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8#未来世紀シブヤ2017

間借り人たちのプレイグラウンド、永遠に完成しない街シブヤ ~鼎談:tomad(Maltine Records)with 齋藤恵汰(渋家)、名取達利(WWW)

ARTS & SCIENCE
ライター磯部涼
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インターネット・レーベル〈Maltine Records〉を主宰するtomadは、ネットという特定の場所に根差さない、もしくは、ネット環境さえあればどんな場所でも活用できるシステムを生かした活動を続けてきた。いっぽうで、tomadは渋家(シブハウス)という、渋谷のとあるシェアハウスに長らく関わってきた。彼のTwilogで「渋谷」と検索すると、同地を地元のように感じているとも、一歩引いた目線で観察しているとも読めるツイートがいくつも出てくる。「渋谷駅 もはや生き物みたいに日々変わる」「渋谷は昼からよくわからない奴多くて落ち着くな」「渋谷駅のビル群の進捗がよすぎて人生について考えがちになる」。tomadにとって渋谷とはどんな場所なのだろう? 渋家を立ちあげたアーティスト/キュレーターの齋藤恵汰と、〈Maltine Records〉もイベントを行なう渋谷のライブハウス、WWWのオーナー・名取達利とともに考えた。

tomad (Maltine Records)
2005年、インターネット・レーベル「Maltine Records」を開始。ポップとダンスをコンセプトにこれまで160タイトルをリリース。近年には、ニューヨークやロンドンでもイベントを開催。2015年には設立10周年を記念し、レーベルの活動をまとめた「Maltine Book」を刊行。
齋藤恵汰
コンテンポラリー・アーティスト、劇作家、インディペンデント・キュレーター。1987年東京うまれ、2008年渋家を制作。2009年~2011年にかけ三度の引っ越しを経て現在の家を借り、アートフェア東京で作品として販売。その後、劇作家として演劇作品『非劇』の戯曲 、キュレーターとして展覧会『私戦と風景』を企画。若手批評家と共に批評誌を売るプロジェクト『アーギュメンツ』では約1ヶ月で1000部を完売した。今年の年末には沖縄で展覧会『自営と共在』を開催予定、映画の制作も開始、2020年に公開を予定。
名取達利
渋谷はスペイン坂上にあるライヴハウス、WWWの代表。2010年11月に一号店のWWWをオープンさせる。2016年9月にWWWの2号店、WWW Xを1号店が入居しているライズビルの2階にオープン。2017年8月にはWWWのラウンジをリニューアルし、WWW βをオープンさせた。

あえて渋谷を「地元化」する

──渋谷って、世代や趣味趣向によってイメージが違うと思うんです。批評の分野では東急と西武の開発競争、音楽の分野ではいわゆる渋谷系について語られることが多いですけど、チーマー文化もあったし、その後はギャルやギャル男、イベサーなんかが出てきたり。で、今は文化的にはつまらなくなったと言われるいっぽう、ハチ公前の交差点が世界的なセルフィースポットになっていたり。今日はそういった流れを踏まえつつ、渋谷に拠点を置きながらそれぞれ世代やバックグラウンドが異なる皆さんと、渋谷の街について考えていきたいと思います。

tomad:はい。

──まずは齋藤さんが立ちあげて、tomadさんも住んでいた渋家(シブハウス)の話から始めましょうか。名取さんは渋家をご存知ですか?

名取:もちろん。でも、行ったことがないんだよね。すごく行ってみたいんだけど、俺が行くとフィールド・ワークっぽくなっちゃうから。それを持ち込むのは違うかなっていうのを察して。

──自分が行ってしまうことで、空気を変えたくない?

名取:そうそう。ただ、周りから話は聞いてるから、伝聞で想像してる感じ。俺はそういうのでいいかなって。すごく興味はあるよ。

──齋藤さんに以前お話を伺ったときは、渋家はこれまで場所を転々としていて、いろいろな場所で問題を起こしては追い出され、というのを繰り返してきたと。

齋藤:はい(笑)。

──で、震災直後は東京の物件に借り手がなかったから、今の渋谷の物件を借りられたという話でした。渋谷っていう場所は、たまたま物件が見つかったから決めたのであって、こだわりはなかったんですか?

齋藤:いや、最初から渋谷に借りようっていうのは決まっていて。ただ、渋谷ってなかなか物件が借りられないんですよね。なので、一番最初は池尻大橋のほうにちょっとズレちゃったりとか、二番目の家は駒場東大前のほうにズレちゃったりとか、三番目の家は恵比寿のほうにズレちゃったりとか。

──ああ、渋谷を狙ってたんだけど、物件がなかったからその周辺になった?

齋藤:はい。周回して、ようやく渋谷に物件を借りられたぞ、っていうところで、今やってる感じですね。

──そもそも渋谷を狙ってた理由は?

齋藤:僕が始めたのは19歳とか20歳の頃だったんで、とりあえず家を借りるっていうことだけ決めて、不動産屋さんに行ったんです。で、「一番高いところはどこですか?」って訊いたら、「渋谷駅を中心に物件の価格は下がりますよ」っていう説明を受けて。じゃあ、渋谷にしようかなって思ったんです。一番家賃が高そうだったから。

──家賃が高そうだから借りるっていうのは、どういうことでしょうか?

齋藤:結局、渋谷って作られた街だからマイルド・ヤンキーがいないじゃないですか。でも、物件が高いところにマイルド・ヤンキーがいると、何か面白いことが起きるんじゃないかって思っていて。僕としては、渋家は若者を渋谷のマイルド・ヤンキー化させていく装置だと思ってやっています。

──渋家にマイルド・ヤンキーってイメージはないんですけど、そこでいうマイルド・ヤンキーとは?

齋藤:地元だからどの辺に何があるのか、わかってる感じ。渋谷って意外と待ち合わせ場所に困るじゃないですか。遠くから来た人と、「どこで待ち合わせしよう?」ってなると、ハチ公前は最近人が多過ぎるし、モヤイ像かな、みたいな感じで。でも、みんな地元感があると、「じゃあ、あそこね」ってすぐ集まれる。

──要は渋谷を地元化するということ?

齋藤:そう、地元化するっていう意味でマイルド・ヤンキーっていう言葉を使っています。

──渋谷を地元化しようと考えたのは、渋谷が穴場だったというか、面白いことをやっている人が当時いなかったから、っていうこともありますか? たとえば秋葉原に渋家は作らないわけですよね。

齋藤:僕は中学、高校がこの辺りなんで、そもそも渋谷に来る機会が多くて。特に、友達と待ち合わせするときに渋谷を使うことが多かったんです。なので、渋谷にある程度の愛着があったっていうのも、もちろんあるんですけど。

──はい。

齋藤:でも、やっぱり地価が一番高いっていうのが面白いなって。今考えると、不動産屋がその場で「渋谷が一番高いと思う」って言っただけで、実際はもっと高いところはあったと思うんですけど。でも発想としては、居場所として一番いいところを取っておいて、そこから他のところへ移動しよう、っていうことだったんです。そもそも、その考え方自体がヤンキー的っていうわけじゃないけど、地元民感があるんじゃないかって。

──tomadさんは渋家のアイデアを聞いた時にピンとくるところがあったんですか?

tomad:そこまでめっちゃピンときてたわけじゃないんですけど、これがたとえば高円寺とか、東京の地方だったらあんまり乗り気にはならなかったのかなって。

──それ以前から、たとえば高円寺には素人の乱があって、彼らは高円寺をまさに地元化していたようなところがあったわけじゃないですか。

tomad:そうですね。

──高円寺は小さな街だからコミュニティにも入り込みやすいと思うんですけど、比べて渋谷はデカい。そこを狙うっていうのが、やっぱり独特だったのかなと思います。

tomad:ですが、最初はすごい気持ち悪いと思っていたんで(笑)。

齋藤:ハハハハッ(笑)。

tomad:でも唯一、渋谷でやろうっていうことがポップを狙っているなっていうか、外側に行ける可能性があるなと思っていて。

──確か、tomadさんがDJをやっているところに渋家の人たちが話しかけに来て、っていう出会いですよね?

