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20 #海外ドラマは嘘をつかない

格差社会、ラップ、移民、デマゴーグ——アニメ作品『DEVILMAN crybaby』のリアリティと、これからの日本

DIGITAL CULTURE
ライター磯部涼
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Netflixオリジナルアニメ作品として2018年1月に配信された湯浅政明監督の『DEVILMAN crybaby』は、基本的には永井豪の原作を忠実に守りながらも、舞台を川崎へとアレンジしている。現在の日本のラップ・ミュージックを語る上では欠かせない重要な土地であり、中一男子生徒殺害事件など凄惨な事件の記憶も新しい「川崎」という記号が同作で選ばれたのには、どのような理由があるのか? 川崎のラップ・ミュージックからヘイト・デモに対するカウンター・アクション、移民や貧困層の子供たちに対するソーシャル・ワークまでをドキュメントした強烈なルポルタージュ『ルポ川崎』を上梓した音楽ライターの磯部涼に考察してもらった。

普遍的な「歌」として描かれたラップ・ミュージック


「さっきの、いい歌だった」

「ほんと?」

「私の歌だった」

「そうだよ!」

「(首を振って)私のことも歌ってくれたけど、全部、私のことだった」

(『DEVILMAN crybaby』シーズン1・エピソード4より)

「私の歌だった」。ミーコは涙を流しながら言う。ククンのラップによる〝告白〟は、彼女に対して愛を告げるものであったけれど、同時に、内気で冴えない自分自身に対しての苛立をぶちまけるものだった。ミーコこと黒田ミキもまた、友人で同じ名前を持つ、人気者の牧村美樹に対してコンプレックスを抱いており、だからこそ、彼のライムに感動したのだ。

それにしても、ラップで告白をするという、ともすると突飛なものになってしまう設定が、このシーンではごく自然に描かれている。ここでは、〝ラップ〟は決して浮ついた流行りものなどではなく、普遍的な〝歌〟として扱われているのだ。

ラップ・ミュージックが往年の名作に与えた「現代的リアリティ」

『DEVILMAN crybaby』の監督を務めた湯浅政明は、永井豪による言わずと知れた名作『デビルマン』(72年~73年)を、今回、アニメ化にするにあたって、あくまでも原作の物語をなぞりながら、そこに現代性を加えるために幾つかの改変を行ったと言う。

“やはり原作のファンなので、本来のストーリーになるべく忠実にというのは最初からありました。その上で、今この時代の話として、どこかにリアリティを持ってほしかった。僕が最初に読んだ時の衝撃を、このアニメで初めて『デビルマン』の世界に触れる人にも感じてもらうにはどうしたらいいだろう? と考えた結果です”

その改変のひとつが、原作では変形学生服を着て登場する不良たちのルックスを、首からゴールド・チェーンをぶら下げたり、髪型をドレッド・ヘアにしたり、ラッパーのステレオタイプをなぞったものにしたということだ。

“70年代と同じように不良を表現してもピンとこないでしょうから。今、自分の本心を語る人となるとラッパーかなって”

不良たちは仲間同士でサイファー(リレー形式のフリースタイル・ラップ)を行い、前半ではそれがナレーションの役割も果たす。もしかしたら、そのアイディアは昨今のラップ・ブームから発想されたものなのかもしれない。実際、ククンの声優は、『高校生RAP選手権』(12年~)から始まったブームに乗るように、井上三太の原作を園子温がラップ・ミュージカルに仕立てた映画『TOKYO TRIBE』(14年)の主演・YOUNG DAISで、他にもKEN THE 390、般若といった人気番組『フリースタイル・ダンジョン』(15年~)でお馴染みのラッパーが不良役を務めている。彼らは非常に良い仕事をしているが、今、ラップ・ミュージックを取り入れるというアイディアは軽薄とも取られかねない。しかし、それが説得力を得たのは、以下で解説するようにきちんと背景を描いたからこそだろう。

作品舞台に選ばれた「川崎」とは、どのような街か?

