2016年11月末、雑誌Dazedが同誌のスタイリストを騙る人物の詐欺事件について伝えた。その記事によれば、Arnaud Henry Mensanなる人物がファッションブランドBerlutiに対し、雑誌の撮影用に必要だとして洋服など1万ポンド(約140万円)相当を日本に送付させ、その後雲隠れしているのだ。
Mensanは他にも複数のブランドからサンプルを「借用」しており、WWDによれば、ノルウェイのブランドHAiKw/の例では被害総額が12万3000ユーロ(約1490万円)にのぼるという。さらに最近ではNYLON JAPANが、この人物が「NYLON JAPAN編集長」を名乗って活動していることを警告した。
デザイナーたちは、見ず知らずの自称「スタイリスト」からのサンプル提供依頼になぜ応じてしまったのか。またスタイリストやエディターであると名乗られた相手は、なぜすぐに嘘を見抜けないのか。騙されたデザイナーのひとり、Martin Acrossはi-Dで「MensanのInstagramにフォロワーが4万人いたこと」を理由に挙げている。
ソーシャルメディアが作り出す幻と実態の乖離が、この事件には如実に現れている

MensanのInstagramはその後ユーザー名を変えて、現在も継続されている。たしかにそのフォロワー数は現在9万人近くに達しており、ポスト内容はほとんどがファッション写真である。
またプロフィールの中で「Business of Fashion 500」に選ばれたと主張しており、そのページのキャプチャのように見えるものをポストしている。だが実際にBusiness of Fashionのサイトで検索しても、Arnaud Henryなる人物はヒットしない。
ソーシャルメディアが作り出す幻と実態の乖離が、この事件には如実に現れている。我々は他人のネット上のプレゼンスを見ると、その人物にはリアルな実績があり、ソーシャルメディアで表明される言葉や画像も真実であると信じてしまう傾向がある。特にフリーランスの人物であれば、ソーシャルメディアは多くの場合、過去作品のポートフォリオも兼ねている。実際MensanのInstagramは、彼がスタイリングしたと主張する写真や、見に行ったファッションショーの記録であふれている。ぱっと見ただけでは、ファッション業界内部者であると誤認されても仕方がない。
だが彼のInstagramをよく見ると、いくつか不自然な点に気付く。フォロワーが9万人近くいるのに、どのポストでもコメントは数件、多くても20件以下しか付いていない。コメントする人物が限られているが、それがファッション関係の知人である様子もない。自分の作品画像のわりには、解像度が粗くぼやけた写真が多い。

さらに細かく見ていくと、他人の作品であることを指摘するコメントもある。試しにあるポストの画像をGoogle画像検索したところ、数年前の日付で同じ画像を使ったWebページがヒットした。
だがそれらに気付くことができたのは、最初から彼の素性を疑っているからであって、初めて彼から連絡を受けたデザイナーやプレス担当者がおかしさに気付くのは難しいだろう。
メディアの受け手側のスキルや環境は、メディアの変化に追いついていない
この信じやすい傾向はソーシャルメディアだけではなく、Webメディア全般に言えることである。2016年のアメリカ大統領選挙では、ドナルド・トランプ寄りのデマに人気があると見たマケドニアの青年たちが事実無根のニュースを発信するWebサイトを量産した(via BuzzFeed)。そしてこれらのフェイクニュースは、Facebook上では真実のニュースよりも多く共有されていたのだ。一方、同時期の日本では、DeNAが運営するWebサイトが他サイトからのリライトや裏付けのない医療情報を大量発信し、検索結果上位に表示されていたことが問題となった。
オススメ記事: How Teens In The Balkans Are Duping Trump Supporters With Fake News|Craig Silverman, Lawrence Alexander - BuzzFeed
かつてネット上で信頼に足るプレゼンスを作るには、さまざまなスキルやコストが必要だった。10年ちょっと前を振り返ると、まずブログやWebサイトを作るだけでもツールやデザインについての知識が必要であり、またテキストを書いたり、画像を調達したりするスキルや時間も求められた。またニュースが拡散される経路も現在より限られていたので、新興メディアがいきなり数十万回も見られることはまれだった。
だが現在は、ソーシャルメディアをまめに更新しているだけでもある程度見た目は整うし、それなりに本物感のあるWebサイトも低コストで構築可能だ。また、そこを埋めるコンテンツは他の場所にあふれているため、ポストしたい何かを検索して切り貼りするだけでいい。そうして作られた「それっぽい」サイトやアカウントは、発信者が何者かはっきりしなくても、コンテンツさえ興味を引くものであればソーシャルメディアやニュースアプリなどで一気に拡散していく。またソーシャルメディアではフォロワーが売買されているため、開始して間もないアカウントでも「人気アカウント」であるかのように見せることも可能だ。
一方で、そうしたメディアの受け手側のスキルや環境はメディアの変化に追いついていない。「ローマ法王がトランプを支持」というニュース(Snopesによってデマと検証済み)を読んでちょっとおかしいと思っても、すぐさま検証することは一般的ではないし、検証するには何度も検索するなどかなりの手間がかかる。また一般に、何かが「起きた」ことに比べて、何かが「起きなかった」ことの裏付けをとることは難しい。
つまり今のネット社会においては、だますためのコストに比べて、だまされないためのコストがはるかに高いのだ。そのギャップに乗じたフェイクニュースサイト運営者は広告収入で潤い、自称スタイリストは高価な衣服をだましとっている。これらの事例は氷山の一角にすぎないのではないだろうか。
そこでFacebookはフェイクニュース対策を打ち出し、Googleは検索アルゴリズムを変更した(via Techcrunch)。だがプラットフォーム側にできることはまだあるはずだ。
たとえばソーシャルメディアの場合、フォロワー数だけでなくひとりあたりの閲覧時間なども可視化すれば、フォロワーを購入するなど不自然な手法で増やしているアカウントが浮かび上がってくるだろう。そうなるとフォロワーのオプションとして閲覧を売るビジネスが発生することが予想されるが、それを利用するとだます側のコストが増加するため、だます側とだまされる側のアンバランスを埋めることができる。また情報の信頼性を自動的に判定するためのアルゴリズムもいろいろな形で研究されている(via 『言論マッププロジェクト』東北大学 乾・岡崎研究室)。2016年から続くフェイクニュースやオルタナティブ・ファクトの議論を受けて、こうした研究開発もより活性化することを期待したい。
だがこれらの技術はあくまで既知の課題の後追いであり、新たなメディアやコミュニケーション形態はつねに生まれ、進化し続けている。ユーザー側は今後も、「ネット上の情報をまず疑ってかかる」という使い古された対策で自衛するしかないのかもしれない。
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