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11 1990年代、オルタナティブの始まりと終わり

オルタナティブは幻想だったのか? 1993-1995

ARTS & SCIENCE
音楽ライター沢田太陽
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1993年から1995年の音楽シーンの現場は、最も”ディープ”な変化が起きていた。ジャンルとしてのオルタナティブ音楽はますます成熟度を増し、シーンも成長し拡大を続けていた。その一方で、ありふれたスタイルとして確立された頃から革新性や先進性が失われ、そこから起き始めた停滞や綻びによってシーンの細分化や定義付け、そして分断といった流れにも繋がっていくことは否定できない。こうした時代性の変化を象徴する時勢を、グローバル化とローカル化によって分断しつつある音楽カルチャー3年の中で振り返りたい(FUZE編集部)。

1990年代音楽史シリーズ
「オルタナの生誕」は何を終わらせたのか? 1990-1992
オルタナティブは幻想だったのか? 1993-1995
オルタナの終焉で見えたモノ:1996-1999

1993年

1993年のアメリカ音楽シーンは、前年の勢いを殺すことなく、変革はさらに進んだ。秋にはニルヴァーナが『In Utero』、パール・ジャムが『Vs.』をリリース、再び大ヒットを記録し、特にパール・ジャムは予約だけで200万枚を超えというグランジ全盛期が完全に時代の象徴化したことを示した。また、作品のテーマ性の多様化が進み、露わな性やレイプ体験を歌詞に綴った女性アーティストの台頭が目立ち、リズ・フェアやトーリ・エイモスなどが台頭、さらにアンダーグラウンドでは性暴力や人種問題、LGBT差別を扱ったフェミニスト・ロック・ムーヴメント「ライオット・ガールズ」が起こった。ヒップホップの世界に目を向けると、元N.W.A.のドクター・ドレーと、彼に発掘されたラッパー、スヌープ・ドギー・ドッグを筆頭とした西海岸ギャングスタ・ラップが、荒廃した黒人社会とストリートカルチャーををテーマにした作品が全国レベルの注目を浴びていた。こうしたオルタナティブな文化的価値観は映画界にも拡大し出し、ジョニー・デップが『妹の恋人』や『ギルバート・グレイプ』のヒットで、オルタナティヴ感覚を内包するクセの強い演技で新しいハリウッドの寵児して迎えられたが、同時期にカリスマになりかけたリヴァー・フェニックスがドラッグで急死も遂げたことも時代性の象徴の一つとして衝撃を与えた。

さて、アメリカで起きた文化的変革を、まだバブルの残り香に酔っていた日本はどう受け止めたのだろうか?いや、受け入れたとは到底言える状況ではなかった。しかし各地方に揃い始めていた都市型FMラジオ局の増加などによって、ジャミロクワイをはじめとしたイギリスのアシッド・ジャズや、レニー・クラヴィッツなどの1960年代リヴァイヴァルが、新しいアンダーグラウンドカルチャーの断片として紹介されつつあった。

そしてイギリスでは、インディーズダンス・シーンとシューゲイザー・シーンに替わり、昔ながらのストレートなギター・ロックが復興し始めた兆しが現れ、ブラーやスエードが「ネクスト・シング」(次の大物)としてNMEやメロディーメーカーといった老舗音楽メディアが称賛し始める。レイヴカルチャーの衰退したエレクトロニック・ミュージックでは、アンビエントやハードコア・テクノ、トリップホップなど細分化が始まっており、こうした実験的なサウンドメイキングを軸にアイスランド出身の歌姫ビヨークがロンドンに拠点を構え名刺代わりの「Human Behaviour」でその才能の片鱗を見せていた。


1993年 主な作品と出来事

1/30 ドクター・ドレーのアルバム『The Chronic』、全米アルバムでトップ10入り。ギャングスタ・ラップのブームの火付け役に。

Video: VintageHipHopSeattle/YouTube

3/8 MTVで音楽アニメ『ビーヴィス&バットヘッド』が放送開始。オルタナティヴ・ロックのアーティストとの絡みで人気に。

Video: MTV International/YouTube

3/9 レニー・クラヴィッツがアルバム『Are You Gonna Go My Way』をリリースし全英アルバム・チャート1位を獲得。

Video: LennyKravitzVEVO/YouTube

3/29 スエードがデビュー・アルバム『Suede』をリリース、ロックバンドとしては当時最高の売上を記録し、デビュー初登場で全英アルバム・チャート1位に上り詰める。

