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新しさと向かい合う「ファッションタトゥー」文化。インフルエンサーは来日したイギリス貴族だった理由

ARTS & SCIENCE
ライター高橋ミレイ
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もしも、日本でアイドルグループや皇室関係者が「タトゥー」をしていたら、大騒ぎになるだろう。だが、欧米では、ワン・ダイレクションをはじめとする人気アイドルグループのメンバーや、タレントの多くがタトゥーをしているし、街を歩いていてもかなりの率の若者が身体のいたるところにタトゥーを入れているのが見られる。統計によると、イギリスでは3人に1人が身体のどこかにタトゥーを入れているそうだ。彼らにとってタトゥーは、ごくカジュアルなもので、あまりレイアウトを気にせず思い思いに気に入った絵柄やメッセージを入れている。

日本では反社会的勢力にむすびつけられがちなタトゥーだが、起源を探ると、もとは日本をふくめた世界各地で魔除けなど呪術的な目的や、集団への帰属のシンボル、あるいは消えない罪科の証として刑罰に使われてきたという深い歴史を持つ。ヨーロッパにもタトゥーは大昔から存在していた。最古のものでは5300年前のイタリアで見つかったアイスマンことOtziに彫られていたもの。また、ユリウス・カエサルと戦ったケルト人の戦士たちがタトゥーを体中に施して敵を威嚇したというエピソードが『ガリア戦記』に記されている。

しかしながら、タトゥーがステータスのあるファッションアイテムとして認識されるきっかけを作ったのは、19世紀のイギリス王族だった。キャプテン・クックが持ち帰りヨーロッパに再上陸したタトゥーの文化は、まず水夫たちの間で流行を見せた。なかでも絵画的な日本のタトゥーの芸術性が高いと評価され、1881年に海軍にいたイギリスのジョージ5世とアルバート皇子が戦艦に乗って来日(ジョージ5世は来る前に十字架のタトゥーをすでに入れていた)。横浜の彫千代という彫り師による龍のタトゥーを入れて帰国した。

エドワード7世からデヴィッド・ベッカムへ

実は彼らの父親である、エドワード7世が1870年代から始まるイギリスでのタトゥーブームのインフルエンサーであった(彼は現代でも準礼装として使われているディレクターズスーツの考案者でもあった)ことはあまり知られていない。彼らをふくめて明治時代には、5人のイギリス王室関係者が来日し、そのうち4人がタトゥーを入れて帰国しているのだ。

そんな背景もあり、当時のヨーロッパでは来日した王族や貴族がタトゥーを彫って帰国するのが、先進的でイケてる裕福なライフスタイルの象徴になった。まさにセレブファッションである。彼らにとってエキゾチックなアジアのアートを身体に彫ることは、遠い国を訪れる何よりの記念になった。そして、イギリスの上流貴族階級から王室と婚姻関係にあるロシアやギリシャといったヨーロッパ諸国、そして社交界を通じてアメリカにも広がった。

そうなって生まれたのがタトゥービジネスだ。サザランド・マクドナルドは1880年代に世界最初のタトゥースタジオをオープンしたイギリスの起業家だ。ジョージ5世たちによってタトゥーのブランドイメージが向上し、ヨーロッパ中の上流階級が顧客になったことで、ビジネスは大成功した。そして1890年に電動タトゥーマシンを開発し、特許を取得した。だが、そのブームも第一次世界大戦以降は徐々に沈静化。ふたたびタトゥーはアウトローやヒッピー文化圏の内側に落ち着いてしまう。

ふたたび、タトゥーがヨーロッパで市民権を得たのは、デヴィッド・ベッカムやジョニー・デップなどの現代セレブの影響が大きい。特に、優れたサッカー選手であり、良き夫、良き父親であるベッカムは、ファッションアイコンとしてこの上ない存在で、彼の存在によってイギリスではタトゥーのイメージはアウトローの象徴からステータスのあるファッションに塗り替わった。かつて水夫や囚人のものだったタトゥーが上流階級のファッションになったように。

だが、一度入れると簡単には消せないという問題は現代までずっとつきまとっていた。一生を共にすると思っていた恋人の名前を彫った翌年には別れているなんて話はザラにある。そんな問題を解決する新しいタトゥーが「Ephemeral」だ。白血球の一種マクロファージが分解できないほど粒子が大きいインクを使うのがこれまでのタトゥーだが、Ephemeralは細かいカプセルに入った顔料を使う。そのカプセルは1年経つと壊れ、中にあった顔料がマクロファージによって分解されることでタトゥーが消えるという仕組みだ。それより前に消したくなった場合は、リムーバーとなる溶液を皮膚の内側に注入することで、タトゥーを消すことができる。

文化がテクノロジーを生み、それが時代と共に変化するのはタトゥーにおいても同じだ。最近ではウェアラブルデバイスとしてのタトゥーも開発されている。思えば何千年という歴史を持つタトゥーという文化。この先どのように進化していくのだろうか。

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