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2 #ユースカルチャーの育て方

暴動の中心地から「ロンドンで一番クールなエリア」へ。サウス・ロンドン、ペッカムに暮らして

ARTS & SCIENCE
事業統括プロデューサー尾田和実
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90年代はロンドン中心部だったポップカルチャーの発信地は、00年代に入る前後からイースト・ロンドンに移行して、10年代はサウス・ロンドンの時代になったと言われる。その中心部、“ペッカム”に居住経験のあるKEN KOBAYASHIは、日本人(小林“mimi”泉美)とドイツ人(ホルガー・ヒラー)のアーティストを両親に持ち、自らもシンガーソングライター/プロデューサーとして音楽活動をしてきたシーンの当事者であり、ジェントリフィケーションの貴重な目撃者でもある。彼が目の当たりにしてきた現地の変貌とそこから暗示されるロンドンの未来について綴る。

文:KEN KOBAYASHI

「クールネス·セントラル」の称号を得た街

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ペッカムとは? 音楽好きや、イギリスに詳しい方なら、聞いたことがある地名かもしれない。ロンドンの中心を流れるテムズ川の南側、”サウス・ロンドン”に位置するエリアで、今やロンドン、ナンバーワンのホットスポットと紹介されることも多い

ペッカム・ライ駅の周辺には、お洒落なカフェやレストランが並び、有名なクラブ「Bussey Building」やクリエイターが集まる複合施設「Peckham Levels」もすぐ近く。夏は、こだわりの料理が並ぶフードマーケットや、ロンドンを一望できるバー「Franks」に集まるお客さんで賑わう。更に、駅からバスに乗れば、独特のコミュニティ感が話題のライブハウス「DIY Space For London」や、近年新たにオープンしたメガクラブ「Printworks」にも足を運べる。

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ロンドンが一望できるバー「Franks」
image via Shutterstock
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印刷工場を改装して、2017年に作られたメガクラブ「Printworks 」の入り口に並ぶ人々
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日本のクラブにはない高い天井。「Printworks」が元印刷工場だから実現できた広大な空間。

思えば、最近盛りあがりを見せているUKジャズの代表曲のひとつは、その名も「Peckham Rye」Mura Masaのデビューアルバムリリースに合わせた展示も、2017年にここペッカムで開催された。期待の若手ミュージシャン、Cosmo PykeのPVでも、ペッカムの雰囲気が大体的にフィーチャーされている。今のロンドンの音楽シーンをペッカム抜きで語ることはできないとまで言えるかもしれない。

ロンドンでは珍しくないことだが、ペッカムはここ5~6年で、急激にホットなエリアへと姿を変えた。ミュージシャンとして活動してきた筆者は、2011年~2016年の間ペッカムに5年間住み、2016年からの2年間弱をすぐ近くのサリー・キーズで過ごした。ペッカムが、その姿を変え、進化して行く様を目の当たりにしてきた。ジェントリフィケーションの最前線とも言えるペッカムで、生活して、肌で感じたことを書き出してみたい。

今でこそ注目されるペッカムだが、8年前は状況が違った。当時は決して治安のいい場所ではなく、怖くて行くのを避ける人も多かっただろう。2011年の秋、比較的安全なウェスト・ロンドンからペッカムに引っ越したときのことは鮮明に覚えている。ちょうどその頃、ロンドン中で数日間にわたり暴動が起きていた(日本でニュースになっているのを見た方もいるかもしれない)。物件の下見に行く当日、暴動による治安の悪化で、ペッカム行きの電車が止まってしまった。結局その日は、危なそうな道を避けながら、バスを乗り継いで、なんとか目的地であるペッカムの住宅街に辿り着いた。

そう、ペッカムは暴動の中心地のひとつだった。電車が止まったことは、ロンドンのなかでもペッカムの治安が特に悪いことを浮き彫りにした出来事だった。当時のペッカム・ライ駅周辺の雰囲気も安全とは言えず、引っ越してくるうえでこれからの生活に不安もあった。だけど、「一緒に住もうと誘ってくれたハウスメイトもいるし、ペッカム周辺にミュージシャンの友達がたくさん住んでるから大丈夫だろう」と思い、引っ越すことを決めた。後々考えると、それはとてもいい判断だった。

なにより僕は、その時期にペッカムに引っ越した他の多くの人たちと同様に、安い家賃に惹かれていた。シェアハウスの一室だった僕のベッドルームの家賃は月£320(約4万5,000円)。当時、ZONE 2としては破格の値段で、ウェスト・ロンドンでは考えられないほど安かった。