tomad:そうですね。渋谷のSECOBARっていう会場で〈Maltine Records〉のイベントをやってたんです。2010年にCDをリリースして(『MP3 KILLED THE CD STAR ?』)、そのリリース記念イベントのときに渋家の人たちが来て(2010年8月8日「MP3 KILLED THE CD STAR ! -Maltine RecordsCDリリース記念イベント-」)。今、渋家の会社の社長をやってる、としくにさんっていう人がいるんですけど、その人が女装してやってきたんですよ(笑)。今まで〈Maltine Records〉のイベントにはこういう層が来てなくて。それこそパソコン叩いて、みたいな(ギークが多かった)。でも、「遂におかしい人が来はじめたな!」っていう。

齋藤:(笑)。

tomad:で、徐々に交流していくというか、一方的にツイッターでメンションとかが来て、僕が「渋谷のルノアールで作業してます」って呟くと、「会いましょう」みたいな。そこで会って話したのが初めてですかね。

齋藤:そうですね。当時は「渋谷」で検索しまくって、面白そうな人が渋谷にいると、とりあえず突撃するっていう(笑)。

──ちょうどツイッターの黎明期で、みんな個人情報を大っぴらに書いていたし。

齋藤:震災前の牧歌的な感じもあって。「渋谷」で検索して話に行って、「家を借りてるんですけど」みたいな感じで、どんどん地元民化させていくっていうのが面白いかなと思っていて。

tomad:で、ルノアール渋谷宮下公園店で話していて、「とりあえずスピーカーを買おう」ってなって。「スピーカーを買うんだったら関わっていいよ、買ってくれ」みたいな。

──では、その時にもうクヌギ(渋家の地下にあるクラブ・スペース)のアイデアはあった?

tomad:なんか、音を鳴らしたほうがいいんじゃないの? っていうノリはあったんですよね。

齋藤:当時、展覧会をいっぱいやってたんですけど、もっといろんなことをやりたい、ってなってきて。そしたら、スピーカーを買って音を鳴らすべきだろうと。で、tomadって奴がイベントをやってるらしいから、そこと繋がってスピーカーを買っておけば、あいつらが音を流してくれる、みたいな感じで話に行って。

──ただ、スピーカーを買ったがために、近隣とのトラブルが起きて、場所を転々とせざるを得なかったっていう。

齋藤:そうなんです。恵比寿の物件に当時いたんですけど、そこの一階が「静寂」っていうテーマのフランス料理屋で。

──絶対ダメですね(笑)。

齋藤:完全にダメだ、ってなって(笑)。それで八ヶ月くらいで引っ越して、今の物件に入ったんです。

変わり続ける渋谷という「入れ物」

──今の二人の話からは、文化のど真ん中である渋谷に攻め込んでいくぞ、っていうのとは違うニュアンスを感じました。むしろちょっとニッチなところを攻める感じで、あえて渋谷っていう。それは名取さんの世代から見て、どう感じますか? WWWはオープンから7年で、ちょうど同じ時期に渋谷を拠点に始めたところもあるわけですが。

名取:興味深いよね。ただ、僕らの世代はレコード買うといえば渋谷だったけど、自分は渋谷自体にあんまり思い入れはなくて。出身は錦糸町で、東のスラム街みたいなところだし(笑)。今は結構、綺麗になりましたけど。

──渋谷には遊びに来ていませんでした? 名取さんはいわゆるチーマー世代ですよね。

名取:そうだね、俺はチーマーじゃないけど(笑)。でも、レコード屋には遊びに来てた。やっぱり当時はレコード屋がサロンみたいな感じがあって。パーティーの情報も集まってるし、行けばとりあえず友達がいるし。完全にその一部にはなっていたけど。でも、渋谷に根ざした文化ってどれくらいあるのかな?って思うところもあるんです。変わるじゃないですか、ものすごく。

──名取さんの定義では、渋谷とは反対に文化がある街はどこになりますか?

名取:自分にとっては文化がある街って、すごくいい銭湯があるとか、定食屋があるとか、そういう感じに思っているかも。

──歴史が脈々と受け継がれている街。

名取:だから、渋谷は「入れ物」っぽい。ガンガン変わっていくから、それは楽しめばいいのかなと思ってます。愛着っていうのとは、ちょっと違うんです。自分がやることの背景みたいなもの。たとえば根津の方みたいに、背景が変わらない良さもあるんだけど。それよりも、ずっと変わり続けたり、「自分の感覚とは違うけど興味深いな」っていう人たちも出てきたりするのが面白い。だから、そういう装置っていう風には感じてます。

──tomadさんのTwilogを「渋谷」で検索すると、定期的に渋谷についてつぶやいていて。

tomad:まあ、そうですね(笑)。

──2015年12月15日のツイートでは、「渋谷駅もはや生き物みたいに日々変わる」と。そういった変化に面白さを感じていますか?

tomad:なんか、ずっと工事してるなって。いつ完成するんだろう?って。

──昔、スチャダラパーが『スチャダラメモ』っていう曲で、「渋谷で渋滞ハマって一言『さては完成させる気ねぇな このサグラダファミリア』バルセロナ五輪より前から継続」ってラップしてましたからね。

一同:(笑)。

tomad:(渋谷にキャンパスがある)國學院大學に通っていたんですけど、その頃からずっと変わり続けるなと思っていて。最近はもう、工事現場の中に電車が通ってるみたいな感じ。夜にクラブ行くときに散歩してると、工事中なんで街の構図がバグってるから、それはそれで面白いと思ってますけど。むしろ完成したら終わっちゃうのかな、っていう部分もあります。

──ひとつの工事が終わっても、またどこか別のところが工事していますからね。完成形がない感じがします。

tomad:そうですね。

──tomadさんは渋谷のいわゆる文化的な盛りあがりが終わった後の世代だと思うんですが、そもそも、渋谷にはよく来ていたのでしょうか?

tomad:そうですね。地元は横浜なんですけど、高校が都内にあったんで、その頃から「遊びに行くか」みたいな感じで結構行ってましたね。〈Maltine Records〉を一緒に立ち上げたSyemくんっていうのがいるんですけど、高校の同級生だったんで。彼と一緒にレコード屋で待ち合わせて、CD買って。HMVもまだあったんで。

──HMVがセンター街にあった時代?

tomad:センター街の時代ですね。二階にクラブ・コーナーがあって、そこでとりあえずCD買って、カフェとかで聴くみたいな感じをずっと繰り返してました。「これ、いいじゃん」「この曲、いいじゃん」って。2005年くらいですかね。

──渋谷に通っていたのは、レコード屋、CD屋があったから?

tomad:「ここに集まろう!」みたいな感じではなくて、妥協点として渋谷が浮上してきた部分があって。

──渋谷に魅力を感じていたというよりも、いろんな路線も乗り入れているし、集まりやすい場所だから遊んでいた。

tomad:そうですね。僕は横浜のニュータウンは郊外の出身なんで、もっと面白いところがないかな、と思って渋谷に通っていたところもあったんですけど。実際に渋家に住んでみて、もっと渋谷で楽しいところがあってもいいのにな、って感じていたところはずっとあって。ないなら自分でやるか、っていうことで、渋家の地下で音出してイベントをやってたんですよね。

2017年の渋谷に潜む「日本的スラム」

──齋藤さんはどうですか? 名取さんやtomadさんの渋谷のとらえ方について、何か思うところはあります?

齋藤:さっき名取さんは、錦糸町がスラムみたいなところって言ってたんですけど、僕がいつも思っているのは、文化=スラムだろうっていうことで。

──というと?

