MAIL MAGAZINE

下記からメールアドレスを登録すると、FUZEが配信する最新情報が載ったメールマガジンを受け取ることができます。


7 #ユースカルチャーの育て方

階級、民族、格差ーーさまざまな「壁」を創造性に反転させる新世代ロンドン・ファッション、その最前線

NEW INDUSTRY
コントリビューター田中宗一郎
  • はてなブックマーク

イギリスのパンク世代を代表する音楽ジャーナリストのひとり、ジョン・サヴェージが『イギリス「族」物語』で指摘していたように、50年代のテディ・ボーイに始まり、ロッカーズ、モッズ、ヒッピー、スキンヘッズ、グラム、パンク、ニュー・ロマンティック、マッドチェスターなど、第二次世界大戦後のイギリスではライフスタイルが若者たちのファッションを規定してきた。しかし、「族」=トライブが崩壊し、ライフスタイルではなく趣味やテイストで自らをタグ付けするクラスタへと変容した結果、同書が執筆された90年代以降、ユース・カルチャーと結びついた新しいイギリスのファッションはあまり目立たなくなっている。おそらく、ここ日本にまで広く伝わってきた最後の目立った現象は、オーウェン・ジョーンズが2011年に執筆した『チャヴ 弱者を敵視する社会』で掬い上げてみせた「バーバリーを身につけたストリート・キッズ」ーー格差社会の歪みで虐げられた労働階級の若者たち=チャヴだろう。

だが、今再び、ロンドン・ファッションにおける新たな胎動に注目が当たり始めている。そこで我々は、ある意味、当事者感覚として、そうした動きに興奮している若い世代のふたりの対談を企画することにした。

パネラーは、DJ/プロデューサー・ユニット"Double Clapperz"のメンバーとして活動し、グライム以降のストリート・カルチャーを通してロンドンのファッションを見つめている米澤慎太朗と、自らもファッション・ブランドに関わりながら、ハイファッションの世界も視野に入れて新世代のロンドンのデザイナーたちを追いかけているRidwan。共に20代で世代観を共有しながらも、それぞれ異なる視点を持つふたりの対話は、ロンドンのメンズ・ファッションの「今」を立体的に浮かび上がらせている。

詳しくは以下の対話に譲るが、ロンドンのメンズ・ファッションの「今」を考えるということは、それこそジョン・サヴェージやオーウェン・ジョーンズが試みたように、イギリスに根強く残る階級/格差社会とカルチャーやクリエイティヴィティの関係をもう一度現代に照らし合わせて考え直すことだと言える。と同時に、何度もイギリスのユース・カルチャーのカンフル剤となってきた移民の重要性、そしてもちろん「ブレグジッド以降」という問題に向き合うことでもあるだろう。つまり、ロンドンのファッションの最前線にリーチしようという試みは、現在のイギリス社会について、そしてブレグジッドで揺れるイギリスと同じように格差や移民の問題に直面する今の世界について考えるということなのかもしれない。

リード文:小林祥晴 司会:田中宗一郎

新世代の台頭によって再定義が進む、ロンドンのメンズ・ファッション

――「今のロンドンのファッション」と言われても、おそらく日本人100人のうち99人は、ほとんど何も思い浮かばないと思うんですよ。2人は新しいロンドンのファッションを追いかけていますけど、実際、その興味や興奮がどの程度の人たちに共有されているという感覚がありますか?

Ridwan:自分と同じような興味を持っている人たちの間ではかなり共有されはじめている感じはありますけど、全般で見ると、僕が注目しているような人たちは「誰、それ?」という感じだと思います。

米澤慎太朗(以下、米澤):どちらかというと同世代で注目してる人が多いかな?

Ridwan:たぶん20代とか、30歳前の人たち。注目しているブランドも2010年代後半に始まったものが多いです。

米澤80年代、90年代のメンズブランドではなくて、この5~10年くらいのものですよね。

――だからこそ、この記事ではそういった最新の動きの入り口を作ることができればと考えています。では、自分のプロフィール紹介も兼ねて、どういった立場や観点からロンドンのファッションを見ているのか、その説明からお願いできますか?

米澤:僕はロンドンのグライムっていう音楽に影響を受けてDJをやってます。ロンドンにはDJや旅行で年一回くらい行ってて、2014年くらいからクラブやレイブに遊びに行っています。音楽のトレンドや、DJ、来ているお客さんがどんどん変化している部分は素人ながらにわかるし、面白い変化だと感じています。音楽を軸足を置きながら、ファッションも見ているという感じですね。

Ridwan:僕は大学でファッションに関するリサーチをしていたんですけど、それを経て、今は某ファッション・ブランドでグラフィック・デザインやリサーチをしています。また、それとは別に、大学時代からの知り合いと一緒にファッションに関する研究を続けています。ロンドンのファッションに関しては、いちファンとしてロンドンのデザイナーたちに興味を持って、追い続けているという感じですね。あくまで外側から見ているという立場です。

――世界のファッションを見ていても、特にロンドンのここ数年の動きがエキサイティングだと感じるのは確か?

Ridwan:そうですね。ロンドンはメンズ・ファッションが盛んだなと思って見ています。若手のデザイナーもどんどん出てきていて。僕自身がファッションをしっかりと見るようになったのが2013〜2014年くらいからなんですけど、2010年代後半辺りから、わりと盛りあがっているのが感じられます。特に、ヴェトモンやバレンシアガみたいな大きなトレンドには乗っからず、自分たちの色を出そうとしている人たちが個々に存在している、っていう印象ですね。

――ロンドン以外には、同じようなトレンドを持っているエリアはそんなにはないんですか?

