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12 1990年代、オルタナティブの始まりと終わり

「オルタナの生誕」は何を終わらせたのか? 1990-1992

ARTS & SCIENCE
音楽ライター沢田太陽
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90年代の音楽カルチャーに目を転じてみると、インディーズやサブカルチャーの文脈が生じ、音楽世界が拡張した時代であり、「ネクスト・シング=次に来るもの」への大きな期待が研ぎ澄まされていた一方で、徹底したアンチ大衆主義や芸術志向などさまざまな価値観が生まれたゆえに世代による閉鎖感を作る面倒な要因ともなった。ここでは1990年代の音楽と映像の世界がなぜ文化の中心となりえたのか、音楽ライターの沢田太陽によるカルチャー史ととも見ていきたい(FUZE編集部)。

1990年代音楽史シリーズ
「オルタナの生誕」は何を終わらせたのか? 1990-1992
オルタナティブは幻想だったのか? 1993-1995
オルタナの終焉で見えたモノ:1996-1999

1990年

「1990年代」のはじまりは、膨張した「エイティーズ」文化の名残が強い時期にだった。世界のヒットチャートを見回すと、ディーヴァ系のシンガー、40歳台に迫った70年代バンド、そしてアメリカ西海岸のヘヴィメタルバンドのバラード・ヒットが席巻し、ヨーロッパそして日本では「ユーロビート」の波が迫っていた。そんな中で、刺激を求める若いリスナーたちが注目していたのは、ヒップホップやハウス・ミュージックであり、新しいクラブ・ミュージックだった。そして後者は、イギリスのインディーズロックとのコネクションにによって、ザ・ストーン・ローゼズ(The Stone Roses)が1990年5月にイギリスのチェシャーで行った通称「スパイク・アイランド」(Spike Island)の巨大ギグで頂点に達したのだった。

映画界に目を向ければ、ティム・バートンやコーエン兄弟、スパイク・リー、ジム・ジャームッシュ、スティーヴン・ソダーバーグといったインディーズ出身の監督たちが注目されはじめた年だった。彼らの存在は、ハリウッドに刺激を与え、映画産業は無視できなくなる。さらに、映画監督としてカリスマになっていたデヴィッド・リンチがTVドラマ『ツイン・ピークス』を手がけ、ABCが1990年4月に放送を開始する。シリーズは、VHSやレンタルで中毒者を増やす形で話題となり、現在のネットフリックスにおける「ビンジ・ウォッチ」(一気鑑賞)を25年先取った形が今後の映画/テレビシーンの未来を示していた。

1990年 主な作品と出来事

3.26 アカデミー賞の壇上でスパイク・リーの『ドゥ・ザ・ライト・シング』がノミネートされなかったことを女優キム・ベイシンガーが批判。

Video: Movieclips Trailer Vault/YouTube

4.8 アメリカABCテレビで『ツイン・ピークス』が放送開始。

Video: ParamountGermany/YouTube

4.17 ア・トライブ・コールド・クエスト(A Tribe Called Quest)がJive Recordsよりデビュー・アルバム『People’s Instinctive Travels And The Paths Of Rhythm』発表。サンプリングの可能性を広げる。

Video: ParamountGermany/YouTube

5.19 1989年にN.W.A.を脱退したアイス・キューブがソロ・デビューアルバム『AmeriKKKa”s Most Wanted』をPriority Recordsよりリリース。ギャングスタ・ラップ初の全米トップ20アルバムとなる。

Video: BadBoyKillaH187/YouTube

5.27 ストーン・ローゼズが伝説のギグ「スパイク・アイランド」を行う。

Video: Emiliano Jose Livelli Gavenda/YouTube

6.26 ソニック・ユースがアルバム『Goo』でDGCからメジャー・デビュー。

Video: SonicYouthVEVO/YouTube

8.9 フェイス・ノー・モアのシングル「Epic」がミクスチャー・ロックとして初の全米トップ10入り。

Video: RHINO/YouTube

8.26 ブラーが『Leisure』でデビュー。

Video: emimusic/YouTube

8.27 ピクシーズがイギリスの野外フェスティバル「レディング・フェスティバル」で、アメリカのインディ・レーベル所属バンドとしては快挙となるヘッドライナーを務める。

Video: 4AD/YouTube

12.7 ティム・バートン監督の代表作『シザーハンズ』公開。ジョニー・デップやウィノナ・ライダーが新世代の役者として注目を浴びる。

Video: momentsJP/YouTube

1991年

イギリスでは新種ドラッグであったエクスタシーとアシッドハウスを中心とした違法レイヴカルチャー「セカンド・サマー・オブ・ラヴ」がピークを迎えていた。そして、ハウスを軸とした新時代のダンスミュージックは、シングル・ヒットのみならず、808ステイトの『Ex:el』やThe KLFの『The KLF』などアルバムヒットが続く。そしてストーン・ローゼズ以降のインディーズロックとダンスミュージックのクロスオーヴァーでは、ジーザス・ジョーンズやEMFが世界でヒットを飛ばす一方、ドラッグカルチャーの陶酔を浮遊感溢れる轟音ギターのシューゲイザーと結びつけるマイ・ブラッディ・ヴァレンタイン(My Bloody Valentine)が生まれた。そして、プライマル・スクリームが発表した衝撃作『スクリーマデリカ』で時代の象徴となり、その影響は渋谷系を始めとするはるか日本の音楽シーンにまで伝播した。