齋藤:渋家をやる前に渋谷に来ていたときも、僕、マンボーとか博多風龍とかによく行っていたんですよね。渋谷で終電がなくなったらそういう風にしていて、それがすごく楽しかったんです。渋家も、終電がなくなったときに行けばいい家としてあるのかなと思っていて。終電がなくなったら普通はタクシーとかで帰ると思うんですよ。でも、僕みたいにちゃんとしてない人たちは(笑)、どっかウロウロする。

──それでマンガ喫茶に行ったりラーメン屋に行ったりして、適当に時間をつぶす。

齋藤:はい。僕はそれを日本的スラムだと思っていて。そこが一番楽しい。東京ってあんまりスラムがないってよく言われるじゃないですか。実際、日本のスラムってわかりにくいと思うんです。でも、僕は文化=スラムだと思ってるから、渋谷が全部スラムになったらおもしろいのになって。だから、もっと遊べる場所が増えたらいいし。

──ここでいうスラムとは、どういう意味でしょうか? 一般的にはスラムというと、都市における貧困層の集住地区を指しますが。

齋藤:どうにかして朝まで時間を潰せちゃうようなものが大量に転がってる状態のことですね。しかもお金をかけずに。

──そこにいればなんとかやっていけるコミュニティみたいな?

齋藤:そうですね、雨が降ったときにあそこに駆け込んで朝まで寝てればなんとかなる、っていう場所が増えるといいと思っていて。ラーメン屋ってそういう感じになってると思うんですよ。夜に雨が降ってきて、終電がない時に、「とりあえずラーメン屋で食ってれば朝になるか」みたいな。コンビニもそれに近いんですけど。僕はそういうのをある種の文化施設だと思っていて。

──その文化施設を「スラム」と呼ぶのはどうしてでしょうか?

齋藤:結局、東急とかパルコって、夜は閉まっちゃうじゃないですか。あれはスラムじゃないんですよ、夜にいれないから。たとえばラーメン一杯くらいだったら、友達もおごってくれるだろうし。夜にいれて、朝まで時間を潰せる。そういう空間全体を僕はスラムって呼んでいるんです。もちろん、海外のスラムみたいに物凄く貧困で、っていう問題はそこまで顕在化してこないんだけど、日本の若者が貧しくなっているっていわれたときに、じゃあそこがスラムだろうって僕は思うし、そこで時間を潰して朝までいられるっていうのは重要だと思っているんです。

──以前、古市憲寿さんが「牛丼やファストフードのチェーンは、じつは日本型の福祉の1つだと思います。」と発言して炎上したことがありましたけど、それを当事者の視線から見ると、っていう話ですかね。

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齋藤:福祉っていってしまうと公共的な意味になってしまいますけど、僕はスラムっていう言葉をある種、悪用していて。お金がないけど楽しいことをして朝まで過ごしたい、っていう若者の欲求を満たすのは、今だったらラーメン屋か漫喫か、みたいな話になってくるから。それは要はスラムじゃん、って僕には見えるし。そういうものの一端として渋家もあると僕は思っているんで。それも含めて地元感というか。

──2012年に、tomadさんがツイッターで挙げていた藤村龍至さんと南後由和さんの渋谷論があって。

tomad:覚えてないですね(笑)。何だろう?

──いわく、渋谷が郊外化していると。それがまさに今の話と近いなと思ったんです。渋谷が文化的に何かを引っ張っていく時代は終わり、逆に郊外のショッピングモール的なものが入ってきて、渋谷も郊外化している。齋藤さんの言い方だと、渋谷にいる人もマイルド・ヤンキー的になってきている。

齋藤:客観的な視点で言うと郊外化っていう話になると思うんですけど、渋谷って元々郊外だったんじゃないか、っていう話もあるじゃないですか。

──昔は東京の中でも、そこまで発展している場所ではなかったんですよね。

齋藤:郊外化っていうくらいの時間尺で見るのがわかりやすいのかもしれないけど、僕としては最初から郊外で、一時的に郊外じゃないかのように扱われたけど、やっぱり郊外だったっていう。ただ、ほかの郊外よりも便利だから、この郊外で何がやれるか、っていう模索があって。そこで、さっきの名取さんの「入れ物」の話だとか、

tomadの「もっと面白いことやったほうがいいからやろう」っていうのが出てきてるんだと思うんですけど。

WWWは乾いた「丘」のカルチャー

──そもそも名取さんの中で、渋谷に新しくライブハウスを作るという案はどのように生まれたんでしょうか?

名取:最初は品川とかで場所を探していたんですよ。運河沿いの倉庫とか。当時はちょっとスピッてて、どうかしていたと思うんだけど(笑)。でも、WWWはあのビルだからあそこにした、っていう風に思いますね。

──スペイン坂の上にあるライズビルですね。

名取:中沢新一の『アースダイバー』っていう本があるじゃないですか。渋谷の小屋の場所を探しているときに、それをリュックに入れて歩いていたんですよ。それで、自分はわりと谷というか沼みたいなところで生まれ育ったくせに、自分は丘だ、みたいな感覚があって。実際、ライズビルはスペイン坂を上って、丘の上にあるっていう。

──中沢さんの理論でいうと、渋谷は谷底で、沼だったからこそ山の手みたいにはならなかったし、大衆的というか、かつては闇市ができたりとか。

名取:スクランブル交差点でみんなワーッとやってるけど、地図を見るとすごいよね。あそこに向かって谷ですから。

──すり鉢状になってますよね。

名取:109も面白くて、地権者がすごく細かくわかれているらしいんですよ。で、東急がその地権者の団体から借りてるんだって。しぶちかに謎の店があるじゃないですか。経済的に成り立っているとは思えないタバコ屋とか。あれは、あそこの地権者が──。

齋藤:地下街ができたタイミングで、道玄坂にあった闇市を地上からそこに下ろして、っていう。

名取:そうそう。そういうことらしいからね。

齋藤:あと、百軒店の辺りもかなり入り組んでいますよね。

名取:そうだね。百軒店も最近はクラフトビールのお店ができたりしてるけど。基本的に渋谷って結構細かいみたいですよ。

──でも、そんな渋谷の中で、名取さんが選んだ場所は丘だったんですね。

名取:俺は単純に乾いたカルチャーが好きだから。あんまり沼が好きじゃないんですよ。tomadくんと森下くんっていう二人が〈大都会と砂丘〉っていうイベントを企画したんだけど(2016年10月8日渋谷WWW / WWW Xにて開催)、その企画書を見て、「自分は砂丘を作りたかったのかもしれないな」って思ったんだよね。今でも思い起こすことがあるんだけど。

〈大都会と砂丘〉は、オフ会の次

──〈大都会と砂丘〉は、タイミング的にはWWW Xが出来たときですよね?

名取:本当にそのオープンのシリーズですね。

tomad:数年前にもWWWでやったことがあって。

名取:そう、〈山〉っていうね(2013年12月20日開催)。

tomad:WWW Xがオープンする数年前だったんですけど、その時点ですでに「もしかしたら上も借りられるかも」みたいな話を聞いていて。で、実際にオープンして。

──順を追って話すと、〈山〉はどんなコンセプトだったんですか?

tomad:いや、〈山〉はそこまでコンセプトはなかったんです。単純にWWWフロアの形状が段々になっていて山っぽいから(笑)。

──さっき言ったように丘の上でやるっていう。

tomad:そういう感じだったんです。僕もリキッドルームでイベントやったのが2014年とかで(2014年5月Maltine Records presents「東京」)、それまではオフ会のロジックの延長で進めていけば先が見えるというか。tofubeatsとかも出てきたりしていて、ある程度集客も見込めるなと。10周年を代官山UNITでやったんですけど(2015年8月2日Maltine Records 10周年記念イベント「天」)、10周年はあんまり考えなくてもお客さんは集まるんで。

──ええ。

tomad:で、「そのあと、どうしよう?」と。オフ会のやり方も普及しきったというか、僕の周りのクラブ・イベントでは、ある意味、毎週オフ会が行なわれているみたいな状況で。

齋藤:ハハハハッ。

tomad:渋谷の中小のクラブで、〈Maltine Records〉周辺から3人くらいピックアップして、あとは適当にDJを入れて、100~200人くらいを集めちゃうみたいのが毎週のように行なわれていたんで。これは果たして面白いのか? って、よくわかんなくなってきちゃって。ただ、自分がこれと同じことをやっても面白くないなと。一年くらい結構悩んではいました。

