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事例紹介
前回までの記事で「ナラティブ」の定義について解説をしました。ここでGDC 2016ゲームナラティブサミットのセッションから「The Narrative Innovation Showcase」のレポートをかねて、ナラティブゲームの実例について紹介しましょう。本セッションは2015年に注目を集めた5タイトルのゲーム開発者が登壇し、どのようなナラティブ的工夫を行ったのか解説するという内容でした。
1.PRY
タイトル:PRY
制作:Tender Claws
講演者:Samantha Gorman(ゲームデザイナー・共同設立者)
プラットフォーム:iOS
主人公は湾岸戦争に従軍し、現在は祖国で解体業者を営むJames。ゲームはノベル形式をとり、戦争から6年が経過したJamesの深層心理を舞台にストーリーが展開されます。最大の特徴はスマートフォンに最適化された操作系で、画面をピンチアウトするとセンテンスが広がり、行間に新たなパラグラフが出現すること。これによってプレイヤーはJamesの記憶の奥深くにダイブするような感覚で物語を楽しめます。
また、物語に関連する写真や動画が大量に内包されており、ストーリーの展開に応じて再生されていきます。時には点字風のグラフィックが表示され、指でなぞると音声が再生されるなどの表現も。これらの操作を通して、プレイヤーは戦争で失われたJamesの人間関係や、彼の持っていたビジョン、さまざまな謎や記憶にまつわる嘘などを解き明かしながら、真実に迫っていきます。
ゲームデザイナーのSamantha Gorman氏は「プレイヤーの操作にゆだねすぎると物語が発散しすぎてしまい、作り手側の管理を強めすぎると幅がなくなってしまう。テキストや動画の断片を適切に提示しながら、このバランスをいかにとるかが難しかった」と語りました。これはすべてのナラティブゲーム制作者に共通する課題でしょう。
2.Ice-Bound Concordance
タイトル:Ice-Bound Concordance
制作:Down to the Wire
講演者:Aaron Reed(Storytelling Guru、インディペンデント)
プラットフォーム:iOS、Windows、書籍
米国カリフォルニア大学サンタクルーズ校の博士課程に所属する2名の学生による作品です。
物語は死後、急速に名声が高まった作家、Kristopher Holmquistが残した遺稿を巡って展開します。未発売に終わったシリーズ最終巻の内容に世間の注目が集まる中、出版社は Holmquistの人格を移植した人工知能「KRIS」を開発します。プレイヤーはKRISと対話しながら、最終巻の内容や死の謎に迫っていくという内容です。
ゲームはマップ上を移動し、付箋サイズのスペースに表示される断片的なストーリーを収集しながら進んでいきます。それらの情報をつなぎあわせることで、謎が謎を呼ぶ仕掛けになっているのです。ビジネスモデルがユニークで、フリーゲームと有償の書籍のハイブリッド。プレイヤーは書籍をカメラでAR的にスキャンし、そこで得られる情報を手がかりにゲームを進めていきます。
ゲームデザイナーのAaron Reed氏は本作を開発するにあたり、「彫刻家が少しずつ素材を削って全体像をあらわにしていくように、プレイヤーがインタラクティブなストーリーを進めていき、物語世界を探索できないか」と考えていたそうです。それによって何度も繰り返しプレイできるナラティブゲームが、安価に開発できるのではないかというわけです。
3.Elsinore
タイトル:Elsinore
制作:Golden Glitch Studios
講演者:Katie Chironis(チームリーダー兼ライター)
プラットフォーム:PC版で発売予定
シェイクスピアの悲劇「ハムレット」が原作のアドベンチャーゲームで、ゲームはクォータービュー視点のもと、古典的なマウスクリックによる操作で進行します。原作はデンマーク王子ハムレットが、父を殺害して母を奪い王位を簒奪した叔父を討って、復讐を果たすものの、自分もまた死んでしまうというストーリー。プレイヤーはこの一部始終を最初に予知したオフィーリアとなり、悲劇を食い止めることが目的です。
ゲームの冒頭で、5日後に城の全員が死ぬ夢を見たオフィーリア。その内容どおり、普通にゲームをプレイしていくと原作通りの結末が訪れます。しかし、本作でオフィーリアは何度も同じ時間軸をループする運命にあります。そしてハムレットをはじめとした主要キャラクターに話しかけたり、各々のキャラクターが隠し持つ嘘や秘密をあきらかにするなどして、運命の輪から逃れるために努力していくというわけです。
