UK新世代の音楽を代表するシンガーでプロデューサーの一人、サンファ・シセイ(Sampha Sisay)を目の前にすると、思わず時間が過ぎるのを忘れてしまう。
それは彼のライブを見た時も、イギリス人アーティストでコラボレーターのSBTRKT(サブトラクト)の「Evening Glow」などのブレイクビーツを聴いている時も感じたことだった。自分の中に沈む何かを探すように、安堵と不安が入り混じった彼の声を聴くと、潜在的で瞑想的な感覚に入ってしまう。世界中のトップアーティストや音楽フェス・プロモーターたちが彼とのコラボを求めている熱狂とは真逆の時間軸で、彼は生きているんじゃないかと思った。
2017年2月にリリースしたデビューアルバム『PROCESS』でサンファは、ジェシー・ウェアやFKAツイッグス、リル・シルヴァなどのUKシンガーやプロデューサーとコラボを行なってきた。2013年にドレイクと「Too Much」でコラボしてから、2016年はカニエ・ウェストの『The Life of Pablo』、フランク・オーシャンの『Endless』、ソランジュの『A Seat at the Table』に参加している。
シエラレオネから移住した両親を持つサンファは、ロンドンに生まれ、幼い頃からピアノに触れながら、音楽と共に育った。13歳でCubaseを使ったDAWに出会い、同世代の少年たちがするように、ビートメイキングに没頭していった。
Here's a picture of Kindness, Solange, Kwes, Olugbenga and Sampha that is sure to keep you fantasising pic.twitter.com/Wyj74T5XT6
— Sean Stanley (@SeanPStanley) October 6, 2013
音楽シーンへの入り口は、音楽SNSのMySpaceだった。そこで知り合ったプロデューサーのKwesを通じて、DELSやGhostpoet、Micachuといったロンドンのアーティストたちと交流を深め、コミュニティの中で彼の理解者を見つけていった。
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Sampha「音楽を作り出した時は、グライムやダブステップからすごく影響を受けていた。僕の従兄弟はグライムMCのFlirta Dなんだ。グライム・シーンのみんなが知ってる。他にはハウス・ミュージックもたくさん聴いた。Todd Edwards、Ian Pooley。ああ、名前が思い出せないな(笑)。家にいると音楽がたくさん聴けた。僕はラッキーだったんだ」
今年のフジロックではRED MARQUEEのトリに登場のサンファは、去る2016年12月に、所属するレーベル「Young Turks」の仲間であるThe xxと共に緊急来日して、豊洲PITと渋谷WWW Xでソロライブを披露した。そのサンファを後日都内に訪ねインタビューをした。テーブルで向かい合うと、伏し目がちでささやくような声と、何度も見せたはにかみ笑いから感じる繊細さに思わず身構えてしまう。
「最近のロンドンではどんな音楽を聴いていますか」
と聞いてみたところ、彼は絞り出すような声で、申し訳なさそうにこう答えた。
Sampha「2011年や2012年の話だけど、ロンドンのエレクトロニック・ミュージックやクラブ・ミュージックが盛り上がっていたのは実感できたよ。ガラージやダブステップの勢いがあったし、聴く人が多かった。最近だと、特定のシーンが盛り上がったり、新しいジャンルが生まれたなんて話は聞かなくなったと思う。グライムは注目されているよね。メインストリームのポップカルチャーになってるみたいで。だけど、ロンドン全体は多様な音楽に囲まれているから、いつも何かは起きていると思うよ」
彼ほどコレボレーションでオンデマンドなアーティストだから、さぞかしいろいろな場所で、「最新」の人やサウンドをチェックしているだろうと思っていた。「最近は音楽作るのに没頭してたから」という答えを付け加えてくれた。サンファにとっては流行りや最先端よりも、真面目に音楽に向き合うことが大事なのだ。
Sampha「僕は「Peaks & valley(山あり谷あり)」という言葉をよく使うんだけど、インターネットが発達したおかげで、音楽シーンが発達するのが、以前よりも難しくなっているようにも感じるんだ。僕はネットで音楽を探してよく聴くけど、それがロンドン出身のアーティストなのか、なんてわからないし気にならない。別にどこの音楽だって聴きたい時に聴けばいいと思う。地域性を感じてもらうには、インターネットがあることで、昔以上に難しくなっているように思ってるけど、それはしょうがないことなんだろうね。きっと」