Ridwan:あまりないと思います。でも、時代とは関係ないファッション研究という意味では、オランダがラディカルなことをしているとは感じますね。着飾る、装うっていうことよりも、もっと「いかにファッションを更新するか?」っていう研究ですけど。

――そもそもロンドンのファッションには、どういったところから興味を持ち始めたんですか?

Ridwan:僕がファッションをどのように掘っていたかというと、Tumblrなんです。で、Tumblrで流れてきた画像を見ているうちに、興味を惹かれたものが「ああ、ロンドンのものが多いんだ」っていう傾向が見えてきて。そこからロンドンに注目するようになったという流れですね。具体的には、アイター・スロープ(Aitor Throup)っていうデザイナーがいるんですが、その人の作品をネットで見ていて、リサーチしていくうちに、その周辺の繋がりが見えてきたという感じですね。

Aitor Throup | New Object Research 2013 | Catalogue Video

――アイター・スロープに惹かれたポイントというのは?

Ridwanアイター・スロープは、従来の売り方や作り方とは違うオルタナティヴを自分で作ろうとしている人なんです。例えば、生地を縫い合わせる際、生地を重ね合わせて縫うのが一般的なんですけど、それとは違って、生地を隣り合わせて、シームテープで貼り合わせてからかがり縫いするという手法を使っていたり。技術的な面から自分なりのアプローチを模索しているんです。服の売り方自体も、受注を受けて生産するという従来の方法ではなくて、コンセプトも含めたアート作品として売る、っていうことをしていて。つまり、全体をデザインしている人なんですよ。僕はそこに興味を持ちました。もちろん、彼の作る服自体がかっこいいというのもあります。

米澤 : Ridwanさんのnoteでもアイター・スロープの話をしてますよね。

Ridwan:はい。自分のデザインをやりつつ、いろんなプロジェクトを手掛けるっていう、複数の軸を持って活動するデザイナーの在り方っていう話で出てきたんだと思います。

――アイター・スロープが手掛けている他のプロジェクトは、ファッション以外のものもあるんですか?

Ridwan音楽のプロジェクトを手掛けたりもしています。カサビアンっていうバンドのミュージック・ヴィデオや舞台の演出だったり、トータルでアート・ディレクションをしていたりもするんです。

米澤:2013年にはフライング・ロータスのマスクも手がけてます。

KASABIAN 'VELOCIRAPTOR!': TV Ad directed by Aitor Throup. Animation by Lee Lennox.

mask

Image by AITOR THROUP STUDIO

Ridwan:あと、G-Star RAWも手掛けていました。2013年にクリエイティブ・コンサルタントとして参加して、2016年にクリエイティブ・ディレクターになっています。G-Star RAWはオランダなんですけど、アイター・スロープは就任期間中、自身の活動拠点をまるごとロンドンのスタジオからオランダのG- Star RAW社に移していて。

――昔話になってしまうんですけど、15年くらい前のG-Star RAWって、ロンドンのカムデンにデカい路面店があって、観光客が買いに来るっていうイメージだったんですよ(笑)。

米澤:ちょっといなたい感じの(笑)。

――でも、そこが再定義されたっていうことですよね。

Ridwan:そうですね。G-Star RAWもドーバーストリートマーケットで取り扱われるようになったり、もっとファッション寄りにグッと来ました。もうアイター・スロープは辞めてしまったんですけど(2018年に退任発表)。

USのラッパーとは一線を画する、「イギリス的な洗練」を感じさせるグライムMCのファッション

――Ridwanのロンドンのファッションに対する興味の始まりがそのあたりだとすると、米澤くんの方はどうですか? やっぱりグライムとの関わりが大きかったんでしょうか?

米澤:そうですね。ロンドンのグライムやロード・ラップのMCのなかで、ロンドン発の流行っているブランドを着てるアーティストが多かったんですよ。アストリッド・アンダーセン(Astrid Andersen)とか、ネイサー・メイザー(Nasir Maxhar)とか、最近だとモワローラ・オグンレシ(Mowalola Ogunlesi)とか。USのラッパーだと、全体としてはルイ・ヴィトンとかヴェルサーチとか、ビッグ・メゾンの服を好む傾向があるじゃないですか。それとは違う若手デザイナーのブランドを着ていて、自分たちにとって服にも注目するきっかけになりました。

Astrid Andersen AW16 at London Collections Men
Nasir Mazhar AW16 at London Collections Men
Mowalola at Fashion East menswear AW19

米澤:グライムとファッションとの関わりで言うと、スケプタが2015年にニューヨークのMOMAでライヴをやったんですよ。その時は全身真っ白なジャージを着ていて。裸にジャージだったんですけど(笑)。でも、それはコットワイラー(Cottweiler)っていうブランドのジャージだったんですよね。つまり、グライムみたいにラフな音楽をやっている人がハイファッションの領域に近づいていて