登場人物にはさまざまなパラメータが存在し、社会関係を構築しています。そしてプレイヤーの行動によって、行動がさまざまに変化していきます。チームリーダーのKatieは「本作では勝利・高揚感・謎を解くなどの行為は求められていません。複雑な人間関係の中で生きる、物語の登場人物の人生を体験してもらうことが目的です」と語りました。
4.Cibere
タイトル:Cibere
制作 Star Maid Games
講演者 Nina Freeman(ゲームデザイナー)
プラットフォーム:Windows、Mac

オンラインゲームにおける恋愛をテーマとしたアドベンチャーゲームです。主人公はオンラインゲームで出会った男性に恋をした19歳の女性。ゲームを進めるうちに、主人公は彼に夢中になっていき、次第にゲーム内だけでなく、電話やチャット、写真の交換などを行なうことになります。最終的に二人が直接出会い、一夜を共にすることがゲームの目的。トレーラーでは主人公が下着姿の写真を送る刺激的なシーンもふくまれています。
ゲームはPCのデスクトップを模した画面で進行し、ゲーム内ゲームであるオンラインゲームをNPCの男性とプレイしたり、仮装メールやチャットをしながら進めていきます。女性向け恋愛ゲームというテーマに加えて、この斬新なゲームシステムが高く評価され、インディゲームの世界的なアワード、Independent Game Festival Award(IGFアワード)2016でヌエボ賞(斬新なアイデアのゲームに贈られる賞)などを受賞しました。
講演者のFreeman氏は本作を「vignette」という概念で説明しました。vignetteとは「文学・誌・映像における、短く、ぼんやりとして、何かを喚起させるような描写、または人物の話、状態」のこと。つまり本作の目的は、そのような断片的エピソードを重ねることで、プレイヤーにロマンチックな感情を自ら抱いてもらうことにあるというわけです。
5.The Church in the darkness
タイトル:The Church in the darkness
制作:Paranoid Productions
講演者:Richard Rouse III (ディレクター・ゲームデザイナー・ライター)
プラットフォーム:2017年にWindows、Mac、PS4、Xbox One版で発売予定
1970年代のカルト組織が舞台のアクションアドベンチャーです。当局の捜査官で、主人公のビックのもとに甥のアレックスから手紙が届きます。アレックスはカリスマ的な指導者に率いられた、原始共同体的な理想郷をめざす教会の信徒でした。当局の追求を逃れて教会は南米に広がるジャングルの奥地に本拠地を移転し、自らの理念にそった理想郷の建設に乗り出します。アレックスもまた信徒と共に南米に旅立っていきました。
しかし、手紙の内容はどこか不審な気配を感じさせるものでした。はたして現地で何が起きているのか......。ビックは南米に向かい、教団が建設中の村に潜入捜査していきます。ゲームは見下ろし型の視点で進行し、プレイヤーは信徒と会話したり、見張りを殺害したりと、さまざまな行動が可能です。ビックとアレックスを巡る物語は、プレイヤーの自由な行動にもとづき、さまざまに展開していきます。
ディレクターのRouse氏は本作のコンセプトに「さまざまなナラティブ体験ができるアクションゲーム」と「カルト集団の探索」という2点を掲げました。そしてプレイヤーの行動とナラティブを提供するためのゲームシステムを組み合わせることで、よりプレイヤーを夢中にさせる、魅力的な物語体験を提供したいと説明しました。
これらの紹介が終了した後、本セッションをモデレートしたFiction Controlのゲームデザイナー兼ライター・Matthew Weiseと、ニューヨーク大学准教授のClara Fernandez Varaは、それぞれの共通項を次のように整理しました。
・既存のゲームジャンルを無視したり、複合させたりすることで、新たな物語体験が創出される。
・断片化され、モジュラー化された物語体験を少しずつ提示していくことで、プレイヤーの中でゲーム内世界を探索したいというモチベーションが喚起されていく。そして、その行動にもとづいて、自分自身のストーリーが紡ぎ出されていく。
・適切に配置された「隙間」の存在によってプレイヤーの探索欲が刺激される。そして、プレイヤーの中で入手した情報を用いて隙間を埋めたり、独自の解釈を行いたいという欲求が生まれていく。
この3項目はゲームならではの物語体験をデザインする上で必須となる要素をうまく整理しています。その上で2000年代以降、技術革新によってゲームのナラティブが花開いたように、今後もまったく新しいナラティブゲームが登場してくると言えそうです。
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