Video: Suede Official/YouTube

4/23 恋愛ドラマ映画『妹の恋人』(原題:Benny & Joon)が公開し隠れヒットに。ジョニー・デップの怪演と併せて、挿入歌のプロコレイマーズの「500マイル」が人気を呼ぶ。

Video: Vanessa - Himynameisvans/YouTube

5/4 イギリス人女性アーティストのPJハーヴィーがメジャー・デビューアルバム『Rid Of Me』リリース(Island Recordsカラ)。全英アルバム・チャート最高3位。

Video: eighto reigo/YouTube

5/10 ブラーがセカンド・アルバム『Modern Life Is Rubbish』リリース。

Video: emimusic/YouTube

6/14 ジャミロクワイがデビュー・アルバム『Emergency On Planet Earth』リリース。初登場で1位となる。

Video: JamiroquaiVEVO/YouTube

7/5 ビヨークがアルバム『Debut』でデビュー。

Video: Björk/YouTube

9/10 クエンティン・タランティーノ脚本、トニー・スコット監督、クリスチャン・スレーター主演のヴァイオレント・ロマンス「トゥルー・ロマンス」公開。

Video: Movieclips Trailer Vault/YouTube

9/24 ニルヴァーナが『In Utero』リリース。

Video: NirvanaVEVO/YouTube

10/19 パール・ジャムがセカンド・アルバム『Vs.』リリース。

Video: PearljamVEVO/YouTube

10/31 リヴァー・フェニックスがウェスト・ハリウッドでドラッグの過剰摂取のため急死。享年23歳。

9/24 インディペンデント映画界のリチャード・リンクレイター監督の青春映画『バッド・チューニング』(原題:Dazed and Confused)が公開。レッド・ツェッペリンの楽曲タイトルを作品名にする作風と、ナイーブな青春映画というサブジャンルを切り開く。

Video: Movieclips Trailer Vault/YouTube

12/17 ラッセ・ハルストレム監督の映画『ギルバート・グレープ』(原題:What's Eating Gilbert Grape)公開。ジョニー・デップ、ジュリエット・ルイスに加え、同作でアカデミー賞助演男優賞にノミネートされたレオナルド・ディカプリオがヤング・ハリウッドとして注目される。

Video: YouTube ムービー/YouTube

1994年

1994年は、文化的に一つの大きな象徴が失われた。もちろんそれはニルヴァーナのカート・コバーンの死だ。それが、ロックに革命を起こした時代の寵児としてのプレッシャーからなのか、ドラッグの副作用による苦痛によるものなのか、今となってはハッキリしないが、いずれせよ、音楽形式としてのグランジはここでは終わった。だが彼の死をキッカケにして、その後に続く音楽カルチャーへの新たな道筋を世界中が模索し始め、変革が推進されるのだった。

アメリカの音楽シーンでは、「メジャー」のパワーゲームに参戦したのは、グリーン・デイ、ベック、ジェフ・バックリー、ウィーザーといったジャンルを横断するアーティストたちがデビューの道を歩み、その後のアメリカ音楽シーンを変えていく存在の第一歩を踏み出した。特にポップ・パンクの雄グリーン・デイは、この年夏に行われた野外フェスティバル「ウッドストック94」での泥投げパフォーマンスでメディアによってその存在は一気に注目度を増していく。ちょうど日本でも、カート・コバーンの死、そしてこのウッドストック94こそが、オルタナティヴ・ロックへの一般的な注目度を上げる要因となったのだった。ヒップホップでは、フージーズが『Blunted on Reality』、NASが『Illmatic』、Outkastが『Southernplayalisticadillacmuzik』、そしてノトーリアスB.I.G.が『Ready to Die』と大物のデビュー・ラッシュで続き、また1993年に『Enter the Wu-Tang (36 Chambers)』でシーンに登場したウータン・クランからメソッドマンが『Tical』でソロ活動を開始した。音楽以外での才能という見方をすると、白人ラッパーグループのビースティ・ボーイズが『Ill Communication』で全米アルバム・チャート1位を獲得、同作から若手映像作家スパイク・ジョーンズが監督した「Sabotage」のMVがヘヴィープレイされる一方、自分たちでインディーズレーベル「Grand Royal」や同名の雑誌編集まで行うなど独自のヴァイタリティでストリートのカリスマとなっていった。