きれいなところから面白い文化はうまれない

当時のペッカムの繁華街の雰囲気は、今よりも更にローカルだった。有名なチェーン店などは少なく、肉屋、魚屋、八百屋、雑貨屋、それにローカルなヘアサロンで賑わう“下町”だった。どこか汚らしい街並みで、ゴミが散乱している道もあった。そんなペッカムが、まさかここまで流行るなんて当時は思ってなかった。もっとも、「きれいなところから面白い文化はうまれない」という言葉もあるように、そのゴチャゴチャ感は魅力のひとつでもあった。

なにより、ペッカムのコミュニティは、イギリス有数の多文化社会だった。アフリカ系、ラテン系をはじめ様々なバックグラウンドの人々が暮らし、その独特の雰囲気が刺激的でメインストリートを歩いていると、そこがイギリスだということを忘れてしまうほどだった。

多文化社会(マルチカルチャリズム)と言えば、ロンドン発祥の重要な音楽ジャンル、例えばドラムンベース、ジャングル、グライムなどは、すべてマルチカルチャリズムの賜物だ。だから、多様なカルチャーのミーティングポイントであるペッカムは、もともとポテンシャルが高かったように思う。すぐ近くに、ふたつの芸術大学があった点も大きい(ゴールド・スミス・カレッジとキャンバーウェル・カレッジ・オブ・アーツ)。歩ける距離にあったこのふたつの大学に、当時よく遊びに行き、何人もの素敵なミュージシャンに出会った。もともとアート系の学生が多くいたペッカムに、安い家賃を求めて若者が更に流れ込んだわけだから、既存の要素と絡み合ってどんどん面白い方向に行きそうだと、なんとなく感じていた。

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2014年頃のペッカムのメインストリートの様子

そして決定打となったのが、2012年にできた新しい路線である“Overground”。ロンドンオリンピックに合わせた都市開発で開通したこの鉄道で、イースト・ロンドンとサウス・ロンドンが今まで以上に繋がって、サウスロンドン全域が活性化した。

ショーディッチ(ナイトライフで有名なイースト・ロンドンのエリア)で一杯飲んでから、電車で移動してペッカムのクラブへ。昔は想像もできなかったような遊び方ができるようになった(更にこの“Overground”、2017年から一部は週末が24時間運行になる。ナイトライフ好きにはそれこそ最強の路線で、個人的にも数々の思い出が詰まっている)。

電車の開通もあり、2012〜2013年頃から、ペッカムの勢いは一気に加速した。2015年に、名もないパブでKing Kruleが演奏して話題になったかと思えば、同年に「DIY Space For London」が開設。2016年には、Chanelとi-D Magazine共同主催のエクシビションが催され、ペッカムのステータスやイメージが格段に上がったことを感じた。この頃は、街を歩いているだけでも、次々に開店するお洒落なバーやコーヒーショップに驚かされた。

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2015年にオープンしたDIY Space For London。音楽ファンのボランティアにより手作りで運営される会場で、ワークショップも頻繁に開催されるなど、コミュニティ感が強い場所だ

ジェントリフィケーション、フェーズ2へ

僕が移り住んだ2011年頃は、ペッカムにおけるジェントリフィケーションのフェーズ1、つまり、貧民街の安い家賃につられて、学生やアーティストがそのエリアに移り住む時代だった。だが、ペッカムは既にフェーズ2に移っている。街全体がホットなスポットに生まれ変わったことにより、地価が高騰し、だんだん収入の高い人しか住めなくなっていく時代だ。不動産屋が乱立し、低所得の人々は追い出され、築かれてきた地域の文化や特徴を一変させてしまう。大都市ではよく聞く話だ。

僕は2016年に、サリー・キーズというすぐ近くのエリアに引っ越したが、2011年に入居したペッカムの部屋の家賃は、当時既に£420まで上がっていた(年率にして平均5%以上の上昇)。今では同じ部屋が£500〜600で貸されていてもおかしくない。なお、移り住んだサリー・キーズの相場もここ数年でぐんぐん上がっていることを肌で感じる。

もともと不動産の投資先として好まれてきたロンドンでは、2010年以降、世界中の投資家が土地や物件をこれまで以上に買い漁ったせいで、地価や家賃がどんどん上昇している。そのためドーナツ化現象が激しい。よほどの高収入でない限り、もはやセントラル・ロンドン(ZONE 1)に住むことはできない。ペッカムを含め、ZONE 2も事情が厳しくなってきた。セントラル・ロンドンでは、高騰した家賃や、都市開発の煽りを受けて、多くのクラブや音楽ヴェニューが姿を消した。音楽カルチャー的にも、ZONE 1は昔に比べつまらないエリアになってしまった。東京の渋谷のように、中心部にクラブやライブハウスがたくさんがある状況は、ロンドンでは考えられない。イギリス人からしたらある意味、羨ましい光景だろう(もちろん、日本のクラブは風営法という、イギリスとは別の問題を抱えているのだが)。