Skepta - MoMA PS1 Warm Up LIVE: ON AIR

――それは、スケプタが“ザッツ・ノット・ミー”で再ブレイクして、グライムの復活に火をつけたくらいのタイミングですよね。

米澤:そうですね。しかも、MCとファッション・デザイナーが、お互いを注目し合っていて。実際、コットワイラーはベン・コットレルとマシュー・デインティっていう労働階級のデザイナーふたりでやっているブランドですから、グライムみたいな音楽はもともと好きだったと思うんですよ。だから、彼らはジャージ・スタイルが好きで、自分のブランドではそれをリメイクして、ハイファッションにしている。「スケプタはジャージ着てるけど、あれ、上下8万じゃん」みたいな(笑)。そういう意味では捻じれていますよね。ジャージってもともとは1万円以下で買えるようなものだったのに、「あいつらが着てるものってマジ高い!」っていう。それはもちろん、「お金、持っているぜ!」っていうMCたちのアピールなんですけど、そのアピールの仕方もロンドンのMCは洗練されて見えたんですよね。

階級社会は英国ファッションにおけるクリエイティヴの源泉

――自分がロンドンとファッションの関わりで思いつく最後のものは、チャヴスという言葉が囁かれるようになった2000年代半ばから2010年代頭辺りなんですね。チャヴと呼ばれた労働階級の若者がバーバリーやナイキのトラックスーツを着ていたっていう。2011年のロンドン暴動の頃には、チャヴスについての本も書かれた。ただ、米澤くんが話してくれた2014年頃のスケプタとファッションの関りっていうのは、それまでの流れと断絶したものなのか、なだらかに変化していったものなのか――そこはどう見ていますか?

米澤:偽物のバーバリーとかですよね。僕としては、それと直接的に接続しているのはイタリア系のブランドの流れだと捉えています。ストーン・アイランドとかモスキーノとか、昔からの価値が固定化されたブランドを憧れて着るっていうフーリガンの流れですよね。ストーン・アイランドは、グライムとかUKラップのイベントに行くと、結構みんな着てるんですよ。2016~2017年くらいからは、2014年からの流れというよりはむしろその揺り戻しで、イタリア系のブランドに注目が集まったり。インディペンデントなデザイナーの流れと、伝統的なイタリア系のデザイナーの流れは別々かもなと思ってます。着ている層は同じかもしれないですけど。

――なるほど。

米澤:今の話で思い出したのが、ニューヨークを拠点にする“LO LIFE”っていうPOLOのコレクター集団のことです。彼らがやっていることも、チャヴと近いものがあるなと感じていて。どういうことかというと、POLOは既に価値が確定している、「ザ・アメリカ」っていう感じのブランドじゃないですか。つまり、もともとは階級社会の上の人たちが着ていたものをギャングが着る、っていう形でブランドの意味が反転しているんですよね。しかも、80年代や90年代は、本当に人をぶん殴って、奪って着る、みたいなことをしていたみたいで。当時の写真集があるんですけど、血だらけのPOLOを着ている奴もいて。それは、「俺は何回も刺されて、奪われそうになったけど着てる」っていうのが勲章になっているっていう(笑)。そういう従来の意味が反転した状況も含まれていて。

WHAT'S A LO LIFE TO ME

――チャヴも、中産階級や上流階級から嫌われたんですよ。イギリスは伝統的に階級社会ですけど、彼らのスタイリングには、階級闘争を仕掛けて、そこをひっくり返そうとするメッセージが間接的にあったから。

米澤:もともとそれを着ていた人たちからすれば、チャヴのせいで着られなくなってしまったんですよね。本来は高級品だから、金を持っていることのアピールとして着ていた人たちが、「それ着てるなんて、チャヴじゃん」って言われてしまう。意味が逆になってしまうんですよ。

Ridwan:今の話を聞いていると、「ユニフォーム」というのがキーワードになる気がします。LO LIFEも自分たちのユニフォームとしてPOLOを掲げているわけですよね。「俺たちは全員、これを着るんだ」と。階級にしても、ユニフォームによって分かれているところがあると思うんですよ。で、そのユニフォームという意識は、ロンドンのファッションにはずっとあるんじゃないでしょうか。

米澤:なるほど。

――2000年代頭のイースト・ロンドンのシーンに、リバティーンズっていうバンドがいたんです。彼らは近衛兵のコートをわざと着ていたんですよ。リバティーンズは王室批判もすれば、「今の共和党と労働党の違いなんてどこにあるんだ?」っていう歌詞も書くような人たちだったんだけど。そんなバンドが近衛兵のコートを着て、ブリティッシュネスのねじれを表現していた。だから、ロンドンやイギリスのファッションの提示の仕方として、ひとつの伝統的なスタイルでもあるんだと思います。

米澤:わかりやすく、上の階級のものだと確定しているものを、敢えて使うんですね。

――そう。ヴィヴィアン・ウェストウッドまで遡っても、ユニオンジャックをモチーフにすること自体、もともとの意味を反転させるということですから。

米澤:枝葉の話ですけど、今の話でア・コールド・ウォール(A-COLD-WALL*)を思い出して。デザイナーのサミュエル・ロスは(自身がアシスタントを務めていたOFF-WHITEの)ヴァージル・アブローと決定的に違うと話していて、「俺は階級があった方がいいと思う」と言っています。

――ヴァージル・アブローの場合はどういったスタンスなんですか?

米澤:ヴァージル・アブローはルイ・ヴィトン2019年春夏メンズで、虹色のランウェイでショーをやったとき、ファッションっていう特権的な領域をみんなに平等に解放しよう、っていうメッセージを発していたんだと思います。小木"Poggy"基史さんが書いていたことに重なるのですが、「アメリカ的な平等思想という意味で、あのパリコレはアメリカだった」と。コレクションにアクセスできるという「フロントロー」の階級をヴァージルが壊して、アメリカ的な平等を実現したと。

Louis Vuitton Men’s Spring-Summer 2019 Fashion Show
A-COLD-WALL* - BIRTH.ORGAN.SYNTH

米澤:でも、サミュエル・ロスは自分のブランドに「冷たい壁」という名前を付けていて、それは階級の壁という意味らしいです。むしろ階級の壁を、ロンドンにおけるクリエイティヴの大事な要素として尊重しようとしている。そこは平等思想のアメリカとは違うやり方なんだろうなと思います。

――Ridwanはユニフォームや階級という観点から、何かしら他にも連想するものはありますか?