イギリスでは「UKロック原点回帰」の路線でトラディショナルなロックの潮流が再評価され始めた。ブラーの『Parklife』とオアシスの『Definitely Maybe』が立て続けに1位を記録したチャート戦争の裏では、両者を対立軸としたメディア露出がシーンを盛り上げ、結果的にバンドのセールスだけでなく、日本を含む世界的なUKロック・インヴェイジョンへと繋がった。

映画に目を移すと、クエンティン・タランティーノが『パルプ・フィクション』でカンヌ映画祭のパルムドール受賞とアカデミー賞ノミネートがメインストリームによるインディペンデント映画の評価という構造変革を決定的なものとした。同時期には、「オルタナ世代」(ジェネレーションX)の若者たちによって、『リアリティ・バイツ』やテレビドラマの『My So-Called Life(アンジェラ15歳の青春)』など青春群像作品がカルトヒットする現象が起きた。

1994年 主な作品と出来事

2.1 グリーン・デイ、ポップ・パンクの幕開けを告げる『Dookie』(Reprise)リリース。

Video: Green Day/YouTube

2.18 ウィノナ・ライダー、イーサン・ホーク主演の『リアリティ・バイツ』公開。オルタナ世代のカルト的代表映画となる。

Video: thecultbox/YouTube

2.18 サウンドガーデンの『Superunknown』(A&M)とナイン・インチ・ネールズの『The Downward Spiral』(Nothing Records)が同日リリーズ。全米チャート1、2位を独占。

Video: SoundgardenVEVO/YouTube
Video: NineInchNailsVEVO/YouTube

4.5 ニルヴァーナのカート・コバーン、シアトルの自宅で猟銃自殺。享年27歳。

4.19 NASがデビューアルバム『Illmatic』(Columbia)リリース。

Video: NasVEVO/YouTube

4.23 ジェフ・バックリー、アルバム『Grace』(Columbia)リリース。

Video: jeffbuckleyVEVO/YouTube

4.25 ブラーがブリットポップの代表アルバム『Parklife』(Food)発表。

Video: Blur/YouTube

4.30 ベックのセカンドシングル「Loser」、全米10位。

Video: BeckVEVO/YouTube

5.10 ウィーザーがデビュー・アルバム『Weezer(ブルー・アルバム)』(DGC)リリース。

Video: WeezerVEVO/YouTube

5.23 クエンティン・タランティーノ、『パルプ・フィクション』でカンヌ映画祭のパルムドールを受賞。

Video: Movieclips/YouTube

5.31 ビースティ・ボーイズが4枚目のアルバム『Ill Communication』リリース。全米初登場1位。

Video: BeastieBoysVEVO/YouTube

8.12-14 「ウッドストック94」開催。オルタナ世代のバンドブームの本格台頭を世界に知らしめる。

Video: Alternative on MV/YouTube

8.25 TVドラマ『My So-Called Life』(アンジェラ15歳の青春)、米ABCが放送開始。わずか1年で打ち切り、カルト的人気番組となる。主演に当時15歳の女優クレア・デーンズを起用。

Video: Alternative on MV/YouTube

8.29 オアシスがデビュー・アルバム『Definitely Maybe』(クリエイション)リリース。9月には来日公演も成功させる。

Video: OasisVEVO/YouTube

9.13 ノトーリアスB.I.G.がデビューアルバム『Ready To Die』(Bad Boy)リリース。

Video: The Notorious B.I.G./YouTube

9.22 米NBCがコメディドラマ『フレンズ』放送開始。当時は「オルタナ世代向け」と呼ばれていた。

Video: Lvcifer/YouTube

9.30 ティム・バートン監督、ジョニー・デップ主演の『Ed Wood』公開。

Video: thecultbox/YouTube

12.6 パール・ジャム最大のヒットアルバム『バイタロジー(生命学)』(Epic)がリリース。

Video: BadPennyFilms/YouTube

12.18 ジム・キャリー主演の映画「ジム・キャリーはMRダマー」が現象的ヒット、「エースにおまかせ」「MASK」に続くこの年3本目のヒット。

Video: YouTube ムービー/YouTube

1995年

日本でいわゆる「団塊ジュニア」世代が文化的中心となっていった1994年は、世界の音楽カルチャー・シーンとそれらを取り巻くサブカルチャー・シーンにおけるオルタナティブとメインストリームという境界線の区別が付かなくなるほど、グローバル化と細分化が同時進行で起こり、アーティストの存在そのものにも大きな影響を与えた。こうした動きは、イギリスのブリットポップであり、アメリカ西海岸のメロコアとポップパンクだった。ブリットポップは、イギリスのメディアで対立図式を盛り上げたブラー対オアシスの人気は日本にも反映され、両者ともにオリコンアルバムチャートでトップ10入りする人気バンドとして地位を確立した。その他に、レディオヘッド、パルプ、スーパーグラスなど役者が揃い、マニック・ストリート・プリーチャーズのリッチー・エドワーズ失踪事件などニュース性も強かった。