──なるほど。

tomad:でも、やるっていう約束はしちゃったし、もう逃げられないなという状況もありつつ(笑)、いろいろ探っていて。最終的には、(WWWとWWW Xという)上のフロアと下のフロアの対比を強くすることでイベントを構築するっていう。今まであまり手を加えずにノリでやってきた部分も考え直して、大都会っぽいフロアと砂丘っぽいフロアの二つにこちらでハッキリ分けて、同時開催にしたんです。僕的には、最後に一つになって終わらないっていう感じが重要だと思ったんですよね。それぞれ見たものが違うっていう。

──構成的にもノリ的にも、オフ会みたいに、ただ集まること自体が目的だったりとか、盛りあがることが目的だったりするイベントから、もう一歩進んだ。

tomad:そうですね。それよりも、もっと個人的な体験というか、何かを共有しない方向に行きたかったっていうのはあって。最近は常時オフ会みたいになってきたから、それをやることでテンションが上がらなくなってきた部分があって。むしろ今はツイッターの人と会いたくない、もっと全然知らない人と会いたい、みたいな欲求が高まってる。全部がSNSで囲われてしまってるから。今の中高校生とか、最初からツイッターのアカウントがあって、クラスで全員フォローし合っているみたいな。だから、インターネットで繋がること自体にあんまり意味がなくなってきたっていうか。

──今は海外のセレブのニュースでもSNSについて何が話題になるって、フォローを外したときにニュースになるっていうね。何かあったに違いない、って読み込まれる。

tomad:そうですね(笑)。それも含めて、切断的なイベントをやりたかったっていうのはあるかもしれないですね。

──で、その切断を象徴させる「大都会」と「砂丘」という言葉は、具体的にどういうイメージですか?

tomad:大都会っていうのはポップ・ミュージック寄りで、砂丘っていうのはダンス・ミュージック寄りなんです。〈Maltine Records〉は両方の要素があって、今までは一緒にやってきたんですけど、それを敢えて切り離してやることがその時期は正解だなと思って。

Video: MaltineRecords/YouTube
Video: MaltineRecords/YouTube

tomad:それで、ちょうど2フロアある会場を活かせるなと。工事中からWWW Xを下見させてもらってたんですけど、音響面も含めて結構よくなりそうな感じがありました。当時コンセプトで考えていたことは、上がハウスとかテクノで、下がポップ・ミュージック、とか。資料を持ってきたんですけど(資料を出す)。

──「テーマは2016年の区画整理」だと。

tomad:都市計画的な目線を入れてみた感じですね。これで名取さんと話しているときに、この建物が面白いっていう話題になって。このライズっていう建物は北川原温っていう建築家が設計してるんですよ。いろいろ調べてみたら、建築家の個性と匿名的な都市がどう対峙するのか、っていうのをこの人も試行錯誤したところがあって。その建物からの影響というか、文献を読んでいくことでいろいろ固まっていった感じです。

──何年くらいに建った建物なんですか?

tomad:1986年です。これはライズについて北川原温が書いたもので、内容も結構面白くて。

名取:ステートメントも結構キテるんだよね。

tomad:そうそう、結構キテて。都市の夜の庭として、みたいな

ライズは建築であるよりも前に都市の断片であり、さまざまな内面の都市の集積であり、都市の影であり、かの白昼の闇にもし王がいるとすれば、彼の空しくも絶対的な権力によって彩られた夜の庭なのである。

“JA 8 / The Japan Architect: Atsushi Kitagawara”, autumn 1992より抜粋 - 北川原温建築都市研究所

名取:1986年って俺は中学生で、社会の状況は理解していなかったけど、当時はバブルがすごいときでしょ? でも、その中で異様っていうか、裂け目っていうか。ステートメントを読むとすごく面白いし、惹かれるものがあるんですよ。

──当日、〈大都会と砂丘〉っていうコンセプトはうまく機能しましたか?

tomad:そうですね。往来が生まれたのは面白かったかな。結構ルートが複雑で。一番上が入り口で、そこからガーッと下に降りていく感じだったんで。あと、外に出てもOKにしたんですよ。

名取:そうそう。今はパルコが取り壊されているから、砂丘があって大都会があって、目の前が取り壊されているパルコっていう。その構成が面白いよねって。tomadが作った企画書を見て、「ああ、すごいな」と思って。さっきtomadくんも言っていたけど、今って何でも繋がる、共有するみたいなのがすごいじゃん?

──SNS的な?

名取:それも含めて、フェスとかも。でも、自分にとって音楽は一対一のところがあるから。俺にはそのコントラストが面白く見えた。大都会っていうメタファーはいっぱい使われているかもしれないけど、砂丘は共有しないっていうイメージがあって。敢えてその両方が見られるタイムテーブルではなかったし。共有はしないけど、どこかもう一つのところで何かが起こっている、っていうのがちゃんとある。

──並行世界的に別々のイベントが行なわれているイメージですか?

tomad:別々のイベントというわけではないですけど、隣の部屋で何か起きてる程度っていう。

──メイン・フロアとラウンジ・フロアの関係ではなくて、ということですよね。

tomad:という関係ではなくて。そこは結構意識して。フェスみたいにはならないようにしようと思っていて。ここにもう一つサブ・フロアがあったら主従関係ができちゃうと思うんですけど、両方とも箱としては一緒で。それって、WWWとWWW Xの特徴だなって。ほかの渋谷のクラブを見ていても、サウンド・ミュージアム・ヴィジョンとかは洞窟的にいくつもフロアがあるけど、そうじゃなくて二つの部屋が並列に並んでいる距離感みたいな。だから、イベント名は並列で並べられる名前にしたかったんです。

──なるほど。

tomad:渋家のチームには空間演出で入ってもらっていて、砂丘はストロボだけ、大都会はLEDを結構入れてセンター街のネオンをイメージしたりして。

齋藤:サイネージとストロボみたいな対比がありましたね。

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Video: 渋家 huez/YouTube

tomad:それが転換点っていうか、それまではインターネットとかオフ会とか、一つのものを共有しようってなっていたのが、そうじゃない方向に向かったイベントだったかなって。

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大都会と砂丘@WWW
Image: fumiyas707/Flickr


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大都会と砂丘@WWW
Image: fumiyas707/Flickr


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大都会と砂丘@WWW
Image: fumiyas707/Flickr

10周年を間近にした渋家の新しいフェーズ

──〈Maltine Records〉のパーティーが「オフ会の次」というフェーズに進んでいく中で、渋家のパーティー、クヌギのパーティーに何か変化はありましたか?

齋藤:みんな、いい意味でバカだなと思うのは(笑)、どんどん時間が延びていくことで。何時間まで耐久出来るかみたいな話になってきて。一回tomadが48時間のイベントを企画して、ずっとやり続けるみたいな。結局、オフ会が高まっていくと、ずっとやり続けたいみたいな方向にいくんだろうなと。だから、〈大都会と砂丘〉では分けたのかなと思ったんですけど。一回長くなる方向にどんどん行ったあと、「いや、長くやるのは疲れる」っていうことにみんな気づき始めて。

tomad:あと、世代交代したよね。

齋藤:そう。僕の世代だとtomadがいたんで、そこのリソースを地下のイベントで使ってもらうことが多かったんですけど、僕も今は渋家に住んでいなくて、今は20代前半の人がワーッと集まっている感じなので。今、代表をやっているのはKENTっていうのなんですけど、そいつは音楽が好きで渋家に来たところがあって。

──tomadさんのイベントに通っていたりとか?

tomad:まあ、チェックはしていた。

齋藤:たぶん、かなり〈Maltine Records〉のイベントとか渋家には来てたと思う。高校生の頃から親御さんと一緒に来て、メンバーに入って、っていう感じだったんです。で、地下でイベントをやるってなった時に、彼にとっては〈Maltine Records〉が上の世代としてあった上で、自分がどういうイベントをやったらおもしろいのか、というのを試行錯誤しているっていう感じかな。

──次の世代も出てきていると。

齋藤:そう。ちょうど来年、渋家が10周年なんで、それに合わせて何かやりたいと彼らは言っているんですけど、僕はあんまりそこにはタッチしないようにしていて。やってみたらいいんじゃない?ってなっている感じですね。

──渋家は来年で10周年ということですが、10年も経つと否応にも歴史が作られてしまうところがあると思います。それは実感しますか?