ZONE 2における最後の“お手頃エリア”だったペッカムやその周辺まで高級な地域になってしまったら(いや、もうなっているかもしれない)、次はどこに行けばいいのだろうか? ペッカムの独特な雰囲気やキャラクターは今後も失われないが、クリエイティブな人達が住めない場所になってしまったら、「最先端」としての地位は維持できなくなるはずだ。

ポスト・ペッカムの注目エリアはどこ? そして、イギリスを包むブレグジットという影

ペッカムが落ち着いた後の、注目のエリアはどこなのか? 単純に考えれば、中心部の地価が更に高くなり、南のお洒落スポットは更に南下、北は更に北上する可能性が高い。サウス・ロンドンでは、既にデプトフォード(ZONE 3)やブロックリー(ZONE 3寄りのZONE 2)が「お手頃」だとして注目されはじめている。しかし、ここまでディープな郊外になると、“次のペッカム”になれるか分からない。というのも、ペッカムは近くの人こそ気軽に行ける場所だったが、ロンドンの他の地域に住む人達にとっては、遊びにいける“ギリギリ”の遠さだったと思う。だからこそ、人が集まるハブとしてなんとか機能していた。しかし、若者やアーティストが更に郊外に移動したら、それぞれの限られたエリアで小さな盛り上がりを見せても、ペッカムのような、誰でも行けるカルチャースポットが生まれにくくなるような気がする。

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そして、街の今後を語るうえで更に重要なのが、イギリス全土を覆う“ブレグジット”という影だ。2016年の投票で、僅差でEU離脱が決定したブレグジット。離脱派の投票は、移民が増え続けることに対する抗議の声でもあったと言われている。自分も日本人とドイツ人の間にロンドンで生まれた「移民の子供」だから、多文化社会に対して否定的な声を聞くと、悲しい気持ちになる。ロンドンの投票だけ見ると過半数は残留派で、EU離脱派が多いのは主にイングランドの田舎だった。離脱が決まったその日は、驚きの結果にロンドン全体のムードが落ち込んでしまったことを覚えている。現代のロンドン、特にペッカムでは、この人は“移民”、この人は“イギリス人”というカテゴリー分けをすること自体が難しく、またそんな線引きをする意味も薄れていると感じていた。そんなマルチカルチャリズムがロンドンの魅力だったのに、EU離脱の投票によって、街にひとつの亀裂が入ってしまったような気がしてならない。

だからこそ今、ロンドンは岐路に立たされていて、今後どうなるのかも予想しづらい。ペッカムで新しい高級マンションが建てられるなか、英国議会ではブレグジットの交渉が続く。ブレグジットにより経済が混乱すれば、ペッカムどころかロンドン中で地価や家賃が下がり、ジェントリフィケーションにも歯止めがかかるのではないだろうか。

そうなると、不景気に苦しんだ1970年代のイギリスで、パンクロックが出てきたように、カルチャーの面でも思わぬ展開があるかも……なんて思ったりもするが、EU離脱が深刻化したり、経済が低迷するのは、もちろんとても不安なシナリオだ。一方で、ブレグジットによる経済への打撃が思いのほか少なければ、家賃が更に高騰して、住む場所が今以上に限られてしまうのだろうか。

ブレグジットという影のなか、様々な要素が絡み合って、未来が見えにくい。僕の周りには、ロンドンの高い家賃や、EU離脱の投票結果に嫌気がさし、ここ1〜2年で他の国に去ってしまった友達が何人もいる。自分も、個人的な事情から、今まさに日本への引越しを進めている最中だ。

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サウス・イースト・ロンドンで新たに建設される高級マンション
image via Shutterstock

「South of the River」の現実

Tom Mischの「South of the River」という曲がある

You should come South of the River (川の南に引っ越しなよ)

This is where it all starts (ここですべてが始まるよ)

I think that we could stay here forever(僕らはこれからずっとここに住めると思うよ)

という内容の歌詞の曲だ。

以前、ペッカムにあるロンドンを一望できるバー「Franks」に行って、その眺めを見たとき、頭のなかでこの曲が流れだしたことがある。僕と同年代の人で、学生時代にロンドンの他のエリアから、South of the Riverに初めて引っ越した人はたくさんいたはずだ。そう、僕らはみんな“川の南に引っ越して”、サウス・ロンドンでいろんなことが“始まった”のを、目の当たりにしてきた。でも、昔遊んだ仲間の半分以上は、サウスロンドン、いや、もはやロンドンに居ない。

“I think that we could stay here forever”の部分だけは、どうやら現実とは少し違ったようだ。

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Source: YouTube(Cosmo PykeTom Misch

#ユースカルチャーの育て方