Ridwan:またワークウェアがロンドン・ファッションで好まれはじめているな、と感じています。あれも、特定の集団であることを象徴する服のひとつですよね。チーム全員にユニフォームとして同じものが支給されますから。で、ワークウェアを再定義するというか、ハイファッションの文脈やデザインをワークウェアに取り入れて自分たちのものにする、っていうことをやっているデザイナーもいるんです。

――具体的には、どのあたりの人たちですか?

Ridwan:例えば、キコ・コスタディノフ(Kiko Kostadinov)っていう僕がすごく追っているデザイナーは、最初はワークウェア的なデザインで人気を集めたんです。今はハイファッション的なデザインの方に行こうとしているんですが、ワークウェアのデザインを好きだった人たちもそのまま連れていって、その両方を繋げるために、どちらの要素も残してミックスさせている部分があって。彼のデザインは、ハイファッションとワークウェアをミックスさせることによって、上とも下ともつかないような新しい階級を作ろうとしているように感じるんですよね。

KIKO KOSTADINOV London Fashion Week Spring/Summer 2019

Ridwan:キコは、2017年秋冬として発表した3つ目のコレクションに「classless」、つまり「階級なし」というタイトルをつけていたんですよ。そこではワークウェア調の、モノトーンで、ポケットが取り外し式になっているような、組み合わせ自由の服を作っていたんですけど。ただ、「階級無し」とは言いつつも、服自体はすごく高くて。パンツ1本10万円とか。

米澤:決して安くはないですよね(笑)。

Ridwan:全然クラスレスじゃないじゃん、みたいなことをしているんですけど。でも、そこでハイファッション的な高級生地やいい工場を使うことで、価値を保っているんだと思います。

ロンドンのファッションを刷新しているのは「移民」のデザイナーたち

Ridwan:このキコのテイストに、テックウェアというか、アクロニウム(ACRONYM)とかが好きな層が食いついたんですよ。だから、その層にとっての新しいスター・デザイナーという扱いをされて。

――アクロニウムがどういったブランドなのか、簡単に説明してもらえますか?

米澤:アクロニウムはエロルソン・ヒューっていうデザイナーがやっているんですけど、ナイキラボ ACGのデザイナーもやっていました。

Ridwanドイツを拠点にしているんですけど、アジア系カナダ人だったと思います。エロルソン・ヒューはストーン・アイランドのデザイナーもしているんです。

ACRONYM® Acronymjutsu J1A GT V25 A
Stone Island Shadow Project_5519_AW '011-'012: An Introduction by designer Errolson Hugh

Ridwan:で、アイター・スロープは、ストーン・アイランドと同じくマッシモ・オスティが立ち上げたC.P.カンパニーとコラボしていて、キコ・コスタディノフはその両者の下でインターンをしていた。そういうものが、徐々に全部繋がっていっている気がします。

――そういう風に、ひとりのデザイナーがいろんなプロジェクトを掛け持ちするのが目立つようになったのは、ここ数年の話なんですか?

Ridwan:2015年以降だと思いますね。エロルソン・ヒューはもっと前からやっているんですけど。こういったデザイナーたちの特徴としては、みんな移民なんですよ。キコ・コスタディノフはブルガリアからイギリスに移住してきた人で、アイター・スロープはアルゼンチン系の移民。エロルソン・ヒューはアジア系カナダ人で、ドイツに移住しているという。移民というのは、その社会の既存の階級に当てはまらない存在ですよね。どこにも所属していないというマインドがあるからこそ、彼らはいろんなブランドとのコラボにどんどん飛び込んで、さまざまなプロジェクトを手掛けることができているところもあるのかなと感じます。

――実際、そういったデザイナーのスタイルには、移民というアイデンティティは何かしらの形で表出しているところはあるのでしょうか?

Ridwan:そこは敢えて出していない感じがしますね。むしろ、民族を超えて同じものを着るというユニフォームの概念、ユニフォーミティがその人たちのテーマになっているのかなと感じます。だからこそ、メンズウェアで活躍しているっていう。男性服ってユニフォーム的というか、基本の型が決まっていて、ディティールを変えることで差異を出しているじゃないですか。

――レディースみたいに何でもできる、というわけではないですからね。

Ridwan:そうですね。

ストリートからの突き上げで再定義されるコレクションの概念

――ひとりのデザイナーがいろんなプロジェクトを掛け持ちするというスタイルは、既存のメゾンの在り方に対するオルタナティヴだという意識もあるんでしょうか?