齋藤:2010年代の渋谷の状況を感じながら生活して、いろいろやってきたところがあるんで、当事者として渋谷のここ10年くらいの状況をちゃんと編集するというか、本とかにしようと思っているんですけど。今も言ったとおり、僕はもうイベントはあんまりタッチしないようにしているんですけど、本はちゃんと作ったらいいかなと思って。その辺は歴史化というほど大袈裟じゃないですけど、記録としてやりたいなと思っていますね。

海外アーティストが求める渋谷の「表層」

──今話してもらったこと以外に、最近の渋家に変化ってありましたか?

齋藤:今は海外から渋家に来る人が増え始めたんですよね。もちろんほかのイベントの出演で来ているんですけど、「それとは別に身内でやらない?」って打診して、地下でイベントを軽くやってみたりとか。そういう感じの動きになってきていますね。

──〈Maltine Records〉関係のイベントにも海外からアーティストを呼ぶことがあると思うし、WWWはそれこそ世界中からアーティストが来ていますよね。彼らの中で渋谷が記号的にとらえられている印象はありますか?

名取:ああ、それはもう。すごい感じるよね。

tomad:渋谷っていうか東京が好きっていうアーティストは、ここ数年ですごい増えたなとは思っていて。PVにもスクランブル交差点が出てくることもあるし。若干のオリエンタリズムもありつつ、過剰にとらえているところはあると思いますね。

齋藤:逆にファンタジックに思っているところがあるんじゃないかと。

──ラッパーもライブはしないけど、PVだけ撮りに来たりしますよね。

名取:エイサップ・ロッキーとかもそうだよね。

──そうそう。

Video: ASAPROCKYUPTOWN/YouTube

tomad:だから、表層だけが重要なのかなというか、逆にそこにしか価値を感じていないのかもしれないですよね。

──文化というよりは表層をおもしろがられている。

tomad:そうですね。

名取:なんだろうね、サイケデリックだと思われているのかね?

──エイサップ・ロッキーのビデオはまさにそうでしたよね。『L$D』って曲だったし。あれは歌舞伎町でしたけど、ネオンをサイケデリックにとらえているような。

名取:何なんだろうね、あれは?

──それこそ、『ブレードランナー』とか『AKIRA』のネオ東京的なとらえられ方をずっとしているところはあるんじゃないですかね。

名取:ああ、それはあると思う。

tomad:それからそんなにブレていないと思いますね。でも、そこまで深くコミットする人もいないのかなって。大体、「ヤバいね」って言って、サッと去っていくみたいな(笑)。

齋藤:ハハハハッ(笑)。

──交差点でセルフィー撮って、みたいなのと同じだと。

tomad:そうそう。

80年代セゾン文化のアップデートとして読み込む、現在の渋谷

──さきほどtomadさんは、渋谷を利便性から妥協点として選んだということを言っていました。実際、渋谷はずっと集合場所として機能してきたところがあると思うんですよね。たとえばチーマーってもともとは、東京の私立高校発の文化ですけど、特徴としては旧来の地元に根差した不良ではなく、越境者の集合体で、渋谷に集まったのもターミナルだからだという。もちろん、渋谷が地元のKダブシャインさんみたいな人もいますが、渋谷の文化に関わってきたひとたちも、多くは別の土地から通ってきていたという点で、交差点でセルフィーを撮っているひとたちとあまり変わらないのかもしれない。

tomad:ハロウィンとかに端的に現れてるかなって。

──あれは、それこそ、〈Maltine Records〉がやっていたオフ会的なパーティーが大衆化したところもある。

tomad:そうですね。あと、わざわざみんな地方から来てるんですよね。「渋谷行くぞ!」って行って、荒らして帰っていくっていう。そういう舞台になりやすいのかなって。

──クラブとクラブカルチャーを守る会っていう、ZEEBRAさんが会長を務める団体がハロウィンの後に掃除をやっていて。ハロウィンで街が汚れたっていうことが問題になりましたけど、実際は他にもいろんな掃除部隊が出て、ものの一時間くらいで全部きれいにしちゃうんですよ。渋谷の街中でめちゃくちゃな騒ぎになっても、あっという間に元通りになる。それも入れ物感がありますよね。

齋藤:書割っぽいっていうか。

名取:うん、書割っぽいよね。自分もその状況を利用しようとは思っていて。ハロウィンも突如すごいことになったけど、ああいうことって(ほかの場所では)起きないじゃん。大体、渋谷で起こるよね。ワールドカップのときとかも。それは興味深い。個人的にはすごい嫌だと思ったりするけど。嫌いな奴がいっぱい集まってくるとか(笑)。

一同:(笑)。

──愛憎がありそうですね(笑)。

齋藤:渋谷のスクランブル交差点は、人が集まってきて、それを見るために人が集まってきて、みたいな感じもありますね。

──それは街の構造も関係しているんですかね。谷底にポッカリ空いているところがスクランブル交差点っていう。原宿だったらまっすぐの通りだから、もっとウインドウショッピング的になるだろうし。

名取:もしかしたら、スクランブル交差点からセンター街までが、すごくオーセンティックな意味で広場的に思われているのかもしれないね。

──もともとセゾンが開発計画を立てたときは、「回遊」っていうことを考えたんですよね。街の中のポイント、ポイントを回遊していく中で、面としての渋谷が見えてくるっていう。で、回遊せずに道端に座り込んじゃったのがチーマーだった。

名取:そう。だから偉大だよね、堤清二は。外に広げていこうっていうことをやったじゃん。今は駅をデカくすればいいっていう方向に行ってるけど。山手線を全部ビルで繋いだらそれで事足りる、みたいな。でも、外に広げていこうっていうのがよかったというか、面白かったんじゃないかな。

──面白いですよね。今ってどの駅もショッピングモール化していて。僕は川崎をずっと取材していたけど、川崎駅も要塞みたいにショッピングモールが連結していて、ほぼそこで事足りる。街の中にもう一つ町ができているから、川崎駅にわざわざ遠くから来ても、駅から出ない人もたくさんいるんですよね。で、そのすぐ横に日進町っていうドヤ街があるなんて誰も気づかない。渋谷も回遊ポイントがどんどんなくなっているわけじゃないですか。それこそパルコ(パート1、3)もないし。

名取:うん。

──でも、みんな、そこにたくさんの人がいるっていうところに魅力を見出してセルフィーを撮ったりしている。今の渋谷に集まっている人たちって、回遊ポイントを勝手に作っているところもあると思います。さっき齋藤さんが言っていたような、スラムというか、夜に過ごせる場所を作っていくっていうのは、セゾン文化的な回遊を自分の視点から作り直そうとしている、ともいえると思うんですけど。

齋藤:僕は最近、台湾とか沖縄によく行くんですけど、あの辺は面白いと思っていて。台湾って首都が南京じゃないですか。でも首都が占領されているから、中心がない状態で島が回っている。

──そこは複雑な政治的問題も絡んでいますが。

齋藤:ああ、そうですよね。言い方が難しいんですけど、そこが文化的に興味深いとは思っていて。渋谷も中心がない状態。中心がない状態で回るためのトライ・アンド・エラーをしている感じがして。渋家も、渋谷が中心がない状態で回るためのトライアルの一環なのかなと思っているんですよ。

──なるほど。

齋藤:回遊をこれからも維持したい人は一定数いると思うし、僕もその方がスラム性とか文化性が維持されるからいいと思っているんですけど、今だとどうやって回遊ポイントをボトムアップで作っていったらいいのかが、まだトライ・アンド・エラーの状態で。今だったらロフトワークがあったりとか(渋谷道玄坂にある3Dプリンタやレーザーカッターが使えるデジタルものづくりカフェ、FabCafeの運営会社)、いろいろやっているなっていう感じなんですけど。渋谷をフラフラしていると、いろんな場所をみんな作っていて。僕はあんまりわかっていないんだけど、あとは渋谷のラジオとか。

