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「MUTEK」を揺るがしたハーマン・コールゲンの爆音ライブ ー 大自然から取り出したデータが人間を侵食する

DIGITAL CULTURE
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コントリビューター類家 利直
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11月の初め、小雨降る渋谷で初めて開催された「MUTEK」はカナダ・モントリオールから始まり、現在は国をまたいでメキシコやスペインでも開催されている国際的なイベントだ。

私が5年間住んだスペイン・バルセロナでのMUTEKは公民館のような比較的小規模な場所で開催されていて、世界規模のイベントだとは想像できなかった。そのため日本での開催のニュースを聞いたときは意外に感じられた。

だが、比較すると日本でのMUTEKのラインナップは充実していて「デジタル・アートの祭典」と呼ぶに相応しい。20周年を迎えたドイツの実験性の高い電子音楽のレーベルraster-notonのアーティストたち、本家カナダからやってきたアーティストたち、そして国内のアーティストたち(彼らの音楽作品の一部を、記事末尾のSpotifyプレイリストにまとめてある)。そしてRed Bull Studios Tokyoでは彼らのアーティスト・トークも行なわれる。

今回はそのMUTEKに出演していた実験性の高いアーティストたちの中でも一際会場を沸かせていたカナダのアーティスト、ハーマン・コールゲン(Herman Kolgen)についてレポートしたい。

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小雨を気にかけながらスペイン坂を下り、会場となったWWW Xに入ると、すでに通路にまで人が溢れていて、前のほうには進めない。しかし観客席からは「すげえ!」「すげえ!」という声が聞こえる。驚くにしても、もう少しましな言い方はないのか?と訝しく思いながら、ステージに目を向けるとHerman Kolgenが作品『Aftershock』をパフォーマンスしていた。

スクリーンには、人のいない荒廃した巨大都市の風景が映写されている。

一部が崩れ落ちた大きな環状高速道路、廃墟になったスタジアム、道路や路肩に散らばるように折り重なる自動車、そこへ廃墟に空しく響き渡る地鳴りのような風切り音のようなサウンドが不穏さを引き立たせる。

これらの都市の風景はCGで作られたもので実在する都市ではないことはわかる。それでも『Aftershock』という作品名のとおり、大災害が起こった後を思い起こさせ、確かに「すげえ!」としか言いようがない、何とも言い表し難い重たい気分になる。

続く『Seismik』も異色の作品だ。大自然を使ったとびきりのグリッチとでも言ったらよいだろうか、とんでもない爆音とともに、映像上ではさまざまな地形がコンピューターによるエフェクトで引き裂かれる。

何と言っても、作品として凄みがあったのはその音響だ。遠くから押し寄せるような奇妙な振動がWWW Xのサウンド・システムによって増幅され、徐々に人を不安にするような爆音に変わる。イタリアのボローニャやスペインなど地名が表示され、リアルタイムで波形がグラフィカルに表示される。

一体これは何だろうと、後から調べて納得がいった。このパフォーマンスには実際に計測された地震波のデータが用いられていたのだ。つまり地震のエントロピーが再現されているわけだ。

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翌日Red Bull Studio Tokyoで行なわれたアーティスト・トークでは、地震波に加えて会場のリアルタイムの振動と、さらにテルミンのようにアンテナによって人間(この場合はHerman本人)の体表の電位の変化も計測され、それらがデータとしてopenFrameworks上でオーディオとしてだけでなく、プレ・レンダリングされたビジュアルとも配合されたパフォーマンスになっているとハーマン・コールゲンは説明していた。

さらに「自分の作品は劇場で座って行儀よく見て終わるようなものではなく、観客が当事者のように作品の中に引き込まれて参加しているような気分になるものを目指している」とも語った。

さらにMUTEKの3日目では、水槽の中に6日間人を入れ、空気をほとんど与えず苦しんでいる様子や、タコなどの異物を時々投げ入れたりして必死にもがいている様子を映像に捉えた作品『Inject』を発表していた。

この作品では多少嗜虐的な傾向も感じさせ、私にとっては北野武の映画作品で見られるようなある種の暴力性を思い起こさせた。そういえば、80年代から90年代にかけて、かつてコメディアンとしてのビートたけしが司会を務めたTV番組スーパーJOCKEYには『水中ジェスチャー』や『熱湯コマーシャル』といったコーナーがあり、ちょうど同じように水中で悶える人々を笑いの種にしていた。今から思い返しても残酷で、放送していいかどうかぎりぎりの内容だったと思うが、Hemanのこの作品にも同様にはっとさせられる部分はある。映像表現としてはきれいだが、公の場で鑑賞して楽しんでいいのかどうか考えてしまう。

クリエイティブ・コーディングのためのソフトウェア環境が整ったことで数学的な要素を創作に持ち込み新しいテクスチャーを生成することが可能になり、現在そういったアプローチで制作される作品は多くなった。頭で考え、ソフトウェア上でさまざまな実験を重ねるアーティストはたくさんいるが、アーティストとして作品に人間との関係性をどのように持たせたいのかという点に関して、ハーマン・コールゲンは一歩先に進んでいる。

ハーマン・コールゲンは、単にきれいで目新しいだけではなく、地震波という私たちの身近にある大きな脅威、そのデータを逆に利用して今までにないラウドネスを持った迫力のある作品を作った。それは自然の強靭な力の前には人間はとても無力である、ということを改めて思い出させる。ただし自然と違い、作者が見える形でいるわけだが。