既に多くのひとが指摘したことだが、『DEVILMAN crybaby』の舞台となる街は〝川崎〟をモデルにしていると考えられる。

分かりやすいところだと、ミーコとククンが住んでいる独特のデザインの団地は、川崎駅西口側、幸区にある巨大団地=河原町団地を模したものである。もともと、西口側には大企業の工場が幾つもあって、71年に1号棟が完成した同団地も、そこで働く人々が数多く住んでいた。ただ、第二次産業の衰退と共に工場労働者の街としての西口は様変わりし、06年、東芝の工場跡地にショッピングモール=ラゾーナ川崎プラザが開店して賑わう一方、河原町団地では住民の高齢化が進み、寂れつつある。『DEVILMAN crybaby』でも、ククンは働けなくなった父に代わってゴミ集めをすることで家計を支えているようで、決して豊かな暮らしぶりではないことが伝わってくる。

『ルポ川崎』で描いた、ある側面の「現代日本の縮図」

ところで、筆者がこの原稿をオーダーされたのは、昨年12月、『ルポ 川崎』という書籍を刊行したからだ。同書はタイトルの通り、〝川崎〟――中でも河原町団地の建っている幸区や、川崎駅東口側の川崎区、つまり、北西南東に細長い形をした神奈川県川崎市の南部を中心に取材を行ったノンフィクションである。発端となったのは、2015年、同エリアで立て続けに起こった、中一男子生徒殺害事件や簡易宿泊所火災事件といった陰惨な事件。とは言え、同書ではそれらの事件の真相を追求するというより、背景となる街と、そこで暮らす人々の姿を描写していく。

取材を始めた当初、構想としてあったのは、川崎南部を現代日本の縮図として捉えられないかということだった。前述したように、もともと、川崎南部は工場地帯として発展してきた。川崎駅周辺には、労働者のために飲む・打つ・買うの店――飲み屋や賭博場、性風俗店等がひしめき、賑わっていた。また、住民は長い間、公害に苦しめられていたものの、近年、駅周辺ではラゾーナに象徴されるように再開発が進んでおり、タワーマンションも次々に建設され、かつての猥雑だったり暗かったりするイメージは変わりつつある。

しかし、今でも川崎駅のすぐ近くに暴力団が事務所を構え、地元には彼らを頂点としたアウトローのヒエラルキーが存在する。さらに、駅の南西にはいわゆるドヤ街があり、安価の宿泊施設は生活保護を受給する年老いた労働者たちの終の住処となっている。タワーマンションの真下の河川敷が犯行現場だった中一男子生徒殺害事件は、言わばそのヒエラルキーから弾かれた子供たちが関係性をこじらせた末に起こした事件だし、簡易宿泊所火災事件では、宿泊者を詰め込むために違法建築が繰り返された結果、火の回りが早くなった。ラゾーナに遊びにやってきた人々はすぐ近くでそんなことが起きているとは気付かないだろう。新しく生まれ変わる街の影に取り残され、悪化していく問題。それは、現代日本のある側面を象徴しているように思えたのだ。

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Image: ©Go Nagai-Devilman Crybaby Project

なぜ『DEVILMAN crybaby』は川崎が舞台なのか?

『DEVILMAN crybaby』で〝川崎〟を舞台にしたのも近いことを考えたからではないだろうか。そこには、牧村美樹が住む閑静な住宅街や飛鳥了が住むタワーマンションもあれば、ミーコやククンが住む寂れた団地やさらに貧しい層が住む地区もあって、現代日本における格差をシンボライズしたようなつくりになっている。ククンだけでなく不良たちがみな恐らく後者の出身だということは、彼らの溜まり場となっている船着場の様子からも分かる。そこは、川崎区臨海部で、湿地帯に建てられたバラック群が基になっているかつての貧困地区=池上町の船着場とそっくりだからだ。

そして、不良たちのモデルになったのは、『ルポ 川崎』にも登場する、池上町周辺の出身者で結成されたラップ・グループ=BAD HOPで間違いない。ククンのルックスはメンバーのTiji Jojoに似ていてるし、拳に入れたタトゥーは元メンバーのAKDOWとデザインが同じだ。不良たちが初めて登場するシーンで、リーダーのワムは「生きるリバサイ(River Side)/カスの吹き溜まり/はまっちまった奴ほど口がワリぃ……」と、自分たちが暮らしている環境をライムにして口遊んでいるが、BAD HOPのラップも貧困や暴力の体験を生々しく歌い、ブームにあっても消費されることのない凄みを持っている。それはやはり、現代の日本が抱える問題を告白するものである。

『DEVILMAN crybaby』がラップ・ミュージックを、現代性を演出するための小道具として扱うだけではなく、その深層にアプローチしようと考えていることは、BAD HOPと彼らの生地である川崎をモデルにしていることからも明らかだろう。