サンファにとって、「仲間」とは、どういう意味があるのだろうか? 彼が所属するインディーズレーベルYoung Turksは、The xxのデビューアルバム『xx』から最新の『I See You』をはじめ、FKAツイッグスやKoreless、カマシ・ワシントンなど、新しいアイデアを持ったアーティストの作品と世界観を作っている、「クリエイティブ」を象徴するレーベルだ。サンファはYoung Turksをジャンルや枠組みのない共同体だと明かす。
Sampha「みんな面白い奴らの集まったレーベルだよ。7年くらい、もう一緒にいるんだ。僕の知らない音楽を聴いたり、アーティストを教えてくれるから、僕の中にある音楽の扉を開いてくれて、彼らと過ごす時間は新鮮な体験なんだ。いつも何かを感じるキッカケになっているよ。僕らのクリエイションのやり方に、方向性を定義づけることはできないんじゃないかな。もともとは音楽だけじゃなくて、一緒にパーティーをやったりラジオセッションを一緒にやったりしながら広がったレーベルだから、「ライフスタイル」と呼ぶには大袈裟だけど、僕らの「ライフ」そのものを表現しているんだ。多様で個性の強いアーティストがいるからでもあるんだけど、エリート意識とかスノブな感情は不思議なくらいまったく無いよ。僕らはポップ・ミュージックも聴くし、ニッチなジャズも聴いて時間を過ごしていることが好きだし。レーベルの音楽を一つのジャンルで説明したり、枠組みで考えたりはしないところが、僕に合っているよ」
近年、Young TurksをはじめとするUKのインディーズ・エレクトロニック・レーベルは、Hessle AudioやLuckyMe、Numbers、Night Slugなど、 ファミリー的なアプリーチを持つ共同体として、小さなコレクティブを形成し、才能を輩出し続けている。その中にはシンガーもいれば、DJやトラックメイカー、プロデューサーなど多種多様なメンバーが揃い、ジャンルを問わず自分たちが面白いと思う「音楽」に向き合う自由なアプローチが産まれ、アーティスト同士を刺激し合う効果につながっていることには間違いない。
Sampha「最近はスティーブ・ライヒ(Steve Reich)をたくさん聴いたよ。小さい頃は、スティーヴィー・ワンダーの『Songs in the Key of Life』やトッド・ラングレンの『A Wizard, A True Star』が好きだった。ディアンジェロ、トレイシー・チャップマン、ブライアン・イーノにも影響を受けた。あとは、ディジー・ラスカルの『Boy In Da Corner』かな。最近だとケンドリック・ラマー。なんだかビッグネームばっかりしか思い出せなくて、恥ずかしいな(笑)。本当はもっとニッチな音楽ばかり聴いているんだよ(笑)」
サンファの話に耳を傾けながらわかったことだが、彼は自分のクリエイションに「DIY」や「コラボレーション」といった言葉を使わない。ビジネスやテクノロジーの世界では頻繁に聞くようになった「コラボレーション」だが、そこから産まれるクリエイションを欲し、本質的な意味を求めようとする音楽の聴き手を、音楽はコラボレーションによって増やせたのだろうか、とふと思った。
Sampha「一緒に音楽を作ってみたい人か。時代を遡れるなら、70年代のトッド・ラングレン。今だったらカナダ人のオーウェン・パレット(Owen Pallett)だね。ストリングのアレンジもできてヴォーカルもできて、『In Conflict』はすごく好きなアルバムなんだ。スティーブ・ライヒとケンドリック・ラマーとも一緒にやってみたいね」
とても音楽的な答えを返してくれたサンファだが、「クリエイション」という言葉で語ったことが、何かを作ることへの大きな答えだった。誇らしげにコラボレーションを持ち上げたり、商品としてのコラボレーションに興奮するのではなく、「クリエイション」を本気で問わなければいけない時代が来ているのかもしれない。
Sampha「一緒に何かを作りたい人? いっぱい思いつくね。ジャズ・ピアニスト、クラシック音楽のピアニスト、哲学者、グラフィック・デザイナー、ヴィジュアル・アーティスト。みんな何かを作れる人たちだね。あとはいいヴァイブスが作れる人かな(笑)。人間は全員「クリエイション」ができる、何かしら新しいものを作っている人ばかりだから、みんなクリエイターだって思えるんだよね。何かをファシリテートする人も、クリエイティブなプロセスの一部だとしたら、それはクリエイションじゃないかな。誰の中にでもクリエイティブな部分を見つけることができる」
インターネットの力が創作と消費に影響を与え始めてから良いことが生まれる一方で、問題も露呈している。本来読み取るべきアーティストの音楽よりも、パッケージ化されたコラボレーションに付随するネームバリューに多くが引っ張られがちな傾向も、問題の一つだろう。つまり、我々は「コラボレーション」という言葉に多大な期待を抱き、また過大評価しすぎるあまり、音楽と真剣に向き合うことを止めてしまってはないだろうか?
