け、あらゆる映像賞を獲得してきた、ドイツ人映画音楽作曲家ハンス・ジマーの名前だった。

映画界では知らぬ人はいない、大御所ハンス・ジマーは、成功が難しいハリウッドで、80年代後半から常にオンデマンドな存在で有り続けてきたのだから、彼が並外れた才能に加えて、説明しきれない「 α」を持つ者であることが伺える。リドリー・スコット監督とは『グラディエーター』や『ブラックホーク・ダウン』、『ハンニバル』でコラボレーションし、クリストファー・ノーラン監督の作品においては、傑作『ダークナイト』シリーズや『インセプション』、『インターステラー』などを手掛けるなど、映画制作において重要な存在となっていることからも、彼は映画業界のポップスターの一人と言えよう。

ハンス・ジマーをSpotifyで聴くユーザーは、なんと世界で月間290万人以上存在する。ジェームズ・ニュートン・ハワードが128万人。エンニオ・モリコーネが119万人。ジェームズ・ホーナーは116万人。ジェリー・ゴールドスミスにしては21万リスナーだ。ジマーをSpotifyで上回る映画音楽作曲家は、やはりと言うべきか、ジョン・ウィリアムズ。667万人以上が聴いている。さすがとしかいいようがない。

あまり日本では知られていないのは、ジマーが映画やテレビ業界向けに作曲家を束ねるクリエイティブ会社「リモートコントロール・プロダクションズ」の共同創業者兼オーナーを務めていることだ。この集団がユニークな理由は、若手からベテランまで、お抱えの作曲家たちが、時にはジマーと共作で、時には個人単位で、ハリウッド映画やテレビドラマ、さらにはゲーム音楽の作曲まで担っている、いわばハリウッドお抱えの音楽制作集団の大手だ。

「リモートコントロール」門下生で、最も注目を浴びる作曲家の一人は、ジマーと同じドイツ人のラミン・ジャヴァディ(Ramin Djawadi)かもしれない。すでにリモートコントロールを離れ独り立ちしたジャヴァディの名前は知らなくても、彼が手掛けた『ゲーム・オブ・スローンズ』のテーマや、『プリズン・ブレイク』、『ウエストワールド』といったドラマの音楽を耳にした人は多いはずで、ジャヴァディのストリングとドラミングが混ぜ合わさった複雑なフレーズは、まったく違う音楽にもかかわらず、ジワジワと湧き上がるような、ジマーの「エピック」音的な要素を継承しているようにも感じるから不思議だ。

ジマーはかつて「クソみたいな音は無くせ。人生は短い」と言った

話をコーチェラ・フェスティバルに戻すと、ハンス・ジマーは4月16日(日)と4月23日(日)に出演予定だ。この日は、ヘッドライナーに、あらゆるフェスやメディアが「絶対ライブを見るべき」アーティストと呼ぶ今最も旬なケンドリック・ラマーが登場する。その他には、ロード、ポーター・ロビンソンとマデオン、DJキャレド、Marshmelloと、飛ぶ鳥を落とす勢いのアーティストたちが参戦する。彼らと同じステージに立つハンス・ジマーを、ヒップホップやダンスミュージックを求める今の音楽好きはどんな目で見るのだろうか?

そういえば、ハンス・ジマーは2016年から、オーケストラとビジュアル、ライティングなどを駆使したステージ演出で、映画音楽コンサートの概念を現代エンタメ的にアレンジしたライブツアー『Hans Zimmer Live On Tour』を世界展開している。すでに、2017年の世界ツアーも決定している。ツアーのライティングは、あのピンク・フロイドや、ナイン・インチ・ネイルズのステージライティングを手がける、ライティングデザイナーのマーク・ブリックマン(Marc Brickman)が手掛けているという贅沢な演出なだけに、コーチェラへの期待も高まる。映画音楽家は、過去の音楽にすがることが許されず常に新作が求められる過酷な職業だが、ハンス・ジマーは、かつて作った曲をアレンジし生演奏できるという、自由を与えられた音楽家へ進化していった稀有な存在で、間違いなく映画音楽界のイノベイターの一人だろう。

ジマーはかつて「クソみたいな音は無くせ。人生は短い」と言った。ジマーとブリックマンといった時代の先端を走る異業種のクリエイター同士が手を組むライブを召喚するなど、アメリカの音楽フェスは「今」に寛大だ。ヒップホップがメインストリーム化し勢力を拡大している音楽界で、ハンス・ジマーという、映画音楽のポップスターを投じてきた。それは、長年の経歴に感謝の意を評したベテラン枠といった扱いではなく、単に「今」の音楽シーンの枠組みを再構築しているクリエイターとして彼を選んだと、コーチェラのオーガナイザー達を信じたい。