現代日本において、川崎のリアリティは「対岸の火事」ではない

また、『ルポ 川崎』の他にも、『DEVILMAN crybaby』の配信と時期を同じくして、〝川崎〟を連想させる作品が発表された。岡崎京子のマンガ(93年~94年)を行定勲が映画化した『リバーズ・エッジ』だ。〝川崎〟と原作の関係については、拙著にも収録した「川崎論――あるいは対岸のリアリティ」という論考に書いたので詳しくはそちらを参照して欲しいが、要約すると以下のようになる。

2015年に中一男子生徒殺害事件が起こった際、SNSで「『リバーズ・エッジ』を思い出した」というような書き込みをいくつも見かけた。確かに、河川敷というロケーションが同じだっただけでなく、〝River's Edge〟は〝川崎〟とも訳せるし(〝崎〟には〝突き出した土地〟という意味がある)、作中、川の周囲にはマンションと共に工場群が描かれていたことからも、川崎区が舞台のモデルのひとつとなったのだと考えられる。

また、『リバーズ・エッジ』の登場人物たちは生きることに対して実感が持てず、河川敷に打ち捨てられた死体を眺めることで実感を得たり、あるいはそれでも得られなかったりする。中一男子生徒殺害事件も、犯人たちの生に対しての実感のなさが惨劇に結びついたことは、事件を詳しく追った石井光太『43回の殺意』(17年)に書かれている。一方、BAD HOPを始めとする『ルポ 川崎』の取材対象者たちは、生きることに必死だ。そして、今後、この国では社会が変容していくにつれて後者のようなリアリティが主流になっていくのではないか。翻って言えば、『リバーズ・エッジ』のベースは、問題を対岸から眺めるような、極めて90年代的なリアリティなのではないか、と。

映画版『リバーズ・エッジ』も原作を補完するような作品だった。冒頭で件の河川敷が大田区――つまり、〝川崎〟の対岸であることが明記されていることは偶然かもしれないが、原作に忠実な物語において、唯一の大きな改変と言って良いだろう、登場人物に対するインタヴューという形式を取ったモノローグは、『リバーズ・エッジ』があくまでも自意識についての物語であることを強調しているように感じられた。

では、『DEVILMAN crybaby』はどうかというと、どちらが良いとか悪いとかいうことではなく、『リバーズ・エッジ』と対照的な作品である。何しろそこは、生きることに対して実感が持てないなどと言っている間に殺されてしまう世界なのだ。さらに、『DEVILMAN crybaby』では自意識が反転して他者を攻撃する段階としてのヘイトの問題が描かれる。そして、それこそが、同作が〝川崎〟を舞台にしたもうひとつの理由だ。

川崎区には戦前より、京浜工業地帯の発展に伴って全国各地から職を求める様々な人々が集まってきたが、その中には朝鮮半島からやってきた人々もいた。前述した池上町もかつては朝鮮部落と呼ばれた場所で、同町を含む通称・おおひん地区には在日コリアンのコミュニティが点在している。さらに、近年は東南アジアや南米の人々も移住、マルチ・エスニック・タウンの様相を呈している。だからこそ、川崎区には多文化共生や反差別運動の長い歴史がある。しかし、中一男子生徒殺害事件の際、犯人グループの中にフィリピンにルーツを持つ少年がいたことから、川崎区で排外主義を掲げるいわゆるヘイト・デモが繰り返されるようになり、地元住民やアクティヴストとの間で激しい衝突が起こった。結果、川崎市は全国に先駆けてヘイト・デモに対する事前規制のガイドラインを策定するが、それで問題が根本的に解決したわけではないことは、あなたがこの文章を読んでいるインターネットが、ヘイト・スピーチで溢れていることからも分かるだろう。

現在、日本に移民はほとんど存在しないことにされているが、実質的には移民社会になりつつある。川崎区で起きている問題は、既に他の土地でも起きているし、やがて、日本全土を覆うだろう。『DEVILMAN crybaby』では、後半、〝デビルマン〟という異人種を巡って、市民の間で疑念が膨らみ、フェイクニュースが出回り、遂にはジェノサイドが始まる。それは、決して対岸の火事ではないと、他でもない〝あなたの歌〟なのだと、本作は告白しているのだ。

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Netflixオリジナルアニメ「DEVILMAN crybaby」全世界独占配信中

Image: ©Go Nagai-Devilman Crybaby Project
Source: Buzz Feed, サイゾー

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