Ridwan:単純に、昔ほどひとつのことに専念しなくても、あるいはひとつの突出した能力や専門性がなくても、いろんなことができる時代になったというのはあると思います。昔だと、服を作る技術があって、やっと初めてデザイナーとして認められていた。でも今は、例えばヴァージル・アブローは服の専門的な勉強は全然していなくて、ディレクションだけでデザイナーとしてやっていける。周りにデザイナーがつくので。

米澤:その人たちがパターンを描いたりとか……。

Ridwan:そういう技術的なことは他の人に任せて、ディレクションだけをやるという働き方が、そういったスタイルを可能にしているのかなと思いますね。世界観を作る人というイメージです。そうすることで、複数のプロジェクトを掛け持ちできるし、個人にかかる負担を減らすこともできる。

米澤:確かにひとりで全部やっていたら凄まじい量ですよね。

Ridwan:シーズンに発売される量もどんどん増えて、加速している。秋冬以外にもリゾートとか。

米澤:プレ・フォールとかね。

Ridwan:2〜3ヶ月に一回は、新コレクションを出しているみたいな感じなので。

米澤:ちょっと俯瞰的な話ですけど、メディアの在り方が変わったからそうなったところもありますよね。以前は雑誌が独占的に情報をコントロールできていたけど、今みたいに何でもInstagramやYouTubeにアップする時代になってくると、売り方自体が変わってきている部分があります。

Ridwan:うん。すぐ出て、すぐ消費されて。

米澤:服がありえないスピードで消費されるようになって。だから、供給する側もこまめにやっていくっていう。

Ridwanストリート・ファッションが流行しているからこそ、というところもありますよね。短期間で生産できるTシャツやパーカーっていうストリート・ファッションのアイテムを、例えばシュプリームとかは主に毎週のドロップで出しているじゃないですか。そういったストリート・ファッションの流行がハイファッションに影響を与えることで、そっちも更に加速している。

――今後はさらに「コレクション」っていう概念が再定義されていく、っていう兆しはあると思いますか?

米澤:キコとか、4人のデザイナーが一緒にやっているAFFIXみたいに、全然出さないところもあったり。めちゃくちゃこまめに出すコレクションの逆張りで、年に一回しか出さないっていう在り方もあるので。そういう意味で、スタイルは広がってきていると思うんです。

Ridwan:物理的な生産が間に合う、間に合わない、っていうのがあるので、シーズンごとに受注を受けて売るっていうスタイルは、ある程度まだ残ると思います。ただ、もっと臨機応変に、受注が入ったらすぐ出せるみたいな生産が整えば、ハイファッションの方もストリート・ブランドみたいに、「今週、ルイ・ヴィトンが限定バッグを少量生産で出します」っていうことも全然ありえるとは思いますね。

米澤:なんだかんだロンドンでも、ファッション・ウィーク、ファッション・ウィークって騒がれますし。逆にファッション・ウィークがイベント化していますよね。それ自体が特大ドロップ、みたいな(笑)。ドロップっていうものが無かったときは、コレクションっていうのはオンリー、ひとつしかないものだったんですけど、今は逆で、ファッション・ウィークは新製品のお披露目が一気に行われるドロップでしかない、みたいな感覚になってきていて。そっちはそっちで、ひとつのプロモーション効果を狙ってやっていくと思いますし、なくなることはない気がしていますね。

キコ・コスタディノフが問いかける一人ひとりの主体性と、そこから生まれる多様性

kiko-1

Photo: Getty Images

――ロンドンで注目している個々のデザイナーに対して、このポイントにおいてすごく惹かれるんだ、というのをランダムでも構わないので教えてもらってもいいですか?

Ridwan:誰もあまり見ていないポイントだとは思うんですけど、キコの服は全部同じ規格のボタンを使っているんですよ。サイズも同じで。全コレクションを通して、ボタンが同じなので、それぞれをくっつけることができるんです。

米澤:ほー、なるほど。

Ridwan:かつ、ポケットを分離できるアイテムもあるので。買ったものを組み合わせて着ることができるんですよね。

――カスタマイズというか、パーソナライズが前提になっている?

Ridwan:買った人がそれぞれ自分の好きな着方ができるようになっている。本来の着方とは違う着崩しができるようになっているんです。そこがすごく凝っているところだと思います。本人はそれを前面に出しているわけじゃないんですけど、一部の人たちはそれを見て、「あ、これは繋げられるんだ」と。ユニフォーム、メンズウェアっていう限られた型のなかで、いかに遊べるか?っていう工夫がされているように感じますね。ある程度揃えていくと、そういうことができる。そういう服ってあんまりないですよね。

――確かに。

Ridwan:あと、最近のブランドはルックとか、全体の雰囲気で見せることが多いんですけど、キコは服一点一点を見てほしいと考えていると思うんです。

――スタイリングをした状態のルックは出すんですよね?

Ridwan:ルックは出すんですけど、人よりも服を見ろ、っていう姿勢が強くて。最新のコレクションでも、モデルの顔をウィッグで全部隠しているんです。基本的に人って最初は顔に目が行くと思うんですけど、それが服に行くようにスタイリングやヘアメイクをしていて。衣服主義みたいなところが強いのが面白いと思いますね。

――さっきのボタンの話もそうですけど、そもそもワークウェアやユニフォームは画一的なものじゃないですか。誰もが同じく服を着る。でも、そのボタンの仕掛けによって、本来ならば画一的なものが、着る人の主体性によって変わっていくし、それによって結果的に多様性が生まれる。もしかしたら、そういうメッセージもあるのかもしれないですよね。

Ridwan:そうですね、たぶんあると思います。さっきのクラスレスというのも、階級が意識されるユニフォームをベースにした服を出すけれど、着崩せることによってクラスレスなものになっているっていうアイデアだと思うので。日本だと中学、高校に制服があるじゃないですか。そのなかで、いかに着崩すか?っていう発想にも近いなと思います。