これらのイギリスでの音楽シーンは「若者ムーヴメント」としての機能を果たした一方で、大きな変化を予感させたのは、この年初頭に湾岸戦争の宣戦布告を行い、「強国」を世界に知らしめたアメリカだった。

1980年代のカレッジ・ラジオ・シーンから生まれたR.E.M.の7枚目のアルバム『Out of Time』がバンド初の全米No.1アルバムとなったことが、「大衆的な流れに同調できない」若者が聴くバンドだった彼らがマスカルチャーと一体化し始めたことで、明らかに何かが変わり始めた。7月にはロサンゼルスのカリスマ的存在だったジェーンズ・アディクションの解散ツアーを発端に、反主流主義なアーティストたちによるフェスティバル・ツアー「ロラパルーザ」がスタート。結果的に、1990年代のアメリカのオルタナティブロック・カルチャーの象徴的存在となった。8月にはメタリカが、これまでの高速型スラッシュ・メタル・サウンドとは真逆のヘヴィなリフを主体にした通称『ブラック・アルバム』を発表、全世界で1000万枚を超えるモンスター・アルバムを作ったことの裏には、当時密かに話題になり始めていたアメリカ北西部ワシントン州シアトルを拠点とするアンダーグラウンドなロックシーンに影響されたものであると云われて、シアトル発の「グランジ」シーンからはニルヴァーナが音楽世界そのものに大変革を起こすこととなった。

1991年 主な作品と出来事

1.17 アメリカ政府が湾岸戦争を宣戦布告。

2.19 アメリカ東海岸インディーズシーンのカリスマ、ダイナソーJr.が『グリーン・マインド』でSire Recordsからメジャーデビュー。

Video: dinosaurjnr/YouTube

3.4 The KLFの『The KLF』、808ステイトの『Ex:el』が同日リリース。共に全英アルバムでトップ10ヒットとなり、ハウスの影響力示す。

Video: dinosaurjnr/YouTube
Video: zttrecords/YouTube

5.18 R.E.M.の『Out Of Time』がインディ発のバンドで初の全米アルバム1位を獲得。

Video: remhq/YouTube

7.10 フリッパーズ・ギターが3枚目のアルバム『DOCTOR HEAD'S WORLD TOWER -ヘッド博士の世界塔-』リリース。『スクリーマデリカ』と比較が話題に。

Video: KazukiGroove/YouTube

7.18 アメリカで第1回目のロラパルーザがスタート、1990年代のオルタナティヴロック・フェスの顔に。

Video: Smola666/YouTube

7.20 イギリスのバンドEMFのデビューシングル「Unbelievable」が全英、全米シングル1位獲得。

Video: rockdelmundo/YouTube

7.23 当時23歳の黒人映画監督ジョン・シングルトンと、アイス・キューブ主演の映画『ボーイズ'ン・ザ・フッド」(Boyz n the Hood)が公開。翌年のアカデミー監督賞と脚本賞にノミネートされる。

Video: nico chévere/YouTube

8.12 メタリカが5作目のアルバム『メタリカ』(Metallica)、通称「ブラック・アルバム」をリリース、グランジ色の強い音楽性は新しいジャンルの象徴的存在と摂られる。

Video: MetallicaTV/YouTube

8.27 パール・ジャムの『Ten』(Epic)、レッド・ホット・チリ・ペッパーズの『Blood Sugar Sex Magik』(ワーナーブラザーズ)が同日リリース。

Video: PearljamVEVO/YouTube
Video: Red Hot Chili Peppers/YouTube


9.24 ニルヴァーナが『Never mind』(DGC)をリリース。

Video: NirvanaVEVO/YouTube

9.23 プライマル・スクリームが『スクリーマデリカ』(クリエイション・レコーズ)をリリース。

Video: Michael Tomlinson/YouTube

11.4 マイ・ブラッディ・ヴァレンタインが『Loveless』リリース。

Video: RHINO/YouTube


1992年

1992年はロックのみならず、ポップカルチャーにとっての一大転換期として歴史に刻まれる。。それは、さほど期待されていなかったニルヴァーナの『ネヴァーマインド』が記録した驚異的なセールスで、マイケル・ジャクソンの『デンジャラス』を蹴落として全米アルバム・チャート1位に輝いた1月から、変革のうねりが始まる。ニルヴァーナの成功は、悲壮感漂う内向的なトーンのグランジに注目が集めることとなり、パール・ジャムやサウンドガーデンなどが次々とチャート上位を占めた。彼らの影響はグランジに留まらず、一部の情報通の中で話題だったミクスチャー・ロックやインダストリアル・ロックにも目を向ける要因となり、レッド・ホット・チリ・ペッパーズやナイン・インチ・ネールズなども一躍人気アクトとなっていった。グランジが生んだ沈鬱かつ挑発的なサウンドは、表面的な享楽を繕いながらも、社会的、経済的、そして人間関係に何かしらの問題や憤りを抱える若者たちの本音を刺激し、それまで主流だった現実逃避思考でパーティ感覚のヘヴィ・メタルを下克上のように追い落として行った。