──箭内道彦さんが代表理事を務める、渋谷のコミュニティ・ラジオですね。

齋藤:そんな風にいろんなところが何か立ちあげて、場所を作っていて。それができる限りボトムアップで、トップダウンじゃない形でどれだけ回るかっていうことを、これから試さなくちゃいけなくて。むしろトップダウンで作っちゃうと上手く機能しなくて、浮いたものになっちゃうから、どうやってボトムアップすればいいかをトライアルしている状態なんだろうなって思ってて。

──なるほど。

齋藤:そういう意味では、渋家は完全にボトムアップでやってきているから、ある種のペース・メイキングはできているかなと思います。で、これから重要になっていくのは、いろんなポイントと、そこで周遊する人たちと、そこに資本が落ちてくることの合流を、どうやって話し合って作っていったらいいのかっていうことで。

──そういう計画も浮かんでは消え、っていうのも渋谷っぽいですよね。

齋藤:そう。みんな、いろいろ仕掛けているんだけど、これで合流しよう、ってなっていないところが課題としてあると思うんですけど。

インターネットの無場所性を経ての、拠点回帰

──tomadさんは、齋藤さんが言っていたボトムアップで渋谷に拠点を作るという点についてはどう考えていますか? 〈Maltine Records〉って、一時沖縄によく行っていましたよね。あれはナハウスがあるからっていうのも大きいと思うんだけど、LCCが盛んになって、場所を移動するコストも下がっているじゃないですか。

tomad:そうですね。全然大阪に新幹線で行くよりも沖縄に行ったほうが安いし。もちろんナハウスがあったからっていうのもあったし。あとは都会に疲れたからっていうか(笑)。

──でも、それだけ移動コストが下がると、より一層、どこかを拠点にっていう感じではなくなっていくのかなって。

tomad:でも、僕の場合は今、拠点回帰というか。拠点を作ったほうがいいなと思っていますね。拠点がないものはそこまで面白くならないのかなって。拠点がないのがスタンダードみたいな状況になってきたから、逆に拠点があるもののほうが浮き立っていく部分があるなと思っていて。

──今、拠点があっておもしろいと感じるものを、何か具体的に挙げてもらえますか?

tomad:中国に〈Do Hits〉っていうレーベルがあって、それはあえてアジアのカラーを打ち出しているんですけど、それが今の音の質感の中で新鮮に思えたりとか。アフリカだと〈NON〉っていうレーベルがあったりとか。逆にEDMは拠点がない音楽の一例だと思うんですけど、フェスとかに行くと面白いけど、音楽的にはそんなに面白くない。やっぱりローカルなカラーを打ち出すほうが面白いし、今までと違う感じがあると思ったりしていて。じゃあ、〈Maltine Records〉では何なんだろう?って考えたときに、大きな意味では東京かなと。もっとニッチになると渋谷になってくるのかなっていう意識は、ここ数年で増してきましたね。

──〈Maltine Records〉の動きとしては、具体的にどういったことを考えていますか?

tomad:今はもっと小さいところでやりたいなっていうのがあって。それは定期的に渋谷のCIRCUS Tokyoっていうクラブでやっているんですけど。〈大都会と砂丘〉みたいに、大きいのはワッとやろうっていう感じには、今はならないです。

──渋谷の中でも、小さいハコでやる。

tomad:そうですね。もっと尖っていったほうがいいなっていうか。いい意味でも悪い意味でもフォロワーみたいのが多くなっちゃったんで、そことは違うことをしたい。より強く態度を示したいっていうのもありますね。前までは、ネットっぽいっていうのを良くも悪くも背負っていた部分があるんですけど、そういうのは〈大都会と砂丘〉で自分がやれるところまでやったっていう意識があって。だから、もっと(ネットっぽいということにはとらわれず)自分が好きなことをやりたいし、好きな楽曲をリリースしたいっていうところに来てますかね。広がるというよりも濃縮するっていう方向の時期ではあります。

──それと、先程言っていた拠点を作るっていうことは絡み合っている?

tomad:そうですね。その拠点の作り方も、まだ具体的なイメージはできてないですけど。

──なんとなく今面白いものを見ていると、拠点があるものだなと感じる?

tomad:そうですね。拠点っていうことでいうと、名取さんが前のインタビューで「最終的にホテルを作りたい」って言っていて。僕も同感する部分がすごいあって。

名取:ホテルはいいよね。

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tomad:なんとかできないかと思って、ちょいちょい情報を集め出していて。クラブも作ろうかなと思っていたりしたんですけど、逆に多すぎるんじゃないかな、ってなってきていて。もうちょっとクラブでもクラブっぽくないものを作りたいなと思っていて。

──名取さんは、ホテルのどんなところに惹かれるんですか?

名取:なんか、混ざっている様が好きなんだよね。ホテルってそういう装置じゃない? いろんなところから人が来るわけだし。まあ、あのインタビューのときは、「言っておけ」みたいな(笑)。

一同:(笑)。

名取:言っておけば、「やりませんか?」みたいな美味しい話が来るかもしれないな、っていう魂胆もあったんだけど(笑)。だから、実際やるかっていうとやらないと思うんだけど、妄想としては。

──シミュレーションとして考えてみるとおもしろい。

名取:うん。自分が考える文化的な拠点の構造として、ホテルはあるなと思っていて。でもね、もし誰かが「ホテルやりませんか?」っていう美味しい話を持ってきたら、たぶん渋谷でやるんだよね。それは渋谷が一番面白いと直感的に思う。不思議なんだけど。

渋谷が持つ「入れ物」だからこその寛容さ

──渋谷という場所との対比で言うと、たとえば新宿とか、場所に情念や記憶みたいなものすごくあるじゃないですか。

tomad:そうですね。新宿の風林会館でも一回イベントをやったことがあるんですけど(2012年06月02日「Maltine Records presents 歌舞伎町マルチネフューチャーパーク」)、それはそれで変に背負うものが生まれちゃうなっていうのを、やってみてわかったところがあるし。渋谷は一番、味がないっていうか。だから染めやすい部分があって。2010年から2015年にかけては渋谷付近でやることが多かったですね。SECOBARとか、代官山ですけどUNITとか。

──だから、新宿でやると、スクワッティングっぽくなる。もともと記憶がべっとり染みついているところで、あえてパーティーをやるみたいな。渋谷ってそういう感じがあんまりないですよね。記憶があんまり残っていない。

tomad:それがいい意味でも悪い意味でもいいのかなって。レーベルをやっている立場からすると、レーベルのカラーに染めやすい。箱とかにしても、箱のカラーを作りやすいっていうのがある気がします。

名取:うん、そうかも。

tomad:風林会館でやったときは、いちいち、この街に入るときには別のスイッチ入れないとな、っていう気合があったりして。実際、すごい叱られたりして(笑)。

──パーティー中に床が抜けそうになったりしてましたよね。

齋藤:ハハハッ(笑)。

tomad:見えないけど、何かが張り巡らされているんだろうなって。

──実際そうですよね。歌舞伎町なんかはほんとそういう街。

tomad:そうなんですよね。それでも間を縫ってやれたけど、一歩間違えたらヤバかったなって。

──風林会館の前の通りなんか、抗争の舞台ですからね。

tomad:そうですよね。それも知らずにオタクたちが一気にワーッと集まって、「これ、何してるの?」って言われたりとか。「いや、オフ会です」みたいな(笑)。

一同:(笑)。

tomad:それもそれで面白かったですけど、一回やっておけばいいかなと。なので、渋谷に来ると安心するっていうか、縄張りを持ってくる人も、それこそ2010年以降だといないのかな。

──そうかもしれない。

tomad:逆に、「好きにやってくれ」みたいなのも多いんだけど、それに飲まれすぎるのも危険かなと。ステージはたくさんあるから、ちょっと人気になると、すぐに「やってくれ」みたいな。タイムリーな話だと、JP THE WAVYの“超WAVYでごめんね”とか。