米澤:着崩すっていうこと自体、正しい着方ありきですが、今はあんまり着崩すっていうことができないところがありますよね。

Ridwan:元から崩れているから。

米澤:そう。今のストリートは元からルーズな服が多いから、そこから更に発展させるという発想が思いつきづらいですね。着崩さなくても着崩しているように着られるということが、もはや規格化している(笑)。

――そもそもユニフォーム的なものが嫌で、自分自身の個性の表出として服を選んでいたのが、今では、例えばシュプリームを着ている子たちの一部にとっては、それがユニフォームになってしまったという反転現象がありますよね。

米澤:そこがひとつのポイントだとは思います。だからこそ、ユニフォームをベースにしているところから着崩せる面白さはありそうですよね。それに、今やシュプリームはお金を持っていないと買えないじゃないですか。「金がないから自分たちでやるか」っていう発想もできると思いますし。やり方は幾らでもあると思いますね。

ブレグジットは英国ファッションにどのような影響を及ぼすのか?

――じゃあ、ここ最近のロンドンのファッションを考えるうえで重要だとされているセントラル・セント・マーチンズ(著名デザイナーを多数輩出している、ロンドン芸術大学のなかのカレッジのひとつ。以下CSM) の話を訊かせてください。CSMは、それこそポール・スミスの時代から、いろんな形でロンドンのファッションの基盤になっていたと思うんですけど、それが2010年代の動向と、どのような関係にあるのでしょうか?

Ridwan:CSMは自分だけのリファレンスを探してください、っていうことを教えるところなんです。まだ誰も取り扱っていないような参照元を見つけることを重要視している。いかにまだ誰もやっていないことをやるか、っていう。例えば僕がCSM出身の若手デザイナーで注目しているのは、バックパックのデザインを靴に転用した作品を製作しているクリスチャン・ストーン(Christian Stone)。彼もアジア系の人で、SFやゲームのヴァーチャルな世界をリファレンスにしているようです。彼のバックパック靴は、リファレンスを今まで誰も思いつかたかった形でデザインに昇華しているので要チェックです。

Ridwan:ほかには卒業コレクションでストーン・アイランドとナイキからサポートを受けていたテック系メンズウェアデザイナーのランダ・ケルバ(Randa Kherba)。乾いているのに濡れているように見えるテキスタイルを開発したりしていて、マテリアル面でも面白いことをしているデザイナーですね。彼女自身もすごく魅力的で、スケプタのMVなどにも出演してたりします。

Skepta - Shutdown

Ridwan:どちらのデザイナーもSFやアニメ、ゲームといった、21世紀に入ってから世界的になったカルチャーを参照しているのが特徴ですね。これは完全に僕の趣味による一致かもしれませんが。あと、またもやふたりとも移民系デザイナーですね。やはりロンドンは人種の坩堝って感じがします。

――やはりCSM出身というのは、デザイナーとして活動するうえでも大きなことなのでしょうか?

Ridwan:ひとつの利点として、いまだにファッション業界内ではCSM出身っていう繋がりは強いみたいです。「僕、CSM出身です」って言ったら、「あ、僕もです」みたいな感じで、すぐプロジェクトが始まったりとか。お互いに帰属意識があるから、すごいスピード感でコラボが進む。一方で、CSMとかを出ずにデザイナーになっている人もいますけど。

米澤:ガチの生え抜きの人ですね。

Ridwan:ただ、今は学費がどんどん上がっていますし、ブレグジットの影響で海外の若手の学生が入りにくくなっているというのもあります。ビザも含めて、いろいろと基準が厳しくなっているみたいで。

米澤:そういう状況って、長期的な影響を及ぼしそうですよね。これまで名前が挙がったデザイナーは、ロンドンを拠点に活動する移民が多かったわけで。

――第二次大戦後の英国では、ロック・スターやサッカー選手、俳優っていうのは、労働階級の若者が貧しさから抜け出すために目指す職業という伝統があったんですね。それしか選択肢がなかったから。でも、2000年代には、もはや中産階級や上流階級じゃないと音楽がやれなくなった、そんな風に囁かれはじめたんです。俳優だとベネディクト・カンバーバッチみたいなスターも出てきましたけど、彼は血筋のよさで知られていますよね。つまり、労働階級出身のスター俳優がいない。もしかしたら、ファッションの世界にもそれと同じことが起きるかもしれないですよね。

Ridwan:そう思いますね。EU圏内の人と、その外から来た人とでは、学費が倍くらい違うんですよ。それで、今度はEUを離脱することで、EU出身の人ですら学費が高くなって、CSMのコミュニティに入れなくなる。そこに入れなかったとしても、インターネットで繋がっていく人もいると思いますけど。「CSM出身だから」っていう旧来の壁を越えていける人たちが出てきてほしいと思っています。

――まだそういう動きはあまり見られないんですか?

Ridwan:いまだにCSM出身の人が表に出る傾向がありますね。審査員がCSM出身だったりもするから、若干の贔屓目が入ることもあるでしょうし。

――では、ブレグジットがそれぞれのデザイナーの活動やコレクションに与えた影響っていうのは何かありますか?

