U2、テイラー、ビヨンセ、カニエ、トラヴィスにみる「音楽の映画化」という潮流

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Photo: RICH FURY via Universal Music

映画が現実になったかのような迫力の映像が、超巨大な半球型の会場にいる観客を包み込んでいる縦型動画。あなたも、きっとSNSでこんな投稿を観たことがあるはず。この驚きの映像の正体は、2023年9月29日にアメリカで行なわれたU2のライブ『U2: UV Achtung Baby Live At Sphere』です。

SNSを席巻した「スフィア」に見る、音楽の映画化

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Image: Suzyanne16 / Shutterstock.com

ラスベガスに建てられたこの新たなコンサート会場「スフィア」は、内側だけでなく外側もLEDパネルで覆われた球体型デザインで、地上最大の解像度16KのLEDスクリーンや16万個以上のスピーカーを持つという設計が以前から話題となっていました。

しかし、実際に行なわれたライブの映像は想像以上の迫力で、そこで演奏している世界最大級のバンドU2すら霞んでしまうほど。むしろ、視界ほとんどが映像であることを考えれば、主役はバンドではなく、あの会場と映像だったとすら言えるレベルではないでしょうか(現実にステージ前方よりも会場上部の客席のほうが人気なんだとか)。

近年はここ日本でも、小さなライブハウスをのぞいて、映像スクリーンのない音楽ライブなど考えられないほどですが、「スフィア」はその極地と言えるのかもしれません。まだラスベガスだけの特殊環境ではありますが、今後「スフィア」が映画における「IMAX」のような規格となって、対応する会場が各国に作られるようになる未来も考えられるでしょう。

しかし、それは一つの究極系だとしても、現在、音楽シーンにおいて“映画化”は一つのトレンドとなりつつあるとも言えます。

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Image: Sarunyu L / Shutterstock.com

テイラー・スウィフトのコンサート映画『The Eras Tour』の前売券が発売初日で3700万ドルを売り上げ、2015年の『スター・ウォーズ フォースの覚醒』が持っていた2000万ドルの記録を大幅に上回ったというニュースは、衝撃を持って迎えられました。

そして、テイラーに続くように、ビヨンセも新しいコンサートフィルム『Renaissance: A Film by Beyoncé』を12月1日から全米公開、日本でも12月21日から公開します。

Video: 東和ピクチャーズ 公式 / YouTube

アメリカのエンターテインメント産業は、その構造において、映画業界を頂点としてその下にテレビ業界や音楽業界があると言われることが少なくありませんが、もしかしたらハリウッドのストライキや、ライブエンターテインメントの隆盛をきっかけとして、音楽業界の下剋上が始まっているとも考えられるかもしれません。

音楽の映画化、劇場化。その先駆者カニエ・ウェスト

さて、以上がこの原稿のファスト教養的に有意義なパートです。その意味では、これ以降は蛇足かもしれません。しかし、あまり役には立たなくとも、ここから先が肝心の内容です。

「音楽の“映画化”」というキーワードを提示するにあたり、無視することができないのが、あのカニエ・ウェストです。現在はイェと改名したカニエ(ごめんなさい、この原稿はカニエで通します)は、2019年に『ジーザス・イズ・キング』という映画作品を制作し、北米の350館以上のIMAXシアターと、他国125館以上のIMAXシアターでの限定公開を行ないました。

Video: Kanye West / YouTube

本作はカニエの多くのMVを制作してきた世界的フォトグラファー、ニック・ナイトが監督を担当。アリゾナ州北部のペインテッド砂漠にある、アーティストのジェームズ・タレルによる大規模アート・インスタレーション「ローデン・クレーター」で行なわれた音楽ライブがその主な内容となっていました。

そして、「カニエと映画」といえば、アルバムのリリースごとに大きな話題を呼ぶ「リスニングパーティー」も見落とすわけにはいきません。これは新作アルバムの音源を先行で数曲プレイするお披露目会のようなものなのですが、毎回そのステージセットや見せ方が、映画の最高のワンシーンのような状況を作り上げたものとなっています。

Video: Netflix / YouTube

そんなカニエによるリスニングパーティーの始まりは2016年、ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンで自身の洋服ブランド「Yeezy Season 3」の発表を兼ね、アルバム『TLOP』の音源をプレイしたことでした。このイベントは事前にアナウンスされ、チケットはわずか10分で完売。さらに、そのショーは日本未上陸のストリーミングサービス「Tidal」でライブストリームされました。

会場には故ヴァージル・アブローやキッド・カディなど、カニエと交流のあるさまざまなセレブリティーも参加し、もちろんその中心にはカニエがいました。しかし、リスニングパーティーの主役はあくまで音楽

音楽がその作り手以上に輝くイベントというのは、最近はクラブでもなかなかあり得ません。この点でも、リスニングパーティーは映画に近いものがあると言えるかもしれません。映画は、映画監督よりも主演俳優が、俳優よりもキャラクターが、キャラクターより作品そのものに注目が集まる文化だからです(少なくとも映画作品内においては)。

以降、カニエ・ウェストは2021年の『Donda』、2022年の『Donda2』でもリスニング・パーティーを開催。前者はアトランタのメルセデス・ベンツ・スタジアムで開催し、その模様はApple Musicで生中継されました。このリスニングパーティーの特徴はなんといっても、スタジアム内でアルバムを制作して、その場でそれを披露したこと。しかも、パーティー後もカニエやスタッフたちはスタジアム内に宿泊し、その場でアルバム制作を続けていました。