Video: JP THE WAVY/YouTube

tomad:JP THE WAVYとか、先月にVISIONで大半の週に出てて。そういうのはどうなんだろう、と思ったりとか。そういう消費のスピードはスイッチが入りやすいなと思っていて。

──バズりも速い分、消費も早い。

tomad:そう。それには飲まれないで、自分の態度を貫いていかないと危ないな、っていうのは感じますね。WWWもたぶんそれは感じてるんじゃないかな。

名取:感じてるね、すごく。tomadくんが言ったことを、まさにそのまま。

──渋谷の場合は、定着しないことが特徴ですよね。古い例になりますけど、PIZZICATO FIVEが『東京は夜の七時』で「待ち合わせたレストランは もうつぶれてなかった」って歌っていて。あれはバブルが弾けたあとで、その感覚が歌詞の中に入っていますけど、それについて小西さんに訊いたとき、「東京って、そのテナントの前のテナントが何だったか、誰も覚えていないよね」って言っていて。それがダイナミズムであり、魅力でもある、っていう話になったんですけど。実際、渋谷で去年何が起こっていたのか、もう誰も覚えてない。

tomad:でも、渋家は行けばあるから、それは逆のすごさかなと。

──10年経っちゃったっていう。

tomad:今の家も5年、6年?

齋藤:もう2011年からだから。

──これまでで一番長いですよね。

齋藤:そうですね。でも、本当に書割としか見なしていないし、物件としか見なしていないから。その中に人が集まっているのも、たまたま、っていう風に思っているので。僕としては、スラムの入り口を作っておくっていう感じで。渋谷をゴロゴロしていたら、とりあえずここに帰って寝ることができるっていう。

tomad:その話でいうと、渋谷は逆に寛容っていうのがあるかもしれないですね。渋家も含めて。

名取:うん、そうそう。

tomad:あそこ、南平台とかじゃん? 結構、高級住宅地で、たとえばあれが駒場東大前にあったら、もっと周りのおばちゃんがいろいろ言ってくるんですよ。愛着を持っている人が多いから。でも、それもあんまりなくて。クラブやったら最初は苦情が来ていたけど、もう最近はみんな諦めだして。

齋藤:イベントがある日は、近隣住民が旅行に行くっていう(笑)。

──それだけお金持ちっていうことですね。あと、さっきの歴史がないっていう話にも繋がるのかもしれないけど、良くも悪くもコミュニティがそこまでしっかりしていない。

tomad:町内会とか、まったく動いていないですよ。

──すごいわかる。僕も恵比寿の繁華街にずっと住んでいたので。そこも町内会が機能していなかったんですよね。それも今っぽいっていうか。その地縁の無さが楽だなと思う時もあれば、ある種の限界だなと感じるときもあるし。

齋藤:逆に地縁を作っているみたいな感じだもんね。

tomad:そうだね。

──新しい地縁。

名取:寛容さがあるっていうのは、本当にそうなのかも。怒られるって、そう言えばあんまりないよね。新宿だと結構怒られそうだけど、俺らみたいのが行ったら(笑)。

──新宿は安全になったとはいわれても、まだ縄張りが張り巡らされていて。

tomad:感じますね。

──見えない糸に引っかかると、チリンチリンって鈴が鳴って、誰か出てくるみたいな。

名取:俺はプライベートでは新宿によく行くの。でも、今日おもしろいと思ったのは、自分はああいう見えないバリアがある場所の方を文化的だと感じているのかもしれないってことだね。でも、齋藤くんがさっき話していたスラム=文化だっていうのも、すごく興味深くて。

──従来の意味でのスラムというより、新しいスラムというか、不可視のスラムですよね。

齋藤:そうですね、見えないスラムみたいなものを文化だと呼びたい。今までの見えないバリアみたいなものを維持するよりも、新しくバリアになりそうなものをスラムと名づけて利用しようっていうのが、僕はあるかなと思っていて。

──00年代、夜中に渋谷で遊んでいるとき、急遽データの受け渡しかなんかをしなくちゃいけなくなって宇田川町のネットカフェに行ったら、そこに住んでいるだろうひとたちがたくさんいてびっくりしましたけどね。いわゆるネットカフェ難民が問題化した頃。それこそ、スラムと化していた。さっきの不可視のスラムというより、文字通りのスラムですけど。渋谷のど真中がこんなことになってるんだなって。

齋藤:漫喫でいうと、自遊空間っていう満喫あるじゃないですか。あれとマンボーがあって。僕は自遊空間のほうがスラム感は低いと思うんですよ、なんか小綺麗で。渋谷だと自遊空間の居場所の方が小さく感じるというか。自遊空間は道玄坂にあるんですけど、あんまり目立ってない。マンボーは東急ハンズの通りにデカいのがあって、すごい目立ってて。漫喫というベースで見ても、やっぱりスラム的なもののほうが今は渋谷を占拠しているから、そこのおもしろさはあるなと思っていて…すみません、なんか漫喫の話しちゃって(笑)。

一同:(笑)。

tomad:だから、クヌギって、そういう見えないスラム的なものに対応した音楽は何なんだろう?っていう実験の場だと思っていて。僕はクヌギでやりすぎて、UNITでやってもあそこでやっている感じになっちゃって(笑)。

齋藤:ハハハッ(笑)。

tomad:だからUNITでも暴れまくったりしてるけど、「あ、一応これ、借りてるんだ」みたいな(笑)。そういう錯覚が起きちゃってて。逆にそうじゃないと、もうDJできないなと思っていて。あそこで感じ取れるものっていうか、金のない若者が上裸で踊っていたりするんですけど、それがDJにも生かされているというか、そこに対応する音楽って何だろう?って考えて、ほかのイベントでもそういう風にやるっていうことが多くなってきてますね。

齋藤:KOHHとかアラスカサンダーファックみたいなのが、渋家から出てきたらおもしろいよね。

──渋家を拠点にするラッパーみたいな。

tomad:でも、やっぱり、そこまでストリートにいかないユルさもあって。クヌギで一番盛りあがるのは〈Maltine Records〉の楽曲だったり、ニッチなEDMだったりするんで。そういうのがこの場所には一番合ってるかなって。たぶん、ヒップホップとかストリート・カルチャーに行っちゃうと、それはそれで歴史があるから、その窮屈さもあるのかな。

kunugi1
@クヌギ
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@クヌギ

渋谷の音楽文化の重要スポット、WWWの独自性はどこにあるのか?

──先程、渋家が来年で10周年という話がありましたが、今、WWWは7年目ですよね。名取さんはいまだに渋谷という場所に関しては、そこまで思い入れはないですか?

名取:7年も経っちゃうと、流石に関係がないわけがないんだけど、正直、自分ではよくわからないんだよね(笑)。

tomad:いい意味で、そんなに渋谷を体現してはいないですよね。むしろWWWは抗っている感じがする。沼っぽいところに飲まれないようにしているんだな、って思うところがあって。WWWがそういうところに飲まれたらヤバいっていうか。

──tomadさんや齋藤さんから見て、WWWは他のハコと較べてどういったところに違いを感じますか?

tomad:WWW βとか、すごい通なおつまみを持ってくるな、みたいな。これで人が来るのかなって正直心配になるけど(笑)、やる意義はすごいあると思うんで。WWW Xは普通に箱貸しもやりつつ、主催のイベントは尖っているライブが入っていて。WWW Xはオールナイトもできるんですよね?

名取:うん。あまりやってないけどね。

tomad:でも、ちょいちょいやってるのもあって。結構、好意を抱いている箱のほうというか(笑)。それぞれ(の会場に対しての思いが)あるんですけど、やりたいことがある箱なんだな、っていうのがラインナップを見てわかる感じがしますね。

──単なる入れ物っていうよりは、何かしらの哲学を感じる。

tomad:うん、そうですね。

──齋藤さんは?