サンファはYoung Turksの同僚アーティストたちを「みんな時間をかけて音楽を作り込んでいく姿勢は共通しているんだ」と語る。では、サンファは、UKだけでなくアメリカやヨーロッパでのレコーディングに忙しく、世界中を飛び回る生活の中で、「コラボレーションにどんな思いで臨んでいるんですか?」と聞いてみたら、こう答えてくれた。
Sampha「一人でクリエイティブなことをするほうが好きだよ。充実感を感じられるし、妥協する必要も無いし。自分のヴィジョンに従って、自由に音楽を作れることはいいことだと思う。時にアーティストは自己中心になって、わがままに映るだろうけれど、それは一人で作る特権かもしれない。ただ、僕は一人で何かを作れるなんてまったく思っていないよ。クリエイティブなことには必ず人が介在する。僕はたくさんの音楽を毎日聴いているけれど、自分では理解できない曲がいっぱいある。だけど、それらの曲は、世界のどこかで誰かの共感を受けているから存在しているんだ。僕はコラボレーションでそういう意味が見えてくると思っている。今まで僕が気付きもしなかった世界の見方があるってことを感じられるんだ」
『PROCESS』はサンファと、XL Recordingsのプロデューサーで、The xxの『I See You』を手掛けたロディ・マクドナルド(Rodaidh McDonald)による共同プロデュース。『(No One Knows Me)Like The Piano』のMVは、ジェイミーxxとギル・スコット・ヘロンのコラボトラック『I'll Take Care Of U』のMVを監督した写真家ジェイミー・ジェームズ・メディナ(Jamie James Medina)が手がけている。
本当に作品を享受するということは、時間がかかるプロセスだし、自分一人が何を感じたかを決めなければいけないものだ。上に書いたように、コラボレーターの名前をメディアが書けば、それだけで先入観に苛まれてしまい、リスクを冒しにくくする。アートは複雑だから、それを学ぶには、触れる時間が必要だ。SNSで情報を共有できて、人とつながる時代に、これほどパーソナルなサンファが支持されるのは、一人でアートに触れる時間を大切にすることが何よりも大事であることの表れだと思える。サンファの定義だと、音楽を聴いて、一人ひとり違う我々がそれぞれ違う感情を作ることも、クリエイションであるはずだ。
Sampha - サンファ
『Process』
2017年2月03日リリース
国内盤[ボーナス・トラック6曲追加収録、歌詞対訳、解説書封入] ¥2,400(税抜)
Track listing:
01. Plastic 100°C
02. Blood On Me
03. Kora Sings
04. (No One Knows Me) Like The Piano
05. Take Me Inside
06. Reverse Faults
07. Under
08. Timmy's Prayer
09. Incomplete Kisses
10. What Shouldn't I Be?
11. In-between and Overseas *Bonus Track
12. Answer *Bonus Track
13. Too Much *Bonus Track
14. Happens *Bonus Track
15. Without *Bonus Track
16. Indecision *Bonus Track
Label : Young Turks
Stores: Beatink、Amazon、Tower Records、HMV、iTunes Store
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