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6 Ars Electronica Festival 2016

2,000球が音を奏でる複雑で有機的な楽器『Marble Machine』そのローファイな製造工程

ライターabcxyz
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Photo: Samuel Westergren

デジタル時代のヒーローになるのに、なにも複雑なプログラミングの知識や遺伝子組み換えといったような技術は必ずしも必要ない。

木工の授業で習った知識と情熱、工具と作業スペースと時間と、そしてなによりアイデアさえあれば(2,000個ほどビー玉サイズの球があってもいいかもしれない)、素敵な楽器を作れてしまう。

そんな書き方だと、あまりにもこの『Marble Machine』を過小評価してしまうことになるかもしれない。何はともあれまずは「Ars Electronica Festival 2016」(アルス・エレクトロニカ・フェスティバル)で展示された動画で、この機械の動く様を見てみよう。

ハンドルを回すと流れ落ちてくる球により琴や絃が弾かれ音を奏でる作品『Marble Machine』は、まるでサイレント映画のための音楽や効果音を演奏するためのフォトプレイヤー(Photoplayer)を彷彿とさせるし、球が転がり落ちて、また昇っていく様はその名のとおり「マーブルマシン」でもある。

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『Marble Machine』はスウェーデンのバンドWintergatanのコアメンバーであるマーティン・モーリン(Martin Molin)により作られたものだ。

バンド名Wintergatanは、スウェーデン語のVintergatanは「天の川」からきている(「vinter」は英語の「winter / 冬」と同義、「gatan」は「道」)。そう聞くと、『Marble Machine』の流れる銀色の球はまるで連なり輝く星々にも見えてくる。

このMarble Machineは2014年末から作られ始め、14カ月の月日を費やして2016年ようやく完成に至ったもの。Wintergatanは以前よりテルミン風の音色のシンセサイザーModulinなどの自作楽器を用いた音楽で知られており、「Starmachine2000」のミュージックビデオでは長い帯状にプリントアウトした旋律を入れることで曲を奏でる自作オルゴールの制作の様子も見ることができる。

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歯車によって回転するMarble Machineの巨大なドラムにはレゴ テクニックの部品が配置されており、オルゴールのシリンダーのように曲を記録している。これが球の落下を抑えている部品を跳ね上げることで、音色を出す部分に球が当たり、音が生まれる。ただ単にハンドルを回すだけで演奏する巨大なオルゴールの化け物とも言えるが、作者であるMartin Molinの手による巧みなレバーさばき、絃さばきにより奏でられて初めて完成するインタラクティブ・アートとも言えよう。

この作品の楽しみ方は、白樺のベニヤ板でできたこの機械が音を出す様子を見るだけでは終わらない。

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『Marble Machine』の製作には、3Dプリンティングやレーザー加工機などの高価な新技術は用いられていない。

アナログで温かみのある、ローファイな作り方は創作意欲を湧きたててくれる。それは昔、木工の授業で自ら木材をのこぎりで切り小さな本棚を完成させたときに感じた「ぼくにもこれが作れたんだ」という感動にも似た感覚だ。

多くの部品はどうやら精密な図面もなしに、フリーハンドで作られているようだ。円形部品を切り出すための目印をつけるコンパスの役割を担っているのは折れ曲がった金属片だし、ただその場で描いたものを型紙にして作った部品もあれば、ベルトの設置場所も目測で決めているようである。

DIY精神にあふれたこの『Marble Machine』には3,000ほどの部品と、同じく3,000本のネジ、500のレゴパーツが使われているという。

大きな歯車を作るための型紙は、A4程度の紙に部品が重なり合うように印刷したものをスティックのりでつなぎ合わせて作っている。歯車の設置場所を定めるのは、仮止めして厚紙を歯で弾かせているようで、だいぶ大雑把に見えなくもない。

この時点では、使用する球は500個ほどでいいと見積もっていたようだ(結果、2,000個に)

楽器上部から落ちてきた球は鉄琴やギターの絃、シンバル、キックドラムに当たり、音を奏でた後にファンネルを通って楽器下部に落ちる。球はその後、4列のレールに振り分けられ、エレベーターで4つごとに機械を上っていく。

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そこから箱の中へと流れていく球は最終的に楽器上部の格納部分に入り、ドラム状のオルゴールシリンダーに記された自分の番が来て、扉が開かれるまでそこで待機する。その光景は、まるでルーブ・ゴールドバーグ・マシンのようでもある。

もちろん、レゴ テクニックの部品を入れ替えることにより別の曲を「再生」することも可能だ

この動画ではファンネル下の木枠に球が当たることで音が生じる問題を、フェルトのついたダクトテープを貼ることで解決している。

もしあなたが新技術のニュースに飛びついてしまう私のような人ならば、この『Marble Machine』の制作過程の光景をぜひとも頭の片隅に留めておいてほしい

問題点を見つけたらその場で穴をあけ、刻み、貼り付け、修正を加え直していく。こうして作り上げられた『Marble Machine』は、多く歯車が使用された機械的な見た目を持つと同時に、ある意味とても有機的なアートと言ってもいいかもしれない。

Wintergatanによれば、この装置のインスピレーション元となったのは、オランダのユトレヒトにあるオルゴール博物館と、『Marble Machine』の制作にも活用された木製ギアのテンプレートを作成するウェブサイトWoodgears.caを作ったYouTuberのMatthias Wandel、そしてGPUブランドRadeonのAnimusic『Pipe Dream』デモだそうだ。それに加えてマーティンは以前よりマーブルマシンが大好きで、作ってみたかったとのことでこれが生み出されることとなったという。

もっと『Marble Machine』制作の様子が見たい方はYouTubeのWintergatanチャンネルから見られるようになっている。

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もしあなたが新技術のニュースに飛びついてしまう私のような人ならば、この『Marble Machine』の制作過程の光景をぜひとも頭の片隅に留めておいてほしい。

木材と電動糸鋸、パソコンに2Dプリンター、電動ドリル。すでに家にあるもの、またはDIYショップで気軽に購入できるそれら。なんら小洒落たガジェットを使うことなしに、持てる知識や道具を最大限に活用することで、身近な素材から他にない装置が生み出された。その事実は、高価な機器や高度な技術に頼らずとも、人々を驚かせるものが生み出せることの証明でもある。

話題性から新しい技術についつい目が行きがちだが、もしかしたらすでにある技術(もうそこから新たな樹液が搾り取れない「枯れた技術」という言い方もできるかもしれない)にも、まだ新たな驚きを生み出す大きな可能性が眠っているのだ。

Ars Electronica Festival 2016