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シャイア・ラブーフ、無責任と放任主義のストリートアートが伝える「縁」の本質

ARTS & SCIENCE
ライターEMMAOSLO
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本来人間は、リベラルな思考だけ、あるいは保守的な態度だけで生きていけるはずはなく、独りよがりの過激な思考も、最終的には他者とのシンプルなの関係に吸収されていくのかもしれない。

そう思わせてくれるアートを作るのが、米俳優のシャイア・ラブーフ(Shia LaBeouf)である。ゴシップや暴行事件など、何かと報道されることが多い彼ではあるが、近年はアーティストのルーク・ターナー(Luke Turner)、ナスチャ・サデ・ロンッコ(Nastja Säde Rönkkö)と3人のグループ「LABEOUF, RÖNKKÖ & TURNER」を組み、パフォーマンスアートの分野で再出発を試みている。

たとえば2014年2月には、ロサンゼルスで「I AM NOT FAMOUS ANYMORE(僕はもう有名人ではありません)」と書かれた紙バッグを頭にかぶり、タキシード姿でギャラリーの中に座りつづけ、無言で謝罪を表現する『#IAMSORRY』という名のパフォーマンスを行なった。

他にも、自分の出演した全映画を観る様子を録画した『#ALLMYMOVIES』、自分の脈拍をライブストリーミングした『#FOLLOWMYHEART』、アムステルダム市立美術館の周りを144周走った『#METAMARATHON』、ヒッチハイクで全米を横断する『#TAKEMEANYWHERE』など、多彩な活動を展開してきた。自己の有名人としてのアイデンティティをスクラップ&ビルドする過程で、他者との関係性を見直していく。ラブーフのチームが取り組むのは、そうしたコミュニケーションによるアートである。

2016年2月に、彼らはイギリスのオックスフォード大学構内で、エレベーターの中で24時間のライブ配信を行なうプロジェクト『#ELEVATE』を試みた。このプロジェクトでは、エレベーターに乗ってきた学生たちと対話が発生する。Varietyによれば、

LaBeouf asked during the stream. "How do we make this egalitarian like the Internet? Let's just move the talk to the elevator."

ラブーフは配信の中で、「どうしたらインターネットのような平等主義的なものが作れるか。エレベーターの中で話そう」と学生たちに呼びかけたという。

『#METAMARATHON』の記録。アムステルダム市立美術館を144周走った

ラブーフのパフォーマンスアートに関して面白いのは、彼が頭で考えたい分だけの時間がそのまま作品内に投影されるという点だろう。やはり根が俳優だけあるというか、そのテーマに対する思考の分だけ、彼自身も身体を動かす。そのまま時間に反映されるわけである。

下の動画は、彼が1時間縄跳びをし続ける映像をスカイプで公開する『MEDITATION FOR NARCISSISTS(ナルシストの瞑想)』という作品だ。

始まりや終わりが唐突にやってくるのもパフォーマンスアートによく見られることだが、特にラブーフのアートには、かのフォレスト・ガンプが唐突に走り出し、ランニングの最中は一生懸命に考えて、そしてある日唐突に走ることをやめるような、そんな正直なスタンスが見てとれるかもしれない。

2017年に入ると、ラブーフは反トランプのパフォーマンスアートをスタートさせた。『HEWILLNOTDIVIDE.US(彼はわれわれを分裂させることはできない)』と書かれた壁を24時間ライブストリーミングする企画である。通りかかる人は壁に向かい、この言葉を口に出したりして参加することができ、ラブーフはこのアートをトランプ大統領の任期4年のあいだ、ずっと続ける予定だった。

しかし残念ながら現在この作品は、周囲での暴力事件の懸念や銃声が聞こえたなどの通報が相次いだため、場所を移動させては中止と再開を繰り返している。2017年3月に入ってからはアメリカから英リバプールまで場所を移したが、それでも事態は変わらず、危険を伴う不法侵入が数々報告されたためすぐさま中止を強いられている。

このアートに対しての人々の受け取り方は多様なようだ。厳しい意見では、たとえば俳優のジョン・ヴォイトはTMZの取材で「国家への反逆行為」だと非難した。私たちの想像以上に過敏に反応する人々はかなり多く存在している。個々人が抱える政治思想というのは、やはり複雑で、それを解きほぐすことの困難さが、このアートそのものに付きまとっている。かろうじてウェブサイトTVNでは、これまでに残った記録映像を垣間見ることができる。

HWNDU Streamsがアップロードした、ストリーム配信中に逮捕されるラブーフの映像

自分が有名人あることを考え直し、また有名人である自分がいかに1人の人間として他者とコミュニケーションをとれるかを模索しているのが、彼なのである

こうした事態になったのは非常に残念だが、そもそも米大統領就任の際に他のハリウッド俳優の多くがデモに明け暮れていたのに対し、ラブーフはあえて誰もが話し合えるような一種の「場」を提供しようとしていた。この点では、彼の態度はやはりアーティスト目線だなと思わせる。

ラブーフ自身が自らの無責任な行動で幾度も警察に逮捕されてきたために、他のアーティストに比べ「トラブルメーカー」として風変わりだと批判されることが多いのは事実だ。しかし、そうした状況のなかで自分が有名人あることを考え直し、また有名人である自分がいかに1人の人間として他者とコミュニケーションをとれるかを模索しているのが、彼なのである。その点では、現代のアメリカをはじめとする混迷した社会で生きる私たちもまた同様に、少なからずアイデンティティ喪失の渦中にあることは事実なような気がするし、その意味で、ラブーフがこれまでにしてきたことは何かしら私たちにとっても意味を持つかもしれない。

『#ELEVATE』の配信(video: OxfordUnion

彼はエレベーターやヒッチハイクでの出会いを通して、人生におけるいわゆる「縁」という概念をなんとなく理解し、今後もそれを大事にしていきたいのではないだろうか。欧米には、「運命」、「愛」、「神」といった概念はあるが、この「縁」の感覚を見つけることはなかなかないように思う。ラブーフは、それを表現できるパフォーマンスアーティストの1人なのかもしれない。

「宗教などない」のだと想像すれば良かった60年代は、とっくに終わりを告げている

パフォーマンスといえば、確かに一昔前は、たとえばジョンとヨーコが仲睦まじくしていれば、それは平和を訴える手段となったわけだが、今の時代に同じことをしても、おそらく身勝手な夢だと受け取られる可能性が高いかもしれない。『Imagine』の歌詞にあるように、「宗教などない」のだと想像すれば良かった60年代は、とっくに終わりを告げている。現実にキリスト教もイスラム教も仏教もヒンズー教もユダヤ教も存在するのだし、そのどれもに等しく代えがたい価値があり信者がいるのは事実である。リベラルでいようと夢あるプラカードを掲げたり演説することも大事だが、他方で衝突や差別が根強く存在するという現実から目をそらせば良いというわけでもない。

そういうなかで、ある意味で他者にすべて場を任せてしまい、偶然性に身をゆだねてしまう、ラブーフのパフォーマンスアートは確かに無責任で放任主義ではあるが、そこからまったく新たな概念―たとえば先ほどあげた「縁」というような概念―が、ポンと欧米社会に出ていくきっかけになるかもしれない。東洋人が表現する「縁」ではなく、西洋人が自力で見出す「縁」というのがポイントだ。

『HEWILLNOTDIVIDE.US』が今後4年間も続くかどうかはわからない。もし続くならば、この作品が単なるセルフィッシュな場の提供で終わるか、それとも真の縁を結える場所となり得るかは、現地にいる人々、そしてその作品をカメラ越しに見る私たち一人一人にかかっている。

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