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4 デジタル時代のゲームチェンジャー

「音楽の未来は多感覚体験」アッシュ・クーシャ、理論を越えた音を語る

ARTS & SCIENCE
エディターMakoto Saito
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9月にBRDGが主催するイベント「キマイラ BRDG#7」で初来日を果たしたアッシュ・クーシャ(Ash Koosha)。

彼は名門テヘラン音楽院でクラシカルな音楽や作曲を学び、西洋音楽が禁じられた故郷イランでインディーロックバンドTake It Easy Hospitalの一員として活動した。そのシーンを追ったドキュメンタリー映画に出演したことがきっかけで逮捕の危機を感じイギリスに亡命、その後はロンドンでエレクトロニック・ミュージックを作ってきた。

彼の音楽の特徴はきわめてデジタルな雰囲気をまとっていること、そして、原子のように振動し続ける攻撃的な音によって構成されていることだろう。それらの特徴は、彼の「音への追究」によって生み出されている。

2015年に発表した『GUUD』制作時には、量子物理学やナノテクノロジーについて勉強し、音についてのインスピレーションを受けたというアッシュ(via Pitchfolk)。

新しいアルバム『I AKA I』について、そして「音」の未来について話を聞いた。

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Ash Koosha (Photo: Makoto Saito)

―― 『Guud』をリリースしてから『I AKA I』まで、8カ月と短い期間でした。アルバムを作るのにはどのくらいの時間を要しましたか?

Ash Koosha(以下、Ash):実際に『I AKA I』の制作にかけた時間は10日間くらいなんだ。ボーカルなしのアルバムであれば、いつも1週間くらいでできる。というのも、音をプロセッシングしたり、勉強したことをまとめたり、分析したりといったことはもう何年も習慣的にやっていて、そういうシステムが音楽を生んでいるんだ。

―― 『GUUD』のときには量子物理学からインスピレーションを受けたと聞きました。今回は何か新しいインスピレーションがありましたか?

Ash:ぼくは常に何かを勉強してるから、ふたつのアルバム(『GUUD』と『I AKA I』)の間にも、新しい分野についてたくさんのことを知った。

ここ数年、ニック・ボストロムにすごく影響を受けているんだ。彼は哲学者であり科学者で、超知能 [superintelligence] や人工知能(AI)とその倫理について、人間と共存するためにどうすればいいかなどについて研究している。オックスフォード大学のFuture of Humanity Instituteのカンファレンスにも参加した(編注:ニック・ボストロムが所長を務める)。

これまで音楽を作っているとき、ぼくがコンピューターでやっていることといえば「コンピューターの中から何かを引っぱり出すこと」だった。音楽のアイディアをコンピューターからもらう、ということだ

Ash:そこで人間と機械は未来でどんなふうに関わっていくのかという講演を聞いた。これは今もっとも関心をもって調べているテーマで、特にAIの倫理に興味がある。人間がAIをどのように設計するかということだね。人間のクリエイティビティやコモンセンスを与えることで、いかにして「道徳的な機械」を作ることができるかという話で、有名なトロッコ問題についても考えたよ。それで、AIにとって倫理に基づく意思決定はきわめて重要な課題なんだということに気がついた。

これまで音楽を作っているとき、ぼくがコンピューターでやっていることといえば「コンピューターの中から何かを引っぱり出すこと」だった。音楽のアイディアをコンピューターからもらう、ということだ。でもそうじゃないんだ。(意思決定の)方法論...というか、何年もかけて築いてきたぼくのアルゴリズムはとても人間的なもので、適応行動、つまり環境や社会や感情によって動かされている。頭の中で新しい扉が開いた。AIは、人間がコンピューターにそういったアルゴリズムを与えることで、作るものなんだってね。

VRヘッドセットを使ってのライブ / video: Boiler Room

―― AI以外にもあなたのクリエイティビティを刺激するサイエンスはありますか?

Ash:たくさん。大学で音楽を作り始めたころ、音響彫刻のような巨大なエレメントを目にしてきた。それもあって、ぼくにとってそれぞれの音は「物質」なんだ。ギターやドラムで鳴らすものという概念じゃなくて、物理的な物体だ。

そういうタイプの音楽にとって、オーディオやビジュアルと同様に、音を「体験する」プラットフォームを生み出すことはとても重要だと思う。例えば「SubPac」のようなもの。このウェアラブルデバイスはベストの形をしていて、音の振動を感じることができる。

音楽の未来は多感覚体験だと思う。音はテーブルの上に置いてあって、音楽になると壁を動き回ったりする

Ash:昔は楽器も演奏したけど、今はほとんど音楽をコンピューターで作っている。それを別の形にできないかと思ってるんだ。概念的な(音楽の)フォーマットを考えている。

例えば、音楽にVRを使うと多感覚体験 [multisensory experience] ができる。さらにテクノロジーが進んでMRやARがぼくたちの生活の一部にまでなると、音がそこに入ってくるんだ。音はテーブルの上に置いてあって、音楽になると壁を動き回ったりする。ぼくたちは自分の感覚をもっとよく使えるようになるだろうね。シナスタジア(共感覚)とか、音を見る、もしくは感覚を結合させることができるような状態が普通のものになるんだ。音楽の未来はそういった多感覚体験だと思う。

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Photo: ヨコヤマコム
―― 2015年には『Fermata』という映画作品を制作されましたよね。死が間近に迫った男性が出てくる、精神世界のような不思議なストーリーでした。

Ash:実は次の映画も、音楽と同じテーマで制作しようと思ってるんだ。未来の人間性や人工知能の倫理、それらの裏にある哲学について。その話に繋がる序章として作ったのが『Fermata』だから、死に際の男性を登場させた。

Ash:友だちに「永遠の命があったらどうする?」って聞くと「え?俺は84歳くらいで死ぬよ。寿命なんてそんなもんだよ」って答えるんだ。誰も永遠の命があるなんて、思ってもいないんだよ。結局、人間は明日をどう生きるかを考えているだけで、100年後とか200年後の自分を想像して生きている人なんかいない。

実際のところ人間はみんな死ぬし、それはある意味では感染症のようだとも思う。誰も永遠に生きられるわけじゃない。だから「人は死ぬ」っていう当たり前のことを描いた。そのうえで、次の作品では「もし明日、人工知能との関係において永遠の命を与えられたとしたらどうするか」という、当たり前じゃないことを問いかけたい。

―― 公開はいつごろになりそうですか?

Ash:できれば来年くらいから撮影したいな。脚本を書いたり映画を撮るのはとても時間がかかる作業だから、2年後くらいに公開できたらいいと思ってるよ。

―― 東京は初めてだと伺いました。以前はテヘランからロンドンに移り住みましたけど、異なる都市はあなたのクリエイティビティにどんな影響を与えますか?

Ash:テヘランとロンドンの違いで言えば、ロンドンにいると、朝起きてご飯を食べて仕事をして外に出て...それだけで自分はこの世界とつながっていると実感するんだ。普通のことなのかもしれないけどね。カルチャーはまったく違うし、どっちが良くてどっちが悪いというわけではない。

世界には宗教的思想の部分での違いがまだまだたくさんある。でも人が街を作るというのはそういうことなんだ。いろいろな人がそれぞれの思想を少しずつ街に加えていく。そうすることで自分もその街に1つのピースを寄せることになって、街はその積み重ねでできていくんだ。逆に街が人を支配するようになったら、それは間違っている。

東京は...今まで行った都市のどこともぜんぜん違うなっていう印象を受けるよ。まだあんまり東京のことよく知らないから何とも言えないんだけど...(笑)

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