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0 #移民とカルチャー

「文化的アイデンティティ」というテンプレから逸脱する、移民とカルチャー

ARTS & SCIENCE
エディターJay Kogami
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先日、音楽の取材でフランスを訪れる機会があった。音楽業界の関係者が世界各国から集まるイベントの取材だったが、そこで「K-POP」とその文化について、アメリカ人の作曲家たちが論じ合うというパネルを見た。音楽的な興味もさることながら、企画の面白さにも興味が湧いた。なぜなら、アメリカ人が「外国文化」であるK-POPを、外国の地であるフランスで、世界各国の人々の前で語る場面を見るなんてことは滅多に無いはずだからだ。ご存知の方も多いと思うが、K-POPは近年アメリカで認知されてきた新しい海外ポップカルチャーのひとつで、楽曲や動画の人気に留まらずファッションやネットカルチャー、ライブイベント、アプリ、ビジネスなど、音楽シーンが積み上げてきた従来の枠組みを多層化させていることが、アーティストやファンを掻き立てる要因ともなっている。前述のパネルに参加していたアメリカ人作曲家たちの顔ぶれも凄いのだ。BTSの「Boy with Luv」の作曲家であるMelanie Joy FontanaとMichael "Lindgren" Schultz、TWICEの「YES or YES」のDavid Amberと、K-POPカルチャーの中では押しも押されぬヒットメイカーたちが参加していた。とは言えこの世界でも、アーティストたちから比べれば、表立って称賛を浴びる機会は圧倒的に少ない存在であることには相変わらず、こうした外国人作曲家たちがK-POP文化における影の立役者たちとでも言えるクリエイターたちとして、世界を席巻している。考えようによっては、K-POPはアーティストである韓国人の表現者たちと、作曲という創作プロセスを裏側から支える海外のクリエイターという異国感のプロフェッショナルたちによって形成されているハイブリッド型カルチャーとも言える。そして、こうした作曲家たちは「K-POP」を韓国の音楽と認識するなかで、ヒット曲という商業的な成功を収めなければならない世界標準のクリエイティブが求められ、さらには現代の社会背景や政治の問題、文化的課題といったK-POPアーティストが音楽を通じて発信したい問題意識を包括的かつ明確に整理して曲を作り、そのうえで自分自身のクリエイティブを加えることを忘れないなど、商業的にも創作的にも多様性に優れている。それはPixarやマーヴェルスタジオの手法にも通じるかのような、極めて現代的な立ち位置と表現手法を実践しているところだが、そうした作品作りは日本ではあまり知られていないはずだ。

グローバリズムが進む世界において、音楽でもアニメでも映画でもサービスでも構わないが、「◯◯らしさ」やアイデンティティの確立といったアプローチは、もはや文化的に機能しなくなっているのではないかと思う。具体的に言えば、文化的アイデンティティの表現方法も、それを受け取る側の考え方も、日本人が思っている以上に固定してテンプレ化されたのではないかと、日本にいると感じる。そもそも、日本には文化を学ぶ意識や育てる仕組みが極めて少ない。そのため、文化を通じた問題提起も生まれにくいし多元的に広がりにくいため、「アンダーグラウンド・カルチャー」のような広がり方が増えたり、「◯◯らしさ」を商業利用しただけの「ブーム」に留まってしまう。「ガラパコス化」の議論にも繋がっていくのは、文化を育てる忍耐や持続性の無さ、属人性に囚われやすいという傾向から抜け出す方法を見いだせていないことも大きい気がする。もしかしたら、日本人は文化がアイデンティティをもたらしてくれるものと、いつの間にか過信してしまったのではないか? ではアイデンティティを言語化できればいいかと言えば、そうではなく、ビジュアルコミュニケーションや動画、シングル単位の音楽(アルバム単位と対象)が世界的に文化形成を推進する起爆剤となっている現代社会ではその表現も多様化する一方で、さらには「文化の盗用」や「セルアウト」のような指摘にも広がっていく。

今回FUZEの特集では「移民とカルチャー」をテーマに、文化的アイデンティティ・クライシスやエスニック・マイノリティ、グローバル化やローカルコミュニティの機能について議論する記事を公開していきます。多文化社会の世界において、現代の日本に移民文化はあるのか?という疑問から、カルチャーと移民の関係性を考える内容なのだが、文化やアイデンティティを作る仕組み作りや、人や世界から学ぶことなど、いろいろな現代課題が見えてくる。そもそも「文化」や「アイデンティティ」とは何なのか? 現実世界とその背景(とその裏側)を経て文化やアイデンティティを獲得したり持続させる目的は見つけられるだろうか? 国家単位での文化やアイデンティティは薄れるかもしれないが、集団単位あるいはパーソナル単位で文化との接点を見つける人は増えるだろう。オンラインやSNSだけでなくYouTubeやNetflix、Spotifyから「文化」を見出す人が増えることを簡単には否定できなくなる。そんな時代に自身の立ち位置を見出すための選択肢をどれだけ多く作ることができるだろうか?


Photo by dane_mark/Getty Images

#移民とカルチャー