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「決定者ではなく、駆動力でありたい」越境のストーリーテラー、アイター・スロープのデザイン哲学

IDEAS LAB
ライター高橋ミレイ
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ファッションとテクノロジーの未来について考えるカンファレンス「Decoded Fashion Tokyo summit 2016」が2016年10月11日に都内で開催された。朝から日没まで、さまざまなゲストを招いて行われたセッションの最後に、『WIRED』日本版編集長若林恵によるアイター・スロープへのインタビューが行われた。

2016年春にパペットをモデルにしたファッションショーで発表したシリーズ『The Rite of Spring』や、映画『ハンガー・ゲーム』の衣装デザインなど、概念を覆すアイター・スロープの表現手法に注目が集まっている。

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クリエイターとしてのアイター・スロープの名は、CP Company、G-Star RAWといったストリートブランドとのコラボレーションの他、音楽に関心のある人たちの間で話題になることが多い。2014年には、カサビアンのアルバム『48:13』のプロモーションビデオ、デーモン・アルバーンのソロアルバム『Everyday Robots』からタイトルトラックのミュージックビデオの監督と、アルバムのアートディレクションを手がけた。最近では、フライング・ロータスのステージ衣装のデザインもしている。彼はファッション業界の外にいる才気溢れるクリエイターたちとのコラボレーションの中で、その都度オーディエンスの期待を良い意味で裏切ってきた。

アイター・スロープがどのような形のクリエイティブを発表するかなど、誰にも予想はできない。だが、彼の作風には、ひとつの共通点がある。それはナラティブであることだ。彼は作品を通して、ストーリーを表現している。そして、彼が紡ぐストーリーの多くは、社会の出来事とリンクしている

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映画『ハンガー・ゲーム』のコスチュームをデザインしたことについて、スロープは次のようにコメントしている。

これは衣装のデザインを通してキャラクターに息を吹き込むという、すごくエキサイティングな体験だったよ。衣装によって、キャラクターを次のレベルまで引き上げることができるんだ。子どもの頃から俺は、自分の作るものにナラティブなストーリーを乗せたいと考えていたからね。

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スロープの描くストーリーは時として一筋縄ではいかないものもある。たとえば2006年に発表したコレクション「When Football Hooligans Become Hindu Gods(フーリガンがヒンズー教の神々になる時)」。当初彼はガネーシャなどのヒンズーの神々をモチーフにデザインスケッチを描いていた。だが、制作途中で彼はそれらの作品のコンセプトを、彼が拠点にしている英国のサッカー界で起きている差別問題や、フーリガンの暴力問題と結びつけた。

これには、彼自身の素性も関わっている。彼はアルゼンチンで生まれ、バルセロナに移住、10代からは英国で暮らす。常にサッカーが身近にある環境で、フーリガンも身近であった。少年だったスロープは彼らの暴動を恐れながらも、Stone IslandやC.P. Companyといったストリートファッションへの憧れを持ったのだという(C.P. Companyのゴーグルパーカーはレジスタンスが着るコンバットスーツにも見える)。

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『On the Effects of Ethnic Stereotyping』が描くストーリーはさらにラディカルだ。スロープは、2005年に起きたロンドン地下鉄のテロ事件と、警官による観光客殺害事件からデザインの着想を得た。観光客が射殺された理由は、黒いバックパックを背負っていたからだ。これは欧米ではテロリストが黒いバックパックに銃火器や爆弾を入れているというステレオタイプに端を発する。

誰もが持っているような何の変哲もない黒いバックパックが、人の恐怖心によって政治的な意味合いを持ってしまう。皮肉なことに、そのようなテロル(恐怖)を引き起こすことこそがテロリストの目的なのだが。

『On the Effects of Ethnic Stereotyping』のコンセプトは「不正確で的外れな脅威」。黒いバックパックのデザインは逆さドクロで、間違った物の見方が恐怖や死を招くというメッセージが込められている。

このように、スロープの作品には社会政治的なテーマが見え隠れする。そのことについて、問われた彼は次のように語った。

創造する人間として倫理的な責任を感じているからね。だから、新しいものを作り、それまでとは違った切り口を提示することで、何かしらのステイトメントを発信しようとしているんだ。俺はヒップホップ・アーティストのように、アートという媒体を使って自己表現ができると信じているよ。

最後に若林は「自分のことをどう定義しますか? なぜ自分をファッションデザイナーと呼びたくないんでしょうか?」とスロープに問いかけた。というのも、スロープはこれまでのキャリアの中で決して自身をファッションデザイナーとは自称したがらなかったからだ。

俺はプロダクトデザイナーとファッションデザイナーの中間に自分を位置づけたいと思っているんだ。ファッションデザインは、最初の段階でどのようなものを作るかゴールが決まっているが、俺のデザインのプロセスは、最終的にどうなるか分からない状態から始める。問題を設定し、それを解決して、するとまた問題が見つかるから、それをまた解決する。プロダクトデザインのプロセスと同じさ。結果もすごく大事だけど、最終的な結果を決めるのは俺じゃない。俺は原動力であり駆動力に過ぎないって思っているよ。

本稿のトップ画像は、今年6月の2017年春夏ロンドン・コレクション・メンズのランウェイで発表されたアイター・スロープの最新作だ。このショーにはモデルは1人も登場せず、パペットが服をまとって人形遣いによって動かされることで、世界中に衝撃を与えた。

インタビューの中で、スロープは次のように語っている。「このコレクションは俺自身の内面で起きた、閉塞感からの再生のストーリーだ。スランプの中で、自分の過去の実績が俺自身を閉じ込めていたことに気がついた。そこからの解放と再生を、ショーの中で表現しているんだ」。

これは筆者の想像だが、周囲の人々や状況に動かされるランウェイのパペットも彼の自己認識を表現しているのではないだろうか。それは彼が意志を持たないということではない。エゴからの解放によって創造性をドライブさせ、周囲を巻き込みながら革新的な作品を作り続ける彼の姿を表しているのだ。

なお、イベントから2週間後の10月25日にオランダのデニムブランドG-Star Rawは、アイター・スロープをクリエイティブ・ディレクターに迎えることを発表した。スロープは2013年からクリエイティブ・コンサルタントとして同ブランドに関わり、イノベーションラボも設立している。ラボから誕生したカプセルコレクション『G-Star RAW Research.』は日本でも話題になった。G-Star Rawとの契約は3年間で、彼自身のブランドNew Object Researchも継続する予定だ。