Ridwan:投票のときは、離脱反対に投票しようとInstagramで呼びかけているデザイナーが多かったですね。

米澤:ああ、音楽でも同じ状況がありました。ファッションでもあったんですね。

Ridwan:ありました。それこそキコもそういう画像をInstagramに投稿していて。

Ridwan:もちろん本人が移民だからこそ、っていうところもあると思いますけど。ブレグジットが与える影響というと、ヨーロッパの安い工場で作りにくくなるっていう生産面の問題もあると思いますね。高い関税がかかるようになりますし。

米澤:確かに。今はどこなんですかね? ポルトガルで生産しているという話も聞きました。

Ridwan:ポルトガルはたぶん多いですね。ブルガリアとかも。先進国ではないヨーロッパの地域から来ている移民のデザイナーは、自分が売れてからは、それまでイギリスで生産していたのを、自分の母国で生産して安くあげる、みたいなことはしています。

米澤:ただ、逆に消費の影響っていうのは、あまり考えにくいと思っていて。というのは、今僕らが話しているようなブランドって、たぶん買っている人のメイン層がアジア人だと思うんですよ。Instagramでア・コールド・ウォールのタグ付けをしている人を見ると、アジア人ばかりで。他のブランドもそうかもしれませんけど。でも、ハイファッションを買えるだけの購買力があって、なおかつ、お金が今後も増えていくだろうっていうヴィジョンを持っている人たちって、アジア人の割合がかなり多いと思うんですよね。

――中国筆頭に東アジア全体、ただし日本以外、みたいな(笑)。

米澤:(笑)でも日本人もファッションは好きじゃないですか。

Ridwan服好きが多いという点では、日本にもまだ市場はありますね。今後はわかりませんが。

米澤:中国では買えないものが日本では買える、っていうのもありますよね。観光にきた日本で買う、という意味で、日本の売上はいまだに固いんだろうとは思いますね。だから、そもそもヨーロッパ内ではそんなに買われていないと思うので、ブレグジットがファッションの消費に及ぼす影響は限定的かもしれない

Ridwan:ヨーロッパで街中を歩いても、ハイブランドを着ている人なんて、東京ほど見かけないですしね。

――今回のロンドン特集では、他の記事でもイギリスやロンドンのカルチャーは移民が変化を促してきた、という視点が緩やかに共有されているんですよ。で、今、ファッションでもまさにそういうことになっているわけですよね?

Ridwan:はい。

――にもかかわらず、ブレグジット以降、そこに変化が起こり得る可能性は大きい。

米澤:まだ具体的なことは誰にもわからないですけどね。

Ridwan:ただ、少なからずダメージを食らうのは移民だ、というのはあると思います。

ネット/SNS以降の状況から生まれたロンドン発の新しいメディア/コミュニティ=Basement Approvedとは?

米澤:今は「ストリートウェア」の転売市場が、ひとつの大きなコミュニティになっているところがあると思っていて。もちろん転売に関しては賛否がありますが、僕はフェイクを売っていることも含めて、モノで繋がっているひとつのコミュニティだと思っているんです。

――同じモノが好き、価値観を共有しているコミュニティということですよね。

米澤:それをコミュニティ・メディアとして成功している例として、ベースメント・アプルーヴド(Basement Approved)が挙げられると思います。ベースメント・アプルーヴドは、もともとFacebookの招待制のコミュニティで、物を交換したり中古を売ったりしていたんですけど、どんどん規模が大きくなっていって。今や彼らは企業とパートナーシップを結んだイベントもやってます。一方で、Webマガジンとしても、独自にエディトリアルをやったりしています。

BASEMENT

Screenshot via The Basement

――インターネット/SNS以降の、ボトムアップ型の新しいコミュニティやメディアのスタイルのひとつということですね。

米澤:2016年にロンドンでやっていたベースメント・アプルーヴドのポップアップ・ショップに行ったんですよ。そこでは、そのコミュニティに集まった人たちが自分たちでやっているブランドを集めたりしていて。そこで人気になったgully guy leoはプロのモデルになったりとか、そこではある種の経済が回っていて、コミュニティが生まれている。

米澤:インターネット上だと、デザイナーと自分っていう一対一の関係になってしまいがちなところを、もうちょっと開いて繋いでいくようなハブとして機能しているんですよね。単に同じものを好きな人たちだけで集まって、アイデンティティになるものを出していく、メディア化していくのも面白いですね。

――最初から彼らは、コミュニティを作ることに意識的だったんですかね?

米澤:ある時点から意識的になったのかと思います。ロンドンの人たちはインターネットでコミュニティを立ち上げるのが上手いんですよね。音楽の世界でも、Boiler Roomなど、ウェブからはじまったものが企業と組んで、イベントをやることで、ファンが作るコミュニティを可視化していると思います。

――歴史的に見ても、イギリスはDIY発のコミュニティ作りが上手い。自分はパンク世代なんですけど、パンクはその音楽性以外にもあらゆることを変えたムーヴメントだったんです。例えば、ラフ・トレード(Rough Trade Records)。彼らはレーベルだけではなく、自分たちが作ったレコードを売るためのお店を作った。リテーラーですよね。その次に、流通会社を作った。地方のDIYのお店に自分たちや仲間のレーベルのレコードを下ろすためのディストリビューターを作ったんです。なおかつ、月に1枚、7インチがダイレクトに送られてくるっていうサブスクリプションも自分たちでやった。つまり、パンクには既存の体制とは別のネットワーク、別のコミュニティを作るっていう発想があったんですよ。それがパンクを大きくしたんです。ネット以前・以降という違いはあるんですけど、ベーシックの発想としては近いものがあるのかもしれません。

米澤:そういう成功例が頭のなかにあるからこそできるのかもしれない。日本だと何かを作る段階まではDIYでできても、「どう回していくか?」っていうところまではなかなか難しい。既存の流通に乗せるか、オンラインの一対一の関係になるかの二択になりがちですからね。

――システムを再定義するっていう発想までは、なかなか行かないですよね。

米澤:そうですね、僕も日本で何かやっていかないといけないなと思いました。

今ファッションにもっとも必要とされているものとは何か?

