記憶ではなく、未来へ。TYPE 00が描く“僕らのジャガー”
ARTS & SCIENCEクラシックでもレトロでもない。低く、鋭く、しなやかに。大胆なリブランディングを果たしたジャガーが、ネクストジェネレーションに投げかける「僕らのクルマ」とは。

時計の音のようなクリック音が、空間の鼓動を刻む。
YOSHIROTTENの光が床に垂れ込むスモークを照らし、JAGUARのTYPE 00がそこに佇む。まるで、近未来から滑り込んできたように。
2025年5月、東京・品川の寺田倉庫G3ビルで開催された「TOKYO FUTURE 00」。そこには、ジャガーがこれまで築いてきた歴史や格式とはまったく異なる存在があった。TYPE 00ーーブランドの再定義を象徴するかのように、静かに、しかし力強くその存在を放っていた。
ジャガーという“記憶”を断ち切る

全長5m超、低く直線的なフォルム。曲線を排した構成には、既視感がまるでない。シルエットにはいわゆる“ジャガーらしさ”は見当たらない。伝統の跳ねるジャガーのエンブレムも姿を消し、新たなモダンなロゴが静かに主張する。
ジャガーは、1922年にイギリスで創業された自動車メーカーで、長らく高性能でエレガントなスポーツサルーンやラグジュアリーカーの代名詞として知られてきた。なかでもEタイプに代表される流麗なクーペは、今なお世界中のファンを魅了する名車だ。しかし近年、ジャガー・ランドローバーは大きな変革期にある。
2021年に発表されたのが、ジャガーを完全な電気自動車(EV)ブランドへと刷新するというビジョンだ。ガソリンエンジンからの決別、そしてデザイン言語の抜本的な見直し。こうしたリブランディングの土台にあるのが、ジャガーとランドローバーをそれぞれ独立した思想と美学のもとに展開する「ハウスオブブランド」戦略である。

その流れの中で登場したのが、このTYPE 00だ。ジャガーの名を冠しながら、かつてのジャガー像である、流麗な曲線、クラシカルな美意識、跳ねるジャガーのエンブレムといったアイコニックな要素をほぼすべて脱ぎ捨てた一台。クラシックカーを好む人間としては、最初に目にしたときの驚きは大きい。けれど同時に、これは「かつてのファンの記憶に応える車ではない」のだと、はっきり理解できた。そこに中途半端な懐古趣味はない。
まったく新しいジャガーの姿。それをあえて「ジャガー」と名乗ることで、ブランドは明確に線を引いた。TYPE 00は、ジャガーが「もう後ろは見ない」と宣言した車だ。
「次世代のクルマ」とは何か

会場に集う人々の顔ぶれも、時代が確かに動いていることを実感させるものだった。スーツ姿のビジネスパーソンに混ざり、アーティストやデザイナーなどのクリエイターたちが真剣にクルマを見つめる。彼らの視線は、ボディの曲線や馬力の数値ではなく、「この体験に意味はあるか?」という問いに向けられている。

TYPE 00が提示するのは、“感性”を起点とするクルマのあり方だ。かつてはエンジンスペックや駆動形式で語られていた性能は、今や人と空間の関係性、ブランドと自分との距離感、そして世界観の共有に置き換わりつつある。その意味で、TYPE 00はきわめて「今らしい」クルマだ。
情報に囲まれ、選択肢が過剰な現代において、「これは自分のためのものだ」と思える車がどれほどあるだろうか。 TYPE 00は、その希少なひとつになる可能性を持っている。
音と光が導く、余白のある未来

空間演出に込められた意図は明確だった。インスタレーションを手がけたのはYOSHIROTTEN。彼の作り出す光と色彩がTYPE 00のまわりに揺らめき、固定された“展示”ではなく、移ろう“現象”として存在させるような設計だった。空間そのものが問いかける。これは本当に「クルマ」なのか、と。

音楽プロデューサーChaki Zuluによるサウンドスケープもまた、体験の中核を担っていた。はっきりとした旋律も構成もない。ときを刻む時計の、あるいは足音のようなクリック音が、無機質で規則的に空間を支配し、静謐な空気にゆっくりと緊張を注ぎ込んでいく。それは耳を打つのではなく、皮膚の下に染み込むように響き、理性の輪郭をじわじわと侵食する。
時計が時を刻むというより、まるで未来が現在を叩く音のようだった。音の構造は極限までそぎ落とされているのに、その余白が逆に想像を広げていく。
「これはなんだろう?」と考える時間の中に、新しい価値が生まれる。そんな仕組みが、あの空間には用意されていた。
「僕らのクルマ」というラグジュアリー

ジャガーはTYPE 00によって、明確に未来の世代に向き合おうとしている。デザイン、音、光、コンセプト──そのどれもが、往年のファンではなく、これからを生きる世代の価値観にチューニングされていた。
「この車が“ジャガー”だなんて思えない」
そう言う人もいるだろう。だがそれは、この車が成功している証左でもある。
僕自身、クラシックなクルマを愛し、ジャガーの過去の美学に魅了されてきた。だが、このTYPE 00に触れたとき、直感的に理解した。これは、新しい時代のラグジュアリーだ、と。
それは装飾でもステータスでもなく、「誰かの人生にどれだけ馴染むか」で評価される。それは、誰かが「僕らのクルマ」として語りたくなるものであるかどうか。 TYPE 00は、その問いに、静かに、しかし明確に答えようとしている。
Source: Jaguar
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