齋藤:僕はイベントとか行ったときに、それこそ〈大都会と砂丘〉のときは出入りができたんで、普通にスペイン坂の(カフェの)人間関係に行って、お茶を飲んで帰ってくるみたいな。そういう適当な移動をして帰ってくるっていう動きがかなりしやすい。それはさっき言ってた、渋谷の夜の庭みたいなコンセプトが、いちユーザーとして使う立場でも今普通に感じられるっていうところで、クラブとしても展開しているのはすごくいいなと思ってます。

──名取さんとしては、WWWという場所を運営していくにあたって、どういった方針を持っているんですか?

名取:やっぱり、多様な音楽を提供したいっていうのが基本にあるし、ほかと違わないと意味がないな、っていう感覚はあるね。(WWWの前にライズビルに入っていた)シネマライズは態度が好きだったの。もちろん上映している作品も好きだったし、影響を受けた作品もたくさんあったんだけど、それ以上に態度が好きで。単館の牽引役みたいに言われることが多いけど、わりと一匹狼っぽい感じだった気もする。ほかと違うっていうことを大事にしていたっていうね。

──シネマライズに象徴される渋谷のサブカルチャーの歴史を継いでいこうとするのか、むしろ渋谷は「入れ物」で、変わっていくからいいんだと捉えるのか、そのバランスはどう考えていますか?

名取:当然、時代とかカルチャーの影響は受けるじゃないですか。ああいう場所だから、そこと無縁ではいられないよね。それを継いでいこうとは思ってるというより、影響は受けているし、それに対して回答はしないといけない。そういう環境も面白いと思っているのはあるかもしれないね。

──名取さんって、WWWの前はライブハウスは経営していないんですか?

名取:してない、してない。バイトしたこともなかったもん。ただ、自分がやりたいイメージを形にするにはヴェニュー、小屋をやるのがいいんだっていう風に行きついて、っていう感じ。でも、去年からアーティスト・マネージメントも始めたり、わからないけど、もしかしたらメディアをやりたいかもしれないね。ライブハウスをやっているっていう自覚はもちろん十分あるけど、それだけじゃないっていう感覚がたぶんある。

──もしかしたら、それはさっきの「最終的にはホテルをやりたい」っていう発想とリンクするところもあるかもしれませんね。いずれにしても、ただライヴハウスを運営しているという感覚ではなくて、自分はメディアをやっているんだという考え方は、WWWの独自の在り方に繋がっていると思います。

名取:まあ、ほかと違わないと意味がないっていうのは、渋家も〈Maltine Records〉もみんなそうだと思うし。

tomad:そうですね。

名取:ほかと違うっていうことを考えたときに、さっき齋藤くんが書割っぽいっていっていたけど、渋谷は流れが速くてダイナミックだから、入れ物としてはコントラストが出たり、っていうのはある。

tomad:渋谷はすごく流れが速いから、すぐに我を忘れてしまいがちな街っていうか。

名取:そうそう、速いじゃん。速いけど、自分はそれには乗らないな、っていうのがあるじゃん。

tomad:WWWがある場所もそういう感じですよね。

名取:そうそう。だから、たぶんあの場所っていうのも重要だったじゃないかと思う。「ああ、ここだったらやりたい」っていう感じがあった。自分が思っていることが(周りとのコントラストで際立って)よりわかるっていうのはあるかもしれない。それは面白いよね。だから、今は渋谷でやってよかったなと思っているんだよ。品川の運河の前でやらなくてよかったなって(笑)。

渋谷という街だけが持つ特殊な距離感

──最後にもう一度、確認みたいな質問をしていいですか? 三人の話を聞いていると、あまりに渋谷に愛着がないじゃないですか。

一同:(笑)。

──ある種の間借り人感というか。間借りをして、そこで何かしら楽しいことを作り出すっていう。繰り返しになるかもしれないですけど、それってやっぱり、今の海外から来てスクランブル交差点でセルフィーを撮っている人の感覚と相似形なんじゃないか、っていう気もしたんです。そこまで接続しちゃうと、ちょっと違いますか?

tomad:どれだけ間借りするのか、っていうことですよね。僕の場合はそうではないけど、実際、家賃をめっちゃ払ってまで間借りするのか、っていうのもあるし。セルフィーは瞬間的にパチッみたいな感じじゃないですか。ある意味、近いのかもしれないけど、実際にお金をかけてやると、それなりに愛着というか覚悟というか、そういうのが生まれざるを得ないのかなっていう気はするんですよね。間借りだけど、ここに借りてる意味みたいなものは出てきちゃうかもしれないですね。

名取:うん。間借りしているっていう感覚なのかもしれないけど、最初に齋藤くんが言っていたように家賃は高いし、現実はハードみたいな。そのハードな感じを楽しんでいるのはある。愛着っていう感じではないけど。

──齋藤さんはどうですか?

齋藤:僕、最近、かなりAirbnbで移動するんですよ。そうすると、一週間ずつくらい移動したら、どこにも地元感がなくなってくるんですよね。ノマド的なことをするにしても、どこか一ヶ所セーブポイントが欲しいじゃないですか。セーブポイントをどこにしたらいいかな、と考えた時に、渋谷はすごくいいかなっていう感じなんですよ。僕は月の半分くらい東京からどこかに行ったりしているんですけど、そこから帰ってきたときに、渋谷には何の愛着もないんだけど、ただ帰ってきたことだけが確認できるっていう。

──ホッとするようなところもあるんですか?

齋藤:ホッとするっていうか、家って住み始めたら家具の配置とかで自分の動きが変わるじゃないですか。でも、家がどんどん変わると家具で自分の動きを固定ができないから、街で固定するしかなくて。長く住んでると、「渋谷のあそこに行けば、あの飯屋があるな」っていうのが、家具と同じ感覚で使えるようになって。そういう意味で便利なんですよ。

──なるほど。

齋藤:今のところ渋谷で10年経ってしまうから、家具として都合がいいというか。自分の体が家具的に渋谷の街を使えるようになってて。それは愛着とは全然違うと思うんですけど、身体感覚として使える。そういう意味では、セルフィーの人たちは家具ほどは渋谷を使い込んでいないから。

──むしろ新鮮さを楽しんでいる感じですよね。

齋藤:そう、新鮮さを楽しんでるから。僕はむしろ、使い込んでわかっているから、帰ってくる街として使える。愛着なのかはわからないな、っていう感じですね。

──街自体が、馴染みの漫画喫茶くらいの感じ。

齋藤:そうです。「あ、このラーメン屋が潰れたんだ」くらいの感じはあるのかもしれないけど。でも、道の形はあんまり変わらないじゃないですか。そこが家具感があるんですよね、たぶん。店は全然変わってもらっても、「ああ、ここなくなったら、あっちに行こう」ってなるんだけど、道の形は意外と残っている感じがいいなと。それは配置が使える、っていう感じですね。

──たとえば、もし渋家が中目黒にあったり、名取さんが品川にライブハウスを作っていたりしたら、それはそれなりの愛着が湧いていたんじゃないかな、って気もするんですよ。渋谷だからこその、その微妙な距離感が生まれたんじゃないかって。

名取:ああ、それも本当にあるかもしれないね。でも、縁があってというか、たまたま渋谷のライズビルにいるんで、それを自分としては受け入れるっていうか。だから、好きとか嫌いとか、愛着とかじゃない部分がある。自分はここなんだな、っていう感じで、目の前で起こっていることを見ているのが面白いっていう感じがするんですよ。

齋藤:僕、実家が蒲田なんですよ。10代くらいまではずっと蒲田に住んでて、家も引っ越してないので、ずっと同じところにあるんですけど。最近、蒲田も再開発があって、駅ビルを建て増しして、帰った時に全然地元感もないし。なんか、すっかり忘れ去ってしまっていて。ただ自分が忘れっぽいだけなのかもしれないですけど(笑)。

──(笑)。

齋藤:だから、渋谷も使わなくなったら忘れるだろうな、って感じがするんですよね。でも、使っている間は忘れない。その感じがすごい家具っぽいなと。家具も変えちゃったら、前の家具の感じを忘れちゃうと思うんですけど、今のを使っているうちは、この家具だっていうことはわかる。この引き出しはちょっと引っかかるんだよな、っていうのが体に馴染んでるっていう。そういう感じはありますね。

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