つまり、「ガラス張りの部屋での生活」のクリエイター版。アーティストが作品を制作する過程、そのものを“見世物”とした、ある種のドキュメンタリー映画あるいはインスタレーション的な試みだったと考えることもできるでしょう。

カニエの後継者? トラヴィス・スコットの受難と“悲劇”

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Image: Christian Bertrand / Shutterstock.com

そして2023年。カニエの跡を継いだような動きを見せたのが、現代最も人気のあるアメリカのラッパーであるトラヴィス・スコットです。

トラヴィスは以前からカニエ・ウェストとある種の師弟関係のようなものを窺わせていましたが、今年、彼はリリースが待たれていた新作アルバム『ユートピア』に関する“特別パフォーマンス”をエジプトにあるギザのピラミッドで行なうことを発表したのです。

ギザのピラミッドという、クリストファー・ノーランばりの映画的シチュエーションへの注目を抜きにしても(ちなみにトラヴィスは同監督『TENET』の主題歌を担当)、このパフォーマンスはトラヴィスにとって非常に大きな節目となることが期待されていました。

というのも、彼は2021年11月に主催したイベント「アストロワールド・ミュージック・フェスティバル」で起こった悲惨な事故の影響により、ほぼ隠居状態が続いていたからです。このフェスにおける彼のパフォーマンスに観客が殺到し、10人が死亡したほか、数百人が負傷するという痛ましい事故でした。

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Image: Bryan Regan / Shutterstock.com

結果としては、トラヴィスはこの事故に関して罪に問われることはありませんでしたが、この事件で彼はひどく落ち込み、そして多くの非難が浴びせかけられました。師匠カニエ・ウェストは、そんなトラヴィスを手助けするような行動を見せていましたが、2022年にいくつかの人種差別を疑われる発言を含む問題行動から、カニエ自身も2022年以降はキャンセル状態に。そうした逆境の中、トラヴィスは新作アルバム『ユートピア』を引っさげたピラミッドのパフォーマンスで、いち早くカムバックを果たそうとしたのです。

結論から言えば、ピラミッドでのイベントは公演中止となってしまったのですが(中止理由は明言されていませんが、エジプト政府が件の事故を気に掛けて圧力をかけたとの噂も)、トラヴィスはそれに変わる“映画的”な表現を用意していました。いや、「映画的」ではなく、それは映画そのものでした。

Video: Travis Scott / YouTube

タイトルは『CIRCUS MAXIUMS』。トラヴィス・スコットが総監督を務め、ハーモニー・コリン、ニコラス・ウィンディング・レフン、ギャスパー・ノエ、カリル・ジョセフといった著名映画監督たちを集めて制作されたこの映画は、トラヴィス・スコットが(異)世界を放浪するパート、アルバム収録曲のMV的パート、そしてライブ映像パートの3部構成。すべてが本作のために収録されたオリジナル映像となっています。

中でもこの原稿の文脈から注目したいのは、ローマにある2000年前の遺跡であり映画のタイトルともなっている「CIRCUS MAXIUMS」で行なわれた無観客ライブパートです。否応にもカニエのリスニングパーティーを彷彿とさせるシチュエーションで繰り広げられるのは、虚無。かつては数十万人規模の人を収容したと言われる遺跡で、トラヴィスは無観客の状態で激しいパフォーマンスを行ないます。

アストロワールドという、トラヴィスの幼少期に近所にあった遊園地=ユートピアを現代に甦らせたイベント「アストロワールド・ミュージック・フェスティバル」。そこにたくさんの人が集まった結果、死者を出してしまった。そのことに対する贖罪と自虐を感じずにいられません。

そしてライブが進むにつれ、日が沈み、最後は朝になり、トラヴィスはイヤモニなどの機材を外し、遺跡から一人でトボトボと立ち去ります。

まさに、アーティストとしての、人生の映画化。「ガラス張りの部屋での生活」ではないでしょうか。

二極化する、音楽の映画化

そもそもインスタグラムなどのSNSが一般化した現在、私たちは誰もがリアリティーショーの出演者であり、自分の人生を映画化しているという側面があると思います。

U2、テイラー、ビヨンセは自身のパフォーマンスを映画化しましたが、カニエとトラヴィスは自らの人生をSNS的に映画化しました。もしかしたら、彼ら2人は「してしまった」あるいは「せざるを得なかった」のではないでしょうか。

トラヴィスのアルバム『ユートピア』は「カニエっぽい」とよく言われますが、実際に共通するスタッフィングがありますし、『ユートピア』はカニエのアルバムからのアウトテイクやサンプリングも含んでいるため、音的に似ているのは当然です。しかし、トラヴィスがツアーでカニエをゲストとして呼び、「彼がいなかったらこのアルバムはなかった」と明言するように、もっと深いところで『ユートピア』はカニエとシンクロしているようにも感じられます。

トラヴィスはキャリア初期にカニエ・ウェストのレーベルと(ラッパーではなくプロデューサーとして)契約しており、ブレイク前にはカニエの代表作『イーザス』にプロデューサーとして参加していました。カニエもラッパーを目指しながらも、当初はプロデューサーとして人気者になった経歴の持ち主です。

そうしたキャリアが影響しているのかはわかりませんが、二人は誇大妄想的なクリエイティビティーと、自己憐憫の過多すら感じる赤裸々さをもって、音楽、そして自分を映画化させています。

この流れに対して結論はありません。

ただ、「U2、テイラー、ビヨンセだけでは眩しすぎる。カニエとトラヴィスだけでは息が苦しくなる」。

バランスをとることは、難しい。