これと同様の動きは映画界でも起きている。黒人青年ロドニー・キングへ暴行を働いた白人警官が無罪判決を機に「ロサンゼルス暴動」と抗議の動きが広がり、4月からアメリカ全土で緊迫状態が続いたこの年に、黒人監督スパイク・リーの人種差別告発映画の総決算『マルコムX』が公開された。同年には、過去にない本音の残虐性とサンプリング感覚にも通じる映画史への偏愛を刻み込む斬新なスタイルで、クエンティン・タランティーノが『レザボア・ドッグス』で監督デビュー、インディーズ映画界の寵児と称される。

アメリカ文化の地殻変動は、奇しくもビル・クリントンがアメリカ大統領に就任し、「保守政治の80年代」から「リベラルの90年代」へと変わった年が基点となった。この年イギリスのカルチャーは、前年まで猛威を振るっていたレイヴ・カルチャーが取り締まり強化で一気に鎮静、ダンスミュージックやシューゲイザーのムーヴメントに一つのピークを迎えたその矢先、レディオヘッドが静かにシングル『クリープ』でデビューを遂げていた。

1992年 主な作品と出来事

1.11 ニルヴァーナの『Nevermind』がマイケル・ジャクソンの『デンジャラス』に替わり、全米アルバム・チャート1位を獲得。

Video: NirvanaVEVO/YouTube

1.17 1991年に『2Pacalypse Now』でデビューしたラッパー、2パックが映画『ジュース』で初主演を飾る。黒人青年たちのフラストレーションを描いた青春映画として話題に。

Video: Pac-Side/YouTube

1.21 クエンティン・タランティーノの長編デビュー作『レザボワ・ドッグス』がサンダンス映画祭でプレミアされ話題に。10月全米公開で一躍時代の寵児に。

Video: 観ずシネ!/YouTube

4.29 ロサンゼルズ暴動が勃発。死者53人、焼き討ち2000件以上を記録し、人種差別の欲求不満の爆発が浮き彫りにした史上空前の暴動に発展。

5.2 レッド・ホット・チリ・ペッパーズが5枚目のアルバム『Blood Sugar Sex Magik』で初の全米アルバム・チャートトップ10入り。

Video: Red Hot Chili Peppers/YouTube

5.7 Foxチャンネルの青春ドラマ「ビバリーヒルズ高校白書」がシーズン2最終回に最高視聴率を記録。同ドラマのサントラから2曲のヒット曲もこの年に生まれる。

5.30 パール・ジャムが『Ten』で初の全米アルバム・チャートトップ10入り。

Video: PearljamVEVO/YouTube

7.18 第2回ロラパルーザ開催。ヘッドライナーにレッド・ホット・チリ・ペッパーズ、サウンドガーデン、アイス・キューブ、パール・ジャムが登場。

Video: tkon3d/YouTube

8.29 テンプル・オブ・ザ・ドッグが同名のアルバムで全米アルバム・チャートトップ10入り。

Video: TempleOfTheDogVEVO/YouTube

8.30 ニルヴァーナがイギリスのレディング・フェスティバル最終日のヘッドライナーを務める。カート・コバーンの車椅子パフォーマンスが話題に。

Video: NirvanaVEVO/YouTube

9.9 MTVビデオ・ミュージック・アワードでニルヴァーナのカート・コバーンとガンズ&ローゼズのアクセル・ローズが舞台裏で大喧嘩。「ロック世代交代の瞬間」と報じられた。

9.18 シアトルのグランジ・シーンを舞台に描いた、キャメロン・クロウ監督の映画『シングルス』がヒット。サントラには、パール・ジャム、サウンドガーデン、スマッシング・パンプキンズ、アリス・イン・チェインズなどグランジ世代のアーティストが揃う。

Video: Bunch of Trailers/YouTube

9.21 レディオヘッドがシングル「Creep」でデビュー。

Video: Radiohead/YouTube

9.22 ハッピー・マンデーズがアルバム『Yes Please!』をリリース。制作費をドラッグで使い果たし、所属のファクトリー・レコーズを破産に追い込む。

Video: RHINO/YouTube

10.10 ナイン・インチ・ネールズ、『Broken』で初の全米アルバム・チャートトップ10入り。

Video: NineInchNailsVEVO/YouTube

11.3 アメリカ大統領選挙で民主党候補のビル・クリントンがジョージ・ブッシュを破り当選。

1981年以来続いていた共和党政権を倒し、リベラルの台頭を促す。

11.18 スパイク・リー監督、デンゼル・ワシントン主演の問題作『マルコムX』が公開。

Video: Movieclips Trailer Vault/YouTube

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1990年代、オルタナティブの始まりと終わり