――大きな質問になってしまうんですが、ファッションに今もっとも必要とされている役割とは何かと訊かれたら、それには何と答えますか?

Ridwan:僕は、ファッションはメディアだと思ってるんです。そのときに本当に思っていることを伝えるもの。身に着けるとは、「自分はこう思っています」っていうのを身を持って世間に提示することなので。ファッションは流行や人の考えに捉われず、自分の思っていることを表明するためのメディアなのかなと思いますね。それが果たす役割は、今すごく必要とされているんじゃないかと思っています。

――米澤くんはどうですか?

米澤:僕は最初、服は「気分」だと思っていたんですよ。服は時代の気分を現している、ってよく言うじゃないですか。でも、そこは違うかもなって。服はもっと、自分が直面している状況に対するアクティヴな、より開かれたものとして存在していると感じています。だから、それがアクティヴィズムと結びついて、主張を提示したりする役割があるかなと。一方で音楽は、脳に直で繋がってきて、気持ちに結び付いているから、「気分」を表現しているかなと思いますね。音楽が内なる「気分」に作用するものだとすれば、服はその「気分」をどうやって外に出すかっていうところで、社会との関係性を反映していると思いますね。

――では最後に、今それぞれに定義してもらったファッションの役割をもっとも表象しているようなコレクション、デザイナー、もしくは何かしらの動きがあれば、教えてください。

米澤2018年にストーン・アイランドが日本で店舗を出した時に、ローンチ・パーティにフランス移民のロンドンのMC、オクテイヴィアン(Octavian)がパフォームしたのは面白く思いました。ストーン・アイランドはミリタリーをベースに先進的な技術を服に取り入れてきたイタリアのハイブランドですが、UKのフーリガンに熱狂的に支持されてきました。袖についたロゴのパッチにフーリガンのイメージがついてしまい、2000年代はストーン・アイランドを着てクラブに入ることはできなかったみたいです。2010年代に入って、ロンドン発のストリート・ファッションの動きや、ドレイクが着たことでストーン・アイランドが再度注目されるようになりました。日本に店舗を出すに当たって、フランスの移民で、音楽スクールをドロップアウトしてホームレスもしていたオクテイヴィアンにトラックスーツを着せて、フーリガンやスキンズに愛されてきたという歴史をも肯定したように見えました。イタリアのブランドではありますが、イギリスの社会的背景やさまざまな壁を越えてブランドのあり方を柔軟に変えたように思います。

Ridwan:ザンダー・ゾウ(Xander Zhou)っていう、ロンドンでコレクションを発表している中国人のデザイナーがいるんです。その人のここ2シーズンのコレクションっていうのが、モデル自体を従来の人間とは違うもの――エイリアンとか、ジェンダーレスなものとして提示していて。例えば2019年春夏のメンズ・コレクションでは、男性なんだけど妊娠している、っていうモデルを出していて。

View this post on Instagram

👽Underway. #xanderzhou #ss19 《One day in the future》 📷 @yingweitang

XANDER ZHOUさん(@xanderzhou)がシェアした投稿 -

Ridwan多様性というメッセージをファッションを通して提示するっていう意味では、ザンダー・ゾウはだいぶ尖ったことをしていると思いますね。経済的な階級という意味ではなく――本人はすごくお金を持っているとは思うんですけど(笑)――ジェンダーや人種という意味での「違い」に対して問いを投げかけるという点で、このデザイナーは面白いと思います。本人も中国人ですしね。

――ジェンダーや民族性を含めて、アイデンティティの抽象性や流動性がテーマになっているということですよね。それは、彼以外にも、ひとつの流れ、トレンドとしてはあるんですか?

Ridwan:そうですね。グッチが自分の生首を抱えたモデルをランウェイで歩かせたりしてるのも、究極の多様性と言うか、「誰でもこれを着ていいんだよ」っていうメッセージを提示していると思いました。もはや人間でなくてもいいっていう。そのショーには三つ目のモデルも登場しているので。

Gucci | Fall Winter 2018/2019 Full Fashion Show | Exclusive

米澤:拡張していくっていうことですよね。開かれていくのと同時に、線を引くというか。例えば、あらゆるタイプの女性をモデルとして出演させるっていう、リアーナのFENTYのコレクションとか。

FESTIVAL SURVIVAL TIPS WITH FENTY BEAUTY!
"THE CURE" WITH PRO FILT'R CONCEALER | FENTY BEAUTY

米澤:あれはわかりやすく多様性を称揚しているんですけど、そもそも最初に「違い」があるからこそ、多様性というのが顕在化するわけで。だから、こういった表現は何かを規定しているのか、開いているのか、すごく答えづらいところではあるんですけど。大きな意味では、線を定めつつ広げる、っていう部分はあるのかなと思います。

――その両方のベクトルがあった方がいいですよね。

米澤そこに意識的だっていうこと自体が、一番のキモだと思います。出発点がそういうこところにあるっていう。

――日本にはそういう意識はあんまりないですよね。

米澤:どうでしょうか、分ける線自体は存在する筈ですけどね。イギリスは突出してそうした「境界」が服作りのテーマになっていますね。そうした問題意識との向き合い方が社会とファッションの接点を生み出しているんでしょうね。

Photo: Getty Images

#ユースカルチャーの育て方