ポップ・パンクではグリーン・デイを筆頭にオフスプリング、NOFX、ランシドなどのバンドブームが揃い踏みし、ストリート系メディアやファッションブランドの援護射撃を受けることとなる。またブラックミュージック・カルチャーでは、ヒップホップとガールズカルチャー色を融合したTLCが立て続けにシングルをリリース、斬新なMVと共に賞賛を集める。さらに、西海岸ギャングスタ・ラップと「Gファンク」のピーク、ウータン・クランのソロでのバラ売りなど話題に事欠かないヒップホップ・シーンでは、2パックとノトーリアスB.I.G.、Death Row RecordsとBad Boyという、2大ラッパーと2大レーベルの東西対決にメディアが拍車をかけていったのだった。また、映画界ではアメリカでいう団塊の世代の「X世代」向けの青春群像ものが人気で『クルーレス』、『エンパイア・レコード』『Kids』がヒット。またブラッド・ピットが「セヴン」「12モンキーズ」でこの世代でジョニー・デップと並ぶ個性派俳優の座を獲得し、デヴィッド・フィンチャーやテリー・ギリアムといった監督によるアート的作風の映画がメインストリームでの評価を高めていく。

日本では、こうした音楽事情を背景に輸入CD文化が加速、クリエイションやエピタフ、ビースティ・ボーイズが主宰するグランド・ロイヤルなどインディーズ・レーベル人気を後押しした。さらに、日本人バイヤーたちの優れた嗅覚が、カーディガンズに代表される北欧ポップ、ジョン・スペンサー・ブルース・エクスプロージョンやベン・フォールズ・ファイヴなどアメリカのインディーズ・アーティストの紹介が輸入盤店で目立った年となる。

1995年 主な作品と出来事

2.1 マニック・ストリート・プリーチャーズのギタリストであるリッチー・エドワーズ、この日を最後に失踪。現在も見つかっていない。

Video: ManicStPreachersVEVO/YouTube

3.1 ザ・カーディガンズのアルバム『Life』(Stockholm)をリリース、日本発売は50万枚を超えるヒットに。

Video: TheCardigansVEVO/YouTube

3.13 レディオヘッド、『The Bends』(Parlophone)をリリース。

Video: Radiohead/YouTube

3.14 2パック、『Me Against The World』(Interscope)で初の全米1位に。

Video: 2PacVEVO/YouTube

4.26 ジョン・スペンサー・ブルース・エクスプロージョンのアルバム「Orange」が日本発売。

Video: Shove Records/YouTube

7.4 元ニルヴァーナのドラマー、デイブ・グロールがフー・ファイターズで再始動。デビューアルバム『Foo Fighters』(Capitol)リリース。

Video: foofightersVEVO/YouTube

7.8 TLCの「Waterfall」(LaFace)、全米シングル1位獲得。

Video: TLCVEVO/YouTube

7.19 アリシア・シルヴァーストーン主演の映画『クルーレス』公開。

Video: YouTube ムービー/YouTube

8.14 ブリットポップ対決の頂点「バトル・オブ・ブリットポップ」、ブラーとオアシスがアルバム先行シングルを同日発売。ブラーの「Country House」がオアシスの「Roll with It」に勝つ。

Video: emimusic/YouTube
Video: OasisVEVO/YouTube

9.22 デヴィッド・フィンチャー監督、ブラッド・ピット主演の映画『セヴン』公開。

Video: Warner Bros./YouTube

10.2 オアシスが2枚目のアルバム『(What’s The Story)Morning Glory?』(クリエイション)リリース。世界的に大ヒット。

Video: OasisVEVO/YouTube

10.30 パルプ、5枚目のアルバム『Different Class』(Island)をリリース、ブリットポップの重要アルバムの一枚と評価を受ける。

Video: PulpVEVO/YouTube

1990年代、オルタナティブの始まりと終わり